三年目の浮気
     
     
  「オッパイ?」
「そう、パイパイ。」

ふと、職員室から漏れ聞こえてきた声にはたけカカシは凍り付いた。

「オレ、じつは大好きなんだよ。」

それは確かに恋人の声、うみのイルカの声だった。







はたけカカシとうみのイルカが恋人同士となって三年がたつ。つき合い当初は里随一の上忍と誰からも慕われるアカデミー中忍の、しかも男同士のカップルに周囲は腰を抜かしたものだ。上忍の気まぐれだの、どうせすぐに壊れるだのと、様々な中傷もとびかったが、ラブラブさ加減は度合いを増して今日に至っている。今では里一番のバカップルだ。

そして今日、五月二十六日はうみのイルカの誕生日だった。付き合い始めて三度目の誕生日を祝うべく、はたけカカシは浮き浮きと職員室へイルカを迎えにきた。

ちょっと驚かせちゃいましょうか。

ほんの悪戯心だった。気配を断ってイルカの机近くの窓の下に降り立った。その瞬間、耳に飛び込んできたのだ。

「オッパイ。」

一瞬、頭が空白になる。オッパイといったのか、今、オッパイと。

「大好きなんだよ。」

イルカ先生がオッパイ大好き…?

カカシが呆然としているうちにも、イルカと同僚の会話は続いている。

「でっかいのじゃなくて、ほら、手のひらサイズっていうか。」
「あ〜なんとなくわかる。んでイルカさ、いつ行ったんだよ。」
「受け付け事務に新人の若い子、入っただろ。歓迎会で飲んだ時、そういう話になって、じゃあ一度試してみましょう、ってその子ともう一人のくの一と、誘われてさ、ついこの間だよ。」
「え〜、女の子二人に男一人かよ。ある意味勇気あんな、イルカ。」
「違う違う、男はオレともう一人、ヨシノのヤツとさ。」
「うわ、今度はオレも誘え。自分らばっかおいしい思いしやがって。」
「お前彼女いるじゃないか。彼女と行けよー。」

カカシはこれ以上聞いていられなかった。その場に乗り込む意気地もなく、カカシはその場を逃げ出していた。






「イルカが浮気しただぁ〜?」

アスマの素っ頓狂な声が上忍待機所に響いた。

「んなもん、おめぇじゃあるめぇし、なんかの間違いだろーがよ。」
「だっでアズマ〜、おっばいずぎだっで言っでだ〜。」

ソファに突っ伏して大泣きする里随一の忍を上忍達は遠巻きにしている。側にいるのは、自分も遠巻きにしたいが忍服の裾をがっちり掴まれているアスマと、人の恋路をつつきたくて興味津々の紅だけだ。

「イルカ先生だって男ですもの。オッパイ好きに決まってるじゃない。」
「えぇっ。」

しれっと発せられた紅の言葉に改めてカカシはが〜ん、とショックを受ける。

「アッアズマ〜〜っ。」
「話ややこしくするな、めんどくせぇ。」

アスマはくわえ煙草のまま紅に顔を顰めた。それから、なだめるようにカカシの頭をぽんぽん叩く。

「オッパイが好きってだけで、浮気はねぇだろ、あぁ?」
「だっでだっで…」

ぶわっとカカシの目に涙が溢れた。

「受付の新人とその友達と、イルカせんせ、4Pしたって…」


「……」
「………」
「「えええええーーーーっ」」


二人だけでなく、上忍待機所にいた全員が叫んだ。


「イルカが4Pーーっ。」


あの真面目で健康的なイルカが乱交などやったというのだろうか。全員が目を白黒させる。ようやく声を絞り出したのはアスマだった。

「んな、お前、それこそ間違いだろ…」
「だっで〜〜〜っ。」

カカシはわっと泣き伏す。

「一度試してみましょうって誘われたって〜〜〜っ。」

上忍待機所はシン、と静まりかえった。おいおいとカカシの泣き声だけが響く。泣き伏す里の誉れを上忍達はどこか呆然と眺めていた。その中でまず我に帰ったのは紅だった。

「ちょっと、で、アンタ、そのまま黙って逃げ出してきたってわけ?」

キッと柳眉を吊り上げた紅に、カカシはすんすんと鼻を啜った。

「なっさけないわね。ビシッと言えばいいじゃない。浮気は許さないって。」
「……でも…でもね、紅…」

カカシは眉を下げる。

「イルカせんせも男だし、女抱きたくなることあるのかなって、オレがいつも無理言ってるから…」
だから文句言えなかった…

消え入りそうな声でそう言うと、悲しげにカカシは目を伏せた。

がぎっ、ぼがっ。

「痛い〜〜〜」

思い切りはたかれた頭を押さえてカカシが呻いた。

「お馬鹿ねっ。」
「ど阿呆っ。」

アスマと紅がすっくと立ち上がる。

「アンタ、浮気は浮気でしょっ。」
「イルカも納得ずくでくっついたんだろーが。何、変な気ぃ使ってやがるっ。」

二人はビッとカカシに指をつきつけ同時に叫んだ。

「三年目の浮気なんぞ許してんじゃねぇっ。」
「オレの胸を揉んでいろ、くらい言いなさいよっ。」

カカシがハッと表情を改める。

「オレの胸を…」
「そうだ、カカシ。お前にだって立派なオッパイがあるじゃねぇか。」

アスマが拳を握った。紅が頷く。

「丁度手のひらサイズでしょっ。」

カカシの目に光が戻った。やおら立ち上がり、天に向かって拳を突き出した。

「そうだ、オレは何を弱気になっていたんだ。オレにだってオッパイがあるじゃないか。」

言い様カカシはバッと忍服を脱ぎ捨てた。鍛えられた上半身が現れる。

「そうよ、その意気よっ、カカシっ。」
「ガツンと揉ませてやれ、ガツンとっ。」
「なっ何をしているんです、カカシさんっ。」

驚いた声が戸口からした。

「…イルカせんせ…」

そこには、渦中の人、うみのイルカが呆気にとられて立っていた。



 
 

イメージ画・KIOSUKU・ばいおば様
 
 



あなたの誕生日をするから絶対に残業しないで、五時に迎えに行きます。

随分と前からカカシとイルカはそう約束していた。だが、五時を過ぎてもカカシが来ない。受付で確認するが緊急の任務が入ったということもなかった。

アスマ先生達と盛り上がっているのかもな。

待機所にいるとふんだイルカは自分から出向くことにした。カカシは結構、友人達にノロケるのが好きである。それは三年たった今でも変わらない。おそらくは自分の誕生日ということで、からかわれたりノロケたりをやっているのだろう。

しょうがない人だからなぁ。

イルカはくすっと笑みを零した。一緒に過ごせば過ごすほど、あの男が可愛くてたまらなくなっている。オレも相当なもんだよなぁ、などと思いつつガラリと待機所の扉を開け、イルカはそのまま固まった。

「…なっ何をしているんです、カカシさん。」

恋人が上半身裸になっている。もちろん、口布をつけたままの裸で、それが妙にいかがわしい。仁王立ちのカカシの横ではアスマと紅が拳を天に突き上げた恰好のまま止まっている。それ以外の上忍達は、いたたまれないような顔をして視線をはずしていた。

「アンタ、何で裸なんかに…」

唖然としているイルカに、カカシはキッとまなじりを上げた。

「イルカ先生っ。」

鋭くイルカの名を呼ぶ。

「アンタ、そんなにオッパイが好きならこれを触りなさいよ。」
「へ?」
「手のひらサイズが好きなんですって?ほら、オレの、丁度手のひらサイズじゃないですかっ。」
「はぁ?」

ますますぽかんとするイルカに写輪眼のカカシは厳然と宣言した。

「浮気は絶対許しませんっ。」
「はぁーーーっ?」

浮気?

何がなにやら、イルカにはさっぱりだ。だが、カカシはますます視線を厳しくした。

「アンタがオッパイ好きだろうが何だろうがオレは別れませんよっ。」
「あの、カカシさん、オッパイってさっきから…」
「オレにだって二つの立派なオッパイがあるんですっ。」
「だから、カカシさん、いったい…」
「まだ言いますかっ、余所で揉みたきゃオレの屍を…」

ごちん。

上忍待機所にカカシの頭の音が盛大に響いた。そして静けさが戻ってきた。








「で、なんでオレが浮気なんです。」

カカシの目の前で、イルカは両腕を組んでいる。カカシは目を伏せ、ぼそぼそと答えた。

「しらばっくれてもダメです。オレ、さっき、職員室であなたが話しているのを聞いたんですからね。」
「は?」

イルカは目をぱちくりさせる。カカシはむっと顔を上げた。

「新人の女の子とその友達に誘われたんですって?なにが一度試してみましょう、ですか。オレというものがありながらっ。」
「あぁ、その話ですか。」

得心したようにイルカは頷き、それから平然と言い放った。

「だってカカシさん、好きじゃないでしょう?」
「なっ…」

カカシの頭にカッと血が上った。

「あっ当たり前ですよっ、ってか、普通の感覚してたら当然でしょうがっ。」
「ほらね。だからあの子達が行くっていうから、オレ、便乗したんです。一回試したかったし。」

どこまでも平静なイルカに、カカシはわなわなと震えた。

「アアアンタっ、よくもしゃあしゃあと…」
「アンタこそ何です。ねちねちとまだるっこしい。」
「自分のやったことは棚に上げてそういう言い方ありますかっ。」
「試したかったらオレにはっきり言やあいいでしょうっ。」

カカシとイルカは同時に声を荒げた。

「同僚と4Pエッチなんてっ。」
「パイ専門店でお茶したいってっ。」

しばらくシン、と静寂が支配した。

「……パイ…専門店…?」
「…4P…」
「………え〜っと…」

カカシの目がうろうろと泳ぎはじめた。イルカの背後にごごごっ、と炎が上がる。

「なんですか、その4Pってのは。」
「あ…えっと、その…職員室でイルカ先生が話してたのって…」

ひくり、とイルカの額に青筋がたった。

「…はい、オレは今日、たしかに同僚と『パイ専門店』に行って食べたって話をしてましたがね。」
「……あの〜、手のひらサイズって…」
「オレはね、でっかいパイを切り分けたタイプより、手のひらサイズのパイ生地にいろんなもんが詰まってるタイプが好きなんですよ、パイはオレの好物ですからね。」

だらだらとカカシは冷や汗を流し始める。

「その〜、女の子達とってのは…」
「ヤローだけでアンタ、こじゃれたパイ専門店でお茶する勇気、ありますか。せっかくオープンしたのに恥ずかしくて入れない、って話をしたら、女の子達が、じゃあ一緒に食べにいきましょうって誘ってくれたんですよ。」
「あ…ははは…はは…」

青ざめたまま、カカシはポン、と手を打った。

「あ、、アンタの同僚が言ったのはオッパイじゃなくて『おっ、パイ。』だったってわけですか。」

いやはや一本とられました、と笑うカカシの頭がごん、ごん、と立て続けに音をたてた。

「こんのバカカシッ。」
「なーにが一本だっ。」

後ろからカカシをはたいた紅とアスマに、イルカは深々と頭を下げた。

「どうもこの人がご迷惑おかけしたようで、本当に申し訳ありません。」

それから顔を上げ、にっこりと笑った。

「で、アスマ先生と紅先生はカカシさんに裸で何をしろと。」
「あっあらやだ、あたし達は別にっ。」
「オレたちゃオッパイ揉ませてやれなんてこたぁ…」
「揉ませてやれと、そうですか。」

にこやかなイルカにアスマと紅は慌てて手をぶんぶん振った。

「いや、お前さんが浮気するわきゃねぇって信じてたぞ、オレは。」
「そっそうよねぇ、アスマ。イルカ先生に限って4Pだなんて。」
「……4P…」

にこにこしながらイルカが呟く。アスマと紅はくるりとカカシに背を向けた。

「じゃ、がんばってね、カカシ。」
「しっかり誕生祝いやってやれや。」
「あっ、ちょちょちょっと待てっ、おっお前らがガツンと揉ませてやれって…」

カカシの悲鳴を遮るように、イルカが笑顔のまま言った。

「さ、帰りましょうか、カカシさん。その4Pっていうのをゆっくり聞かせていただかないと。」

がっちりとカカシの腕をとるイルカの目は笑っていない。

ひ〜〜〜〜っ。

三年目の浮気を疑ったカカシが、記念すべきその夜、どんなお仕置きを受けたのか、それはまた別のお話。
 
     
     
     
 
ごめん、バカカシで…
「KIOSUKU」のばいおば様から、素晴らしいイメージ画をゲットしてきました。
ありがとうっ、ばいおばさんっ。
まさに、まさにあの通り。鍛えられたカカシの肉体がなにげにエロいと思ったのはオレだけじゃあないはず。
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