「変でやす、ありゃあ演技じゃありやせんぜ、かんっぜんにあにさん、おかしくなっておりやす。」
「というか、何なんだろうね、こう、全体的に違和感あると思わない?」
難しい顔でカカシと子猫は本部へ向っている。
「いつもならあんな切なく名前呼ばれたら嬉しくって飛び跳ねるとこなんだけどねぇ。」
「是清さん、でやすぜ?あのあにさんが、考えられやせん。」
「後で上忍待機所へ行ってみようか。アスマとかいるかもしれないし。」
「そうでやすね、ちょいと急ぎやしょう。」
屋根を伝って本部へ向うため跳躍しようとした時だ。目の前でぶわりと風が渦を巻いた。
「やぁ、カカシ。」
つむじ風の中から黒髪を七三に分けた忍が現れた。
「いけないな、いくら急いでいるからって里内で屋根を通り道に使うのは規則違反だぞ。」
七三分けの男はぐっと親指を立ててきた。
「そんな規則、聞いた事ないんだけど。っつか、アンタ誰?」
訝しげに眉を寄せるカカシに七三はキラリ、と白い歯を煌めかせた。
「ははは、我がライヴァルが冗談を言うようになったとは、世話役の中忍の影響か?クールでシャイなお前があの男にはこだわっているようだからな。」
「は?」
まじまじとカカシは目の前の七三を眺める。妙に艶のある七三分けの黒髪の下には黒々とした太い眉、下睫毛だけ長い目はキラキラ輝いていて、纏う空気は酷く暑苦しい。腰に手をあて親指をたてるポーズなど、よく知った濃い男を連想させて…
「って、お前、ガイーーーッ?」
「何を驚いている。おかしな奴だ。」
はっはっは、と笑う七三は確かにマイト・ガイだ。
「いや、お前、その七三、なんで、いつから…」
混乱するカカシにマイト・ガイは首を傾げた。
「何を言っているのだ?」
「だからその髪型っ、七三っ」
「このトレビアンな髪型のことか?」
「トレビア…」
「オレは子供の頃からこうではないか。どうした、規則違反をしようとしたり今更オレの髪に驚いたり、カカシ、どこか悪いのか?」
カカシはもう言葉が出ない。
「今回は未遂であることだし、親友のお前に懲罰を課すのも気が引ける。カカシ、以後気をつけろよ。オレも風紀委員長としてそう何度も見逃すわけにはいかんからな。」
七三分けのマイト・ガイは再び白い歯をキラリとさせると、ビシリとポーズを決めた。
「木の葉条例第23条、許可なく忍びは屋根を渡ってはいけない、上忍として里人の範となるよう条例は遵守してくれたまえ。」
そしてドロン、とかき消える。残されたカカシはただ呆然と突っ立ったままだ。
「……くれたまえ?」
「………風紀委員長だそうで。」
「何が起こっているんだ…」
カカシは額を押さえる。さっきから妙なことばかりだ。わけのわからない周囲の反応、自分をカカシ上忍と呼ぶイルカ、妙ちきりんなマイト・ガイ、木の葉の里はどうにかなってしまったのだろうか。ふと、目を上げたカカシは目の前の光景にぎくり、と体を強ばらせた。
「なんで…」
周囲を見回す。
「ちょっと待って、いや、そんな馬鹿な、しかし…」
嫌な考えに冷たい汗が背をつたう。何故今まで気がつかなかった。ありえない光景ではないか。
「まさかそんなことあるはず…」
それはあまりにも突飛な考えだった。カカシは首を振る。だが一度浮かんだ考えは消えずかえってこの世界への違和感を大きくする。
「その考えが正しいようでやんすよ。」
子猫が抑揚のない声で言った。
「今の今まで気付かねぇなんざ、あっしも迂闊でやしたよ。」
前足で道の先を指し示す。
「あれ、あっしら、花見する予定でやんしたよねぇ…」
本部へ行く道すがらの公園、買い物に出る時には梅が満開だった。その同じ公園の梅の木が、今は固い蕾のままだ。時空忍術で時がさかのぼったわけではない。ここは決して過去などではなかった。なのに何故満開の花が蕾に戻っているのだ。
「是清…」
「カカッさんの察しのとおりでやすよ。」
鼓動が速くなる。
「いや、幻術でしょ…」
カカシは再度頭を振った。
「そうだ、幻術じゃない?オレ達、何者かに幻術かけられて…」
「写輪眼のカカシと呼ばれるお人が簡単に幻術にかけられるって、そりゃまた凄腕がいたもんでやんすねぇ。」
どこか皮肉げに子猫が笑った。
「ただカカッさん、忘れちゃあいやせんか?あっしぁこうみえても二百歳の化け猫でやんすよ。人間の忍びごときに幻術かけられるほど落ちぶれちゃあいやせんや。」
真昼の陽光に猫の瞳は糸のように細い。不吉を告げられる気配にカカシは身を固くした。
「だけどね、是清、まだ時間をさかのぼったって方が現実味があるっていうか…そんな馬鹿な話が…」
「あっしらの過去のどこにあんなしおらしいあにさんや七三分けの激眉がいるってんで?なんならカカッさん、試しに忍犬を呼んでみちゃあどうですかい?あっしらの考えが正しけりゃ、おそらく口寄せはできやせんぜ。」
冷たい汗が背筋を流れる。忍びとして死線をくぐり抜けて来たカカシだが、こんな足下が崩れるような恐怖は初めてだ。
「わかった。口寄せしてみよう。」
その恐怖を振り払うようにカカシは巻物を取り出した。いつもどおり親指を噛み切り巻物を広げる。
「口寄せっ。」
ドン、と巻物に文字が走った。だが、それっきり何も起こらない。常にカカシを支えて来たパートナー達は現れない。全身の血が引いた。もう一度カカシは巻物に血を付ける。
「口寄せっ。」
辺りはシン、としている。忍犬達は来ない。呆然とするカカシの頬を子猫は小さな前足で叩いた。
「チャクラの流れは正常でやしょ?他の忍術試しゃ一発でわかりまさぁ。」
カカシは言われた通り雷切りを発動させてみた。普段どおりだ。火遁や水遁も大きさをかえたり形を変えたりしながら試してみた。なんら問題はない。忍術は使える。ただ、口寄せだけが出来ない。どさり、とカカシは座り込んだ。
「そんな…」
とん、と子猫がカカシの前に降り立った。じっと見上げてくる。
「カカッさん。」
猫の目が金色に煌めいた。
「ここはあっしらのいた木の葉じゃありやせん。」
恐れていた答えにカカシは息を詰めた。子猫の声はまるで死刑宣告人のようだ。
「口寄せが出来ねぇのはそのせいでやす。どこか違う次元にあっしら、迷い込んじまったんでさぁ。」
|