うみの校長
「だから別れてやったのよ。あったま来るったら。二股かけてたのよ、都に女作ってて、それも一般人、ただの女よ。」
「なにそれーっ、そんな男、殺っちゃいなよ。」
「くノ一なめてるわ。任務一緒になったらアタシが代わりに殺ったげよか。」
前線任務を終え、アカデミー教師として里勤務になること一年、アタシは同期で仲のいいくノ一仲間3人に愚痴っていた。
そう、アタシは恋人と別れた。結婚の約束までしてたけど、あの男、たった半年の都の任務でちゃっかり女作っていたのだ。国主様の護衛は半年交代ってわかってるのに、フツー現地妻なんて作る?気疲れする任務で魔が差したなんて言い訳してたけど、そんなの、前線にいたら鼻で笑われちゃうわよ。
だいたい、国主様の側にいる宰相自体が元木の葉の上忍、木の葉の誉れとも謳われたはたけカカシなんだから、何かあっても全然大丈夫じゃないの。かえって護衛班の方が守られてるってからかわれるくらいだし、どこが緊張?どこが気疲れ?ちゃんちゃら可笑しいっての。甘ったれんのもたいがいにしなって言いたくなるでしょ。
現にこないだも宰相の館を他国の暗殺部隊が襲撃して見事に返り討ちにされたんだけど、はたけ宰相、その時、敵の強さが暗部クラスで中忍には危ないからって護衛の中忍達全員をさがらせたんですって。それで敵をあっという間に一掃しちゃったらしいんだけど、その時のセリフが奮ってるのよね。
『オレも現場離れて腕が鈍ってるから戦いながら君らを守れる自信ないのよ。怪我しないよう離れてなさいね。』
だって。
もう、国政の中心にいて政敵いっぱいだからすんごい大変なのに、暗殺者から護衛の中忍まで守っちゃうような宰相がいるかと思えば、たかだか護衛班の一人のくせに女こしらえるような屑野郎もいて、何が腹立つってそんな屑野郎とマジで結婚しようかなんて思ってた自分に腹が立つ。だからさっさと別れてやった。もう、幻滅っていうか愛想が尽きるっていうか。アタシなんて、アカデミーの教員になりたかったから必死で前線任務のノルマ、こなしてたってのに。
アカデミー教員の受験資格を得るだけでもすっごく大変だし、試験はもっと大変で、ホント、アタシが死にものぐるいでがんばってた。なのにあの男ときたら都で現地妻とヨロシクやってたなんて、もう笑っちゃうわよね。幸い、試験には合格できて、去年の春から赴任できたけど、なんだかあの男のせいでケチついちゃったみたいでムカムカが収まんない。
だから今日は学校行事でアカデミーが午前中だったから、久しぶりに帰ってきたくノ一仲間と甘味所にしけこんで鬱憤ばらしをしているってわけ。
「またイイ男、探すわ。案外一般人の男の方がいいかしら。任務に出た度に浮気とかされたらたまんないわよ。」
アタシは三杯目のアンミツをかきこみながらブーたれた。
「でもさぁ、一般の男だと血とかに免疫なくない?」
「そうよね、任務の度に気ぃ使うのもさぁ。」
「その点、紅上忍が羨ましいわよね。猿飛の御曹司つかまえて二児の母と上忍両立してるじゃない。」
「ばっかねー、アンタ、レベル全然違うじゃん。」
「そうそう、アタシら中忍だし?」
きゃらきゃらと一斉に笑いがおこる。こういう時、くノ一仲間って気楽でいい。たわいないことでもキャアキャア騒げて。
「あれ?ねぇ、あれってうみの校長じゃない?」
くノ一の一人が外を指差した。甘味屋の前の道を頭のてっぺんで一つ括りにした黒髪のしっぽがひょこひょこ揺れている。確かにうみの校長だ。
「うみの先生、変わってないわねー。」
「でもちょっと白髪増えたわよね。」
「アタシ、絶対前髪前線後退タイプだと思ってたけど、白髪の方だったのね。」
うみの校長はアタシ達がアカデミー生だった頃の恩師で、アタシの現在の上司だ。十年前、六代目火影就任の時にアカデミーを独立した教育機関として再構築したっていうちょっとした有名人。
聞く所によると、当時三十七歳で校長に抜擢されたことで随分と叩かれたんだって。出過ぎた真似をするって風当たり強かったらしい。まぁ、今の火影様や名だたる上忍達の恩師で、皆うみの校長には頭があがらないって話だから、やっかまれたんだと思う。
本人は全然呑気だったから、当時アカデミーの生徒だったアタシ達は先生がそんな大変な目にあってるなんて知らなかった。でも、中忍のままアカデミー校長になって、しかも六代目も頭があがんないって人だから、今ではなんていうか、中忍の星、みたいな感じなのよね。
「校長、どこ行くのかしら。」
四杯目のあんみつを口にいれながら言うと、五杯目のお汁粉を平らげた子が意外そうな顔でアタシを見た。
「アンタ、知らないの?うみの先生ってさ、アタシ達がアカデミーにいた頃から、柱間桜の世話、かかさないのよ。」
「そうそう、宿り木切ったり周辺の雑草ぬいたりゴミ拾ったり。」
「で、花の季節になると、毎日通ってるらしいわよ。」
へー、そうだったんだ。全然知らなかった。
「アンタ、アカデミー勤務でしょ。」
呆れられた。悪かったわね、このところのゴタゴタで桜どころじゃなかったのよ。
「それがさぁ、なんか、柱間桜に思い出あるらしいのよね。」
クリームみつ豆頼んだ子が寒天を口に放り込みながら身を乗り出してきた。この子は昔から人の恋愛事情に妙に通じている。
「うみの先生、ずっと独身じゃない?おっさんだけどほら、結構顔立ちなんてカッコいい系だし、モテないわけじゃないのよね。なのになんで結婚しないんだと思う?」
なになに、と全員が注目する中、銀のスプーンを振り声のトーンを落とした。
「忘れられない人がいるんですって。ママが言ってたんだけど、十年前、結婚の寸前まで行った人がいたらしいのよね。だけど、結局ダメだったんだって。表向きはうみの先生が振られちゃったってことになってるけど、ホントのところは好きな人を忘れられなかったうみの先生がやめにしたみたいね。お付き合いしてた女の人、その後すぐ都に帰っちゃってそれっきりだって。」
「あんた、相変わらず詳しいわね〜。」
串団子三皿目の子が素直に感心する。事情通はクリームをすくいながらニヤリとした。
「そりゃね。」
そして再び声を落とす。
「柱間桜の下で何か約束してたらしいのね。でもほら、その人、いないわけじゃない。それでもうみの先生、ずっと約束の場所へ通ってるんですって。」
「意外〜。うみの先生って一途で情熱的なんだー。」
お汁粉六杯目を頼んだ子が目を輝かせるのにアタシは顔を顰めた。
「なにそれ、しつこくない?その忘れられない人っての、生きてんの?」
「その辺りがさっぱり情報ないのよー。うみの先生も絶対その人のこと言わないし、なんかね、五代目や六代目は知ってるみたいなんだけど、まさかねぇ、火影様に向かってうみの先生の好きな人って誰ですかなんて聞けないじゃない。」
「バッカみたい。」
思わずアタシは吐き捨てていた。だってそうじゃない。何十年ごしか知らないけど、そんなずっと思い続けてたって相手はとっくに結婚とかしてるかもしれないし、うみの校長のこと、思い出にしちゃってるかもしれないじゃない。そう口にだしたら串団子の子に呆れられた。
「アンタ、やさぐれてるわねぇ。」
お汁粉の子が笑った。
「しょーがないわよ。この子、別れたばっかじゃない。荒みもするわ。」
「それ、フォローになってない。」
アタシはお汁粉の子の頭をはたいた。
「とにかく、アタシはそーゆー後ろ向きなのって大ッ嫌い。人間、前に進むしかないのよ、前に。」
「はいはい、今度合コン、設定してあげるから。」
「頼んだわよ〜〜っ。」
新しい男つかんだる、と気炎をあげて、アタシはうみの校長の話を頭から追い出した。そんな一途な恋なんてやってらんない、そんな気分だった。
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