夫婦善哉・お試し版
     
     
 




ホワイトデーにはお返しを

「は?今なんと…?」
「だからな、大名のご令室様方、ならびにご令嬢様方が写輪眼のカカシの鬼畜な恋愛模様を見物にお忍びでいらっしゃるのだ。」
「はいぃぃっ?」

はたけカカシは口布の下であんぐりと口を開けた。

鬼畜な恋愛模様ってオレの?

まったくもって身に覚えはない。任務を終えて帰還した途端、五代目に呼び出されたと思ったらいきなりこれだ。

木の葉の白い牙の息子にして黄色い閃光の愛弟子、はたけカカシは、自身も写輪眼のカカシ、コピー忍者の二つ名をビンゴブックに連ねる当代一流の忍びである。他里の忍び達にとって確かに「写輪眼のカカシ」は恐るべき脅威であり、その姿は悪鬼羅刹にもたとえられよう。
しかし、日常生活における「はたけカカシ」は至極普通の、気の優しい青年だった。上忍師の時に知り合った黒髪のアカデミー教師と男同士という壁を乗り越えて恋人になり数年前から同棲している。カカシはこの恋人にベタ惚れで、身長180センチあまりの逞しい中忍を、まるでかよわい乙女を扱うように大事にしていた。親しい上忍仲間や暗部の後輩達に「イルカ先生は野に咲く可憐な花なのよ。」とノロケてドン引きされることなど日常茶飯事だ。だから、たまのケンカで殴られることはあっても逆はない。鬼畜な恋愛模様など思いもつかぬことなのだ。

「え〜っと、五代目、オレ、全然鬼畜とかじゃないんですけど…」
「わかりきったこと今更言うんじゃないよ?」

五代目火影、綱手は本当に嫌そうな顔をした。

「人目を憚らずあれだけイチャついているんだ。この里でお前らのバカップルぶりを知らない奴なんかいやしないよ。」
「じゃあなんで…」
「イルカ、当事者なんだ。お前が説明しな。」

心底面倒くさいのだろう。綱手はひらひらと手を振る。申し訳なさそうな顔で恋人が執務室に入ってきた。

「イルカ先生?」
「すみません、全部オレが悪いんです。」

恋人はしゅん、とうなだれる。

「先月、バレンタインデーの前、オレが略し方をDVって間違ったせいで写輪眼のカカシのドメスティックバイオレンス騒動になっちまったでしょう?あの時必死で走り回ったから里内の誤解は解けたんですけど…」
「あぁ、あなた、エプロン姿でお玉もって。」

ヘロリ、とカカシは笑み崩れる。どうやらバレンタインを思い出したらしい。自責の念にかられたイルカがずいぶんと夜のサービスをしてくれたのだ。だが目の前の恋人はひどく憔悴している。

「それが…誤解がとけたのは里内だけで、なんだかやたらと尾ひれのついた噂が広がっちまったみたいで…」
「噂?」
「だから、写輪眼のカカシってのは私生活でも鬼畜な男だって。」
「はい?」
「愛人の数は両の手に足りないほどで、いずれも美女揃い。」
「はぁっ?」
「その中で何故か本命はもっさい中忍の男、まぁ、オレのことなんでしょうけど、写輪眼はその男にひどく辛くあたるらしいと…」
「ちょっ…」
「暴力はもちろん、本命の男の前で他の愛人をわざと抱いたり…」
「なななっ…」
「その男をひどく傷つけることで相手の愛情を確認しているとか。」
「何ソレーーーーッ。」

カカシは腰をぬかしそうになった。

「まま待ってよ、それじゃオレ、変態じゃないの。いや、本命がイルカ先生だっていうのはホントですよ、アナタ一筋、他に目をやったことなんてオレぁありませんっ。愛人なんてもってのほか、っつか、アナタはとっても可愛いですっ、もっさいなんて失礼千万、アナタの可憐さがわからないなんてソイツらの目は節穴ですねっ、オレには周囲一メートルはキラキラ光り輝いて見えますっ。」
「カカシさん、それはチンダル現象っていうんですよ。キラキラみえるのは空気中の埃です。」

激昂するカカシの手をイルカはそっと握って微笑んだ。

「理科のお勉強を今夜やりましょうね。」

ほわん、とカカシが蕩ける。

「センセ、オレ、理科は人体の仕組みがいいです、ベッドの上で…おわっ。」

びゅん、と文鎮が凄まじい勢いで飛んできた。かわしたカカシの後ろで壁が崩れる。

「あっぶないなぁ、五代目、何すんです。」
「……イルカ、とっとと説明続けな。」
「はっはいっ。」

イルカは慌てて居住まいを正した。そして再び悲痛な表情になる。

「とにかくアナタの人間性に関する間違った噂が広がってしまったんですけど、何故か都の女性達がそのことに興味津々でして、雑誌に『写輪眼のカカシとその愛人達』っていうでっちあげ記事まで載ったらしいんです。」

恋人は再びうなだれる。

「オレの勘違いのせいでこんなことになって、なんて言っていいか、その…」
「イルカ先生。」

うなだれたままフルリ、と体を震わせたイルカの肩をカカシはそっと抱いた。

「大丈夫、そんなことで心を痛めないで。その週刊誌の関係者は後輩達に始末させましょう。だから安心して。」
「でも、それを真に受けた女性達が…」
「どんな噂だろうとオレは気にしません。」

カカシはイルカの頬に手をあて顔をあげさせた。にっこりと笑ってみせる。

「赤の他人がオレのことをどう思おうと関係ないです。あなたさえオレの側にいてくれたら、鬼と言われようと蛇と罵られようとかまわない。」
「ほっ本当ですか?」
「当たり前です。オレにとって価値あるものはあなたからの愛だけ。たとえ全世界から人非人との誹りをうけたとしても毛ほども痛みを感じませんよ。」
「それを聞いて安心しました。」

ぱぁぁ、と恋人の表情が晴れた。カカシの胸は恋人の憂いを取り除く事ができた誇りと喜びに満たされる。そしてしっかりとその体を抱きしめようとしたその時。

「綱手様、GOサイン出ましたっ。」
「よし、早速準備だ。シズネっ。」





 
  カカシさん、今から災難の予感。ある意味イルカせんせ、したたかで黒いです。そして木の葉の里をあげて写輪眼のカカシ鬼畜作戦がはじまります…