イヴには雪を
「さーて、今年の練習も今日で終わりだ。冬休みだからって一・二年は基礎鍛練忘れんじゃないよ。三年生、受験に差し障らない程度に来年も後輩をしごいてやっとくれ。ま、しっかり英気を養っといで。今夜はサンタから御褒美も貰えるだろうしね。じゃ、解散。」
竜崎スミレの声がコートに響き渡り、テニス部員の元気な挨拶で部活は締めくくられた。帰り支度をする部員達は心なしか皆、浮き浮きしている。なにせ今日から冬休み、一月四日まで部活はない。コート整備も部室の清掃もすでに終わらせてある。そしてなにより、今夜はクリスマス・イヴなのだ。
「おっさき〜っ。」
家路を急ぐ部員達にまじって、さっさと着替えた菊丸がテニスバッグを掴んで部室を飛び出そうとした。
「エージせんぱーい。今日はえらく急いでるじゃないですか〜。」
桃城が慌てて菊丸を呼び止める。
「昼飯、モチバーガーのクリスマスセット、食いにいかないんっすかぁ。」
「奢らせようったって今日はだめだめ〜。」
振り向いた菊丸がにぃっと笑う。
「今夜はぁ、クリスマスイヴだからね〜。準備でオレんち、いそがし〜の。今日の働きで正月の査定、変わるしさぁ。」
どうやら、年末のお手伝い次第でお年玉の金額が変わるらしい。年下の兄弟が多いって大変なんだよ〜ん、と、それでも嬉しそうに菊丸は出ていった。
「さーて、オレも今から家の手伝いだよ。」
河村がとほほな顔で立ち上がった。
「え、河村先輩んちって寿司屋っすよね。」
訝しがるリョ−マに河村が苦笑した。
「案外、クリスマスに寿司の出前頼むとこ多いんだ。まぁ、稼ぎ時だからね。」
眉尻を八の字にさげて河村も帰っていく。
「いずこも同じっすね。」
「越前もかい。」
リョーマがみあげると乾がぬっと立っていた。
「一人息子はお互い辛いな。おおかた、クリスマスに燃える母親へのおつき合いというところか。」
「オレんちはそれにいとこが加わるンす。」
「それは気の毒に。」
乾はくつくつ笑うと海堂に声をかけた。
「海堂、二人きりのイヴはもう少し大人になってからだ。そう遠い未来でもないから、今年は拗ねないでくれるね。」
「ばっ…なっ何言ってやが…」
「全く、照れ屋だな。そこがまた可愛いけど。」
「!!!!!!」
真っ赤になって口をぱくぱくさせる海堂にふふっと笑い、部室を出ようとしてふと振り返る。
「手塚もたしか一人息子だったよね。今日は君もまっしぐらに帰るクチかい?」
「あ…ああ、オレのところも母がな。」
いきなり話をふられて手塚が戸惑ったように答えた。といっても、手塚の表情の揺れに気付くのは情報収集屋の乾と恋人の不二くらいなものだが。
そう、手塚と不二は互いに想いを告げあった恋人同士だ。その恋人はテニスバッグの整理に余念がなかった。ちらと手塚を見ようともしない。手塚は少し眉を寄せてそれを眺めた。
「じゃ、お先。」
乾が海堂を引っ張って帰っていった。帰り道くらいは二人きりのイヴだよ、とかなんとかクサイ台詞が聞こえてくる。赤くなって抗議するが素直についていくところから、海堂も満更ではないのだろう。
「先輩方、オレもお先っす。」
「あ〜、ちょっと待てよ、越前〜っ。」
さっさと帰るリョーマの後を追うように桃城が飛び出していった。リョーマが桃城の昼飯に強制連行されるのは間違いない。他の部員達もお先です、と挨拶して帰っていき、部室には手塚と不二だけが残った。なんとなく沈黙が落ちる。
テニスバッグを整理しおわった不二はそれを担いで立ち上がった。手塚が不二を困ったように見つめる。ふと、不二が目をあげた。困り顔の手塚にふっと笑いをこぼす。
「ごめん、八つ当たり。君のせいじゃない。」
「不二…」
手塚が不二の側に歩み寄った。
お互いわかっている。皆が浮かれるクリスマス。街を彩るクリスマス飾りを眺めながら賑やかな商店街を歩くのも楽しいし、クリスマスイヴの夜に家族とワイワイ騒げるというのは本当に幸せなことなのだ。家族から愛され大切にされている自分達は幸せで、そしてまだ自立していない子供でもある。乾の言う通り、二人きりのクリスマスイヴはもう少し大人になってから。わかってはいるのだけれど…
「ちょっとね、拗ねてみたかっただけ。」
不二はくすっと笑う。手塚は眉を潜めた。最近、不二はよくこんな笑いかたをする。遠くを見つめるような、どこか寂しそうな。
「不二。」
ひっかかりを払うように手塚が不二に手をかけようとした時、バタンっと大きな音を立てて部室のドアが開いた。二人は慌てて離れる。大石が溌溂とした足取りで入ってきた。
「あ、手塚、不二、残っているのは二人だけかい?」
「おっ大石。」
にこにこと屈託ない笑顔の大石に手塚は焦っていた。焦っていたが、相変わらず顔にはでない。
「何?大石。皆帰っちゃったけど、用事?」
不二がさりげなく応対する。いつもの笑顔だ。
「いや、ちょっと頼まれごとなんだが。」
ほら、と促されて大石の後ろからカチローが顔を覗かせた。
「あの…先輩方、申し訳ないんですけど、お昼、一緒に食べて貰えませんか。」
「?」
不二と手塚の怪訝な視線を受けて、カチローは恐縮しきっている。大石が助け舟をだした。
「ほら、オレ達、結構レギュラーだけで集まることが多かっただろう?だから、あんまり下級生と話したことないじゃないか。」
「あ、そういわれてみれば。」
「ああ、そうだな。」
確かに、言葉をかわす一年生と言えば越前リョーマとその周りにいる三人くらいのものだ。おずおずとカチローが言った。
「僕達はリョ−マ君と一緒にいるから先輩方と話す機会もあるんですけど、それ以外の一年ってやっぱり、その…近付き難いっていうか…だから…」
次第に語尾が消えていくカチローに不二はにっこり笑いかけた。
「いいよ、お昼食べるくらい。僕達でよければ。ね、手塚。」
「あっありがとうございます、不二先輩っ。」
ぱっと顔を輝かせると、カチローは外でまっている一年生部員達のところへ走っていった。わっとあがった歓声が聞こえてくる。ほらね、ああ見えて先輩方は優しいんだよ、何だよ、堀尾君は言いにいかなかったじゃないか、と言い合う声もかしましい。手塚は苦笑した。
「オレ達なんかとメシを食って楽しいのか?」
「わかってないね、手塚。君はテニス部のカリスマなのに。」
「からかうな。」
照れてる、かわい〜、と笑う不二を眺めながら、大石は少し目眩を感じた。二人とも本当にわかってない。一年生達の目的は他の誰でもない、手塚と不二だというのに。どんなに自分達が衆目を集めているか、まったく自覚していないのだ。
「ま、そこがいいとこでもあるんだろうけど。」
大石は小さく呟き、身支度を終えた二人と一緒に部室を後にした。
☆☆☆☆☆☆
一年生テニス部員、十数名と手塚、不二、大石の三年組はモチバーガーの一角に陣取った。桃城達の姿が見えないということは、リョーマの連行に失敗したのだろう。クリスマスイヴではさすがのリョーマも母親に逆らえないらしい。
手塚、不二、大石はそれぞれ一年生の間に入って座っていた。手塚と不二の横に座った一年生はカチコチに固まっている。違うのは手塚の両隣りはガチガチに緊張しているのに対して、不二の隣の一年生は頬を染めてチラチラ横顔を窺い見ているところだろうか。視線を感じたのか、不二が横の一年生に微笑みかけた。ボン、と音がしそうな程、その一年生は赤くなった。大石が気を聞かせて一年生達に話を振った。
「ほら、せっかくだから、質問でもしてみたらどうだい?」
「質問って、面接じゃあるまいし。」
不二がプッと吹き出す。
「手塚の顔が恐いから皆黙ってるのかも。大丈夫、バ−ガ−食べたからってグランド十周はないから。」
「馬鹿、何言ってる。」
「ちなみに、手塚、今照れてるんだよ。わかんないでしょ、顔の筋肉固いからね。」
不二の軽口に雰囲気がほぐれた。口々に好きなことを言い合い、大石は言うに及ばず、手塚も律儀に応対している。と、堀尾が不二の横に座った同級生の肩を叩いてきた。
「不二せんぱ〜い。実はコイツ、先輩の大ファンなんっすよ。今日だってどうしても先輩の横に座らせてくれって泣きつかれまして〜。」
「ほっ堀尾君っ。」
真っ赤になって慌てているその一年生に不二は見覚えがあった。秋に引退した三年は下級生のサポートにまわっていたが、そのとき何度か練習をみてやったことがあるのだ。華奢だが器用にラケットをあやつり、自分と同じタイプかな、と思った覚えがある。黒目がちのかわいい顔をしていた。
「でぇ、不二先輩、先輩には彼女とかいないんっすか。」
「堀尾君、先輩に失礼だよっ。」
能天気に聞いてくる堀尾にその一年生はバタバタと手を振った。
「彼女はいないよ。」
不二はチラリと手塚に視線を送るとそう言った。
「よかったなぁ、お前、心置きなく先輩にアタックできるじゃん。」
「堀尾君ってばっ。」
なかば怒鳴るように堀尾の言葉を遮った少年はそれから気の毒な程身を縮こまらせた。
「すっすみません、先輩、オレ、ただ、その、先輩のプレーってすごくて、先輩強くて綺麗で…」
あ、と口をおさえ、また赤くなる。不二はにこっと笑った。
「ありがと、そう言って貰えるなんて、光栄だよ。」
「す…すみません…」
調子に乗った堀尾がまた口をはさんできた。
「でも、不二先輩、絶対彼女とかいると思ったンすけどね〜。ほら、最近、先輩、大人の雰囲気でてるって皆騒いでたし。」
「そうかな、大人っていったって、君よりたった二つ年上なだけだよ。」
「クリスマスイヴは彼女と過ごすんじゃないかーっ、て。」
「堀尾、いい加減にしておけ。」
大石がたしなめた。実のところ、堀尾の彼女発言以降、手塚の眉間に皺が刻まれてきたので先手を打ったのだ。こんなところで手塚に暴発されたらえらいことになる。自分の一睨みにどれほどの威力があるか、手塚は自覚していないから尚更だ。しゅんとなった堀尾に不二が柔らかく微笑んだ。
「恋人と二人で過ごすなんて、もっと大人になってからだよ、堀尾。」
親の庇護を受けている子供なんだからね、と付け加える。堀尾がますます小さくなった。その姿に不二はくすっ、と笑みをこぼす。
「それに、家族とクリスマスなんて騒げるの、子供の特権じゃない?サンタさんが欲しいもの、くれるし。ちなみに君は何をお願いしたの?」
隣で不二の笑顔に見とれていた一年生に声をかけると、その少年はまた頬を染めた。
「あっあの、僕は、新しいラケット…」
「そう、じゃ、そのラケットに早く慣れるよう、来年早々しごいてやらなきゃね。」
ふふっ、といたずらっぽく笑う不二に少年は「はっはいっ。お願いしますっ。」と勢い良く答えた。
「あの、先輩は何をお願いしたんですか?」
少年はおずおずと問いかけてきた。
「あ、僕?うん、新しいカメラってお願いしたら、サンタさんの予算、こえちゃったみたいで。」
あはは、と少年が嬉しそうに笑う。不二もにっこり笑い返した。それからふっと遠い目をする。
「だからね、雪を降らせて下さいって。」
きょとんと少年が見返してきた。
「雪、降らないかなぁって、お願いしたんだ。」
目を伏せて微笑むその顔はどこか儚げで、周りにいた一年生達ははっと息を飲んだ。いつものにこやかな不二先輩とは全く違う、翳りのある笑み、ただその微笑みはひどく綺麗だった。
不二先輩、なんで雪なんて言うんだろう、でも、なんてそれが似合う人なんだろう、なんて悲しげで、なんて綺麗な…
その場にいた全員の胸が切なく痛んだ。
雪のようなのはあなたです、不二先輩。
「やだなぁ、不二先輩、雪よりカメラですよ、雪じゃ一円にもなんないじゃないっすかぁ。」
空気読めよ、堀尾…
我に帰って不二が顔をあげると、目の前を両隣りからエルボスマッシュをくらった堀尾が吹っ飛んでいくところだった。
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うぎゃん、十二時の時計がなってしまったわ。ああ、嘘つきってよばれちゃうのね、でもシンデレラ、負けない。トップには二十四日アップって書いちゃうもん。 続きは今日、じゃねぇ、明日25日アップってことで。さ〜て、ラストかきあげちまうか(まだ書いてないんかいっ)
