白梅記
誰が言っていたのだったか。
桜の根元に埋まっているのは死体で、梅の林に散っているのは人の灰だとかなんとか。
綺麗に咲く花をみて物騒このうえない発想だと思うが。
そうだ、先週の現代国語の授業で教師がそういう話をしたのだ。
詩人というのはよくわからん、
休み時間、隣に座る同級生にそういうと、彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべておれを見た。窓際の彼の席には早春の陽が射してふんわり明るかった。彼の笑みもふんわりしていて、おれはちょっとどきっとした。いや、かなりどぎまぎしたのだ。つい馬鹿な事を口走った。
どっちもいい肥料にはなるだろうがな。
彼はさらさらした茶色い髪を揺らして笑った。
手塚らしいね。
何がおれらしいんだ、
おれがむっつりすると、その綺麗な同級生はおれに向き直ってまた笑った。その笑みが悲しげに見えておれは胸の奥がなんだか痛かった。
恋とかしたら…
彼の柔らかい声。
恋したら詩人になるっていうから、だから恋したらわかるよ、誰でもね。
彼は綺麗に微笑んだ。あんまり綺麗に笑うから、おれは泣きたくなった。
ああ、恋ならしてるさ、ずっと、中学のときからずっと恋している。
だが詩人とやらのことなんか全くわからん。わかっているのは、この恋が叶うはずないということ、そして、それなのに諦められないということだけだ。
何も知らない同級生、不二周助は相変わらずおれの横で微笑んでいる。
不二、中学のときからずっと好きな同級生、不二周助、おれはお前が好きなんだ。
☆☆☆☆☆☆
東京近郊といっても山深いところはあるもので、青春学園高等部生徒会一同は顧問教師と共に、そんな山奥のとある町に向かっていた。春休みにはいってすぐのことだ。
「全国生徒会連盟」の行事の一貫で、いわゆる「生徒会同士の交流会」という奴だ。二泊三日、向こうの生徒会役員達と同じ宿で寝起きをともにし、昼は学校行事だの地域紹介だのに参加する。何の意味があるのかよくわからないうえ、休みにかりだされる生徒達には迷惑きわまりない企画だが、えてしてお役人のたてる企画というのは訳のわからないシロモノが多いのだ。
「なーに、費用は全額役所もちだ。タダで観光旅行できると思えばいいだろーがー。」
不謹慎きわまりない顧問のコメントとともに、青学高等部生徒会役員七名はマイクロバスに乗り込んだ。その中に手塚国光の姿もあった。
手塚は中等部時代、生徒会長を務めたせいで、高等部一年にして副会長を押し付けられた。プロテニスへの道を決めている手塚は、こうして高校生活を送れるのもあと僅かだと開き直って黙って役員を引き受けたのだが、こういう行事で三日もラケットを握れないのは流石に辛い。心はこの二泊三日が終わった翌日からのテニス部の合宿にとんでいた。
合宿なら不二とずっと一緒にいられる…
我ながら女々しいと思うが、テニス以外で接点がないのだからしかたがない。
不二…
流れる風景を車窓からぼんやり眺めながら、手塚は不二を心に思う。けして想いを告げられない恋しい同級生を。 物思いにふける手塚は、背後で女子役員三人が「この機会に手塚君との親密な関係ゲット〜っ。」と拳を握っているのに気付くはずもなかった。
☆☆☆☆☆☆
山に囲まれた小さな町の、公立高校の前で手塚達青学高等部は熱烈な歓迎を受けた。手塚に自覚はないが、もともと『月間プロテニス』をはじめ様々なテニス雑誌にその動向が載せられる有名人なのだ。話題の天才高校生を一目みようと関係ない町の人間まで集まっていた。
校長室での挨拶だの、体育館での交歓会だのが終わる頃には、手塚はげんなりと疲れてしまう。昼食は学校の側の宿泊先だということで、手塚達は荷物を持って校庭を横切った。校庭のバックネットをとおり、植え込みの小道を抜けると、真新しいテニスコートが三面あった。あ、と目を向ける手塚に、町の高校の生徒会長が話しかけてきた。
「去年からテニス部ができたんだ。まだ弱小だけどね、一応、僕が部長なんだ。」
三上と名乗るその生徒会長は二年生で、きりっと整った男らしい風貌と実直な雰囲気を持っており、どことなく山吹中の部長だった立花を思い起こさせた。
「迷惑でなかったら、明日、部活があるから少しコーチしてもらえないかな。」
控えめな物言いだがけして卑屈な色はない。行事予定にはないんだけどね、と肩をすくめる三上に好感を持った手塚は目を細めた。
「こちらこそよろしく頼む。」
「きゃあっ、手塚さーん、待って下さい〜。」
「三上君、手塚さんを独り占めはだめよ。」
突然、黄色い声が割り込んできた。相手校の女子役員達だ。手塚はあっという間に副会長と会計、それに接待役の女子生徒二人に囲まれた。男子生徒達は女子の迫力に圏外へはねとばされている。
「手塚さんってぇ、テニスで忙しいのに生徒会役員もなさるんですね〜。」
「海外とかいかれるんでしょ〜。大変なのにぃ。」
「この春休みもどこか遠征なさるんですかぁ。」
「手塚君は責任感強いから、ちゃんとテニスも役員の仕事もやるのよねっ。」
青学の女生徒三人がガードに入る。
「都大会とかもちゃんと出るし。」
「海外遠征も大事だけど、部活を大事にしてるのよ、手塚君は。」
バチバチバチ、と見えない火花が女生徒達の間に散った。その隙に手塚は女生徒の輪から抜け出す。三上が恐ろしげに言った。
「き…君も大変だね、手塚君…」
苦笑するしかなかった。
テニスコートの横には梅林が広がっていた。都内の梅はもう散っていたが、ここは今が満開だった。この梅林を抜けるのが宿への近道なのだという。林のなかに小道がついていて、紅梅、白梅、とりまぜて咲く様は見事だった。
その中に、ひときわ目立つ白梅の古木があった。小道から少し奥まった場所に、一本だけ他の梅の木から離れてそれは植わっている。花びらだけでなくガクまで青白いその白梅は、木全体から凛とした気品がただよっていた。さすがの現代っ子達も圧倒されたのか、ため息をもらす。手塚も思わず見愡れていた。
「すごいだろ、これ。」
隣をあるく三上が言った。
「この梅林、結構昔からあるらしくって、あの梅の木、古すぎて樹齢がよくわからないんだそうだ。言い伝えじゃ千年とか千五百年とか聞くけどね。」
「手塚さん、あんまり見ると、梅の木に取り付かれちゃいますよ。」
会計の女生徒が脇に並んだ。ショートカットの小柄なその女生徒は、自分が可愛いタイプにはいると自覚があるのか、上目遣いに手塚にすりよった。
「あの梅ね、気に入った人間に梅の精が取り付くっていわれてるんですよぉ〜。」
「手塚さん、かっこいいから気をつけないと。」
副会長をしている美人系の女生徒も手塚の横をさりげなくキープする。またしても三上は、女の無言の圧力に手塚の側から跳ね飛ばされた。その時、生徒の間から素頓狂な声が上がった。
「あっあれっ。」
呆然と梅林の奥を指差している。他の生徒達も指差された方向を凝視した。
「え…」
「なっなに…」
「…うそ…」
皆の視線の先、白梅の古木のその向こうに、梅の精が立っていた。
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え〜、ペーパーで配ったとこまで一応アップです。「白梅記」、今度はちょ〜っと変わった話になるかと。「時代劇」に続いてまたまた高校生設定ですねぇ。ど〜も私ら、年令あげないとラブシーンかけないってことがわかってきて…ラブラブさせるぞぉぉぉぉ(目指せ、脱・お笑い)