「でさ、でさ、イルカ先生ってば、目ぇ覚ましたと思ったらラーメン食いてぇって、もー、あんなだから彼女できねぇんだってばよ。」
意識のないイルカは木の葉病院に入院した。が、今朝、何事もなく目覚めたのだそうだ。朝一番に見舞いに行ったナルトは、安心するやら拍子抜けするやらで、その日の任務中はずっとイルカの話ばかりだ。
「一応、引き続いて検査しなきゃいけないけど、今のところ問題ないみたいです。」
サクラは綱手に頼み込んでイルカの検査の補助についたらしい。相変わらず慕われているなぁ、とカカシは微笑ましく思う。忍の任務は殺伐としたものが多い。だから、アカデミーという子供時代の象徴のようなところに、拠り所となる恩師がいるというのもなかなかいいものなのかもしれない。
「まぁ、大事なくてよかったじゃない。」
今日のカカシ班の任務は抜け忍追討部隊の補助だった。最初にカカシが頭をつぶしたせいか、案外あっさりと片付いた。捕縛した者を抜けた里の追い忍に引き渡して終わり、日暮れの道を三人は受付所へ向かっているところだ。夕風に足下の落ち葉がかさこそと舞う。十月も半ばとなると、朝夕は随分と冷え込むようになってきた。
「快気祝いにラーメン奢ってもらうんだってばよ。」
キシシ、とナルトが嬉しそうに笑った。
「これからお願いに行っちゃおう〜っと。」
「アンタが奢ってもらってどーすんのよっ。」
ナルトの頭にサクラの拳骨が落ちた。
「痛いってばよぉ〜、サクラちゃ〜ん。」
「それじゃ快気祝いになんないでしょーがっ。」
「だって、今月ピンチなんだってば〜。」
「ラーメンばっか食べてるからよっ。」
情けない顔のナルトにがぁっとサクラが噛み付いた。サクラの心配の仕方は乱暴だねぇ、とカカシは笑いをかみ殺す。そしてぽんぽん、と言い合う二人の頭に手を置いた。
「はいはい、お前達〜。」
子供にするようなカカシの仕草に二人はむぅっと見上げてくる。にんまりとカカシは言った。
「今日は特別、オレが奢ってやろう。」
えーーーっ、と同時に声があがった。
「カカシ先生がっ?めっずらしすぎだってばよーーっ。」
「うそー、槍が降るんじゃない?」
「お前達、なにげに失礼だね。」
カカシは苦笑する。そういえばここのところ、カカシ班の任務以外に回ってくる高ランク任務に忙殺されて、あまり構ってやってなかったなと思い至る。
「カカシ班でイルカ先生の快気祝いっていうのもいいんじゃないの?」
「やりぃー。」
「きゃー、ありがとう、カカシ先生。」
きゃいきゃいとはしゃぐ部下にカカシは目を細めた。元担任を囲んで皆で飯を食うのもいいかもしれない。イルカは感じのいい青年だし、木の葉崩しがなければ七班を通じてもっと親しくなっていた気がする。
「ほ〜らほら、もう受付所なんだから、騒いじゃだめでしょ。サクラなんて仮にも中忍なんだから。」
仮にもってどーゆー意味ですかーーっ、と叫ぶサクラに肩をすくめ、カカシは受付所のドアを開けた。
「あれ?」
「あっ。」
「えーっ。」
三人同時に声が出た。カウンターの中にイルカがいるではないか。もう仕事に復帰していたのか、と思っていると、ナルトが駆けだした。
「イルカ先生、仕事して大丈夫なのかってばよ。」
「おー、ナルト。」
イルカは快活な笑みをうかべて、走りよってきた教え子の頭をわしわしとかき回した。
「怪我はしてないんだ。あのぐらい、なんてことないさ。」
「でも、まだ検査とかあるって。」
サクラも心配顔でナルトの傍らに立つ。イルカは眉を下げ、それから嬉しそうににっこりと笑った。
「心配かけたな。お前達に助けられなかったら終わりだった。ありがとうな。」
ナルトとサクラが顔を見合わせ、照れくさそうに笑う。恩師に褒められて嬉しそうな部下達を眺め、まだまだ子供だねぇ、などと思いつつ、カカシもイルカに声をかけた。
「イルカ先生。」
イルカが顔をあげた。にこやかにカカシは挨拶する。
「大丈夫そうで安心しましたよ。」
「………白百合…」
「こいつらと病院に寄ってみようって。」
「白百合よ…」
「快気祝いに一楽…は?」
今、白百合って言った?
マジマジとイルカを見た。
「………えっと」
イルカの眼差しがどこかとろん、としている。
「あぁ、オレの白百合…」
「は…はい?」
カカシは誰か美人のくノ一でも入ってきたのかと辺りをみまわした。が、それとおぼしき姿はない。カカシの横には鬼瓦みたいな顔のゴツイ男がいるだけだ。イルカは微笑みを浮かべじっとこちらを見ている。カカシはもう一度周りを見回した。隣にいる鬼瓦と目があう。
「……?」
無言で指差すと鬼瓦はブンブンと首を振った。反対に自分を指差される。カカシは恐る恐るイルカの方へ目を向けた。イルカのとろり、とした視線の先にいるのはどうみても自分だ。カカシと目が合ったイルカはますますうっとりと笑みを深くする。いつもの快活さはなりを潜め、イルカの纏う空気は妙に甘く艶っぽい。たらり、と汗がカカシの背をつたった。いつのまにか受付所はシン、となり、皆固唾をのんでいる。ナルトとサクラは恩師と上司をぽかん、と交互に眺めるばかりだ。イルカが受付カウンターを乗り越えふわり、とカカシの側へ降り立った。思わず一歩後ずさるが、すかさずイルカに一歩間合いを詰められる。
「カカシさん…」
「えっあのっ、わっ」
逃げる前にがっちりと手を握られた。
「かぐわしい…」
「えっ、えぇっ。」
なんつったの今?
カカシはおたおたと自分の肩のあたりの匂いをかいだ。
「オッオレ臭いますかっ?」
「かぐわしきあなた。」
「は…?」
「吐息はさながら白百合の芳香。」
「はいぃ?」
イルカはうっとりと両手でカカシの手を包んだ。ビキッ、とカカシは硬直する。正直逃げたい。だがイルカは手を離さない。だからといって力任せに振りほどいたらなんかヤバい気がする。
「あああのぉ、じゃあオレ、風呂入りに帰ろっかな〜って、あはは…」
空いた方の手でがしがし頭をかいていると、とろり、とした声で名を呼ばれた。
「カカシさん…」
「はははいっ。」
「オレの…」
どう反応していいのかわからない。イルカが甘く囁いた。
「美しい人…」
美しいって誰がーーーっ。
カカシは思わず周囲に助けを求めた。だが、皆呆気にとられているばかりで、頼みのナルトもぽけっとしたままだ。
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