ありがとうございましたーっ、という元気な声に苦笑しつつ、モチバーガーの前で一年生達と別れる。買い物があるという大石とも別れ、手塚と不二は帰路についた。商店街のイルミネーションは華やかで、洋菓子屋のケーキを売る声も最後の追い込みとばかりにかしましい。街中にあふれるクリスマスソングを聞くともなしに聞きながら、二人はゆっくりと歩いた。

いつもなら店先を覗いたりたわいないことで笑ったりする不二が黙りっこくっている。手塚は内心、途方にくれた。もとより、自分が口下手で感情表現が不得手なのは自覚している。なにかと気のまわる不二がフォローしてくれているのだ。それに、さっきの不二の言葉も気にかかっていた。


雪を降らせて下さいって…


寂しそうな笑みだった。いつからだろう、不二が悲しげに微笑むようになったのは。


オレがドイツから帰ってきてから…?


ハタと手塚は気がついた。そういえば、ドイツに行く前まで、不二は弾けるように笑いこそすれ、こんな翳りのある表情は浮かべなかった。


ちょっと待て、まさか別に好きな奴ができたとかじゃないだろうな。


ギクリと手塚は不二を見た。不二は少しぼんやりした顔でゆっくり歩いている。


オレと別れたいとか…。


ふと浮かんだ考えに手塚は改めてショックを受ける。脳裏を松平玄九郎だのさっきの一年生だのの顔がぐるぐるまわった。


いや、それ以外にも不二を狙っている輩は多い。冗談じゃないぞ。


手塚の背中をヒヤリとしたものが流れる。


冗談じゃない。たとえ他の奴に心変わりしたと言っても手放すものか。オレの想いはそんな甘いもんじゃない。嫌だといっても聞いてやらん。だいたい、まだキスまでしか…


「あ、これ、クリスマスツリーみたい。」

手塚がそこまで考えた時、不二が声をあげた。花屋のワゴンをのぞきこんでいる。

「ねぇ、手塚、見て。このサボテン、まるでクリスマスツリー。」
「…あ?」

ワゴンのなかにはいくつかサボテンの小鉢が並んでおり、その中に先の尖ったいびつな形のサボテンがある。どうやら、不二にはそれがクリスマスツリーに見えるらしい。

「…その不格好な奴か?」
「ロマンないなぁ、手塚。ほら、刺のところなんてちゃんと星形じゃない。」

不二がプッと膨れる。ふと、手塚が何か思いついたような顔をすると、不二の見ていた鉢をひょいと取り上げた。

「手塚?」
「ちょっとそこで待ってろ。」

ぽかんとする不二を待たせて手塚は花屋に入っていった。 しばらくして出てきた手塚の手には、赤と緑のリボンで飾られたさっきのサボテンの鉢がある。

「この先に公園があったな。不二、そこへ行こう。」

有無を言わせず手塚は不二の腕をとった。不二が顔を赤らめる。

「てっ手塚。」

そのまま手塚は不二と半ば腕を組むようにして公園へ向かった。



☆☆☆☆☆☆



真冬の、しかもクリスマスとあって、さすがに公園には誰もいなかった。手近なベンチに腰をおろすと、手塚は二人の間にサボテンをおいた。そしてごそごそとポケットを探り、小さな色とりどりのリボンを取り出す。

「手塚、これ…」
「さっきの花屋で貰ってきた。」

手塚は照れくさそうにリボンを半分、不二の手に握らせた。

「オレとお前のクリスマスツリーだ。一緒に飾ろう。」

不二の目が見開かれた。

「毎年、こうやって二人きりでクリスマス・イヴをやろう。これからずっと。」

まぁ、大人になったらもう少し豪華にできるだろうが今年はこれで我慢しろ、そうぶっきらぼうに付け加える。不二が息を飲むのがわかった。


嫌だ、とか言うなよ。


チラと不二の表情をうかがうと、呆然とこちらを見ている。手塚は慌てた。まさか本当に別れ話とか考えているのか。

「……不二。」

柄にもなく焦りが顔に出た手塚に不二がプッと吹き出した。

「何?手塚。」
「…お前が返事をしないからだ。」

手塚はむっつりとする。不二は顔を伏せてクスクス笑っている。

「笑うな。オレは真剣に…」
「うん、手塚。僕も…僕もそうしたい。そうだったらいい…」

顔を上げた不二の表情に手塚はぎょっとした。泣きそうな顔だ。

「ふっ不二?」
「あ、うん、じゃ、飾ろう、これ。」

アタフタしはじめる手塚から視線をはずし、不二はサボテンにリボンを飾りはじめた。

「ほら、手塚も。」
「あ…ああ。」

微笑まれて手塚は何も言えない。不二は楽しそうに飾りつけをしている。小さなサボテンの飾りはすぐにつけ終わった。不二がサボテンの小鉢を両手で包む。

「メリ−クリスマス、手塚。」
「…う…うむ。」

照れて赤くなった手塚に、不二はまたクスリと笑みをこぼした。

「雪、降ればいいね、手塚。」
「…寒いだろう。」
「でも降ればいいな。」

不二はすっと目を伏せた。寂しげな眼差し。手塚はその頬に手を伸ばす。

「不二…さっきも同じことを言っていただろう?」

手を添え、不二の顔をあげさせた。

「…どうした、不二…」

色の薄い瞳がじっと手塚を見つめた。

「不二…」

手塚はそっと唇を寄せる。目元に、頬に、滑るように口付け、最後に柔らかい唇を吸った。うっとりと不二が目を閉じる。手塚は優しく、何度もその唇を啄んだ。ほっと不二が息をつくと、囁くように言葉を漏らす。

「離れていても、雪は僕のところにも君のところにも降るでしょう?」

好きな人と同じ空の下にいるんだって、同じものを見ているんだって実感できるじゃない…

手塚の肩に顔を埋めて、不二は小さく呟いた。

「手塚と同じ空の下にいるって…」

不二の声が切なく響く。手塚はおぼろげだが不二の感じている不安がわかったような気がした。お互い、あまりにも頼り無い自分達、そんな自分達の恋が永遠だとどうして言い切れよう。

人は変わる、人の心も変わる。だけど…

「それでもオレ達は一緒にいるんだ。」

手塚は不二を抱きしめた。サボテンのツリーが不二の膝の上でリボンを揺らす。

「ずっとだ。不二。」

手塚は不二に口付けた。誓うように、想いを届けるように、手塚は口付けを深くする。力が抜けて体を預けてきた不二をかき抱きながら、手塚は口付けることをやめなかった。




☆☆☆☆☆☆




「アニキ、なんだよこのサボテン。」

裕太が呆れ顔で指差したカップボードの上には、リボン付きサボテンが鎮座ましましている。

「貰ったんだ。クリスマスツリー。かわいいでしょ。」

ふふっ、と笑う兄は上機嫌だ。

「フツー、こーゆーことするかね〜。それって誰よ。」
「秘密、裕太には教えないよ。」

大事そうにサボテンの位置を整える兄に裕太はむくれた。

「あ〜っそー。ならこんな目立つとこ置くなよなっ。」
「目立つとこ置かないと自慢できないでしょ。」
「!」


このクソ兄貴、とことん腐ってやがるっ、


噛み付こうとしたところに女性陣の声がとんだ。

「ほら、ケ−キ出来たわよ。運んで裕太。周助はお料理、キッチンから運んで頂戴。」

その時、庭木につけたクリスマスライトをいじっていた父親がリビングに戻ってきた。

「寒いと思っていたらとうとう降り出したよ、雪。」

えーっ、と子供達は窓に張り付いた。

「ホワイトクリスマスじゃない。ロマンチックねぇ。」
「たかが雪じゃん。寒いだけだろ。」
「裕太はロマンないわね。ねぇ、周助…周助?」

不二はリビングから庭に下りていた。空を見上げる。ひらひらと羽毛のようなボタン雪が舞っていた。暗い夜空から白い夢のように雪が舞い散る。不二は嬉しそうに呟いた。

「雪だよ、手塚。」

不安だった。ドイツから帰ってきて以来、大人びた手塚を見るにつけ、いずれ手塚の横に並ぶのはそれに相応しい女性なのだろうと悲しくなった。好きだと言われても、失う未来に脅えて心が晴れなかった。

「もう悩むのは止めるね。」

不器用に、しかし一生懸命想いを自分に伝えようとしてくれた手塚、テニス以外は関心のないあの手塚が、百面相しそうなくらい必死になって…

「サボテンツリーだものね。」

昼間のキスを思い出して、不二はひとり赤くなった。

「君、知ってたのかな、クリスマスツリーのキスって永遠を誓うんだよ。」

手塚がそんなこと知っているわけはなかった。それでも確かに、自分達はあのキスで永遠を誓いあったのだ。音もなく雪は不二の上に舞い降りてくる。

「アニキー、何やってんだよ。」
「周助、風邪ひくわよ。入りなさい。」

今行く、と返事をして、不二はまた空をみあげた。


雪を願ったら本当に降ってきた。ならば誓いあった永遠も真実になるだろう。


ゆっくりと不二は踵を返した。家の中ではクリスマスの料理が美味しそうな匂いをさせて、クリスマスツリーがキラキラ光っている。窓越しに弟が何かがなっている。不二は幸せそうに微笑むとリビングに戻った。





☆☆☆☆☆☆





「雪か…」


庭に出ていた手塚は空を見上げた。純和風の庭木にかけられたクリスマスライトの一つがずり落ちたからと母親に言われ、直しに出たのだ。クリスマスデコレーションはどうも母親にとってこだわりがあるらしく、祖父の国一がどんなに文句を言おうと譲らない。

「国光。何をしておる。冷えるぞ。」

その祖父が居間の窓から顔を出した。

「雪になりましたよ。」

振り返って答えると、母親も顔を覗かせた。

「あら、素敵。ホワイトクリスマスだわ。」
「なにがクリスマスじゃ。」

国一が苦々しく吐き捨てる。

「だいたいが毛唐の祭りではないか。そもそも日本人たるもの…」
「はいはい、でもお父様、ローストチキン、お好きでしょ。」
「いやまぁ、その、鶏は…」
「お父様の好きなスモークサーモンのマリネもありますよ。」
「おお、そうか。」

一瞬弛んだ頬を国一は慌てて引き締め、厳めしい声を出した。

「とにかく、わしは毛唐の祭りを受け入れたわけでは…」

ピロピロと誰かの携帯がなった。国一がいそいそと作務衣の内ポケットを探る。

「おお、周助君からだぞ。国光。」
「…不二から?」

手塚が怪訝な顔をすると、国一はふぉっふぉっと笑った。

「わしと周助君はメル友じゃからなぁ。」

なになに、国一さん、メリークリスマスと?うむうむ、と一人頷きながらメールを打ち返す祖父を手塚は呆気にとられて眺めた。

「周助君、メリークリスマス、送信。」

おじいさん、携帯メ−ル、打てたのか、いやそれより、いつから不二と…

ぽかんとした手塚の目の前で祖父は上機嫌だ。

「うむ、今年はいいクリスマスじゃな。来年は周助君を家によばんか、国光。」
「あ、いい考えですね、お父さん。国光一人じゃ花がありませんからねぇ。」
「もう、先様に御迷惑ですよ。不二君だって御家族と過ごすのに。」

父親まで顔をだして好き勝手を言っている。

「国光、早く上がらんか。ところでじゃな、クリスマスのチカチカするあれな、松の木だけは…」
「だってお父様、あの松の木が庭のまん中で一番映えるんですのよ。」
「しかし、わしの丹精込めた…」
「はいはい、じゃ、ローストチキン、運びますわね。」

窓を閉めても声が漏れ聞こえてくる。居間のオレンジ色の明かりが暖かい。手塚は口の端をわずかに上げた。いいクリスマスイヴだ。空を見上げる。ちらちらと雪が舞っていた。


不二、雪が降ったな…


不二が願ったとおり、雪になった。そして、不二は雪空を見上げて自分のことを考えてくれたはずだ。自分が今、不二のことを考えているように。同じ空の下にオレ達はいる。願わくば雪よ…

不二にもう、あんな寂しい笑みを浮かべさせたくはない。手塚はサボテンツリーを飾り付ける不二を思い出す。触れると消えてしまいそうに儚げだった。他の友人達に囲まれている時は飄々としているあの不二が。かける言葉が見つからず、気がつくと口付けていた。不二を離すことができなかった。


言葉は苦手だ。だから口付けた。想いをこめて、心が伝わるように何度も何度も。


「オレもお前と同じ雪を見ている。」


雪よ、願わくば雪よ、想い人に心を届けて欲しい。そして優しく包んでくれ…


手塚は雪の彼方を見遣るように目を細めた。縁側から母親のよぶ声がする。手塚は髪にかかった雪を払うと家へ入った。




雪はきっと温もりを運んでくるのだ。家族と過ごす暖かさ、そして離れていても好きな人と想いをつなげる幸せ。

暖かい灯をともす家々の屋根に音もなく雪は舞い散る。静かに雪が街を包む。皆が優しく微笑めますよう…

イヴには雪を。


メリークリスマス。


おわり

☆☆☆☆☆☆☆☆

思い出して顔赤らめるキスってどーよ、え、若造っ。
数年後、相変わらず口下手な国光君。
「言葉は苦手だ。だから何度でも寝具の上でオレの気持ちを…」
「手塚のバカーっ」
バチーンと平手をくらって呆然とする国光君。
「…大石、クリスマスイヴの誘いをしただけなのに何故殴られたんだ。」
「………手塚、ロマンティックという言葉、知っているか。」
そんな言葉くらい常識だろう、と胸をはる国光君に何も言えない大石だった。ちゃんちゃん、とか…
来年は「がんばれ、国光君」に決定だな。(イーヨもロマンティックの意味をわかっていないサークルであった…)

国一さんと周助君が何故メル友なのか、なれそめはオフ本「せみしぐれ」です。その後の国一さんと周助君の話はまたネットでかくつもり。