颯颯たる




よくある任務といえばそうなのだ。

賊退治なんてものはとどのつまりは殺し合いなわけで、培ってきた忍の技をひたすら殺戮のために用いる。殺伐、などと今更なことは思わない。オレ達忍は任務をこなす。それだけだ。

ただ、全てが終わった翌日の空はえらく青くて、木々の葉を揺らす風が肌に柔らかかった。五月の、何の変哲もない、よく晴れた気持ちのいい日、オレの中にふっと隙間があいちまった。ほんの少しの隙間だった。いつもなら、しばらく隙間から外の光を眺め、また塞いで忍のオレに、アカデミーのオレに戻るのに、オレの日常に戻れるのに。


風が吹いていた。若葉がちらちらと白っぽい葉裏を覗かせ、膝下まである草がゆるやかになびく。緑の草原のあちこちには白い花々、ゆらゆらと揺れる花々、颯颯たる風が吹いていた。










うみのイルカは一人、森を歩いていた。今回、スリーマンセルを組んだ中忍三組の部隊長としてこの地へ来ている。任務は終了した。帰還準備は部下達にまかせ、イルカは戦闘の行われた地点を中心に最後の確認作業中だ。死体は全て処理した。森の中にはすでに血の痕も硝煙の匂いもなく、木々の間から明るい陽が射し込んでいる。

イルカは任務を思い返し、苦い思いを噛みしめた。任務情報は誤りだらけだった。死者こそ出なかったが、仲間の半数が重傷を負い、一時撤退したイルカ達は、里から追って派遣された暗部に助けられた。動ける者達だけで体勢を整え、暗部とともに賊を殲滅したのは夕べのことだ。皆殺しにせよ、という任務は完了した。だが、負傷した中には、一命は取り留めたものの、忍として復帰できない者もいる。

よくあることだ…

やりきれなさをイルカは胸の奥に押さえ込んだ。

今までだってよくあったことだ…

木々を抜け、イルカは森のはずれへと出た。森が途切れ、視界が開ける。見はるかす先まで草の海が広がっていた。雲一つない空の下、若草が揺れている。白く小さな野草の花が一面に咲いていた。

男が一人、立っていた。背には忍刀、白いプロテクターと黒いかぎ爪、救援にきた暗部だった。明るい陽光の下では異質な姿であるはずなのに、緑色の風景にしっくりとなじんでいる。五月の陽を身に纏うように、銀髪の暗部は佇んでいた。
イルカは一瞬息を飲み、その姿にみとれる。さぁっと風が吹いた。草がたなびき、暗部の銀髪が揺れる。草原を渡る風がイルカのもとへたどり着いた。と同時に、暗部が顔を向けた。

「イルカ先生。」

名を呼ばれて、イルカはハッとした。

「……カカシさん…」

銀髪の暗部は面をつけていなかった。ゆっくりとした足取りで、カカシは歩み寄ってくる。イルカの目の前まで来て、柔らかく微笑んだ。

「はい、あなたのカカシです。」

ふざけた台詞だが、表情は静かで声にもおどけた調子は微塵もない。イルカは目を伏せた。

「任地でまで冗談はやめてくださいよ。」
「冗談を言ったつもりはないけど。」

写輪眼のカカシがアカデミーの中忍を口説いている、というのは有名な話だった。受付だろうが路上だろうが、機会があればカカシはイルカに愛を告げた。だが、おおかたは上忍のおふざけと思っていたし、イルカ自身も本気にとったことはない。それなのに、ここにいるカカシは、いつもの軽い調子が影を潜め、穏やかだがひどく真剣な眼差しをしている。見つめられ、イルカは居たたまれなくなる。目を地面におとしたままぼそぼそと言った。

「い…医療班派遣の要請に里から返事が来ました。合流の手はずがここに。」

イルカは胸元から書簡を取り出す。

「カカシさんのおっしゃるとおり、今回の任務にはまだ何か裏があるそうです。この場での待機は危険が大きすぎるため、帰還準備が整い次第、負傷者を保護しつつ里へ…」
「あなたの部隊が罠にかけられた、と知ったときには、オレは心臓が止まりそうでした。」

書簡を渡そうとするイルカの手はカカシの手に絡め取られた。

「…無事でよかった。」

イルカはハッと顔を上げた。色違いの瞳にぶつかり、慌てて目をそらす。

「たっ隊長として今回のことは判断が誤っていなかったかはっ反省…」
「あなたが無事でよかった…」

いつの間にか口布をとったカカシがイルカの手に口づけた。びくん、とイルカが身を震わせる。

「カカシさんっ。」

手を引こうとするが、カカシは唇を押し当てたまま離さない。

「カカシさ…」

目の前のカカシの双眸がひどく真剣な光を帯びていて、イルカは動けなくなった。じっとカカシはイルカを見つめたままだ。ひゅっとイルカの喉が鳴った。うまく息ができない。

「イルカ…」


ぴーっ。


鳥が飛んだ。帰還準備が整った合図だ。ふっと張りつめていた空気が霧散する。イルカは焦りながら手を振りほどいた。

「あっあのっ、オレ、もっ戻りますっ。」

そのままイルカは駆けだした。よくよく考えたらカカシも共に帰還するのだから、イルカ一人で戻るのは不自然なのだが、そこまで頭が回らない。必死で駆けて、仲間の待つ地点の手前でイルカは止まった。カカシがついてきている気配はない。木の幹に手をつき、イルカは大きく息を吐いた。心臓が壊れそうなほど激しく打っている。

なんで…

片手を幹についたまま、拳を握った。

「くそっ。」

幹に打ち付ける。

「なんでっ…」


『イルカ先生、愛しています。』
『好きです。オレのものになって。』


至極軽く告げられる言葉の数々、里でのカカシはつかみ所がなくて、愛の言葉は紡がれた先からふわふわと溶けて消えた。同時に耳打ちされるカカシの艶聞、飽きっぽい性癖、イルカに何が出来ただろう。上忍のおふざけだよ、と笑って流すしかないではないか。だがカカシは魅力的だ。あれほどの人物に、たとえ戯れとわかっていても何度も愛の言葉を囁かれたら、心が動かないはずがない。カカシに惹かれる心を殺し、今までイルカは必死で己を保ってきたのだ。それなのに、何故カカシはあんな目をする。

「ちくしょう…」

里にいるときのように、軽く言ってほしかった。


イルカせんせ〜、無事でしたか〜?
愛しのイルカせんせですからね〜、オレ、がんばっちゃいましたよ〜。


そんな調子だったら、イルカも笑って受け流せたのだ。だのに、ここでのカカシはイルカの知らない顔ばかり見せる。静かな佇まい、真摯なまなざし、どれもイルカの知らないカカシだ。

「勘違いしちまうじゃないか…」

だらりと手を下ろし、イルカは目を閉じた。この動悸を収め、平静を取り戻さなければならない。これから負傷者を保護しながら帰還するのだ。

「しっかりしろ、うみのイルカ。」

頬を叩いて己に活を入れ、イルカは目を開けキッと前を見つめた。色恋ごときに悩んでいる場合ではない。大きく息を吸い、そしてイルカは皆の待つ処へと向かった。










二名が深い傷を負っていた。本当ならば動かしてはいけないほどの傷だ。だが、担架で運ぶ余裕はない。傷の浅い者が深手を負った仲間を布でくるみ、俄造りの背負子に括り付けた。足を引きずる二名には肩を貸し、先頭はカカシ、殿はイルカがつとめる。敵の気配を探りながら移動した。
午前の陽が、木々の間から明るい光を投げかけている。森の様子は平和そのものだ。だが、賊は殲滅したものの、偽の情報を流した者達がまだ残っている。イルカ達一行が弱っているところを襲ってくるだろう。事態は一刻を争う。

「とにかく、医療班と合流するんだ。援護の暗部も派遣されている。それまでがんばれ。」

イルカは仲間を励ましつつ、木々の間を駆けた。殿を走るイルカの前には、背負子に括られた瀕死の仲間の顔がある。ぐったりとして血の気がなかった。

急がなければ…

だが、怪我人を四人も連れた一行のスピードはあがらない。焦りをイルカは必死で押さえた。冷静でいなければ守れるものも守れない。ふっと目を先にやると、先頭を走るカカシの背が目に入った。いつもとかわらぬ、落ち着いた背中だ。

仲間を守る背だ…

カカシの背中を見ていると、不思議と安心できた。それは他の仲間も同じらしく、一行の中の不安や焦りの空気がいつのまにか消えている。

これが写輪眼のカカシなんだ…

イルカはある種の感動を覚えた。敵と相対したときの、鬼神のような強さだけではない、写輪眼のカカシという二つ名の本当の真価は、絶望的な状況で希望の灯を点すことにあるのだろう。

この人はやっぱりすごい。

こうやって、ただ尊敬と憧れを抱くだけだったらどんなによかったか、イルカの胸がチリ、と痛んだ。その時、カカシがフッと足を止めた。厳しい表情で周囲を伺う。全員がそれにならい、警戒を強めた。

「思ったより早くお出ましだな。」

カカシは小さく呟くと、胸ポケットから巻物をとりだし、親指を噛み裂いた。

「口寄せっ。」

白煙とともに忍犬が現れた。カカシが鋭く命じる。

「この八人を守って医療班と合流しろ。パックン、先行して援護の暗部に知らせるんだ。」
「わかった。」

小さなパグ犬が弾丸のように飛び出していく。

「行けっ。」

八人は忍犬に周囲を守られながら走りはじめた。カカシがスッとイルカの横に立つ。

「イルカ先生、ここで奴等を食い止めます。」
「はい。」

イルカもクナイをかまえ、多数の気配が迫ってくる方向を睨み据えた。若葉の重なる先の空気が、ぐっと膨らむ殺気に歪む。

「数が多すぎる。一人一人をやっていては、怪我人に追いつく輩が出かねません。大技で一気に潰します。」
「ご指示を。」
「合図とともに敵の塊がある四方向に水龍波を打ってください。チャクラ全てを使いきるつもりで。オレがそれに雷切りをのせます。」

暗部の面をはずし、カカシがイルカに微笑んだ。

「これは賭けです。敵を討ち漏らせばオレ達は死ぬ。」
「本望ですよ。」

イルカもカカシに笑顔を向けた。仲間を守り、カカシと共に死ねるならまさに本望だ。ふふ、とカカシが嬉しそうに目を細めた。

「愛していますよ、イルカ先生。」

チチチ、とカカシの手に光が集まり始める。次第に光が大きくなり、カカシが目で合図を送ってきた。

「おれもです。」

イルカは小さく、聞こえるか聞こえないかの声で呟き、限界までチャクラを高める。

「イルカ先生っ。」

カカシの声にイルカは水龍波の印を切った。四体の龍が金色の稲妻を纏い、うねるように飛び出した。すさまじい轟音が響き、目も眩むばかりの閃光が炸裂する。地が裂けた。爆風と衝撃がイルカ達にも押し寄せる。

「うわっ。」
「イルカっ。」

吹き飛ばされる寸前、カカシの声がした。何かがしたたかに体を打つ。そのままイルカの意識は闇に飲まれた。












アンタは風みたいな人なんだ。銀色の風を留めておける人間なんていやしない、そうだろう?受け入れたってオレの側を吹きすぎていっちまうじゃないか…



「…せんせ…イルカ先生…」

ふっと意識が浮上する。

「カカシ…さん…」

目の前には心配そうな顔のカカシがいた。

「大丈夫ですか?痛むところは?」
「あ…いえ…」

イルカは横たわったままあちこち体を動かしてみた。痛みはない。カカシが気遣わしげに覗き込んでいる。肩越しにぽかりと青空が見えた。イルカはゆっくりと体を起こした。みしみしと軋む感じはあるが、怪我はしていないようだ。

「大丈夫です。ただ、力が入らない…」

手で額を押さえると青草の香りがした。

「チャクラ切れでしょう。さっきの水龍、四体とも巨大でしたからね。」

カカシはホッとしたように目を細めた。カカシも怪我はないようだ。イルカは辺りを見回した。

「ここは…」
「あぁ。」

カカシがイルカの後ろを指さした。

「吹っ飛ばされてね、あそこから落ちちゃいました。」

イルカ達のいる後ろは切り立った崖だった。周りは灌木の茂みに囲まれ、ここだけ小さな空間になっている。

「あ、じゃあ、カカシさんが…」

たしか吹き飛ばされたとき、自分は気を失った。落ちるイルカをカカシが助けてくれたのか。

「ありがとうございます。オレ、足手まといになっちまって…」
「い〜え〜、あなたの可愛い寝顔を独り占めできて幸せでしたよ〜。」

にこにことカカシはおどけた言い様をしてみせる。イルカは忸怩たる思いで唇を噛んだ。何でもないように振る舞っているが、カカシも限界のはずなのだ。直前まで、カカシがAランク任務に就いていたのをイルカは知っている。なにせ自分が振り分けた任務だ。写輪眼のカカシでなければ達成不可能な難しい物だった。それだけでも疲れているはずなのに、カカシはイルカ達を助けに来てくれた。そして夕べの戦闘と今の大技、いくらビンゴプッククラスの忍でも無理がありすぎる。

「すみません、カカシさん、オレ…」

己の不甲斐なさにイルカは言葉がでない。俯いていると、頬に触れるものがあった。つっと顔をあげさせられる。色違いの瞳が優しい色を湛えてイルカを見つめていた。

「カカシさん…」

そんな目で見ないでくれ…

イルカの胸がズキンと痛んだ。まただ。何故そんな真摯な目をするのだ。勘違いしてしまう。カカシの気持ちが変わらないと、イルカの元に留まってくれると信じてしまいそうになる。

どうせいずれは離れていくくせに…

カカシの指がイルカの頬をそっとなぞった。びくっ、とイルカは体を引く。

「イルカ先生…」

カカシはどこか傷ついた表情になり、手を下ろした。そよ、と風が二人の間を吹きすぎる。その時だ。遠くに何者かの気配がした。複数だ。イルカはサッと緊張を走らせ、周囲を伺った。気配はまだ遠い。こっちにも気づいていないようだ。だが、わざと己の力量を知らしめるような気配は、確実に近づいてきていた。

討ち漏らしていたか。

イルカは表情を険しくした。
まずいことになった。相手は相当の手練れのようだ。それなのに自分もカカシもチャクラがほとんど残っていない。この状態で見つかれば、死は確実だろう。そして仲間達は無事なのだろうか。四人の怪我人を抱えて、あとのメンバーが戦えるはずがない。
カカシを見ると、動じる気配はなかった。カカシほどの忍だ。とっくに敵の存在には気づいていたのだろう。ふっとカカシはイルカに視線を送り、安心させるように頷いた。

「大丈夫。アイツらは無事です。オレの忍犬達に変化はない。おそらく医療班に合流できたでしょう。」

ホッとイルカは息を吐いた。無事ならばいい。だが、自分達の置かれた状況が変化したわけではなかった。死は刻々と迫ってきている。イルカは己の忍具を確かめた。クナイが数本に手裏剣と起爆札が数枚残るのみだ。こうなったら時間との勝負だ。敵がここへ到達するのが先か、医療班とともにきている暗部が先か。イルカは周囲を見回した。手持ちの起爆札とクナイでなんとかトラップをはれる。相手はかなりの手練れのようだが、命と引き替えならば足止めくらいはできるだろう。そうしたら、カカシだけでも助けることが出来る。惚れた男を死なせるわけにはいかないのだ。イルカは中腰になり、ポーチを探りながら辺りを睥睨した。

「トラップを張ってオレがここで奴等を止めます。救援の暗部が近くまで来ているはず、カカシさんは先に行って合流してください。」
「イルカ先生?」

驚いたようにカカシが名を呼んだ。

「イルカせん…」
「オレよかカカシさんの方が足、早いから、助け呼んできてくださいよ。」

ニカっとイルカは笑って振り向いた。

「こんな時になんですけどね、いや、こんな時だからかな。ぶっちゃけ告白しちまいます。オレ、カカシさんが好きです。」

カカシが大きく目を見開いた。イルカはへへっ、と頬をかく。

「とっくの昔に虜ですよ。でもアンタはね、オレにとっちゃ風みたいなもんで、だって、アンタ、オレんとこに留まっちゃくれねぇだろ?いつかどっか、誰かんとこに行っちまうだろ?」

イルカはくしゃりと泣き笑いのような顔になった。

「恐かったんですよ。こう見えてもね、オレ、執念深い質だから、アンタに去られたらどうなっちまうかわかんねぇ。そうなるのが恐かった。」

ふっとイルカは辛そうに目を伏せた。

「イルカ…」

カカシはどこか呆然とイルカを見つめている。くいっとイルカは袖口で目元をぬぐった。

「すいません、なんか、辛気くせぇこと言っちまって。」

えへへ、ともう一度笑い、イルカは顔を上げた。

「でもやっと言えた。」

どこか吹っ切れたように明るい。イルカはすっとクナイを引き抜き、まっすぐにカカシを見つめた。

「せめて惚れた男のために命、はらせてください。」

最後だからこその告白、満足そうな笑みがイルカの口元に浮かぶ。これで思い残すことはない。

「行ってください、カカシさん。」

ぐっと前を見据えると、クナイ片手にイルカは地を蹴って飛び出した…
はずだった。飛び出した瞬間、強い力で引っ張られ、そのままイルカはカカシの腕の中へひっくり返る。

「え?」

目を白黒させていると、後ろからぎゅっと抱きしめられた。

「カッカカシさんっ…」

じたばたとイルカは身を捩るがカカシの腕は弛まない。

「何やってんですかっ、一刻を争うんですよ。敵がそこまできてい…」
「結界札でね、この空間に守護結界はってます。」

カカシがイルカの首筋に顔を埋める。イルカはぐっと体を突っ張らせた。

「そんなもの、時間稼ぎにもなりません。離してくださいっ。」
「だめ。」
「カカシさんっ。」

暴れるイルカの体をカカシはゆっくりと、しかし有無を言わせぬ力で自分に向けさせた。どこか怒ったような表情だ。

「アンタねぇ、何ひとりで勝手言ってんのよ。」

イルカはぐいっと両手で頬を挟まれた。

「なーにが風ですか。オレははたけカカシ、うみのイルカに心底惚れてるただの男です。」

色違いの瞳がじっとイルカの目を覗き込む。

「惚れた男を盾にして、はいそうですか、ってアンタ、行くことが出来る?」

オレには無理、カカシは目を細めた。その切なげな色にイルカは息を飲む。だが、ここで引くわけにはいかない。イルカは必死でかぶりを振った。

「それでもオレはアンタに死んで欲しくないんだ。」
「オレだってそう、アンタを死なせたくない。」
「カカシさんっ。」

こんな問答をしている場合ではないのに、イルカはカカシの手を振り払って叫んだ。

「離せってっ。このまんまだと二人とも死んじまうんだぞ、わかってんのかっ。」
「それでもいいじゃない。」
「アンタなっ、」
「オレ一人が生き残って幸せだとでも?」

ぐっとイルカは言葉に詰まった。カカシは淡々と言う。

「一生、惚れたアンタを犠牲にしたって罪業を背負って生きろっての?それとも、アンタを忘れてどっかの誰かと幸せになれとでも?」

ぎくり、とイルカの体が強ばった。

「オレが他の誰かのモノになってアンタは平気なわけ?」
「そ…それは…」

そんなこと、耐えられない…

イルカは唇を噛んだ。結局、どこまでも自分は欲深なのだ。己の浅ましい心を自覚して、イルカはたまらず目を伏せた。ふと、頬に柔らかい物が触れた。ハッと見上げる先に、カカシの色違いの瞳がある。穏やかな光を湛えて、カカシはイルカをじっと見つめた。

「ねぇ、アンタが好き…」

カカシはそっとイルカの頬に唇を寄せた。

「オレが好きなら、死ぬも生きるも一緒って言ってよ、イルカ先生。」

カカシの腕がイルカの背に回される。

「一緒にいたいよ…」
「カカ…シ…さん…」

ぎゅっと抱きしめられ、イルカの手からクナイが滑り落ちた。

あぁ、この男は…

イルカの胸に歓喜が押し寄せてくる。

「アンタ、バカだなぁ…」

イルカはカカシを強く抱きしめ返した。

「もしかしたら二人とも助かるかもしれないってのに、その可能性も捨てちまう気か。」
「アンタの側にいたいだけ。」

カカシが耳元に唇を寄せてくる。

「側にいるよ、ずっと。」

だからアンタも、一緒にいろって言って…

吐息とともに囁かれ、イルカは震えた。

「カカシさん…」

カカシが唇でイルカの耳たぶをはんだ。

ずっと側に…

このまま留まれば二人にあるのは死だけだ。だが、ここで死ねば、カカシはイルカだけのものになるではないか。その考えの甘美さにイルカはぞくりとした。

いつ失うかって怯えなくてもいいんだ…

浅ましさは百も承知だ。なじらばなじれ、惚れた男を己のものにしたままともに命を終わる、それはなんという至福であることか。

「…一緒に…」

声が掠れた。胸が震えて言葉が続かない。カカシがそっと体を離し、イルカを見つめてはっきりと言った。

「うん、死ぬまで一緒。」

イルカの口元に笑みが浮かんだ。今、色違いの瞳はイルカだけを映している。イルカはカカシの頬に触れた。こうやってイルカから触れるのは初めてだ。何度も頬をなぞる。イルカは両手でカカシの頬を包んだ。カカシはじっとイルカを見つめている。色違いの瞳を覗き込むように顔を寄せ、イルカは囁いた。

「アンタはオレのもんだ…」

心を覆っていた鎧はすでにかなぐり捨てている。あとは沸き上がる想いを言葉にすればいい。

「死ぬまでオレだけを見ていればいいんだ。」

うっとりとカカシが笑った。イルカはその唇にむしゃぶりつく。カカシはがっちりとイルカの項を押さえ口づけにこたえてきた。

熱い…

くちゅくちゅと絡めた舌が焼けるようだ。眩暈がする。カカシがぐっと奥まで舌を突き入れてきた。体の芯を犯されているようだ。

「…んぅ…」

鼻から息が漏れた。じんじんと体の奥から甘い疼きがわき起こってくる。カカシがイルカの舌をきゅっと吸い上げ、軽く甘噛みした。ぴくり、とイルカが震える。

繋がりたい…

それは強烈な衝動だった。入れる、入れられる、どちらでもいい。カカシと一つになりたい。イルカは口づけながらカカシの首に手をまわししがみついた。だが、体を寄せるイルカとは反対に、項を押さえるカカシの手が弛む。唇が離れた。あっ、とイルカは目を開ける。

「入れたい…」

間近でカカシが低く囁いた。吐息がイルカの濡れた唇を撫でる。

「はやく…」

愛撫も何もなく、二人は性急にズボンの前をくつろげた。カカシがポーチから傷薬の軟膏を取り出し、指ですくい取る。あぐらをかいたカカシをまたいで、イルカは腰を浮かせた。尻の下にわだかまるズボンが邪魔で、イルカは左足だけ下着とともに脱ぎさる。右足の太股にまいたサラシのところにズボンと下着がひっかかったまま、イルカは再びカカシをまたいだ。素肌にあたる五月の陽光すら性愛の刺激に変わる。イルカの性器はすでに固く勃ちあがっていた。カカシがイルカを引き寄せ、後孔に傷薬を塗りこめる。ペニスがカカシのプロテクターに擦れ、イルカは小さく喘いだ。カカシは後ろの蕾に軟膏を塗りつけると、くるくると菊孔の周囲を撫でた。突然つぷり、と指が中へ侵入してきた。イルカはひゅっと息を詰める。カカシは性急に指を前後させると、二本目を突き入れてきた。

「はっ…」

思わずびくり、と体を仰け反らせたイルカをカカシは片手でぐっと引き寄せる。イルカはカカシの首にすがりついた。

「はやく…カカシさん…」

猛ったカカシのペニスにイルカは手を伸ばした。慣らさなくてもいい。今は早く繋がりたい。互いの性器の先端はすでにとろとろと先走りの汁を零していた。

「はやく…」

イルカは荒い息をつきながら、カカシのペニスを己の後孔に導いた。

「待って、まだ…もう少しほぐさないと…」

カカシの息も荒い。指を三本にふやして後孔を広げるようにぱらぱらと動かす。

「はやく、いいからはやく…」

啜り泣くようにイルカは懇願した。早く一つになりたい。片手でカカシにしがみついたまま、もう片方の手でカカシのモノを後孔に押し当て腰を振った。突然、指が引き抜かれた。次の瞬間、衝撃がイルカを貫く。

「あぁーっ」

イルカの体が跳ねた。カカシの力強い手がそれを抱きとめる。そのまま奥へ熱棒がねじ込まれた。

「いっ…あぁぁぁっ」

悲鳴を上げたイルカをカカシは激しく上下に揺すった。

「あっあぁーっ」

中が熱い。硬くて太いものがイルカの中を激しく動く。脳天まで突き抜けそうだ。涙をふり飛ばし、イルカは悲鳴を上げ続けた。

「あっ熱いっ熱いっ…あぁぁっ…」

貫かれ揺すり上げられ、灼熱の棒に意識を焼かれる。イルカはカカシの首に手を回したまま仰け反った。

「カカシさぁんっ。」

ぱんぱんと尻を打ち付ける音が響く。

「イルカっ…」

ぐいっと両腕に抱き込まれ、体がふわりと浮いた。目の前に青い空、その青の中にカカシの顔が現れた。イルカは地面に押し倒されている。唇を塞がれた。深く口づけたままカカシは腰を小刻みに突き入れる。上も下も塞がれ、イルカはカカシにしがみつくしかない。

「はっ…」

唇が離れ、イルカは喘いだ。カカシが突き入れを大きくしてきた。ぎゅっと抱き合ったまま腰だけを大きくグラインドさせる。押しつけられたプロテクターにイルカのペニスはひどく扱かれ、爆発しそうだ。頭の下でつぶされた青草の香りと、先走りの匂いが混ざり、五月の陽気にたちのぼった。

「あっカカシさんっ…イ…イキタイっ」

悲鳴のようにイルカが懇願すると、カカシはいきなり腰をぐるりと回した。亀頭が一点をかすめ、イルカの体が大きくしなる。

「…ここだ。」

にっとカカシが口角を上げた。上半身をおこし、カカシはイルカの膝裏をかかえ、ぐいっと持ち上げる。

「後ろでイッテ。」

ぽたり、とカカシの汗がイルカの上に落ちた。

「カカシさ…」

涙と汗でぐしゃぐしゃのまま、イルカはカカシを見上げた。銀色の美しい男が青い空の中にいる。色違いの瞳でイルカを見下ろしている。

「あ…カカシ…」

やはりこの男は風なのだ。ほら、青空の中で笑っている。

上からカカシが突き刺してきた。

「ひぁぁぁっ」

最奥にペニスを打ち付けられ、イルカは仰け反った。カカシは抜ける程大きく引き、勢いをつけてペニスを突き入れてくる。体をくの字に曲げられ、腰を高くあげたまま、イルカは泣き叫んだ。カカシの熱棒がイルカの感じるところを、最奥を突く。電流が走り、イルカの体がびくんびくんとけいれんした。

「ひぃっ…」
「イルカ…イルカっ…」

カカシは眉を寄せ、ひたすら腰を打ち下ろす。気持ちがいいのか辛いのか、刺激が大きすぎてそれすらイルカにはわからない。ただ、体中をカカシが満たしてくれている、それだけがイルカの全てだ。カカシを飲み込み、カカシで満たされる。カカシはイルカだけのものだ。

あぁ、落ちる…

真っ青な、果てのない空へ白銀の男とともに落ちていく。

「……っ。」

イルカの中で光が炸裂した。目を見開いたままびくん、と大きく体が跳ねる。白濁をイルカが噴き出すと同時に、腹の中に熱いものが迸った。

「くっ…」

カカシが腰を押しつけ仰け反った。陽光を受けた銀髪が輝く。鮮やかな青、銀の風。

アンタはやっぱり、空を渡る風みたいだ…

イルカはふっと笑い、そして意識を失った。











はぁはぁと荒い息づかいが耳元で聞こえる。イルカの体をカカシが覆い被さるように抱きしめていた。意識が飛んだのは一瞬だったらしい。カカシが顔を上げ、優しく口づけてきた。イルカはうっとりと口づけを受けながら、あの絶頂で死ねなかったのを残念におもった。カカシはちゅっちゅっ、と何度か音をたててキスを落とす。それから体を起こそうとするので、イルカは慌てて抱きついた。

「イルカ先生?」
「いっ嫌だ、出ていくなっ。」

死ぬときまで繋がっていたい、イルカはカカシの腰に足を回してぎゅっとしがみついた。

「可愛いこと言うね、イルカ先生。」

ふふ、と耳元でカカシが笑った。ねろり、と耳を舐め、カカシはイルカを抱きしめる。

「も一回、する?」

カカシにしがみついたままこくり、とイルカは頷いた。イルカの中にいるカカシがぐっと質量を増す。

「ホントにアンタは可愛い…」

カカシはイルカの顎をくっと掴んで唇を寄せた。

「オレのイルカ…」

ぺろ、とイルカの下唇を舐め、カカシが再び深く口づけようとしたその時、うんざりしたような声が響いてきた。

「おい、カカシ、まだか。」



え?



イルカは咄嗟に声の気配を探った。声は結界のすぐ近くからする。

「みんなもう出発準備出来てんぞ。」


ええっ?


「いちゃつくのは帰ってからにしろや。」


えええええーっ。


「アッアスマ先生?」

ちっ、とカカシが舌打ちするのと、イルカが慌てて体を起こすのが同時だった。

「えっ、そっそこにいるの、アスマ先生なんですか?」

渋々カカシはイルカから離れ、頷いた。

「たっ助けが来たんだ。」

わたわたとイルカは身仕舞いをはじめた。どろり、とカカシの出したものが流れたが、さっと手持ちの布で拭き取るだけにする。始末をしている暇はない。

「えぇ、まぁ…」

カカシは言葉を濁した。自身もズボンを整え、イルカが身支度を終えるのを待つ。

助かったんだ…

イルカは下着とズボンを整えながら、ようやく頭がそこへ至った。死なずにすんでホッとすると同時に、ふと、落胆している己にも気づく。

バカだな…

せっかく二人とも助かったというのに、どうやら己の欲の浅ましさときたら際限がないらしい。イルカは密かに自嘲の笑みを浮かべた。今、この瞬間まで、カカシの全てはイルカのものだった。だが、奇跡的に助かり、自分達は里へ帰る。そしてまた、日常がはじまるのだ。

もう遅い。

イルカはふっとため息をついた。もう遅い。カカシに告白し、抱き合ってしまった。もうカカシを諦めることなどできない。

自分はどうなってしまうのだろう。

イルカは途方に暮れる。カカシはしばらくはイルカのもとに留まるだろう。
だが、それはいつまで?
風は吹きすぎていく、わかっていても、もう耐えられない。

「イルカ先生、準備できた?結界解除しますよ。」

カカシが声をかけてきた。すっかりいつもどおりのカカシだ。

「あ…はい。」

イルカはなんとか笑顔を作った。カカシが結界札解除の印を結ぶ。バチッ、四隅の札が燃え、空間が割れた。そして再び元に戻る。今まで何も見えなかった灌木の切れ間に、暗部服を着たアスマが立っていた。面倒くさそうに煙草をふかしている。カカシは口布を戻し、アスマを睨んだ。

「アッスマ、来るの早すぎ。」
「なに言ってやがる。待ってやっただけでも感謝しやがれ。」

アスマがむすっと答えた。

待ってって…?

イルカはかぁ〜っ、と赤面した。結界の中は見ることができないし、声も聞こえない。だが、何をしていたかしっかりばれているではないか。赤くなったり青くなったり、顔色をせわしなく変えながら、イルカはアスマに頭を下げた。

「たっ助けていただき、ありがとうございます。もうだめだと覚悟していました。」
「あ?」

アスマがきょとんとイルカを見た。

「何の話だ?イルカ。」
「ですから、敵が迫っていたところを助けていただいて…」
「そっその話はもういいじゃないですか、さ、行きましょうよ、イルカ先生っ。」

カカシが妙に焦って話を遮った。イルカは怪訝な顔でカカシを見る。

「カカシさん、アスマ先生達が敵を倒してくださらなかったら、死ぬところだったんですよ。感謝してもしたりません。」
「あ〜、いや、だからね、イルカ先生。」
「複数の、しかもかなりの手練れだったじゃないですか。カカシさんも気づいていらっしゃったから結界を張ったんでしょう?」
「おい。」

アスマは訝しげに眉を寄せた。

「敵ってなぁ何の話だ。」
「ですから、結界の外に敵が…」
「敵はお前さん達で全滅させたじゃねぇか。何言ってんだ、イルカ。」

大真面目に問い返され、イルカはぽかんとした。

「…は?」
「だから、敵さん全員、お前さん達二人が大技でしとめただろうが。」
「……はい?」
「わーわーっ」

手をぶんぶん振ってカカシはアスマを止めようとしたが、お構いなしにアスマは言った。

「あんだけの大技だ。へばってるだろうから暗部つれて回収にきてやったってのに、このバカ、結界なんぞ張りやがって。」
「わーっわーっわーっ。」

イルカはあんぐりと口を開けたままカカシとアスマを交互に眺める。アスマがカカシに向かって顎をしゃくった。

「終わるまで待て、なんてふざけた式、よこしやがって、ったくめんどくせぇ奴等だ。」
「わーーーーーっ。」

敵は全滅…?暗部を連れて迎え…?

「……終わるまで待て…とは…?」
「いやっ、そっそれはですねイルカ先生っ。」

真っ白に固まったまま突っ立っているイルカの前でカカシは口ごもる。

「……じゃあ、アンタが結界張ったのは、敵が来たからじゃなくて…」
「や、だって、せっかく二人っきりになれたのにアイツらがのこのこやってくるもんだから、張りたくもなるじゃあありませんか、結界。」

イルカは呆けたように目の前の男を見る。

「つまり、最初っからあの気配が味方だってアンタは知っていたと…」
「えっ、そのっ、まぁ〜」
そういうことになるかな、カカシはてへっ、と頭をかく。

カカシは敵を倒したことも、味方が救援にきたことも全てわかっていた。結局、勘違いして悲愴になっていたのはイルカ一人だったということか。かぁーっ、と頭に血がのぼった。この男、自分がどれだけの覚悟で告白したと思っているのだ。カカシと抱き合ったまま死にたいとまで思い詰めたってのに。

ってか、盛り上がってたオレってただのアホじゃねぇかっ。

「こっこんのぉ〜っ。」

イルカはギリッとカカシを睨み付けた。

「だっ騙しやがったな。」

ぶるぶると拳を震わせイルカは怒鳴った。カカシはひょいと肩をすくめる。

「騙しただなんて人聞きの悪いですね〜。オレは敵だなんて一言もいってませんよ。」
「なんだとぉぉっ。」

しゃあしゃあとどのツラさげて、イルカは怒りで耳まで真っ赤になった。カカシはしれっとしている。はぁ〜っとアスマが呆れたようなため息をついた。

「続きは里に帰ってからやれ。帰るぞ、ったく、めんどくせぇ。」

つきあいきれん、とばかりにくるりとアスマは背を向け歩き出した。

「ほらほら、アスマもあぁ言ってることだし、早く帰ってイチャイチャしましょうよ。」

すでにカカシは上機嫌で、イルカに手なんぞ差し出してくる。イルカの中でぷちん、と何かが音をたてた。

「この野郎っ、オレがどんな思いでっ。」
「ん〜、嬉しかったなぁ。あんな熱い告白、はじめてですよ、オレは幸せ者です。」
「ひっ開き直りやがったなっ。」

イルカは完全にぶち切れた。へらり、とカカシが笑う。

「だったら何です?」
「くっそぉぉぉっ。」

殴りかからんばかりのイルカの手は、しかし、あっさりカカシに絡め取られた。ぐいっと体ごと引き寄せられる。

「えぇ、開き直りもしますよ。アンタが何でオレを拒絶していたのか、理由がわかったからね。」

さっきのへらへらした態度とは打って変わって、カカシはきつくイルカを見据えた。

「イルカ先生、アンタ、まだオレが信じられませんか。」

図星を指され、イルカはぎくりと固まる。唇が触れんばかりにカカシが顔を近づけてきた。

「もう遅いですよ。アンタは言ったね、死ぬまでアンタだけを見ろって。その言葉、そっくり返します。」

カカシは鋭く言い放つ。

「アンタはもうオレのもんです。オレのことだけ見てりゃいい。」
「なっ…」

身じろぐイルカの体をカカシはがっちりと拘束した。色違いの瞳はまっすぐにイルカを見据えたままだ。

「一生かかってオレの愛を思い知りなさい。」

カカシの迫力にイルカは息を飲んだ。ぐうの音も出ない。

「ちくしょうっ…」

悔し紛れにイルカはカカシの手を振り払う。今度は簡単にはずれた。イルカは両手をぐっと握りしめ、仁王立ちで怒鳴った。

「アンタこそ、後悔すんなよ。気が変わったからって、オレはすんなり別れたりなんかしねぇからなっ。」
「上等。」

睨み付けてくるイルカにカカシはニヤッと口元を上げた。そして再び、イルカへ手を差しのばす。

「おいーっ、いちゃつくのは里に帰ってからにしろ。手間かけさせんじゃねぇ。」

灌木の先のほうから怒鳴り声がした。アスマが立ち止まって呆れたようにこっちを見ている。

「すっすみません。」

イルカは慌ててアスマの方へ向かった。差し出されたカカシの手を無視したのは、ちょっとした仕返しだ。

「あっ、待ってよ、イルカ先生。」

カカシが呼びかけてもイルカは振り返りもしない。だが、耳まで真っ赤なのは、後ろからでもよく見えた。カカシは嬉しそうに目を細める。

「待って、一緒に行きましょうよ〜。」

のんびりと声をかけ、カカシもイルカの後を追った。











五月の、よく晴れた日だった。真っ青な空に若葉が揺れていた。だから隙間が、ほんの少しだけ隙間が開いたのだ。風が吹いていた。草原を渡り、それはするりと隙間から入り込んだ。

草の匂い、土の匂い、白い花々、青い空…
なによりも大切な人への想い。

風の運んできたものは、イルカの中にしっかりと根を下ろした。大事に抱きしめ、イルカは一歩、前へ踏み出す。鮮やかな青空だ。颯颯たる風が吹きすぎていく。




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棚ぼたカカシ?何故うちのカカシは最後まで格好良くクールでいられないのだろう…もう、背負った業としか、わはは。