「いい店でしたね。流石イルカ先生、詳しいですねぇ。」
「値段も味も優しい店のことならまかせてください。中忍の情報網はハンパないですから。」
「はは、これからが楽しみだなぁ。オレは里の中のことには疎いからすごく助かります。一人で飯食うのも味気ないしね。また誘っていいですか?」
「そっそんな、こちらこそ、ぜっ是非。」
「じゃ、また明日。おやすみなさい、イルカ先生。」
「おやすみなさい。」
ひらひらと手をふり銀髪の長身が遠ざかって行く。オレはその後ろ姿をぽぅっと見送った。
しっ信じらんねぇ…
今日、一緒に飯を食ったのは、あの里の誉れ、写輪眼のカカシだった。あんな高名な、里を代表する忍びと挨拶出来るだけでも光栄なのに、一緒に飯食っちまったよオレーー。
それもこれもナルト達7班の上忍師の任にかの御方がついたご縁なんだけど、まさか一緒に飯食える日がこようとは。
はじめて上忍に挨拶した時、その偉ぶらず気さくな態度に感動した。
だって普通そうだろ?上忍っていったら努力だけでなれるようなもんじゃない。自分の属性以外のチャクラを二種類以上操れるってのは、誰でもできるような芸当じゃないんだ。当然、そんな芸当が出来ちまう忍びなんて一握りで、里の宝だから大事にされるし本人達も自負がある。中忍ごときは跪いて「様」づけしなきゃなんねぇ方々なんだ。
そんな上忍の中でもトップもトップ、並みの上忍様でさえ近づけないようなお人である写輪眼のカカシがだぞ、こんにちは、よろしくって握手してきたんだ。そりゃもう、天だろうが煙突だろうが登ってやろうって気になるもんじゃないか。
なのにかの上忍は、受付所で会うと7班の近況を教えてくれたり、さりげなく演習内容を教えてくれたりって、フツーしねぇだろ、上忍様のやるこっちゃねぇだろ。オレはますます尊敬の念を新たにしたんだ。
なのにオレのバカバカバカ、中忍試験推薦の場で、よりによってオレぁはたけ上忍にたてついちまった。
なんつーか、子供達のこととなると頭に血がのぼっちまうんだよな。特にナルト、あいつのことが心配で心配で、分を越えて見境なく噛み付いちまった。そしたら案の定、こてんぱんにやられちゃったんだけど、そんでもって今更ながら、尊敬するはたけ上忍を怒らせちまったことに凹みまくっていたら、なんと、はたけ上忍の方から声かけてくださったんだ。
『ひどい言い方しちゃってごめんね。でも先生にはちゃんとわかってほしいから、飯でも食いながら話しませんか。』
上忍にそう言われた時、オレは不覚にも涙が出そうになっちまった。はたけ上忍は奢らせてくれっておっしゃったんだけど、そんな恐れ多い、オレは必死に固辞して、そのかわり安くて旨くて個室のある店に案内した。個室ってのは口布で顔を隠してらっしゃるからやっぱマズいかなって思ったし。
でも上忍はオレの前であっさり口布をおろした。オレぁ腰ぬかしそうになったね。世の中にこんな綺麗な人間がいるのかって思ったよ。美人とかイケメンとかそういう括り方ができない魅力ってぇの?そういう素顔だった。それだけでガッチガチに緊張しちまったオレに、なんと上忍はすっげ優しかった。言いすぎたとオレみたいな中忍に頭まで下げて、オレは恐縮しまくって、それからオレ達は色んな話をした。子供達の教育のことだけでなく、里のことやオレの日常のことや。最初は緊張してたけど、上忍は話し上手の聞き上手で、オレはいつのまにかすっかり打ち解けていた。
その上、オレがはたけ上忍って呼ぶと、『カカシと呼んで下さい。』だって。あんまり懇願されるから不敬は承知でオレ、カカシさんって呼んじまった。なのに上忍、すっげ嬉しそうな顔で笑いやがんの。なんだかオレまで嬉しくなっちまって、ふわふわした気分のままさっきのやり取りになったってわけだ。
「カカシさん…かぁ…」
オレは浮かれていた。高名な上忍としてだけでなく、あの人は人間的にも素晴らしい。そんな人と話をすることが出来ただけでオレは幸せだった。いくら能天気なオレでも階級を越えてあの上忍と親しくなろうなんて不遜な考えは持っていない。でも、上忍は「カカシさん」と呼ぶ事を許してくれた。なんつーか、平凡な中忍であるオレにとって、それだけで充分な事件っつーか、満足っていうか、なのに「また明日」だって。
こみ上げてくる幸せを噛み締めながらオレは帰途についた。端からみたら相当ヤバい人に見えただろう。なんたって一人、くふくふ忍び笑いながら夜道を歩いていたんだから。ふわふわ柔らかい雲の上を歩いているような気分でオレは空を見上げた。晩春の夜空は少し霞がかかっていて、丸い月の輪郭が夜空に溶け出しているみたい。朧月夜ってんだっけ。気持ちのいい夜、穏やかで暖かくて、まるではたけ上忍みたいだ。穏やかで暖かい。
「ご機嫌だな。」
暗がりから声がした。
「はたけカカシとお知り合いになれたのがそんなに嬉しいのか?」
この声
「案外お前もミーハーなんだな。」
この声は、まさか、でもあいつは
「なぁ、イルカ。いや、今はこう呼ばれたいか?」
あいつは里にはいないはず
「えぇ?イルカ先生?」
ゆっくりとした動作で男がオレの前に現れた。はたけ上忍によく似た銀灰色の髪の毛の、でもその目は似ても似つかない残酷な色をたたえた、忌まわしい男。
「シラス…上忍…」
忌まわしい男は薄い唇を歪めて笑った。
「久しぶりだなぁ、イルカ。何年ぶりだ?」
男の手が伸びてくる。ダメだ、逃げなければ。だけど恐怖を刷り込まれたオレの足は竦んでしまって動かない。
「イルカぁ。」
グッと首に手がかかった。息が詰まる。男が顔を寄せてきた。
「あんときゃまんまとお前にしてやられたよ。アカデミー以外に受付勤務希望だしたのはオレに長期を割り振るためだったとはなぁ。」
しかもSランクのな、と男は喉で笑った。
「残念だったな、オレは生きてるぜ?」
オレの顔はたぶん真っ青なんだと思う。手足が痺れたみたいに感覚がない。
「たっぷりその体で実感してもらおうか。」
男の息が顔にかかる。ゾッと鳥肌がたった。
「さ…触んなっ。」
ひきつれた喉からオレは声を絞り出した。嫌だ、こんな奴に触られたくない、汚らわしい。そうだ、この男の汚い手で触られるのはもうごめんだ。オレは必死で身を捩った。次の瞬間、腹に衝撃が走る。
「ぐはっ…」
食べたものがこみ上げる。男は手を離してオレを道の隅に蹴飛ばした。
「げぇ…」
オレは嘔吐した。
わざとだ、この上忍、オレが吐くように殴りやがった。
げぇげぇ全部吐いてしまうと、今度は髪の毛を掴まれた。
「全部出たか?これから楽しく遊ぶのに、家の中で吐かれちゃたまらんからなぁ。」
くつくつ笑う声が落ちてくる。突然くらり、と目の前が揺れた。ヤバい、奴の瞬身だ。顔をあげるともうそこは知らない部屋の中だった。
「ちゃあんと結界張ってある。声あげていいぜ、イルカ。」
「ひっ…」
奴が持っているのは木刀だ。
「さぁ、チャクラ移動のお稽古だ。久しぶりだろ?覚えているか?」
木刀の先でオレの顎を持ち上げ男は酷薄な笑みを浮かべた。
「ガードの仕方が悪いと大怪我するぞ。まぁ、体で覚えたことは忘れねぇっていうから、何度か殴られたらすぐ思い出すだろ。」
お前は優秀だからなぁ
男は笑い声をあげると、木刀をオレに向かって振り下ろした。
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