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よく晴れた日だった。 お屠蘇気分も抜けて、そろそろ日常が戻ってこようかという一月のある日、洗濯物を干し終わったイルカは、居間に声をかけた。 「おーい、昼飯、何が食いたい。」 返事がない。 「おい、ボロー、いねぇのかー?」 ベランダから部屋へ入ると、手の平サイズの子猫は座布団の上でむっつりと座っている。 「なんだ、いるじゃねぇか、ボロ。」 「あにさんっ。」 子猫はきーきー声をあげた。 「あっしの名前は千手院是清でやすっ、何度言やぁ覚えるんですかい。」 「まーだ拗ねてんのか?」 手の平サイズの子猫はぶいっ、と顔を横に向ける。 「……屈辱でやす。猫生最大の屈辱でやす。」 「って言われてもなぁ…」 子猫の機嫌が最悪なのにはわけがある。それは夕べのことだった。 カカシが任務で、イルカが翌日休み、と知った同年代の同僚達が、男女取り混ぜ一升瓶抱えて突然押しかけてきたのだ。 「イッルカ〜、新婚家庭、拝見でぇっす。」 「きゃ〜、ここがうみの先輩とはたけ上忍の愛の巣ですかぁっ。」 「おっおいっ。」 どこかで一杯やってきたらしく、上機嫌の同僚達はどかどかと勝手にあがりこむ。止める間もない。 「あ〜、猫がいる〜。」 「きゃ〜、ちっさ〜い。」 「うわ、きったねぇ猫だな、こりゃ。」 「雑巾じゃん、コイツかぁ?例の猫ってのはさぁ。」 「ちっせぇボロ布。」 居間になだれこんだなり、大騒ぎがはじまる。慌てて居間へ取って返したイルカは眼前の光景にざぁっと血が引いた。 同僚の一人が懐からさきイカの袋を取り出し、あろうことか子猫の鼻先で振っているではないか。 「ほらほら〜、ボロちゃ〜ん、まんまでしゅよ〜。」 勝手につまみやらグラスやらコタツに並べていた連中もわらわらと寄ってきた。 「あ、一つくれ。ささ、猫ちゃん、さきイカ食べましょ、イカ。」 「タマとらねぇぞ、コイツ。鈍いんじゃねぇ?」 「やりかたわりぃんだよ、オレに貸せ。」 酔っぱらいのすることだ。タマをとらせるどころか、子猫の顔にさきイカがペシペシあたっている。 子猫はというと、きん、と座って微動だにしない。 「やっぱコイツ、鈍っ。」 「こらこら、ボロきれ、タマとらないとあげましぇ〜んよ。」 「ばばばかっ、何すんだっ。」 好き勝手を言う同僚の前からイルカはひったくるように子猫を抱き上げた。 見かけは手の平サイズの赤ん坊でも実際年齢二百才のこの化け猫、かなりプライドが高い。 内心イルカは冷や汗をかきながら不機嫌を装った。 「ちっせぇんだからもみくちゃにすんなよ。」 「え〜、イルカ〜、いいじゃねぇか〜。」 「そーだよ、オレら、ボロちゃんと遊んでやんだからよ。」 「ボロボロ言うなっ、コイツには是清って名前があんだっ。」 自分が普段、ボロと呼んでいるのは棚に上げてイルカは怒鳴った。このプライドの高い子猫が「ボロ」と呼ばれて怒らないのは自分だけだと実はイルカは認識している。 文句を言うのはじゃれ合いみたいなものだ。 だが、見も知らぬ中忍達がボロ布呼ばわりしてきたら、怒って何をしでかすかわからない。 一応、化け猫とばれないよう普通の猫のふりをしろ、と言い含めてはあるが、子猫がどこまで我慢できるやら。ちらと下を見るとしっぽがわずかに膨らんでいる。 やべっ イルカの背中を冷たい汗が流れた。だが、あくまで平静を装い、さも呆れました、というように肩をすくめてみせる。 「あのなぁ、コイツのこと、カカシ先生ベタかわいがりしてんだぞ。今いないからいいようなものの、ボロ布なんて呼んだらお前ら、殺されっからな。わかってんのか?」 写輪眼の二つ名は伊達ではない、流石に同僚達がびく、とひるんだ。そのとき、新米教員のくの一が目をキラキラさせながら寄ってきた。 「是清ちゃん、って言うんだ。かっわいい〜。」 そしてイルカの手から子猫をひょいと取り上げる。 「うみの先輩、大評判ですよ、クリスマスイブにはたけ上忍がこの子を肩に乗せて買い物してたって。」 「え…カカシ先生が?」 目をぱちくりさせるイルカにくの一はくすっと笑った。 「昼の二時頃、モン・サン・木の葉にはたけ上忍がケーキ買いにいらしたんですって。そのとき、この子も一緒だったそうなんですけど、ご存知なかったんですか?」 「あ、オレ、急に仕事はいっちまって、帰ったの七時頃だったから…」 そう、クリスマスイブの午後イルカは休みをとっていたのだが、火影からの急用が入り、帰宅が遅くなった。その旨カカシに伝えると、買い物をしておくからという式が返ってきたが、まさか子猫を連れ出していたとは。 「へ…へぇ、カカシ先生、別にそういうこと言ってなかったから…どっどういう様子だったんだろうなぁ。」 口元が引きつらないよう苦労しながらイルカは笑う。 「それがですねぇ。」 くノ一は頬ずりするように子猫を両手で持ち上げた。 「こんな感じではたけ上忍、この子肩にのっけてたんですって。んで、ケーキ選びながらすっごく楽しそうに話しかけてたらしくって、お前、チョコ好きだよねぇ、それともやっぱり生クリームがいい?って。案外可愛いんですね、はたけ上忍。」 げっ イルカは頭を抱えたくなった。 目立つことをするなとあれほど釘さしておいたのに、よりによってクリスマスイブのケーキ屋とは。一年で最も混む日に大の男が子猫を肩に乗せてケーキを買いにいけば話の種にされるに決まっている。 しかもそれが里の誇る上忍、写輪眼のカカシとくればなおさらだ。あのやろー、とこめかみをひきつらせているイルカには気づかず、くノ一はニコニコしながらさらに爆弾発言をした。 「それにこの子、はたけ上忍が話しかけると、まるで返事するみたいにぴ〜って鳴いていたんだそうです。それがちゃんと鳴き方かえているから、まるで会話しているみたいで、それではたけ上忍、チョコケーキに決めて買っていったんですって。すっごく賢いって見ていた人達みんな驚いちゃったらしくて。」 「……っ」 イルカは目を剥いた。 確かにイブのケーキはチョコレートだった。コイツら、自分の知らないところでそういうことしてやがったのか、どうりで、クリスマスイブ、イルカが遅く帰ってきても両者、機嫌がよかったわけだ。おおかた、帰りが遅くなるというイルカの式を受け取った時点で、街へ繰り出そうと話がまとまったに違いない。 基本的な性格が似たもの同士の化け猫とカカシ、イルカが目を光らせないと、すぐにアホなことをおっぱじめる。 じろっと睨むと、慌てて子猫が目をそらした。 「こんなにちっちゃいのにすごいですねぇ、是清ちゃん。」 「カ…カカシ先生、忍猫にしたいって言ってたから…」 あはは、と苦し紛れの言い訳をしたイルカの背に、今までコップ酒を煽っていた酔っぱらいどもがどぉっとばかりに絡んできた。 「このチビが忍猫だ〜?ムーリムリ。」 「役にたたねぇだろ、コイツ、鈍ぃし。」 「でもよ〜、雑巾みてぇだから、保護色になっかも。」 「あ〜、探索専門、そっか〜、おい、ボロ布、お前探索猫な。」 「よし、鍛えちゃる。ほれ、タマとってみぃ、タマ。」 「ちょっとぉ、是清ちゃんになにするんですかぁ、やめてくださいよ〜。」 酔っぱらいの男どもは今度はカニかまスライスを子猫の鼻先に突き出している。くノ一が口を尖らせて子猫をかばえばよけいにちょっかいかける有様だ。 イルカは一つため息をつき、コタツの上のグラスをとった。手酌で酒を注ぎ、ぐっと煽りながら子猫の様子をうかがう。 さっきよりしっぽが膨らんでいるのは、必死で怒りを抑えているからだろう。だが、相手は酔っぱらい、いかんともしがたい状況だ。イルカは諦めて飲むことに決めた。 くっそ、帰ってきたら覚えてやがれ。 この騒ぎの元凶となった男の顔を思い浮かべ、イルカは心中悪態をつく。 銀髪の恋人の帰還は明日の昼頃だ。どうやってシメてやろうか、と考えながら、現在酔っぱらいどものおもちゃにされている子猫が暴発しないことだけをイルカは祈った。 それが夕べの出来事だ。そして深夜すぎ、酔客が帰ってから子猫はずっとむくれている。不機嫌に朝からだんまりを決め込んでいたが、昼飯時になって流石に飽きたのだろう、堰を切ったように文句が飛び出し始めた。 「たかが忍風情に侮られるなど、屈辱以外のなにものでもありやせんっ。あっしが忍猫でやすってぇっ?由緒ただしき化け猫のあっしを、よりによって使役獣なんぞと、だいたい、あにさんもあにさんでやす、忍猫たぁずいぶんな言いようじゃありやせんかっ。おかげであっしぁおもちゃでやすよっ、あの中忍どもが今日、無事にお天道様おがめたのは、ひとえにあっしの温情でやすからねっ、あにさんのお仲間と思えばって、あにさん、聞いてやすかあにさんっ。」 「あ〜、聞いてる聞いてる。」 イルカはやれやれと首を振った。 「あのなぁ、もとはといえばお前、自分で蒔いた種だろうが。」 「カカッさんが蒔いたんでやすっ。」 きぃきぃ声で抗議する子猫の額をイルカはピン、とはじいた。 「人のせいにしない、お前も悪い。」 ぴゃっと鳴いた子猫の前で腕組みするイルカは先生モードだ。 「そもそもカカシ先生の肩にのって外出した時点で間違ってるんだ。目立つに決まってるだろ?あの人、あれでも有名人なんだぞ。」 「あっしぁ完璧にただの猫を演じてやした。抜かりはありやせんっ。」 「カカシ先生の肩にただの猫が乗ってるから目立つんだよ。身から出た錆だ。少しは反省しろ。」 「あっしの辞書に反省って言葉なんざねぇんでやすっ。」 こうなるとだだをこねる幼児と同じレベルである。 「元はといえば、あにさんが仕事で遅くなるのが悪いんでやすよっ。あにさんが帰ってくるまで部屋にいるよりゃクリスマス気分味わいに外出しようってなりま…ぴゃっ。」 イルカに再び額をつつかれ、子猫は飛び退った。 「逆ギレすんなって。ほれ、焼きそばでいいか、昼は。食うだろ?焼きそば。」 台所へ行こうとイルカが立ち上がったとき、どんどんと玄関の戸が派手にたたかれた。イルカは怪訝な顔を玄関に向ける。 知人にこんな戸のたたき方をする人間はいない。戸口に向かう足下で、子猫がむっつりと言った。 「昼飯時に図々しい客でやす。」 来訪者はどんどん、と戸を叩く。やたらせっかちだ。 「あ〜、はいはい。」 それから子猫に向かってイルカは顔をしかめてみせた。 「お前、ただの猫になってろよ。」 子猫はぷいっとそっぽを向く。それに苦笑しつつ、イルカは玄関へ向かった。 「はい、今開けま…」 イルカがドアノブに手をかけたと同時に、バン、と勢いよく扉が開けられた。 「わっ。」 「休日に悪いね、イルカ。」 全く悪いと思っていない声で来訪者はずいっと体を中に入れてきた。 「あぁ、カカシはまだだね、丁度いい。」 ぱっぱっ、と豪快に履き物を脱ぐ。 「…ほっ」 「邪魔するよ。」 「ほっほっほっ…」 「なんだい、ほうほううるさいねぇ。蛍の季節でもあるまいに。」 「火影様ーーーっ。」 イルカを訪ねてきたのは他でもない、木の葉の五代目火影だった。 「ほほ火影様、こっこんなむさくるしいところにまたどうして…」 「あたしが来ちゃまずいのかい?」 「いいいいえ、そんなことはっ。」 うろたえるイルカにかまわず、五代目火影、綱手はずんずんと居間へあがりこんだ。 「ほぅ、これが噂の子猫かい?」 ハタと我に返ったイルカは大急ぎで居間へ戻った。子猫が化け猫だとばれたら大変だ。 九尾の事件以来、里は尾獣、妖獣のたぐいに神経をとがらせている。 「えっ、あのっ、そのっ…」 「思ったより小さいねぇ、カカシの肩に乗るはずだよ。」 綱手はどかっと子猫の前に腰を下ろした。ちょいちょい、と子猫の鼻先で指を振る。 「ほらほら、おいで。」 「ぴゃ〜。」 子猫は普通の子猫らしく、その指にじゃれついてみせた。 「あっあのっ、火影様…」 「なかなかすばしっこいじゃないか」 「はっはぁ…」 「カカシがこいつを忍猫にするって?」 「いっいえ、そういうわけでは…」 「一緒に買い物してたそうじゃないか。」 「そっそれはそうなんですけど…」 「まぁいい。」 綱手はくりくりと子猫の頭を撫でた。 「ペットっていうのも案外可愛いもんだ…」 すりっと子猫は頭を擦りつける。撫でていた綱手の手がふぅっと上に上がった。 「…ねぇっ。」 突然、空気が唸りをあげた。バッと子猫が身を翻す。 どかぁっ 「なにしやがんでぃっ。」 凄まじい轟音と振動の中、子猫がきぃきぃ怒鳴った。畳に綱手の拳がめり込んでいる。さっきまで子猫がいた場所だ。 「ほほほ火影様ーっ。」 腰を抜かしそうになったイルカがあわあわと尻で後ずさった。ふしゃーっ、と子猫は毛を逆立てる。 「あっしを殺そうたぁイイ度胸だ、このクソ婆ぁっ」 「正体あらわしたね。」 綱手はじろり、と子猫を見据えた。ずいっと畳から拳を引き上げると、子猫のいた部分だけ、焦げてしゅうしゅう煙が上がっている。全体を破壊せず一点だけにチャクラを集中させるあたりはさすが五代目火影というべきか。 綱手は厳しい声で言った。 「お前、何者だい。」 「ほほ火影様、これはっ…」 「黙りなっ。」 割って入ろうとしたイルカは一喝されて縮こまった。きつい眼差しを子猫に据えたまま、綱手はどん、とあぐらをかく。 「おおかた化け猫かなんかの類だろうがね、おい、イルカ。」 「はっはいっ。」 びくっ、と背筋を伸ばしたイルカに綱手はチラと視線を送った。 「齢いくつだ、このボロ雑巾は。」 「ボロ雑巾たぁどういう言い草でぇ、このババアっ。」 「はっはぁ、本人いわく二百歳だとか…」 「あにさんっ、こんなババァに答えるこたぁねぇでやすっ。」 きぃきぃ叫ぶ子猫の頭をイルカは慌てて押さえた。 「お前なっ、この方は里長なんだぞ。しょうがないだろっ。」 「しょうがないってなんだいっ。」 「わぁ、すいませんっ。」 綱手にすごまれてイルカは首を竦めた。綱手はふん、と顎をしゃくる。 「どうも去年の夏からおかしいと思ってたんだよ。カカシから術の気配がしたのに何なのかさっぱりわからなかったからね。イルカっ。」 「はっはいっ。」 イルカが再度びくっと背筋を伸ばした。 「丁度カカシから術の気配が消えた頃、お前達、職員室で痴話喧嘩やらかしたね。いったい何があった。」 「えっ、あ…う…」 イルカは口ごもった。さすがは里長、里全体を覆っていた化け猫の妖術の気配に気づいていたのか。 「とっとと吐きなっ。」 「おうぇっ。」 思わず後ずさったイルカの膝前で子猫がぴょんぴょん飛び跳ねた。 「あにさん、言ってやんなせぇ、あっしぁ愛の使者、縁結びのめでてぇ猫でやすって。」 「はぁ?なんだいそれはっ。」 「いや、だからその〜、」 イルカは泣きたい気分だった。夕べの今日で、何の厄日なのかと思う。 「あのバカ、肝心な時にいやがらねぇし…」 小さくカカシへ悪態つくと、綱手がぎろっ、と目を光らせた。 「誰がバカだってぇ?」 「いえっ、うちのバカカシのことですっ、けして綱手様のことでは…」 「バカババァ、バカババァ。おめぇのことでぃ、バカババアッ。」 「お前は黙ってろっ。」 イルカは焦って手のひらで上から子猫を押さえた。 「ぴゃ〜っ、子猫虐待〜〜っ。」 「よけいなこと言うからだ。」 「動物愛護団体に訴えるでやす〜〜っ。」 「どこでそんな知恵つけてきやがった、どあほうっ。」 「……いい加減におし。」 綱手は頭痛を抑えるように額に手を当てた。 「あわわ、すっすみませんっ。」 子猫を両手に抱きとって恐縮するイルカを眺め、綱手はふぅっと大きなため息をついた。 「イルカ。」 イルカはぎく、と身をこわばらせる。じたばた暴れる子猫を胸の前に押さえ込んだ。その様子に綱手はもう一度ため息をつく。それからまっすぐにイルカを見つめ、静かに言った。 「イルカ、この里に化け猫がいると知れたらどうなるか、わからんお前でもあるまい。ようやく里人に受け入れられたナルトの身がどうなると思う。」 イルカは目を見開いた。 「そ…それは…」 確かに、里に化け猫がいると知られたら大変なパニックを引き起こすだろう。九尾の傷はいまだ深い。 人々の恐怖と憎悪が九尾を腹に宿すナルト自身への攻撃や排除に繋がると思うと身が震える。必死に努力して、やっとあの子は居場所を作り、仲間を得たのだ。イルカは俯いた。事の重大さはわかっている。それでも、もうこの子猫はイルカの家族だ。失うなど考えられない。 去年、一度子猫を失って嫌と言うほど身にしみた。だが、綱手の無情な宣告が頭上に落ちた。 「捨ててきなっ。」 「えっ。」 イルカが顔を上げると、目の前に鬼の形相の綱手がいる。 「捨ててきなっ。」 「ひぃっ。」 「ぴゃっ。」 イルカは思わず後ずさった。手の中の子猫の毛もぶわり、と広がっている。綱手は片膝つくとずいっとイルカの方へ顔を突き出した。 「だから捨ててきなと言っている。」 「いっ嫌ですっ。」 咄嗟に叫んだイルカの言葉に綱手は眉を吊り上げた。 「くちごたえする気かい?もう一度言うよ、捨ててきな。」 「いいい嫌ですっ。」 「ぴき〜〜〜っ。」 ぎゅっと子猫を抱き込んだせいで、手の中の子猫が悲鳴をあげた。だが、それにかまっている場合ではない。綱手はこめかみをひくつかせ怒鳴った。 「どっか森にでも置いてくりゃいいだろうがっ。」 「そんな、可哀想ですっ。」 「エサくらい自分でとれるだろうっ。」 「だって、そんな無理です、きっと。雨だって降るし…」 「濡れるくらいなんだっ。」 「可哀想です〜〜っ。」 「なななんでやすっ、れっきとした化け猫のあっしを捨て猫みてぇにっ。」 途中で子猫がきぃきぃ抗議したが、綱手とイルカには聞こえていない。二人ともすっかり頭に血が上っている。 「うちじゃ飼えないんだよっ。」 「オッオレが面倒みますからっ。」 「あてになるかいっ。」 「責任もって飼いますっ。」 「だめだっ、捨ててくるんだよっ。」 「嫌ですっ。」 「ダンボールやるから里の外の森に置いてきなっ。」 「面倒ちゃんとみるんですっ。」 「だからあっしぁ捨て猫じゃありやせんって。」 ほとんど、捨て猫を拾ってきた子供と母親のやりとりと化した言い合いに子猫が声を張り上げる。 「あにさんっ、聞いてやすかいっ。っつか、やい聞け、クソババァッ。」 イルカの胸元で叫ぶ子猫に綱手は冷淡な一瞥をくれた。 「見な、イルカ、躾も何もあったもんじゃない。このザマで里に暮らせるとでも思っているのかい?」 「あっ頭だけはいい子ですから、躾ますっ。」 「親ばかだねぇ、イルカ。まぁ、この毛並みだ、頭だけでもいいって信じたい気持ちはわかるが、うちのトントンの方がよっぽどマシさね。」 「ぶっ豚にだって負けませんっ。」 「猫より豚は賢いもんなんだよ。」 とうとう子猫はブチ切れた。 「黙って聞いてりゃこのババァっ。」 イルカの隙をついて子猫はぴゅっと胸元から飛び降りた。毛を逆立てととと、と斜め歩きで綱手の前に出る。 「由緒正しき化け猫を軽んじる数々の言動、祟りをもって報いとなせ。」 ピシャーッ、と牙を剥き出し威嚇するが綱手はムッと眉を寄せただけだ。 「なんだい、アタシにケンカ売ろうってかい、このボロ屑が。」 ぶわり、と子猫の毛がさらに逆立った。 「化け猫の祟りを侮りしこと、冥土にて後悔するがいい〜っ。」 慌ててイルカが子猫を宥めにかかる。 「よせよボロ。お前、今まで祟り、成功したことないだろ?恥かくだけだぞ。」 火に油を注ぐような宥め方だが、言った当人は気づいていない。 「キシャーッ、もおーーーあったま来たっ。」 ババッ、と子猫は綱手から間合いをとった。夕べからの苛々も加わって、形相が変わっている。濃紺の瞳が真っ赤に染まった。 「化け猫の鐘よ、三度響け。最後の鐘の鳴り響くとき、紅き花の命散るらん。花弁とともに命散るらん。」 「おい、これきよ…」 困ったように、だがのんびりイルカが名前を呼んだ。綱手は腕組みしたままふん、と顎をしゃくっている。 子猫は単調な声で、まるで声明のように文言を唱え続けた。 「さても紅き花を刻まん。命の上に紅き花、初めの鐘の鳴り響かんや。」 子猫が綱手に向かってぴょん、と飛び上がった。 「くらいやがれ、化け猫のぉっ」 「これきよ、やめろって。」 「たたりーーーーっ。」 綱手の額を前足の肉球でぺしり、と叩く。 「あ?」 綱手とイルカは目をぱちくりさせた。 「フシャーッ。」 着地した子猫は、とととっ、と斜め歩きで再び距離をとった。なんとなく自信なさげなのは、これまで祟りが成功したためしがないからだろう。イルカが慌てた。 「こっこらっ、火影様になんて失礼なことするんだっ。前足で叩くなんて。」 デコピンされまいと子猫はぴっと飛び退る。イルカは焦って綱手の前に手をついた。 「申し訳ありませんっ、コイツがとんだ無礼を。よくよく叱っておきますので…」 そこまで言って、イルカはぎょっと目を見開く。 「叱って…」 「あ…ありゃぁ?」 子猫も素っ頓狂な声をあげた。じわり、と綱手の額に小さな赤いしみが広がっている。それは次第にくっきりと形をなし… 「肉球…?」 それは子猫の前足の肉球の形をしていた。イルカと子猫に凝視されて綱手は眉をひそめて額を触る。 「なんだい?」 「つつつ綱手様…」 イルカが震える指で額を指差した。 「まっまさかそれ…」 「だから、あたしの額がどうしたってんだい?」 「命の上に祟りの花が刻まれたんでやす。」 低い声がした。ぎょっと振り向くと、ちんまり座った子猫がじっと見上げている。真っ赤に染まった瞳は今は濃紺に戻っていた。 「紅梅が咲きやした。」 何の感情も浮かべていない子猫の瞳は、確かに異形のものだ。 「化け猫の祟りでやす。」 どこからかゴーン、と鐘の音が響いた。まるで二百年の歳月の向こう側から響いてきたような音だ。 「命半ばに二番目の鐘が鳴りやしょう。」 イルカと綱手は息をのむ。 「日暮れ時、最後の鐘が鳴りやす。」 深い水底を思わせる瞳で子猫は低く告げた。 「紅梅が散り、命も散りやす。」 積み重なった年月が澱のように子猫の周りで揺らめいたような気がして、イルカと綱手はただ身を強ばらせていた。 |
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という事で綱手様大ピーンチ!本物の子猫は勿論、さきいかなんか食べさせちゃいけません。つか、まだミルク飲んでる時期の子猫くらいの大きさしかありません是清、でも一番の年長者。暴言も無理かなる話か? |
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