温泉に行こうよ




「さあ、お前たち、着いたよ。」

竜崎スミレの号令が響き渡る。。夏休み最後の思い出にと日帰り温泉旅行に繰り出してきた青学テニス部員達は、元気よくバスから飛び降りそして呆然と立ちすくんだ。

「これが東京近郊の・・・」

ぽつっと桃城が呟く。

「秘湯っすか・・・」

リョーマがそれを受ける。

「湯・・・湯質はいいかもしれないぞ。」

大石がよくわからないフォローをいれた。

「不二ぃ・・・オレ、もっとロマン期待してたんだけどにゃ・・・」

菊丸の言葉に部員全員がコクコクと肯いた。

目の前には温泉ホテルが一軒建っている。どん詰まりの道を塞ぐように一軒だけ。鉄筋コンクリートづくりで「愛想もくそもない」という表現がぴったりの建物だ。

「秘湯の条件はクリアしていると思うけど。」

乾がメガネを押し上げた。

「まず周囲が藪だらけの山道であること。、さらに山道に入ってからの180度カーブとガードレールの欠落の割合が50%をこえなければならない。天井にライトが一列しか点いていないトンネルをぬけたらすぐに行き止まりで宿が建っているところが秘湯度を上げているね。」

秘湯度って何…

っつーか、乾って何者…

乾はノートになにやら書き付けている。改めて部員たちがデータ男の奥深さを認識しているところに顧問の声がとんだ。

「じゃあ、あたしはホテルの湯を使うから、あとは手塚、全員の指揮を頼んだよ。」

ゆっくり入っといで、満面の笑みとともにそう言い置いて竜崎スミレ先生はホテルのロビーに消えた。再び部員たちは呆然とする。

オレ達って、ホテルのお風呂に入れないんだ…

全員が途方に暮れているところに手塚の冷静な声がした。

「集合っ。」

はっと我に帰った部員たちの目の前にいつもと変わらぬ手塚の姿がある。

「一キロ先に露天風呂が二種類ある。どちらに入るのも自由だが、行き帰りは必ず全員で行動をともにすること。いいな。」

それから手塚は乾に視線を移した。

「風呂の説明を頼む。」
「この露天風呂だけどね、」

きらりと陽光を反射させて乾がノートをめくった。

「手前にあるのが洞窟風呂、といっても、崖の下がすこし窪んだ程度だから。これはなんでも平安時代からある由緒正しい風呂なんだそうだ。」

ホントかウソか知らないけど、とまたページをめくる。

「その先には新しい露天風呂ができていてね。観音の湯って書いてある。遥か下方に渓谷を望む展望露天風呂だ。」

以上、とノートを閉じる乾に手塚は頷き、力強く宣言した。

「わずかな道のりとはいえ山ではどんなアクシデントがあるかわからない。各自、勝手な行動は慎むように。出発。」

おおっ、と歓声をあげ、全員手塚に続いた。先ほどまでの不安は微塵もない。

「さすがは手塚部長、改めてオレは部長を誇りに思うぜっ。」

拳を固めて感涙に咽ぶ荒井の肩を、オレ達もだよ、と叩きながら部員たちは露天風呂に向った。ただ事情に通じたレギュラー陣だけが、先頭をいく手塚の手に不二がするりと指を絡め、何事か囁くとまたすっと菊丸の横に戻り、手塚の顔がわずかに赤くなったのを見てみぬふりでやりすごさなければならなかった。



☆☆☆☆☆☆☆



距離は短いもののそれなりに悪路だった。一メートル程の道の片側は切り立った崖で、所々岩が突き出ている。もう片側は二十メートルほど下の川に落ち込む急斜面で、細いロープが一本、張ってあった。そのロープに真新しい赤と白、二色の提灯が下がっているのはホテル客への気遣いなのだろうか。

「ひゃ〜、すんごい道〜。」

提灯を突付きながら菊丸が下の川を覗き込んだ。

「エージ、危ないよ。」

そういいながら余所見をした不二が石につまずいた。

「うわっ。」

転ぶかと思ったとき、ぐいと腕をひかれた。

「手・・・手塚。」
「気をつけろ。」

いつの間にか横に手塚がいた。

「落ちても死ぬことはないだろうが怪我をするぞ。」
「うん、ごめん。」

にこっ、と笑う不二に手塚が微かに笑いかえす。

「部長、確か先頭歩いてたんじゃ・・・」

言いかけたリョーマの口を桃城が慌てて塞ぎ、海堂がばごっと頭をはたいた。

「ばか、越前。」
「黙ってろ、てめぇは。」
「でも部長、不二先輩の腰に手、まわし・・・」

ばきっ、ぼこっ、とリョーマの頭がまた景気のいい音をたてる。

「痛いっす・・・」

恨みがましく両隣の先輩をリョーマがみあげたとき、河村が叫んだ。

「おーい、つり橋だぞー。」
「うわ〜、本格的ー。」
「英二、揺らすんじゃない。」

はしゃぐ菊丸を大石がたしなめている。

「落ちやしないって〜。」
「エージ、怖いよ。」

くすくす笑いながら不二は手塚の腕を掴んだ。手塚は不二の好きにさせて何も言わない。

「うっわ〜、今日の不二先輩、積極的っすね。」

ひそっ、と呟いたリョーマに桃城が同意した。海堂は顔を赤くしている。と、いきなり後ろからがしっと腕を掴まれた。

「結構揺れるね、海堂、掴まってもいいかい。」

ぎくりと振り向くと海堂の腕を掴んで乾がにやりとわらっている。

「いっ乾先輩っ。」
「ぎゃーーーーっ。」

人外の叫びをあげて海堂が走り出した。つられてリョーマと桃城も走る。つり橋はめちゃくちゃに揺れた。

「ばかものっ、走る奴があるかっ。」

手塚の一喝で立ち止まった三人はつり橋を渡り終えたところでこってりしぼられた。


☆☆☆☆☆☆☆


つり橋を渡った先は普通の山道だった。川のせせらぎが耳に心地よい。真夏の日差しは強かったが、吹き渡る風はさわやかだった。洞窟の湯と観音の湯は二十メートル程しか離れていないので、各自好きに入ることになった。

「不二、展望露天に先に入ろ。おチビもいくー?」

早速菊丸が不二を引っ張っている。大石は当然、といった顔で菊丸の横に並んでいた。

「お、越前、お前そっちか。」

桃城について堀尾やカチローが合流してきた。

「海堂、こっちだよ。」

乾にがっしり肩を抱かれた海堂は心なしか青ざめている。

「部長たち、観音の湯からっすね。」

荒井達はなぜかウキウキしていた。

洞窟の湯は道沿いにあり脱衣だなはそれこそ道端に据え付けられただけのものだったが、観音の湯はちゃんと扉つきの脱衣場があった。白木作りで気持ちがいい。

「あれ、リョーマ君、蚊取り線香があるよ。」

脱衣棚の下をのぞいてカチローが面白そうに言った。

「なにそれ。」
「あ〜、これだからアメリカ帰りはな〜。」
「悪かったっすね。」

桃城がからかうのにリョーマは憮然と答えた。

「夕方とか蚊が多そうだよね。」

シャツのボタンをはずしながら不二が笑った。さっと手塚の顔色が変わった。だが、気づいたものはいない。堀尾が素っ頓狂な声をあげた。

「これー、ハエたたきっすよねー。」

見ると脱衣棚に数本のハエたたきがおいてある。黄色や青のプラスチック製の奴だ。

「ハエたたき?」
「蚊取り線香はわかるけど・・・」
「なんでハエたたき?」

皆、首をひねりながら服を脱ぐ。

「そーいえば、洞窟の湯のとこにも置いてあったよね。」

そう言いながら不二が上半身を脱ぎ去った。

「不っ不二っ。」
「同じようなハエたたきがさ。」

ズボンのベルトをはずしてチャックをおろしている。今度こそ手塚はうろたえた。

「お前、全部脱ぐつもりか。」

不二はきょとんと手塚をみあげた。

「お風呂はいるんだもの。脱ぐに決まってるじゃない。」
「しっしかしっ、」

正面に向き直られ、手塚はますます慌てた。白い肌がまぶしい。薄紅色の胸の飾りにくらりとくる。

目…目の毒だ…

これで下半身まで晒されたら…
手塚は鼻血を吹きそうになるのを必死でこらえた。ふと気づくと、全員の目が自分たちに注がれている。手塚はじろりと睨みすえた。大慌てで全員脱衣場を飛び出していく。

「不二先輩の裸、直視なんかしたらオレラ、部長に殺されますね。」
「ま…間違いねぇわ、マジで。」
「越前、桃城、本当に殺されたくなかったら無駄口叩かないほうがいいと思うけど。」

ま、手塚の気持ちもわかるけどね、と相変わらず海堂を抱えた乾がメガネを光らせた。

「へ〜んだ、オレなんかしょっちゅう不二とお風呂入ってるもんね〜。」
「英二っ。」

口をとがらす菊丸を大石が宥める。事情を知らない一年坊主達と現実を認識したくない荒井達だけが沈黙を守っていた。皆、ハエたたきのことなどすっかり忘れていた。それをすぐに後悔することになるとは露知らず。

結局、腰にタオルをまくことで妥協したらしい。不二が不満顔で脱衣場から出てきた。

「もー、なんなんだよ。」

ぷりぷりしながら掛け湯を使う。すらりとした肢体に白い肌がうっすら上気して妙に色っぽい。

確かにヤバイわ、これ…

全員が手塚の行動に納得した。

「手塚ってば、わけわかんない。」

ぶーぶー文句を言いながら不二は湯に入ってくる。この時ばかりは皆、心底手塚に同情した。


☆☆☆☆☆☆☆


「ふ〜っ、サイコー。」

菊丸がぱちゃぱちゃとお湯をかいた。

「この青空とせせらぎの音がなんとも〜。」
「ジジムサイっすよ、桃先輩。」

憎まれ口をたたくリョーマの頬も気持ちよさそうな色に染まっている。

「手塚、遅いね。」

不二が怪訝な表情で脱衣場を見やった。

「オレ、迎えにいきましょーか。」

堀尾がざばりと出ようとするところを桃城と海堂が無言で押さえつける。

「余計なことすんじゃねぇ・・・」

ぎろりと小声で睨まれて堀尾は縮み上がった。確かに今手塚を迎えに行くのは酷だろう。
実際、不二の裸体を前にして冷静でいられる自信がなく、手塚は脱衣場で煩悶していた。

「だったら離れた風呂にいけばいいんじゃないんスか。」
「わかってないねぇ、越前。」

乾がふっと口元をあげる。

「データも理論もこえるのが恋なんだよ、なぁ、海堂。」
「…いちいち肩に手ぇ置くんじゃねぇ…」

乾の手から離れようと上半身をうかした海堂は、肩にじりっと焼けるような痛みを感じた。黒いハエのような虫が止まっている。

「なんだ、こいつはっ。」

海堂が叩き落とそうとすると虫はすばやく逃げた。

「痛いっ。」

カチローが悲鳴をあげた。

「うぎゃっ。」

堀尾がじたばた暴れている。

「なっなっなっにゃあ〜っ。」
「どわーーーっ。」
「虫がーーーっ。」
「にゃろうっ。」

気がつくとあたりをハエによく似た、しかし大きさは三倍くらいある黒っぽい虫が何匹も飛び回っている。驚くほどすばやいそれは、ぴたっと岩に張り付いたかと思うと次の瞬間、誰かの露出した肌にとまり、叩く間もなく逃げていく。その度に悲鳴が上がった。

「みっ皆、お湯に入るんだっ。」

大石が叫び、全員お湯の中に飛び込んだ。呼吸が出来るぎりぎりまで体を沈める。

「な・・・なんスか、あの虫。」
「アブだな。」
「アッアブー?」

都会っ子の青学メンバーにはなじみの薄い虫ではある。

「乾、アブって・・・」
「気をつけて、あれは血を吸う虫だから。それにしてもたくさんいるな。」

気をつけるも何も、もう襲われた後なのだが、乾の言葉に改めて皆危機感をつのらせた。見回すと確かに多い。飛び回るもの、岩に張り付くもの、やっかいなことにアブ達はいっこうにいなくならないのだ。

「もしかして、これ、根競べっすか・・・?」

リョーマが隣の菊丸をつついた。菊丸が絶望的な目をする。

「あのハエたたき、持ってくるんだったにゃ〜。」

今はじめて、脱衣棚にあったハエたたきの存在理由に思い至る。しかし、すべては遅すぎた。

「手塚、気づいてくれにゃいかな〜〜〜。」
「無理だと思うぞ。」

泣きそうな菊丸に大石は力なく笑う。

「これだけの騒ぎに出てこないんだ。はしゃいで騒いでいるくらいにしか認識していないんだろう。」
「さすが副部長だね。的確な分析だと思うよ。手塚が気づいていない確立、100%」

データ男なんか嫌いだ

この瞬間、希望の全てを打ち砕いた男に対して全員がそう思った。なす術を持たずひたすらお湯につかる皆の額にじっとりと汗が浮かんでいる。なにせいい加減風呂を堪能した頃に襲われたのだ。限界が近づいていた。だが、アブは相変わらず周りをとびまわっている。

「くっそぉぉぉっ。」

たまりかねたように荒井が唸った。湯だった顔は真っ赤だ。

「虫なんぞにナメられてたまるかよぉぉっ。」
「よせ、荒井。」
「来るなら来やがれってんだーーーっ。」

ざばっと立ち上がって露天風呂から上がろうとする。途端に黒い虫達が荒井めがけて飛んできた。

「ぎゃああああああっ。」
「あっ荒井ーーーーっ。」

情けない悲鳴とともに、荒井はあえなく湯の中に落ちる。

「あ…荒井…」

ぷかりと浮かんだ荒井に意識はなかった。

「ぼ…僕も…もうダメ…」

不二がよろよろと風呂の縁へ移動していく。目が半ば虚ろだ。

「だめだよ、不二ぃっ。」

止める暇もあらばこそ、不二はふらりと風呂から出た。

「危ない、不二、戻れーーーっ。」

黒い集団が飛来する。

「不二先輩っ。」
「不二ーーーっ。」
「うわぁぁぁっ。」

不二が座り込んだ。不二の肌を守るのはフェイスタオル一枚きり、白い肌が黒い斑点で覆われるかと思われたその時、黄色い閃光が走った。

ビシィッ

空を切り裂く鋭い音とともに黒い虫達が地に落ちる。次から次へ、不二に近づくアブ達はことごとく叩き落されていた。

「手っ手塚っ。」
「手塚部長っ。」

手塚国光だった。腰にタオルを一枚巻いた姿で手塚はすくっと立っていた。手には脱衣場にあった黄色いハエたたきが握られている。

「手塚…」
「大丈夫か、不二。」

潤んだ瞳でみあげる不二を手塚は優しく助け起こした。その間にも近づく虫を正確に叩いている。見事なフォームだった。腰のタオルの白さがまぶしい。

「うーん、さすがだねぇ。100%当てているよ彼。」
「わ〜い、手塚〜、早く助けてぇ〜。」
「部長〜〜〜っ。」

ビシッ、ビシッ、

手塚はアブを叩き落す。不二を背中にかばいつつその周囲360度、上下180度を完璧に掌握していた。

「手塚ーっ。」
「手塚ー・・・?」
「手っ手塚ぁぁっ。」

そして手塚は不二を連れ、脱衣場に消えた。

「なっなんで〜〜〜っ。」
「そんなぁ〜〜〜っ。」
「部長ーーーーっ。」

歓声が悲鳴と怒号に変わり、皆、絶望の淵に沈んだ。

オレ達に助けは来ない。ということはこの露天風呂で朽ち果てるか虫に襲われて…

「オレ、虫に喰われて死ぬのは嫌にゃぁぁぁっ。」
「いや、アブは別に人を食うわけじゃないと思うけど。」
「乾となんか一緒に死ぬのはもっと嫌〜〜〜っ。」
「…言ってくれるね、菊丸。」

いや、おちゃらけてる場合じゃないっしょ、先輩方…

後輩たちがよけいに悲壮感を募らせた時、再び手塚があらわれた。

「部長っ。」
「やっぱオレ達見捨てられたわけじゃなかったんスねっ。」
「手塚ぁ。」

すっと三本、ハエたたきが差し出された。

「越前、桃城、海堂。」

凛とした声が響く。

「次の青学を背負って立つお前たちにこれを預ける。三年生はもちろん、そこに浮かんでいる荒井と同級生全員を無事に非難させろ。言っておくが裸のままだと脱衣場でも襲われるぞ、この虫に。」

ビシッ、と一匹叩き落して、手塚は去った。

「……うぃっす…」

ぽつっとリョーマが答え、全員が三本のハエたたきを見た。

さすがは部長、状況を見ていないわけじゃなかったのだ。むしろ正確に把握している。指示も簡潔かつ明確だ。部長としての責務も果たしている。部員の力量を信頼もしているのだろう。だけど、だけど、だけど……

なにか釈然としないまま、しかし逡巡している暇はなかった。湯の中にいるのは限界だ。若干一名、瀕死の者もいる。次期青学の柱達はハエたたきをを猛然と振り回し始めた。



☆☆☆☆☆☆☆



「ぬどりゃぁぁぁっ、カマ〜ン、インセクトーーーっ」

洞窟の湯では河村一人が奮戦していた。人のいいこの男はレギュラー陣のなかで洞窟の湯の責任者を買って出ていたのだ。観音の湯からの助太刀もあって、全員無事に着替えをすませることができた。

「湯あたりした者には手をかすように。これからバスまでの道、十分注意すること。では帰還する。」

人数の確認を終え、指示をだす手塚の胸には不二がぽうっと頬を紅潮させたままもたれている。荒井をはじめ、湯あたりしたものは肩を借りたり抱えられたりしているので不二だけ特別というわけではないのだが、それでも纏う空気にそこだけ艶がありすぎた。

「歩けるか?」

不二を抱き寄せるようにして手塚が耳元に囁く。

「…うん、ごめんね、手塚…」
「もたれてもかまわんぞ。」
「…ありがと…」

不二はほうっと息をつくと手塚の胸に体を預けて歩き始めた。手塚は壊れ物でも扱うように優しく手をまわす。事情に通じた者もそうでない者も、赤面して目をそらした。

「本人たちはさりげないつもりなんだろうけどねぇ。」

ノートで額をつつきながら乾が口元を上げた。

「恋は盲目とはよく言ったよ。あの二人が状況判断、まるで出来ていない。ところで海堂。」

乾は後ろをあるく後輩を振り返る。

「オレも湯あたりしたみたいなんだが、手をかしてくれないか。」
「ひッ一人で歩きやがれっ。」
「意外と照れ屋さんだからねぇ、君は。」

くつくつ笑う乾に結局肩をかす羽目になった海堂をながめてリョーマが呟いた。

「まだまだだね…」

そのリョーマも朦朧とした菊丸をひきずり、大石と桃城が呻く荒井を担いでいる。一キロの道のりが果てしなく遠かった。


☆☆☆☆☆☆☆



「どうしたんだい、お前たち。」

顧問の暢気な問いに答える元気もなく、青学テニス部員達はロビーでしばらく休息をとらせてもらうことになった。

「ああ、アブですか。夏山だから多かったでしょう。」

知ってんなら教えろよ、露天風呂料金払ってんだからよっ。

フロントの笑顔に文句を言う気力もなく、皆ソファに沈没した。

「なぁ、海堂、オレにもあれやってくれ。」

乾の指差すほうでは不二が手塚の膝に頭を乗せて目を閉じている。さらさらとした茶色い髪を手塚は優しく指ですいていた。

「まぁ、手塚は無意識なんだろうがね。」
「いつもの癖って奴っすか。」
「だから越前、聞こえたらヤバイって。」
「さぁ、海堂。」
「アンタ、元気だなっ。」

乾と海堂が別な意味で二人の世界にはいってしまうと、苦笑交じりに大石が呟いた。

「確かに思い出だなぁ・・・」

疲れたように肩を落とす。

「夏休み最後の思い出にはなったよ、強烈なね。」

そこにいたメンバーは全員頷いた。

「虫に襲われて・・・」
「湯あたりして・・・」
「部長たちにもアテられて・・・」

はぁ〜っとため息をつくレギュラー陣の横で、う〜ん、う〜んと荒井が呻いた。


☆☆☆☆☆☆☆


この日以来、青学テニス部の伝説には新たな一ページが刻まれた。
それは恋人を守る黄色いハエたたきの話だとか、信頼の三本のハエたたきの話だとか。
ただ、二度と日帰り温泉旅行が行われることだけはなかったという。



終わり


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
お待たせいたしました。5000ヒットリク、「温泉へいこうよ」です。「旅行する塚不二」ってリクだったんですけど、なんか限りなく阿呆な青学テニス部の話になってしまったよーな〜。こっこれで勘弁していただけますでしょ〜かぁ〜、ポコペンさん(ふせ〜〜〜〜)
あ、ところでですね、このネタ、実話なんです。東京近郊じゃなくて、北陸のほうだったんですけど、えっらい目にあいました、マジで。夏の秘湯露天風呂なんていっちゃいけません。死にますよ、ホントに。