オレアンダの咲く庭で・完結編
私は傷付いているのか…
クラピカは暗然とした。自分でも、メンチの言葉にこれ程動揺するとは思わなかった。
同情を愛だと勘違いする慌てん坊が…
レオリオは優しい男だ。メンチのいうとおり、錯角しているだけなのかもしれない。だが、なによりもクラピカを打ちのめしたのは、心にふと浮かんだ、別の思いだった。
レオリオはいつか、他の女を愛するようになる…
もともとレオリオは普通の男なのだ。しかも、出たり引っ込んだりの著しいタイプを好んでいた。メンチの言うように、男の自分を愛したなど、本当に気の迷いなのかもしれない。
レオリオが自分を案じて追ってきたのはわかっていた。しかし、クラピカはレオリオの目をみることができなかった。
恐かった。レオリオの目の中に浮かんでいるものを確かめるのが恐かった。
考えまいとすればするほど、浮かんできてクラピカを縛る一つの思い。
レオリオはいつか他の女を愛するようになる…
クラピカは壁を背にうずくまった。
レオリオが他の女を愛するようになる…
__________
私はいつからこんなになってしまったのだろう。
クラピカはぼんやり考える。
同胞を皆殺しにされた。その仇をうつため自分はハンターになる。ハンター試験に合格したら、旅団を倒すために全精力をかたむけるだろう。たとえ血塗られた道だろうと、やりとげてみせる。深い怒りと決意。これこそがクラピカのクラピカたるゆえんであり、クラピカが生きるうえでの最も重要な真実だった。
つまらぬことではないか。色恋など…
レオリオの笑顔が脳裏をよぎった。ふと蘇るレオリオのぬくもり…
クラピカはかぶりを振った。振払いたいのはレオリオへの想いなのか、いつの日かレオリオの愛を受ける、みもしらぬ女への嫉妬なのか、それとも…
クラピカは両の手で自分の肩をきつく抱いた。
私は怯えているのか。いつかレオリオを失うことを。
レオリオが他の女を愛するようになる…
「些細なことだ…」
クラピカは自分に言い聞かせるように呟いた。
どうせ、道は別れるのだ。レオリオは医者になる。自分はブラックリストハンターになる。それぞれの道に踏み出せば、もう会うこともあるまい。メンチがいうように、気の迷いなのだ。放っておけ。自然と二人の道は別れる。色恋など些細なことだ。些細なことなのだ…
きらきら光るメリーゴーランド、赤や黄色の遊園地の灯り、調子っぱずれのオルゴール、
おれはお前と離れたくねぇんだ。
自分の肩を掴んでレオリオはそう怒鳴った。遊園地での出来事が遠い昔のことのようだ。
クラピカ、おれはここだ、ここにいる。
レオリオのあたたかい手…
「レオリオ…」
クラピカは愛しい名前を小さく呼んだ。答える男はここにはいない。クラピカは膝を抱いて顔を伏せた。やるせない悲しみがクラピカを包んだ。
__________
どれくらい時がたっただろう。クラピカは動かなかった。心のどこかが麻痺したように、クラピカはじっと目を見開いていた。
レオリオ…
心の中で呼び掛けてみる。
私はこんなにお前のことが好きだったのだな…
クラピカは自分が誰かに恋こがれるなど、考えたこともなかった。今までクラピカの中をみたしていたものは 旅団への怒りと目的をはたそうという決意。それで十分だった。迷うことなく前へ進めた。苦難の多い日々でも辛いとは思わなかった。それが今では、あの黒い瞳の男のことで一杯になっている。怒りも決意も忘れたわけではない。以前と同じく、いや、それ以上に確固として燃え盛っている。だが、浮かんでくるのはレオリオの笑顔、ダークスーツの広い背中、胸のぬくもり。
レオリオ…
ふと、クラピカの口元に笑みが浮かんだ。
私はこんなにもお前が好きだ…レオリオ…
膝に頭をあずけたまま、微かに微笑んだ。
そうだ。私はレオリオが好きだ。
クラピカは今さらながら、この事実をかみしめる。 クラピカはゆっくりと顔をあげた。
私はレオリオが好きだ。
真実とは何だ。この瞬間に感じているものが真実なのだとすれば、レオリオへの思慕も旅団への怒りも、どちらも私の真実ではないか。
クラピカの目に光が戻った。
錯角なのかもしれない。失うかもしれない。だが、私は大きなものを得た。人を愛する心、愛される喜び。それらはまぎれもない事実として私の中にあるではないか。ならば、今に向き合っていけばいい。
クラピカは立ち上がった。どこか、ふっきれた表情をしていた。クラピカはドアに手をかけた。と、わずかに動きをとめる。そしてぽつりと呟いた。
「レオリオ、それでも、お前を失うのは辛いだろうな、とても…」
__________
レオリオの部屋のドアを叩くとき、クラピカは自分でも不思議な程静かな気持ちになっていた。今の思いを告げた後は、ハンター試験に集中するつもりだった。辛さにかわりはないが、さりとて己の傷口に埋没する気はさらさらない。要するに、クラピカはハラをくくっていた。
だが、そんなクラピカを待っていたのはレオリオの抱擁と優しいくちづけ。レオリオもまた、己の心を確かめていた。
そしてレオリオはクラピカの肩を抱き、部屋に招き入れる。後ろ手でドアを閉め、そのままクラピカを抱き締めた。
「クラピカ…好きだ…」
「…ん…」
答えるかわりに、クラピカはレオリオの背中に手をまわして抱き締めた。
クラピカの心にあたたかいものが注がれる。それは、胸の奥にしまいこんだ、傷ついて震えているクラピカにも降り注ぐ。暫くの間、二人は抱き合ったままじっとしていた。衣服をとおして、互いのぬくもりが伝わってくる。それから、どちらともなく少しだけ体を離し、微笑みあった。
レオリオが優しく手を取り、ベッドへ誘う。二人はベッドの端に腰をかけ、見つめあった。
不思議な気持ちだった。こんなにも愛おしいものがこの世に存在する。そっと、お互いふれてみた。レオリオはクラピカの柔らかい頬に、クラピカはレオリオのひきしまった頬に。触れた指先が歓喜に震える。確かめあうように触れていく。頬から口元に、鼻筋をとおり、見つめあう目もとに。
両の手をさらさらとした金髪にさしいれ、レオリオがクラピカのほうへ体を寄せた。クラピカはレオリオのたくましい首筋に両手をまきつける。そのまま唇が重なった。深く口付けたまま、レオリオはクラピカの腰に手をまわし、ベッドの上へ横たえる。わずかに唇が離れ、クラピカがほっとため息をもらした。恋人の甘い吐息に誘われて、レオリオは再び唇を求めた。何度も何度も唇をあわせ、レオリオは想いを伝える。
愛している…
舌をからませ、クラピカが想いを返す。
私もだ…
レオリオはクラピカの髪をかきあげ、額に、目に、頬に、うなじに、くちづけの雨を降らせる。耳元でクラピカが囁いた。
「レオリオ、私を抱き締めてくれ…」
クラピカの上におおいかぶさり、レオリオは激しくかき抱く。クラピカもまた、レオリオを強く抱き締めた。上着のかたい生地に頬をおしつけ、クラピカは、スーツの感触を好きだと思った。レオリオの広い胸の中で、ダークスーツの裏に隠れているこの男の純粋な魂を、自分だけが慈しめるのだと思えた。
それはレオリオも同じだった。マントごとクラピカを抱き締める時、クラピカの全てを、過去も怒りも悲しみも何もかもひっくるめて、自分だけのものにできる気がした。
レオリオはゆっくり体をおこし、マントの下のズボンを脱がす。下半身を露にされたクラピカは僅かに頬を染め、目を閉じた。レオリオはクラピカのすらりと伸びた足を立てさせると、丹念に舌と唇を這わせていく。びくり、とクラピカが体を震わせた。太ももからふくらはぎへ、そして足首へと、レオリオはきめ細かい肌を味わっていく。生暖かい感触に、クラピカの口から甘いあえぎがもれはじめた。レオリオはクラピカの右足を持ち上げると指先を口に含む。
「あっ…」
思わずクラピカは目を見開いた。
「あっ…レオリ…」
足を引こうとするが、レオリオはそれを許さない。それから、口に含んだ足の指に舌をからませてきた。
「ひっ」
クラピカはたまらず体をのけぞらせる。足先からじわじわと快感が這いのぼってきた。レオリオは足の指を口に含んだまま強く吸い上げ、または柔らかくからみつく。
「あ…あぁ……あっ…う…」
這いのぼってきた快感が、腰のあたりで渦をまく。シーツを握りしめ、クラピカは激しく震えた。青いマントの下で、欲望がうずきだす。足先を舐りながら、レオリオが片手を内股に這わせはじめた。レオリオの舌と指先に翻弄されて、クラピカは身をよじる。マントがめくれ、下腹部からのしなやかな線がレオリオの前にさらされた。レオリオは陶然とした。
この美しさはおれだけのものだ…
我慢できなくなった。クラピカの腰が誘うように上下する。レオリオはクラピカの足を解放すると、ズボンを脱ぎ捨て、そのまま両足の間に割って入る。自分の唾液とクラピカの昂りからしみ出たものを入り口にぬりつけると、じわじわとなかへ入っていった。
「ああっ」
突然の侵入にクラピカの体がはねた。レオリオはクラピカの腰を支えると、少しずつ体を進めていく。
「あっあっあーっ」
声をあげ、クラピカは激しく首を振った。悲鳴なのか、嬌声なのか。レオリオは動きを止めると、クラピカの頬を包んだ。そしてせつなく呼び掛ける。
「おれを見て。おれを見てくれ、クラピカ…」
かたく閉じられていたクラピカの目が開いた。一対の緋色の宝石がレオリオを見つめる。
「…レオ…リオ」
掠れた声で、それでも愛しい者の名を呼ぶ。
「ああ、クラピカ。おれだ…」
レオリオはシーツを握りしめていたクラピカの手をはずし、自分の指にからめた。
「クラピカ、目を開けて、おれを見てくれ」
そう言うと、レオリオはゆっくり腰を進めていく。少しずつ、熱い塊がクラピカを侵食してくる。だがそれは、なんという幸福だろう。全身全霊で自分を求めてくる男、その男の情熱に燃える黒い瞳。クラピカはひたすら見つめる。
己以外の人間と溶け合う幸福に、溶け合える存在を持ち得た幸福に全身を震わせる。
互いの指をからませて、見つめあいながらレオリオは己を奥へと入れていく。そして、完全に一つとなった時、クラピカの緋の目から涙が溢れた。レオリオは唇でその涙をすくい、熱く囁く。
「クラピカ」
この世で最も美しい旋律
「クラピカ…」
レオリオはクラピカの青いマントを取り去り、残った衣服をはぎとった。
クラピカの白い肌。生まれたままの姿のクラピカ。レオリオを体の中で包み込んでいるクラピカ。
レオリオは乱暴にスーツの上着とシャツを脱ぎ捨てた。ぴったりと素肌をあわせ、腰を動かしはじめる。クラピカがしがみついてきた。小さな、さくらんぼのような唇から声がもれはじめる。
「あっ…あぁ…レ…オ…あぁぁ…」
乱れる息の間から、切れ切れに名前を呼ぶ。レオリオはクラピカの細い体をきつく抱き締め、激しく腰を突き入れる。レオリオの腕の中でクラピカの体がびくん、びくんとはねた。固く抱き合ったまま、二人は揺れる。耳元に響くのは、熱い喘ぎと互いを呼び合う甘い声。もっと深く、もっと一つに…
「ん…ああぁ…はぁ…」
突然、クラピカの声が高くなった。緋の目を見開き、我を忘れて快楽の奔流に身をまかせている。レオリオ、もっと…うわごとのように繰り返しながら身をよじる。
これほど乱れたクラピカを見るのははじめてだった。 レオリオの胸に歓喜が溢れる。荒い息をつきながら細い体を組みしいて、さらに激しく奥を攻め立てた。おれのクラピカ、おれのクラピカ、幾度となくそう呼び掛けながら。
クラピカがひときわ大きく声をあげ、のけぞった。クラピカ、一緒に…レオリオは耳元で喘ぐように囁く。突き上げられて、クラピカは悲鳴をあげた。レオリオ、もう…啜り泣くような声で訴えるのと同時に、レオリオは最後に向かう。二人は激しく体を震わせ、ともに情熱をほとばしらせると、ぐったりベッドへ沈み込んだ。
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火照りの残る体を横たえ、二人は黙って抱き合っていた。クラピカは胸の上にのせられたレオリオの頭をそっとなでる。レオリオの体の重みが心地よかった。
「…はじめてだったな…」
レオリオがぽつりと呟いた。
「え…?」
体を起こし、レオリオは、不思議そうな顔をするクラピカの目を覗き込んだ。緋色に燃えていた双眸は、今は静かな碧い光をたたえている。
「さっきお前は、なにもかも曝け出しておれを受け入れてくれた。はじめてだ…」
クラピカは真っ赤になった。今も裸で抱き合っているというのに、こうして恥ずかしがって赤くなる。レオリオはふきだした。まったくこいつときたら…冷静で頭もきれるし腕もたつ。なのに…
「なんだ。なにがおかしい」
赤くなったままクラピカが睨んだ。答えるかわりにレオリオはクラピカの頬にくちづける。そして、むくれ顔をしたクラピカの金髪をかきあげてやり、優しく笑った。
「クラピカ。おれは死んじまった親友と一つ約束したことがある。オレアンダの咲く庭で、誓ったことがあるんだ。」
じっと大きな瞳が見上げてくる。
「その話、聞いてくれないか」
レオリオは恋人の柔らかい唇を吸った。
さて、何から話したものか。ガキの頃のこと、庭のこと、ピエトロのこと。女達のことにはあまりふれないでおこう。まして、ふられまくった話なんぞ。
クラピカの腕が背中にまわされる。レオリオはうっとりとクラピカの首筋に顔をうずめた。
そうだな、ピエトロ。お前のことをまず話すよ。だが、ちょっと待ってくれ、今はこいつが優先だ。夜は長い、話は後で。わかるだろう、なぁ、親友。
レオリオは再びクラピカの白い肌を求める。クラピカはレオリオの愛撫にこたえながら、頭の隅で考えた。
私はもう少し、自信をもってもいいのかもしれない。愛されることに…
夜が甘い時を刻みはじめた。
__________
試験官達は三三、五五、朝食をとりにくる受験生達を眺めていた。
「キルアー、おれ一番」
「なんだよ、ガキだな、食堂にはいる順番なんてどーだっていいだろ」
「あ、じゃなんで必死で走ってんのさ」
ゴンとキルアが勢いよく食堂に飛び込んでくる。続いて、レオリオとクラピカが並んで入ってきた。
「お前ら、朝っぱらからうるせぇぞ。食事のときはお行儀よくするもんだ」
大あくびしながら、レオリオは朝食用トレイに手をのばす。
「ほら、クラピカ」
「あ、すまない」
「あーっ、クラピカばっかりずるいっ」
「かーっ、いちいちうるせぇ、ったく、ほらよ」
レオリオはお子さまコンビにもトレイを手渡す。クラピカが小さくあくびをした。
「眠そうだね、二人とも」
食事の皿をトレイに載せてもらいながらゴンが聞く。
「なに、二人して何かしてたわけ?二人して」
キルアがにやっと笑って横目で見た。クラピカの頬がこころなしか赤くなる。レオリオがその肩をぽんと叩いて言った。
「ま、な。大人にゃいろいろあるからな。いろいろ。なぁ、クラピカ」
「ばっばか、くだらないことを言ってないでさっさと進まないか。つかえているぞ」
「つかえてるって、おれの後ろ、お前だけだろ。蝶々の列があるわけじゃなし」
「長蛇の列、だ。レオリオ」
「どっちだっていーだろーが」
「よくないっ」
相変わらず騒々しい。その様子を眺めてサトツは目を細め、メンチの方を向いた。
「おやおや、もう決着がついたようですね、あの二人は。メンチさん、どうやらカケはあなたの負けのようですよ」
サトツが愉快そうに言う。メンチはあきれはてた、といった顔で、毒づいた。
「んっとに、もすこしモメるとか落ち込むとかないわけ?なんて単純なのよ。もうっ、ホントにおめでたいわねっ、あの二人っ」
四人はワイワイ朝食をとっている。
「こらっ、ゴン、ピーマン残すんじゃない」
「えー、だって…、あっ、キルアずるいっ。レオリオの皿に移したっピーマン」
「オレ、苦手なんだよ〜」
「このガキ、せこいまねを」
「で、なんで私の皿に入れるのだ、ピーマンをっ」
「いや、お前の体のためにだな」
「ごまかすなっ」
たわいない会話と笑顔。やってられない、とばかりにメンチは手を振った。
「まったく、朝っぱらからみせつけてくれるわよね」
「メンチ、教えてやらなくていいのかい」
ブハラが心配そうに唸った。
「なんのことよ」
「だから、ハンター試験でうまれたカップルはくっついちゃうことが多いって」
サトツが微笑んだ。
「確かに、ハンター試験中にできた友人や恋人とは長続きする傾向がありますね。なぜだかわかりませんが。あなた方だって、メンチさん、ブハラさん、試験中に知り合ってコンビを組んだのではありませんか?」
メンチはふん、と鼻をならした。
「教える義理がどこにあるのよ」
そして、カップの底に残ったコーヒーを飲み干すと立ち上がった。
「それに、あの二人なら、そんなこと教える必要もなさそうじゃない」
「そうですね。あの二人なら」
サトツも頷きながら優雅な手つきで上着をとる。ブハラが空になった皿を名残惜しそうに重ねた。
「メンチー、ハラ減ったー」
「あーうるさいっ。今食べたとこじゃないのよ」
試験官達は食堂を後にする。
明日はいよいよ最終試験。受験生達の、つかの間の休息が終わろうとしている。
ぬけるように青い空、海からの風がオレアンダの花を揺らす、おれの故郷。
おれのクラピカ、お前を必ず連れていく。花の中でお前が微笑むのを、おれは見るだろう。
光あふれるあの場所、オレアンダの咲く庭で。
おわり
__________
表にある「回転木馬」「オレアンダの咲く庭で」の完結編です。表を読まないと意味、わからないです。『こたつみかん』さんの裏に捧げたもの。『こたつみかん』さんは可愛くて素敵なレオクラが一杯のイラストサイト様。他にテニプリのタカフジをやってらっしゃいます。リンクからソッコーGOなのだ。