く…はぁ…


薄暗い部屋にくちゅり、と濡れた音が響く。

「あぁ、いいね…」

吐息とともに呟いた声は甘く掠れた。カカシがゆるゆると腰をまわすと、腹の下でイルカがひっ、と息を詰めた。

「…いいね、イルカ先生…」

カカシは後ろからイルカを貫いていた。イルカの両腕はすでに力を無くし、腰を高く上げたままシーツに突っ伏している。セックスをはじめて、すでに七時間がたっていた。明日からカカシは二週間の任務が入っている。二週間分、といって押し倒したのが、夕食を終えた八時だったので、今は夜中の三時か。カカシが休む間を与えずイルカを責め立て、何度も逐情させたせいで、イルカはもうぐったりとしている。

「も…やめ…て…」

切れ切れに訴える声は掠れ、顔を傾け見上げてくる目は虚ろだ。カカシはごくり、と喉をならした。イルカが辛いのはわかっているが、息も絶え絶えなこの風情はカカシの劣情をひどくあおる。カカシは再び大きく欲望を抜き差ししはじめた。赤黒い肉棒をくわえこんだところから、白いモノが溢れ出してイルカの太股を伝う。何度放ったか、カカシ自身、もう覚えていない。

「…気持ちいい…」

締め付けてくる襞の感触を堪能するように、カカシはゆっくりと腰を動かす。じわじわと奥から身を焼く快感にイルカは呻いた。指一本動かすのも億劫なくらい体は疲弊しているのに、カカシの欲望に中を刺激されると再び快楽が頭をもたげてくる。それがイルカには辛くてたまらない。燻ったままの熾きに火がつき内側から焼かれるようで、イルカは涙を零した。

「…カカシさん…もう…」
「ん…ダメ。今夜は朝まで離さないって言ったでしょ。」

無慈悲に言い放ち、カカシはぐっと奥を抉った。

「ひぁっ…」

イルカの背がしなった。汗が飛び散る。カカシはしなる背を抱き留め、繋がったまま体をおこした。勢いのまま膝の上にイルカを抱き込む。イルカは己の体重でより深くにカカシをくわえ込むはめになり、小さく悲鳴をあげた。ぽたぽたと涙がカカシの腕に落ちる。

「かぁ〜わい、イルカせんせ。」

ちゅっとカカシは頬を伝う涙を吸った。耳元に息を吹き込むように囁きかける。

「明日から二週間、寂しいだろうけど待ってて。」

上忍中忍取り混ぜた一個小隊をひきつれての、盗賊討伐任務だ。

「すぐに帰ってくるからね。」
「あぁ…」

乳首を弄られ、イルカがのけぞった。その喉元にカカシは歯をたてる。カカシを飲み込んでいる後ろがぎゅっと締まり、カカシは眉を寄せた。

「そろそろ…いこっか…」

イルカの太股を両手で抱えると、己のペニスにたたき落とすように激しく揺さぶる。下から深く貫かれ、イルカは言葉にならない叫びをあげた。

「ひっあっあっあぁーっ…」
「イルカ…」

ぐっぐっとカカシの欲望に擦られ、イルカは身悶える。これ以上の快楽は拷問だ。

「やめて、やめ…あぁぁーーっ。」

後ろへの刺激だけでイルカはたまらず白濁を吹き出した。その瞬間、ずるっとカカシは欲望を引き抜く。くわえ込んでいた肉棒がなくなり、ぎゅっと閉まったイルカの後孔に、カカシはすぐさまペニスを突き立てた。固く締まった襞を無理矢理おしひろげ、最奥まで貫く。

「ひいぃっ…」

あまりの刺激にイルカが痙攣した。更に締め上げられ、カカシは熱い迸りをイルカの中にたたきつける。

「う…くっ…」

後ろからイルカを抱きしめ、カカシも快楽の呻きをあげた。すべてを吐き出し、ふぅっと息をつくと、イルカがぐったりとたおれこんでくる。どうやら意識が飛んだらしい。力のぬけたイルカを横たえ、ずるりとペニスを引き抜くと、まだ温かいモノがどろりと流れた。カカシはうっとりとその様を眺める。

「イルカ先生…」

愛しい人は答えない。どろどろに汚れたシーツに力無く横たわっている。ふふっとカカシは笑みを零した。

淫らで、そしてなんて可愛いんだろう…

カカシは力の抜けたイルカの両足を大きく広げた。これだけ長時間イルカを貫き、何度も放ったというのに、カカシのモノはいまだ力を失っていない。

「イルカせんせ、お返事は〜?朝までまだ間がありますよ〜。」

項垂れたイルカのペニスにカカシはちゅっと口づけた。

「んじゃ、気持ちよく目を覚まさせてあげましょうかね。」

なんたって二週間分だから、とカカシはイルカのモノを口に含んだ。ちゅるり、と舌で転がしてやる。

「…う…」

イルカが眉を寄せた。意識が浮上してきたらしい。気をよくしたカカシは、口の中でまだ柔らかいペニスをくちゅくちゅ揉むように愛撫した。ぐっぐっと芯が通ってくる。

「うぁっ…」

イルカが声を上げた。股間にカカシがいるのを認めると、必死で身を捩るが、快楽に翻弄され疲労困憊した体は言うことを聞かない。

「もう無理…やめ…」

シーツの上でもがく体の上にカカシは乗り上げた。イルカの鼻の傷に唇を落とし、にっこりと綺麗に笑った。

「ね、もう一回。」

イルカが答える前に、唇を重ね深く吸う。

「んんんっ」

首を振って抵抗するイルカの後孔に、濡れそぼった熱い竿をずぶりと突き立てた。ぬかるんだ菊口はなんなくカカシのモノを飲み込む。

「あぁ、最高…」

ぐいっと腰をおしつけ、カカシはとろけるように呟いた。イルカはもうカカシのなすがまま揺さぶられるしかなかった。










翌朝、元気一杯、カカシは任務に出立した。

ホントに朝までヤリやがったよ…

ヨタつきながらイルカも出勤の準備をする。夕べは宣言通り、一睡もさせてもらえなかった。イルカが気を失えば、あの手この手で意識を戻し、また突っ込んで揺さぶってくる。結局離してもらったのは朝の六時、すっかり満足した上忍がイルカを風呂へいれた時間だ。鼻歌まじりにイルカを風呂で洗い、手際のいいことにその間にシーツを洗濯機で回していた。よろよろとイルカが居間に転がった時には、ベランダにシーツが干してあったのだから恐れ入る。上機嫌のカカシは甲斐甲斐しく朝食までつくり、ご飯三膳もおかわりしてから任務に出ていった。

『イルカせんせ、今日は休んだら?オレ、連絡しておきますよ。』

出がけにそう言われたが、冗談ではない。イルカとて中忍の、そして教師のプライドがある。ヤリすぎで欠勤など、死んでも嫌だった。結果、カカシが数日里を空ける任務の時は、砕けそうになる腰を叱咤しながら、イルカはなんとかアカデミーに出勤するのが常だ。

うぅ、太陽がマジで黄色だよ…

さわやかな朝陽が今は辛い。

「おはよう、イルカ先生。」
「おはようございます。」

さわやかな朝の挨拶も辛い。

はたけ上忍がが任務に出た翌日は、必ずイルカの目の下にクマが出来ている。

これはもう周知の事実だったので、道で行き合う父兄や同僚達は何も言わない。その温かい眼差しに感謝しつつも、タフな恋人を心底恨めしく思った。

絶倫ってのも善し悪しだなぁ。

一度仲の良い同僚から気の毒そうに言われたが、善し悪しではなく、ただ『悪し』だとイルカは思う。

んっとに、人並みでいてくれよ…

天才忍者は全てにおいて群を抜いているらしい。イルカは痛む腰をさすりつつ、とりあえず恋人の無事と二週間後の己の無事を祈らずにはいられなかった。数日後、イルカは、ヤリすぎた腰の痛みなど些細な悩みだったと痛感することになるのだが、なにが起こるかなどこの時は、神ならぬ身の知るよしもなかった。




☆☆☆☆☆






うらうらと春の陽の射し込む午後、イルカはアカデミーの職員室で授業につかう資料を揃えていた。カカシが任務にたって二日たっている。

予定は二週間だったよな…

ふっとカカシのことが頭をよぎる。はた迷惑な絶倫男だが、惚れているのだからしかたがない。
今回の任務は、盗賊団の殲滅。上忍クラスの抜け忍が指揮しているうえ、忍崩れが多数集まっているとの情報があったので、カカシの率いる一隊には木の葉でも特別腕の立つ面々が選ばれた。カカシ、ガイ、アスマの三人の上忍に、手練れの中忍九名だ。危険度が高いので、今回下忍はいれていない。人選はイルカ自らおこなった。三代目の頃からほとんど私設秘書状態だったイルカは、里の誰よりも受付事情に通じている。任務配分の腕に少なからず自負もあった。

目的地まで四日かかるはずだから、まだ半分行ったくらいか。

行きはどうしても慎重に動く。四日後、目的地での任務達成次第では、もう少し早く帰って来られるかもしれない。

カカシさんのことだから、戦闘がはじまったらあっという間だろうけど…

カカシは本当に強い。だが、恋人の身としては、どんなに強いとわかっていても心配なのだ。だから、今回は体力のあるガイと、バランスのとれたアスマを入れた。この二人ならば気心もしれているので、遠慮無くやれるだろう。なにより、木の葉きっての上忍達だ。こんな言い方をして悪いとわかっているが、他の上忍達とくらべてこの三人は格が違った。

まぁ、大丈夫だよな。

問題は、カカシが帰ってきてからの閨の暴走をどう防ぐかだ。は〜っ、とため息をついて、再び仕事に向かった時、職員室のドアがガラッと開いた。

「イルカっ、大変だっ。」

血相を変えた同僚が職員室に駆け込んできた。顔を上げたイルカに、同僚は息せき切って言った。

「はたけ上忍ひきいる一隊が行方不明になったっ。」

ガタン、とイルカは立ち上がる。

「な…」
「里から何度も式とばしたのに応答が全くないって。どこにいるのか、無事なのかさっぱりわからんらしい。」

イルカは蒼白になった。

「五代目が呼んでる。受付にすぐ行ってくれ。アカデミーの方はオレらが交代でやるから。」
「…カ…カシさん…」

体が震える。

まさか、あのカカシに限って何かあるはずがない、そう信じようとするが、がくがくと膝から力が抜けそうになる。

カカシさんが…そんなはず…

カカシが死ぬわけがない。カカシが…だってまだ、身の内には二日前の情事の熱が燻っている、カカシに限ってそんなことが…

「イルカ、大丈夫か…?」

気遣わしげな同僚の声に、イルカはハッと顔を上げた。

「すまん、心配ない。じゃあオレ、受付はいるわ。悪いな、後を頼む。」

眩暈がしそうになるのをグッと堪え、イルカは笑った。

「おぉ、アカデミーは気にすんな。その…」

同僚が眉を下げてイルカの肩をぽんと叩いた。

「はたけ上忍は大丈夫だって。だから、なっ。」

イルカは頷いた。気遣ってくれる同僚の気持ちが嬉しかった。カカシと同棲してもう何年にもなる。男同士の、しかも階級違いのカップルだったが、周囲はごく自然に受け入れてくれた。

「あぁ…ありがとな。」

イルカはぐっと気合いを入れた。心を痛めているばかりでは忍はつとまらない。今はとにかく、何が起こっているのか確かめるのが先決だ。イルカは授業関係の資料を同僚に渡すと、職員室を飛び出した。

今、この時の最善を尽くせ。

生徒へいつも言っている言葉を己に言い聞かせ、イルカは受付所の扉をくぐった。









案の定、受付はてんやわんやだった。

「イルカ、来たね。」

執務室にいるより話が早い、と五代目火影は受付所で報告書をめくっている。

「今回の任務采配はお前が全てやったんだったね。」
「はい。」

イルカも受付机の後ろにまわり、五代目から書類を受け取る。

「ルートはいくつ用意した。」
「三つです。」
「あいつら、どれを選んだと思う。」
「気温、湿度、天候を考えますと、ルート2の可能性が高いかと思われます。約四日の行程ですから、順調にいけばこの辺りかと。」

イルカが書類に添付された地図を示すと、うーん、と五代目が唸った。

「どうしても確認しときたいことがあってね。式をとばしたんだが返事が来ん。」
「それはいつのことです?」
「昨日さ。」

聞けば、それから何度も、全てのルート沿いに式を飛ばしたが、まったく音沙汰なしなのだという。

「今朝になって、周辺の草に命じて探らせたんだがね。」

火影は眉を顰めた。

「カカシの一隊はもとより、討伐するはずの賊ですら見あたらないっていうんだよ。」

戦闘の跡もないっていうしね、と首を振る。

「言ってみりゃアイツらは木の葉の精鋭だ。そうそうやられるとも思えん。だが、わけがわからん。」

じっと考え込んだ五代目火影は、徐に顔を上げた。

「イルカ、捜索隊の手配を頼むよ。草には引き続き現地を探らせる。大名との会談は明後日だ、通常任務と会談に割く人員を頭に置いて、捜索隊の選出、出来るだけ迅速にな。草からの報告は直に受付で対応しておくれ。」
「はっ。」

イルカは真剣な面もちで頷いた。




それからは、イルカや受付担当の中忍達、事務方まで、寝る間も惜しんで働いた。

「草から、何か報告は?」
「新しいことは何もないようだぞ、イルカ。」

「イルカ、捜索隊のメンバーリストの原案、上がってきたからチェックいれてくれ。」
「わかった。こっちの五代目と大名の会談時の護衛メンバー、差し替えて置いてくれ。人数減らして見栄えするメンツそろえたから、余ったほうを捜索隊に回せる。」

「イルカ、通常任務のCランク、人がいねぇんだ。」
「これは危険度、低いな。日向ネジに新米下忍を二人つけて、研修をかねてあたらせてくれ。」

「イルカ、はたけ上忍の隊の予定ルートの地図、持ってきたぞ。」
「わりぃ、助かる。足取りの消えた地点から半径十キロ、忍鳥を群れで飛ばしてくれ。」

「イルカ、会談の後なんだけどねぇ、一時間くらいは…」
「五代目、その後すぐに水の国の使者との交渉にかかってもらいます。賭場に行く時間、ありませんから。」

三代目の頃から里の中枢にかかわってきただけあって、イルカを中心に任務配分が行われていく。

カカシさん、絶対助けるから。

気を抜くと涙が滲みそうになる。

「医療忍秋山モミジをリーダーにして春野サクラ、夏川アユ、のスリーマンセルを捜索隊メンバーにくわえよう。こっちが装備リスト、事務方に言って至急揃えてくれ。」
「わかった、まかせろイルカ。」

カカシさん…

「イルカ先生っ、ガイ先生はっ。」
「リー、今は君がなすべきことを果たす、それがガイ先生を救う一番の近道だよ。」
「はっはいっ、申し訳ありませんっ。」
「Bランクの任務だ。テンテンとのツーマンセルでしっかりやっておいで。」
「はいっ。」

そうだ、迅速に捜索隊を派遣し、情報を集めて確実な方法を探る、これがカカシさんを救う一番の近道だ。

イルカはパン、と己の頬を張り気合いをいれると、横に積んである任務情報の束を手に、奥の事務所へ振り向いた。

「敵方のメンバーをもう一度検索して、全ての情報を明記したリストをお願いします。」
「オレがやります、イルカ先生。」

パソコンの扱いに長けた元教え子がさっと駆け寄ってくる。

「うん、お前はいい仕事をするからな。頼んだぞ。」
「はいっ。」

無事に帰ってきたら、Hでもなんでも好きなようにやらせてやるから、だからカカシさん…

「イルカ、捜索隊の装備、準備OKだ。」

無事でいてくれ、カカシさん。

「わかった。ありがとう。それじゃ次の段取りがこれだ。頼む。」
「おうよ。」

寝る間も惜しんで皆動いている。もとよりイルカも、カカシの安否がわかるまで体を休める気などさらさらなかった。

カカシさん、みんな、あなたを助けるために必死なんです。カカシさん…

滲んだ涙をぐいっと拭い、イルカは書類の束に向かった。こうして動くことがカカシを救う唯一の手だてだと信じて、イルカは受付に詰め続けた。









徹夜で受付に詰めた二日目、カカシが出立して四日目、捜索隊が出発することになった。里屈指の上忍達が忽然と消えた事件である。メンバーは暗部を含めた選りすぐりで、丁度里に帰ってきていた三忍の一人、自来也が隊長を買ってでていた。火影はすでに火の国の大臣との会談に出かけていたので、受付所でイルカがかわって自来也に任務書を手渡す。

「どうか、宜しくお願いします。」

深々と頭を垂れるイルカに、自来也は力強く頷いた。この緊急事態に普段の軽い冗談口は影を潜め、流石に真剣な面もちである。

「任せておけ。全員無事に連れ帰ってくるわ。」
「はい。」

胸に迫るものをぐっと堪え、イルカは捜索隊のメンバーに向かってまた頭をさげた。Aランク任務を二日で片づけ駆けつけたゲンマもメンバーの中にいる。ゲンマはイルカにひょいと手を上げ、安心させるように笑ってみせた。

「皆さんもどうぞお気をつけて。」

受付担当の忍達全員が一礼し、捜索隊が出発しようとしたその時、一陣の風が吹いた。

「と〜ちゃっく。」
「むぅ、流石だな、我がライヴァールっ。」

受付所の、今まさに出発しようとしていた捜索隊の前に、二人の上忍がすっくと立っていた。余裕綽々といった感じでポケットに手を突っ込んでいる銀髪の上忍と、白い歯をキラリと光らせ、親指をたてているおかっぱ頭の上忍。受付所は水を打ったようにしーんとなった。

目の前にいるこの二人は、もしかしてもしかしなくてもオレ達が探しに行こうとしていた…

自来也はじめ、捜索隊の面々は呆けたように二人の上忍をただ眺める。ましてや、連日徹夜で救助のための段取りをしていた受付担当中忍、及び事務方は真っ白になったまま固まっていた。

アンタら、生きてたのか…

そのまま思考が止まる。

っつーか、元気一杯?

それ以上、物事の認識を疲労困憊した脳みそが拒んだ。白い朝陽の射し込む受付所に、静けさが満ちている。静かな朝の受付所など、木の葉始まって以来の出来事ではなかろうか。その静けさを破ったのは、当の上忍達だった。

「たっだいま〜、イルカせんせーっ。」
「今回はオレの負けだな、カカシよーっ。」
「イルカせんせが待ってるのに、オレが負けるわけないでしょ。」
「愛の勝利だな、カカシぃ。」

………あ?

ぽかんと口をあけたまま、突如現れた己の恋人を見つめていたイルカが、名前をよばれて身じろぎした。だが、思考がついていかない。まんじりともせず、ただカカシを見つめている。

「もぅ、何ぼんやりしてるんですか〜、あなたのカカシにちゅ〜、でしょ、ちゅ〜。」
「はっはっはっ、イルカよ、そんなに嬉しいか?口からエクストプラズムがでているぞ。」

銀髪の上忍がはずむようにやってきて、イルカをぎゅっとだきしめた。その背後では、おかっぱ頭の上忍が腰に手をあて高笑いしている。

「さ、任務も終えたことだし、帰りましょ、イルカ先生。」

あぁ…?

カカシは瞬きすら忘れたようなイルカをひょいと抱え上げた。抱えられた衝撃に、イルカはこれが現実なのだと体で悟る。

帰りましょって…

「じゃ〜、報告書、お願いね、ガイ。アスマ達もじき追いつくだろうし。」
「里までのかけっこに負けた方が報告書だったな。よし、オレにまかせろ。」

マイト・ガイは親指をたてて腰をくねらせた。

かけっこ…?

カカシに抱えられたまま、びしり、とイルカの中で何かが音を立てた。

「青春してこい、カカシぃっ。」
「式もとばさずがんばったかいがあったってもんだね。」

かけっこに夢中で式を飛ばさなかっただと…?

人は死ぬ前に、その一生が走馬燈のように駆けめぐるという。今、イルカの中では、徹夜で受付に詰め続けたこの二日間が走馬燈のように駆けめぐっていた。

そうだ、オレは寝ないで、オレだけじゃない、みんな一睡もしないで情報集めて…

「あ、オレは当然だけど、イルカ先生も明日は休みだから。」

周辺へ潜らせている草達だって、本来の任務そっちのけでアンタらを探して…

「よしっ、手続きはオレがやってやろうっ。」

カカシがにこり、と目を細める。

通常任務の割り当てして捜索隊の人選して装備手配して忍鳥とばして…

「さ〜今夜は寝かせませんよ、イルカせんせ。」

オレは寝ないで…

ガイがきらきらとした笑顔を向けた。

「愛されているなっ、イルカよっ。」

ばちこーん、とガイのウィンクが飛ぶのと、イルカから何かぱちーん、という音が聞こえたのが同時だった。一瞬、受付所の全員がびくっと震える。銀髪の上忍が受付中忍を抱えて煙とともにかき消えても、おかっぱ頭の上忍が、諸君、ボールペンをかしてくれたまえ、と白い歯をみせても、受付所は凪いだように静かなままだった。




ボロ布さながらの中忍達をひきつれた猿飛アスマが苦虫を噛みつぶした顔で受付所に到着したのは、自来也はじめ捜索隊のメンバーが言葉もなく散り、受付中忍と事務方が無言のまま通常の任務処理をはじめたころだったとか。
一報を受けた五代目火影が、急遽里にとってかえすのは、翌朝のこととなる。












受付所からイルカを抱えて瞬時に家の中へ移動したカカシは、浮き浮きとベッドへイルカを横たえた。イルカはさっきからカカシのなすがままだ。

いつもなら仕事だ、とか何とか抵抗するのにね。

バサリ、とベストを放り投げる。任務あけで汚れていたが、どうせ終わったら二人ともどろどろだ。風呂は後でいいと、カカシはイルカに覆い被さる。

「ふふ、今日はせんせ、大人しいね。」

ちゅっと頬にキスを落とし、アンダーの下に手を差し込んでさわさわと肌を撫でた。

「オレのこと、心配してくれたの?」

久しぶり、といっても四日ぶりだが、イルカにぞっこんのカカシにとっては久しぶりのイルカの肌だ。引き締まった筋肉をなぞりきめ細かい肌の感触を楽しむ。

「明日は休みだし、じっくり楽しみましょ。」

ん〜、と首筋にうずめたとき、イルカがはじめて身じろぎした。

ダメって言うのかな。

いつものことなので、カカシはすっかりイルカの抵抗パターンを見切っている。

「んふふ〜、聞けません〜。」

イルカの言葉を聞くより先に、カカシはキスを落としながら笑った。

「文句を言うと口を塞いじゃいますよ〜。」

唇にキスしようと顔を近づけると、イルカがふいっと横を向いた。

「だ〜め、まだおかえりなさいのちゅ〜してないんだから。」

相変わらずか〜わいい〜

カカシは横に逸らしたイルカの頬を両手で包んだ。

「いっぱいしましょ。」

なんといっても任務を四日で終わらせた自分へのご褒美なのだから、しっかりじっくりいただこう、カカシは張り切りった。
すでに猛っている下半身をイルカに擦りつけ、カカシは囁く。

「一杯恥ずかしいこと、してあげますよ。」
「緑の小人さん…」




………は?




一瞬、カカシは呆けた。

イルカせんせ、今、なんて言った?

問うまでもなかった。もう一度イルカが呟く。

「緑の小人さんが…」

イルカは顔を横に向け、部屋の隅をじっと見つめている。訝しんだカカシが視線の先を追うが、当然、そこには何もいない。朝陽が射し込む寝室は明るく、妙な気配も全くなかった。だが、イルカは表情も変えずにまた言った。

「小人さん…」

イルカにのしかかったまま、カカシは途方に暮れた。術の気配も何もない。イルカはなにを言っているのか。

「えっと、イルカせんせ?」

問いかけてもイルカはただ部屋の隅を凝視したままだ。

「ちょっと、そういう焦らしはないでしょ。」

カカシは己のアンダーを脱ぎ捨て肌をさらした。そしてイルカにキスしようとする。イルカは顔を横に向け、何かを凝視していたが、カカシは気にせず唇を寄せた。

「緑の小人さん」

カカシはぎょっと動きを止めた。大真面目で部屋の一点を見つめていたイルカが、ふっと口元をほころばせたのだ。

「小人さん…」

黒々とした目はひたすら澄んでいて、嘘や冗談を言っているようには見えない。

マジで言ってる…?

カカシとて伊達に何年もイルカと暮らしてきたわけではない。イルカが本気で言っているのだということくらいわかる。

まさか幻術?

だが、チャクラも感じられない。里屈指の上忍と言われる自分が感じ取れないほどの術者がいるというのか。しかし、だったら何故「緑の小人さん」、というか、そもそも「緑の小人さん」って何…

イルカはカカシを押しのけ、ベッドを降りようとした。

「緑の小人さん…」

慌ててカカシはイルカを抱き込んだ。イルカは大人しく腕の中に収まったが、その目はやはり「小人さん」を見ているのだろう。じっと隅っこを凝視している。

「あ〜、イルカせんせ。」

カカシは観念した。

「お茶でも煎れましょうか…いや、」

ぽんぽん、とイルカの背を叩くとベッドへ横たえる。

「寝ましょう、ね、眠りましょ。とにかく眠ることです。」

ぽんぽん、とあやすようにする。イルカはしばらく「小人さん」と呟いていたが、そのうち瞼がおりて、イビキをかきはじめた。ごーごーと大イビキをかきながら眠る可愛い恋人の隣で、カカシはそぉっと部屋の中を見回す。

まさかねぇ…

春の日射しはさんさんと明るく、いつもどおりの寝室だ。

とりあえず、任務前だからといって、あまりイルカに無体を働かないよう気を付けよう。

カカシは本気でそう誓った。










翌朝早く、どんどん、と戸を叩く音でカカシは目を覚ました。恋人は隣でいまだ夢の中だ。

「なんなのよ、ガイ。こんな朝っぱらから」

のそのそとベッドを降りてドアを開けたカカシはあんぐりと口をあけた。

「ガ…ガイ…?」
「キャキャヒよ…」

ガイの顔はぼこぼこに腫れ上がり、まともにしゃべることも出来ないようだ。

「どっどーしたの、その顔。」
「ごらいめに怒らりた。」
「五代目に?」

確かに、ガイほどの忍をボコれるのは木の葉ひろしといえど、五代目くらいだ。

「なっなんで…」
「ひゃんと任務遂行せぃって怒らりた…」
「えっ、だって、オレ達、ちゃんとやったじゃない。」

任務前夜のイルカの痴態にすっかりご機嫌だったカカシは、行きに四日もかけていられない、とばかりに目的地を目指した。それに乗ったのがガイだ。

『おっ、勝負か、カカシっ。』

脳天気に競い合ったせいで、中忍達は次々と脱落していく。それをアスマにまかせ、ついでとばかりにガイと二人で賊を殲滅させたのだ。いつもならチームワークを重んじてよき隊長を務めるカカシだが、ガイと組んだのが裏目に出た。

「ひきをむひひたのが悪きゃったらひい。」
「あ…」

里から何度も式が飛んできた。が、戦闘で忙しかったので、カカシは全て無視したのだが、それがいけなかったのか。

「たらいな混乱ろ損害をさろへあらえららひいろ。」
「…多大な混乱と損害を里へ与えたらしい…?」

ピーッ、と鳥が鳴いた。五代目からの呼び出しだ。カカシはさぁっと青ざめた。ちらっと部屋の奥を見ると、可愛い恋人はまだ高いびきだ。

あちゃ〜〜

カカシは頭を抱えた。五代目に怒られるのも怖いが、このままイルカが目覚めるのを待って、緑の小人さんのことを聞くのも怖い。

「ろにかくごらいめのところへ行け、キャキャヒ。」
「あ〜、そーするわ。」

とっとと任務を終えたご褒美をイルカからたっぷり貰う予定が、なんでこんなことになるのやら。緑の小人さんとやらに呪われているような気がする。忍服に着替え、足取りも重くカカシは外へ出た。柔らかい春の日射しが降り注いでいる。そろそろサクラが満開だ。

「うわ…いいお天気…」

ホントなら昨日はせんせとイチャイチャして、今日はお天気いいから花見に連れ出してまた外でイチャイチャってできたのに…

がくり、と天才忍者は肩を落とした。これから自分を待っているのは五代目の怒号とお仕置き、せめてガイほどボコられないよう、はじめから土下座して謝ろう。でも、でも、無事に帰れたとしても…

イルカの側に「緑の小人さん」がまだいたらどうしよう。

泣きそ…

見上げた先の空の青さが目にしみる。とぼとぼ歩く上忍の頬を、春の風が優しく一撫でして吹きすぎていった。


☆☆☆☆☆☆☆☆
数年に一度、銀角は「緑の小人さん」の話を聞くそうです。誰も見たことないけど、確かに見た人間がいるらしいという「緑の小人さん」
金角は一度も聞いたことないので、都市部だけに発生する伝説なのだろうか…聞いたことある人、いる?
ともかく、「緑の小人さん」第二部に続く…
つもりが、完結編はコピ本になっちまいました。緑の小人さん(ネット再録)と書き下ろし「緑の小人さん完結編」を一緒にして…くわしくはオフラインコーナーっす。オレがスパコミ原稿間に合わなかったばっかりに…すまんです〜。