「初夜」






言うはやすく、行うはかたし。

手塚国光はこの言葉を噛みしめていた。




初夜の仕切り直しをしよう。

そう、言うのは本当に簡単だった。





準備はとうに済ませた。準備とは「やり方」の情報収集と必需品の購入である。

情報収集は例の幽霊カップルが自分達の体を使って実演したので、それでよしとした。

必需品は二人でドラッグストアに行き、スキンケア用のオリーブオイルを買った。何故オリーブオイルかというとこれも幽霊カップルの影響だ。 幽霊達が成仏した翌日、不二はベッド脇に姉の化粧品の壜を見つけたのだ。それはいつも洗面所の棚にあるはずの「エクストラバージンオリーブオイル」で、値段は確か一万五千円。一度裕太がそれをヘアオイルのかわりに使って姉に大目玉をくらったから覚えがある。


なんでこんなものがベッドに…


手塚が、ハタと思いついたように言った。


「…男同士の時は潤滑油を使うんだそうだ…」
「じゅ…」


不二は絶句した。

よりによって何故一万五千円のオリーブオイル、
だいたい何でオリーブオイルがスキンケア用品だって知っていたんだ、
オリーブなんてないだろう、鎌倉人、
っつーか、こんな小さなボトルみてスキンケアオイルを判別したのか、鎌倉人。


「伊達に八百年、彷徨っていたわけじゃなかったんだな。」

感心したように呟く手塚に不二は叫んだ。

「何呑気な事言ってんの、中身ほとんど空なんだよっ。」

姉さんに殺されるーーっ。

案の定、不二は後でこってり由美子に絞られた。




そんなことがあって、二人の中に「潤滑油はオリーブオイル」と刷り込まれたのだ。ネット通販で専用のものを買えるらしいが、それはもの慣れない二人にはちょっと恥ずかしかった。



さて、準備は整った。気合いもやる気も十分だ。しかし、いつ、どこで仕切り直すのか。

本当はどちらかの部屋が一番いい。安心できる。
だが手塚も不二も高校生、家の中には家族がいる。部屋にこもってばれないとしても、そんな状態で初夜をやるなどとてもできない。そして、「家族」であるから、高校生を一人置いてどこかへ泊まりに行くような事はめったになかった。

かといって、ラブホテルは嫌だ。手塚と不二は、あの奇異な体験をして以来、今まで以上に初夜を大切に思っている。たとえお金が自由になったとしても、ホテルに行くのは憚られた。
テニス部の部室は常に誰彼出入りがあるし、学校は案外死角がない。そうなってくると、後は人気のない公園の奥とか山の中…


しかし、まさか「青姦で初夜」というわけにはいかないだろう。


真っ青な空を見上げて手塚はため息をつく。あれからほぼ一ヶ月、手塚はおあずけをくらったまま、手をこまねいている。


やはり、あの日は千載一遇のチャンスだったのだ…


手塚は口惜しさに歯がみした。しかし、恨み言をぶつけるべき相手は成仏してこの世にいない。
とうの昔に桜は散り、若葉の緑まぶしい季節にさしかかろうとしていた。







そんな時、奇跡がおこった。

「え、その日はお父様もお出かけなんですか?」
「うむ、囲碁クラブの一泊旅行なんじゃがな。」

彩菜が困惑していた。彩菜の同窓会と父親の国晴の出張、祖父国一の旅行が重なったのだ。

「困ったわね、国光さんがいるのに皆が出かけるなんてできないし…」

ビッグチャンス、

手塚の胸が踊った。

母親を安心させて一泊の同窓会に行かせればいい。

はやる心を押さえて手塚は母親に声をかけた。

「せっかくの同窓会でしょう?別におれは大丈夫ですから。」

浮かれた気分を悟られてはいけない。顔に出ない質だが、この母親だけは手塚の表情を実によく読み取ってくる。努めて平静を装おう手塚の横で、国晴が呑気に援護射撃をしてくれた。

「彩菜も過保護だなぁ。国光はもう高校生だよ。小学生じゃあるまいし、一晩くらい大丈夫だろう?」

なぁ、国光、と父親は笑う。そして更に後押しをしてくれた。

「友達でもよんだらどうだ?合宿気分で楽しいんじゃないか?」

あなたが父親でよかった、お父さん。

手塚は心の中で父に向かって手を合わせた。奇しくもその翌日は部活もない。
こうして仕切り直しの初夜の日程が決まった。





*******





「帰るぞ、不二。」


学校新聞で暴露されたせいもあり、手塚と不二の仲はすでに公認だ。なにより手塚が堂々と周りを牽制するので、いやがおうでも二人の仲は知れ渡る。


初夜決行当日、朝からそわそわと落ち着きのない二人だったが、部活が終わった途端、あっというまに連れ立って帰ったせいで、またあれこれ噂を呼ぶことになった。極め付きは「帰るぞ」という手塚の言葉で、それを聞き付けた新聞部が「青春学園、愛の道程」と銘打つ追跡ルポを書くとか書かないとか。

もともと常に人の耳目を集める二人である。噂を気にする質ではない。手塚と不二の頭の中は、今夜のことで一杯だった。








手塚の家に帰りついたのは、薄暮の頃で、玄関の常夜灯がオレンジ色の光を灯していた。

道々、二人はだまりこくっていた。電車の中でも、降りてからも、会話らしい会話をしていない。手塚は玄関の鍵を開け、不二に振り向いた。びくっと不二の足が止まる。

「不二…?」
「あ…」

薄やみの中で、不二の瞳が不安げに揺れていた。

「ごめ…僕…なんか、緊張して…」

不二はその場で俯く。手塚がゆっくりと歩み寄った。不二に手を伸ばす。ぴくり、と不二が体を震わせた。

「不二…」

手塚は優しく呼び掛ける。不二は俯いたまま蚊の鳴くような声を出した。

「…嫌とかじゃなくて…あの…」
「おれも…実はおれも緊張している。」

不二が顔を上げた。手塚は照れくさそうに眼鏡を押し上げた。

「上手く出来るか…その…」

珍しく歯切れの悪い手塚に不二は安心したように笑った。手塚はその肩をそっと抱き寄せる。

「まずは腹ごしらえだ。」

ムードないなぁ、とくすくす笑い出す不二と中へ入る。鍵をかけると二人はキッチンに直行した。母親が朝、用意していった煮物やお握りを食べる。軽口を叩きながらの食事だったが、実際のところ、二人とも緊張していて味も何もわからなかった。






シャワーは別々に浴びよう、と手塚が言うと不二がきょとんとした。

「だって、この間は一緒に入ったじゃない。」

無邪気にきく不二に、手塚はおれがヤバくなる、とぼそりと言った。

「やはり最初はベッドの上だろう。」

力説する手塚は大真面目だ。一緒に入ったらムラムラくる?そう嬉しそうに聞く不二に、当然だ、と手塚はぶっきらぼうに答えた。




不二が先にシャワーを浴び手塚の部屋へ上がった。シャツと短パン姿なのは、日本男児な祖父の方針でバスローブがないからだ。さっとシャワーを済ませた手塚もやはりシャツと短パン姿で部屋へ急ぐ。

ドアをあけると不二はベッドに腰掛けていた。はっと顔をあげる。それからきまり悪げに目をそらした。手塚は冷えたお茶のペットボトルを差し出した。

「…飲むか?」
「う…ん。」

手塚はベッド脇にある学習机の椅子に掛け、目の前でペットボトルのふたを開ける不二を眺めた。

不思議な気分だった。いつもの自分の部屋、いつもの風景、ベッドに腰掛けてお茶を飲む不二の姿も見慣れた風景の一つのはずだ。まだ互いに想いを隠して友人同士だった頃、不二はよく手塚の部屋へ遊びに来ていた。大石や菊丸が一緒だったり、不二だけだったり。不二は二人きりのときはいつもベッドに腰掛けた。そして手塚は自分の椅子に掛ける。今みたいに向かい合って何か飲んだりしゃべったり勉強したり…

こくり、とお茶を飲む不二の喉が動いた。手塚の心臓がどきりとはねる。白い喉元から目が離せない。腰に熱が集まってくる。以前もよくこういうことがあった。不二への想いをひた隠しにしていた頃、ふとしたことで欲情して、それを必死で押し殺した。だがもう、その必要はないのだ。隠すことも我慢も必要ない。今は…

手塚はペットボトルを机に置くと、立ち上がった。不二がびくっと顔を上げる。

「不二…」

不二のペットボトルを取ってベッドサイドに置き、そのまま手を握った。

「あ…」

不二は怯えたようにベッドの上を後ずさる。その目は不安に揺れていた。

「不二…」

手塚は握った手を自分の胸に押し当てた。

「おれも…」

手塚の心臓は早鐘を打つようだった。不二は目を瞬かせると手塚の顔を見上げた。

「何と言うか…おれも…もうわけがわからん…」

照れくさそうに言う手塚に、不二はぷっと吹き出した。

「手塚って、変。」

くすくす笑う不二の唇に軽くキスする。

「変か?」
「うん。」

互いに啄むようにキスしていたら、自然とベッドに倒れこんだ。ぎゅっと不二が手塚の首に手をまわして抱きついてくる。

「手塚…」

耳に息がかかった。手塚の頭にかぁっと血がのぼる。抱きつかれたまま手塚は不二のTシャツをたくしあげた。腕が温かい素肌に触れる。肌の感触に腰がずくりとうずいた。不二は固く目を閉じたまま手塚にしがみついている。そのまま手塚は不二の短パンに手を伸ばし、布の上から不二のものを手の平でさすった。

「あっ。」

驚いたように不二が目を開き、手塚から腕を解いて逃げるようにずり上がった。手塚は両手を不二の短パンにかけ、膝下までずりおろした。手塚の目の前に不二が晒された。経験のないそれの色はまだ淡く、それを薄茶色の茂みが包んでいる。

髪の毛と同じ色なんだな…

それを手塚はじっと見つめながらそんなことを考えた。触ってみたくなって手を伸ばす。

「てづ…」

慌てて不二は両手で隠そうとした。焦っているので手塚の眼鏡にあたってしまう。ベッド端ではねた眼鏡がコツッと音を立てて床に落ちた。手塚は必死で前を覆おうとする不二の手をベッドに縫い止めた。触ってみたいのに両手を塞がれ、手塚は思わず頬をすりつける。不二のものがぴくんと動いた。今度は唇で触れようとすると、不二が身を捩って逃げようとした。

「やだ、手塚。」

両手を押さえられ自由のきかない不二は、自然と両足を突っ張って上へ逃れようとする。ずりあがったせいで、手塚の顔の前に秘所をさらす結果となった。手塚はくらっと目眩を感じた。

ここに入れるのか。

ぺとっと舌を蕾に這わせてみる。

「ひゃあっ。」

不二の体が跳ねた。手塚はその感触に夢中になった。ぐにぐにと舐めたり襞をかきわけたりすると、びくびくと不二が体を揺らす。不二の手首を離し、尻の肉を掴んで押し開いて舌を中まで突っ込んだ。

「あぁっ。」

不二が大きく跳ねる。手塚は腕を太ももの付け根にまわして押さえ付け、べちゃべちゃと深い所を舐めた。不二が顔を覆って啜り泣くような声をあげる。手塚は我を忘れて不二の秘所に顔を埋めた。と、頬をたらりと何かが濡らした。蕾に舌を入れたまま目をあげると、不二のものが勃ちあがって透明な雫をこぼしている。

「やだ、手塚ぁ…」

そそりたったモノの向こうに不二の泣き顔があった。手塚は血が沸騰するような感覚に襲われる。膝にひっかかっていた短パンを毟り取り、不二の足を抱え上げる。はっと不二の体が強ばったが、手塚はもう夢中だった。短パンの中ではち切れそうになった己のモノをとりだすと、そのまま不二の蕾にあてがう。

「あっ、待って、てづ…」

最後まで不二は言う事ができなかった。手塚がぐいっと押し入ってくる。体を倒してぐっぐっと奥へ進む。

「痛いっ。」

不二は腕を手塚の胸に突っ張るがびくともしない。ぐいぐい押し入ってくる手塚の荒い息が不二の頬にかかった。

「痛い、痛い、手塚っ。」

泣きながら不二は逃れようとする。手塚はずり上がる体に腕をまわしそのままぐいっと最後まで体をすすめた。

「ああっ。」

痛みに不二がのけぞった。辛くて、苦しくて、不二のものはすっかり萎えている。だが、興奮しきった手塚は気がつかない。不二をきつく抱きしめたまま手塚は前後に抜き差しをはじめた。

「…熱い…」

手塚は荒い息の間からぼうっと呟く。ガンガンと腰を振った。

「やだっ、痛い、いやぁっ。」

不二は手塚の肩に爪を立てた。汗で滑る。

「ひっあぁぁっ。」

奥を強く突かれて不二が悲鳴を上げたと同時に、手塚が呻いた。

「うっ…」

ぶるっと腰を震わせる。ベッドに手をつき、体を反らして手塚は二、三度、痙攣した。全部吐き出した手塚はぐったりと不二に覆いかぶさる。はぁはぁと耳に不二の熱い吐息がかかる。手塚はうっとりとそれに酔いしれていたが、ふと、微かに嗚咽が混じっているのに気がついた。ハタと我にかえる。慌てて体をおこすと、不二が泣いていた。手塚は真っ青になった。自分は何をしてしまったのか。不二の素肌に触れた途端、頭に血がのぼってワケがわからなくなった。夢中になってただ突っ込んで…

「不ッ不二…」

きっと不二が睨みあげてくる。

「バカ手塚っ。」

ぼろぼろっと涙をこぼす。

「痛かったっ。」
「…すっすまんっ。」

腕をベッドに突いたまま手塚は焦った。不二の澄んだ瞳から涙が次々と溢れ出す。

「いきなりひどいよ。」
「…あ…その…」
「オイルも使わないしっ。」
「……う…」

ぽかり、と不二が手塚の頭をはたいた。

「バカ手塚っ。」
「すまん…」

ぽろぽろと零れる涙が可哀想で、手塚は指で拭ってやった。まだ不二の中に入ったままのものをゆっくり抜き出す。あ、と不二が小さく声を上げた。一緒に中から溢れたのだ。手塚は改めて不二を抱きしめた。

「すまん、夢中だった…」

不二の手が手塚の背中に回った。耳元で拗ねた声を出す。

「君ばっかり気持ちよくてっ。」
「………すまん…」
「押し倒されて十分たってないし。」
「………………」

がばっと手塚が起き上がった。目を丸くして口をパクパクさせている手塚にもう涙の止まった不二がむくれ顔で繰り返した。

「だから、手塚が僕を押し倒してからまだ十分たってないのに、もう終わっちゃうんだ。」
「おっおっお前、時計なんか見てたのかっ。」
「ベッドに転がった時、時計が見えたんだよ。で、さっき見たらまだ…」
「不二ーーーっ。」
「むがっ。」

思わず手塚は不二の口を手の平で塞いだ。そのままがくっと横に突っ伏す。耳まで真っ赤だ。不二は半身を起こすと、くすくす笑いながら手塚の髪を梳いた。

「ふふ、初めてだから、僕達。」

それから手塚の耳元に口を寄せて優しく囁く。

「ごめん、ちょっと意地悪したかっただけ。」

だって痛かったんだよ、そう息を吹込むと、手塚が顔を上げた。情けない顔だ。どこの誰がこんな手塚の顔を想像できるだろう。どんな時にも眉一つ動かさない冷静な手塚を知る者にはなおさらだ。不二が嬉しそうに笑った。手塚が訝しげに眉を寄せる。

「何だ。」
「ん、だってね。」

不二は寄せられた眉間に唇を寄せた。

「真っ赤な顔する手塚は僕だけの手塚なんだな、って思って。」

苦笑を浮かべた手塚の腕がするっと不二の体に回った。

「もう一度…」
「うん…。」

手塚は胸までたくしあげただけのTシャツを脱がせる。

「手塚も…」

不二の手が手塚のシャツにかかる。手塚は太ももにひっかかったままの自分の短パンを脱ぎ捨てた。

「今度はゆっくり…」

不二の白い指が手塚の鎖骨を辿る。手塚が囁くように言った。

「二人で気持ちよくなろう…」
「…ん」

手塚が不二の胸元に顔をうめる。不二はうっとりと手塚の髪に手を差し入れた。

「手塚…いっぱい練習しようね…」
「ああ…」

二人でたくさん練習して、二人で気持ちよくなれるようにすればいい。まだぎこちなく抱き合う二人だったが、心は温かいもので満たされていた。







*******







手塚国光は毎週土曜日、並木道の先で大事な恋人とおちあう約束をしている。待ち合わせの場所は「稚児の桜」、土曜の部活が終わった後、二人はいつも「練習」をするのだ。場所は手塚の部屋だったり、不二の部屋だったり、その時、家に誰がいるかで決まってくる。「お手本」のレベルにはまだ程遠いが、二人は少しずつ階段を登るように上達していた。



桜若葉がその緑を深くしたその日も、手塚は並木道を急いでいた。

「あ、手塚、手塚も来たのか?」
「やあ、手塚。君も来たのかい。」
「案外手塚も野次馬だにゃ〜。」

いきなり声をかけられ、手塚は驚いて立ち止まった。見回すと、並木道を少しはずれた薮の中で大石と乾、菊丸が手を振っている。その隣には「青学新聞部」の黄色い腕章をつけたのが数人と、やはり「青学写真クラブ」の腕章をつけた数人がカメラを持って控えていた。

「こっちこっち。」
「手塚、そこだと目立つだろう。」

菊丸が手招きして、大石が手塚を引っ張りに来る。

「…何をしているんだ?」

薮に引きずり込まれた手塚が怪訝な顔をすると、三人はしーっと人さし指を唇に当てた。

「噂を知らないのか?手塚。」

大石がひそひそと言う。首をかしげる手塚に菊丸がこれまた声をひそめて説明した。

「稚児の桜の下にさ、毎週土曜の夕方になると、桜の精が現れるって噂になってるんだにゃ。」
「で、またあの幽霊どもが帰ってきたんじゃないかと思ってね、ちょっと張り込み。」

乾がノ−ト片手に眼鏡を光らせた。

「まったく、ひどい目にあわされたからね、あの幽霊カップルには。」

どうも乾はかなり根に持っているようだ。

「で、あいつらは何だ。」

顔を顰めて手塚がカメラをかまえた腕章の一団を指差すと、ぺこりとお辞儀を返された。

「写真クラブと新聞部だよ。今月の特ダネにするんだって。」

外野も結構きてるよ、と菊丸が顎をしゃくる。よく見るとあっちの薮、こっちの薮に野次馬がうじゃうじゃ潜んでいた。手塚は呆気にとられた。毎週土曜の夕方、ここに来ているが、幽霊なんぞ見た事ない。

「…お前達、本気で…」

手塚があきれた声を出した時、誰かが「出たっ。」と叫んだ。はっとその場にいる全員が稚児の桜の方を見る。

緑のカーテンを垂らした枝垂れ桜の下に人影があった。葉っぱごしに夕陽の残照が白い花びらのような肌を柔らかく染めている。夕風が枝を揺らすと、明るい色の髪もさらりと揺れる。憂いを含んだ伏しめがちな瞳が垣間見えた。えもいわれぬ艶がある。

桜の精だ。噂は本当だったのだ。

薮に潜んでいる全員がぼぅっと見愡れた。

桜の精が現れた…

「…綺麗…」

誰かがぽつっと呟いた。その時、桜の精がその白い手でつっと緑のカーテンを押し開き、外へ出てきた。誰かを探すように顔を上げる。ギャラリ−全員がぎょっと体を固くした。軽快な足取りで数歩進みでた桜の精は辺りを見回す。スラリとしたその肢体は黒いガクランに包まれていて…


「不ッ不二ーーーーっ。」


大石が、菊丸が、乾が、手塚まで薮から転げ出た。

「あれ、何?どうしたの皆?」

不二がきょとんとする。それから手塚を見つけて、嬉しそうに微笑んだ。

「手塚。」

がばっと手塚が跳ね起きた。不二に駆け寄ると、その手をとってぐいぐい引っ張っていく。

「どっどうしたの、手塚、ねぇ、手塚ってば。」

戸惑う不二が何を言っても、手塚は無言のままだ。薮の中から顔をだしポカンとしているギャラリーを残して、二人は並木道の向こうに消えた。

「桜の精って不二のことか…?」

しばらくして大石がぽつっと呟いた。並木道の先を眺めながら菊丸がコクコクと頷く。

「…不二、なんだか艶っぽかったにゃ〜。」

乾がノートでとん、と額を叩いた。

「何があったか知らないけどねぇ…」

三人はハァ〜っと大きくため息をついた。

手塚と不二、確かにあれは最強バカップルだろう。だが、あれにかかわると碌なことにならない。それは前回、イヤというほど経験した、充分学んだはずだったのに。


「…帰るか。」


大石が立ち上がった。乾も菊丸も力なくそれに続く。ギャラリ−達も三々五々、散っていた。

後にはただ、枝垂れ桜がゆうるりと若葉を風に揺らしていた。








後日、青学高等部の学校新聞特集記事が「激写、稚児の桜の精霊」から「追跡、葉桜の逢瀬」に変更されたとか。転んでもタダでは起きない新聞部、の名に恥じない内容だったらしい。

手塚といえばその日から二度と、大事な恋人と「部活後に待ち合わせ」なぞという愚をおかすことはなくなった。 恋人がどんどん艶を増すので心配でたまらないのだろう、というのが友人達の一致した見解だ。

ただ、何故艶をましているのか、という点について言及するものは誰一人いないということである。



おわり

***********
「桜恋歌」の続編、「初夜」でした。手塚、ヘタです。いや、手塚、開き直って「当然だ」と言いそうですが。だってはじめてだもんねぇ。はじめてのヤツに愛撫だのなんだのと余裕があるわきゃないって。緊張で役に立たないこともあるくらいなんだし…(って何が役に立たないんだか)

へたくそな二人は練習かさねているようですが、上達編って書いたほうがいいのかしらん。リク多かったら「手塚、上達編」やるかもしれません。


ブラウザの「戻る」でお戻り下さい。