満開の桜の下、不二周助は重いため息をついていた。



青学の桜並木を少し塀側に入ったところに古い桜の木があった。その大きな根っこの脇に腰をおろし、不二はぼんやり空を眺める。はらはらと薄ピンクの花びらが不二の上に舞い落ちた。花の間から見える空が青く眩しい。だが、ぽかぽか陽気と裏腹に、不二は情けない顔をしていた。


辛いなぁ…


初めから叶うはずのない恋をしてしまった。叶うはずがないとわかっていても、諦めきれない恋。
コートのなかだけでいいと自分に言い聞かせたはずなのに、同じ日にその決心は崩れてしまった。菜の花畑で手塚と二人きり、海を眺めたあの時、手塚自身を欲しいと思ったのだ。


手塚が欲しいっていったって努力でどうこうするもんじゃないしなぁ。


自分は男だ。その時点でこの恋はほぼ絶望的だろう。そのうえ、手塚を惹き付けるような容姿も才能も手管も持ち合わせていない。
「桜の神様、万人を、なんて言いません。手塚だけでいいです、手塚を惹き付ける力を僕に下さい。」

ブツブツ呟いてから、僕って馬鹿じゃない、とまた独りごちた。
「お前が馬鹿って、どうかしたのか。」
「うわぁ〜〜〜〜〜っ。」


桜の幹の後ろから、突然手塚が顔を出した。悲鳴をあげた不二に憮然とする。
「なんだ、人を化け物みたいに。」
「だだだって、いきなり出てくるから。」
まさか「お願い」を聞かれてないだろうな、内心不二は冷や汗をかいた。

「何をしているんだ、こんなところで。」
手塚がどかっと横に腰をおろしてきた。不二は顔が赤くなるのを誤魔化すように桜を見上げた。
「うん、花見。」
「始業式の午後、一人でか?」
「だって、帰ろうと思ったら綺麗だったんだもの。」
不二はふふっと笑った。
だって、花があんまり綺麗で、自分がとても惨めに思えたんだもの…
「菊丸や河村が探していたぞ。遊びにいこうと言っていた。」
「あ、悪い事しちゃったな。後で連絡しとく。」

それから二人は黙って空を見上げた。はらはらと花びらが散ってくる。不二は何時の間にか、空と花びらに見入っていた。ふと、気がつくと手塚がじっと自分を見ている。きょとんと小首をかしげたら、手塚が慌てて目をそらした。
「手塚?」
「いや、随分花びらが散ったと思ってな…」



あらためて自分を見ると、制服や髪の毛にピンク色が散っている。
「あ、ほんとだ。結構すごいことなってるね。」
ぱたぱたと不二は制服の花びらをはらった。
「今年はあったかくなるの、早かったから、散るのも早いかもね。」

髪の毛の花びらを払おうとしたとき、ざざーっと一陣の風がおこった。
花びらが宙に舞う。二人は息を飲んだ。花の渦巻きの中に二人きりで座っているような気がした。薄紅色の風はやがて静まり、またはらはらと花びらが散りはじめる。陽射しが降りそそいできた。
不二の胸が締め付けられるように痛んだ。


この花のように自分の恋も散っていくのかな。


一面に散り敷いた花びらを不二は泣きそうな目で眺めた。あっという間に散ってしまう儚い自分の恋。ならばいっそ、未練もなにもかも、この風が持っていってくれればいいのに。花を散らすこの風が…


「花…散っちゃうね…」


ぽつりと不二は呟いていた。悲しくてたまらなかった。
「花、全部散っちゃうんだね。」


俯いた不二の膝に、また花びらがひとひら、舞い落ちた。ふと、髪に触れる指がある。見ると手塚が不二の髪の毛を梳いていた。
「手塚…」
「まったくだな。髪に絡まるほど花びらがついているぞ。ほら。」
手塚は笑った。 優しい目で不二の髪を梳いている。
「君の方こそ、花びらだらけだよ。」
不二も笑って手塚の花びらをはらってやった。お互いぱたぱたとやりあって、また桜を見上げた。突然、手塚が言った。


「花が散って、今度は実がなるな。」
「…え?」


不二が目をぱちくりさせる。
「さくらんぼだ。こういう桜の実も結構うまいぞ。」
「た…食べるの?」
あんまり不二が吃驚するので、手塚は可笑しそうな顔をした。
「山歩きしているときにはいいおやつになるんだ。真っ黒くなった頃が食べごろだから間違えるな。」


赤いのはまだ酸っぱいぞ、と手塚は真面目に念を押した。不二はなんだか、笑い出したくなった。
「そっか、花が散ったら実がなるのか。」
「普通はそうだろう。」
「そうだよね、普通はそうだよね。」


母に聞いたのだが、と言いながら、手塚はさくらんぼの話を続けている。冬寒くないとさくらんぼが実らないらしい、などなど。


そうだ、実らせればいいじゃないか…


なんだか気が軽くなっている。
風が花を散らしたら、ちゃんとその後、実がなるんだ。
初めから絶望して自分を哀れむのは滑稽だ。ダメでもともと、なら恐いものはないじゃないか。
実らせるよう、がんばれ、僕。
「大好きだよ、手塚。」
手塚が目を見開いた。不二はくすっと悪戯っぽく笑うと繰り返した。

「さくらんぼ。僕も大好きだよ、手塚。」
だから、実がなったら一緒に食べよう、にこにこ笑う不二に手塚は照れたような笑みを返した。



花の風巻き、それは花を散らす風、余韻や未練を断ち切る風。
一陣の風は花を散らしながら、不二の迷いも吹き散らしていったらしい。
おずおずと手にした恋心を少年は今、大事に育み始めた。






Fin
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はい、手塚も不二の二年生になったばかりです。
不二君まだまだ片恋。手塚も片恋。
端から見てると、桜の木の下でイチャついてる
よーにしか見えませんが、当人同士は、結構こ
れでぐるぐるしてる頃ですね、いろんな気持ちが。

すまんのぉ〜、君らが両思いになるのは、(ウチ
の話じゃ)三年になってからなんじゃよ。

しばらくは、このじれったい話におつきあい下さい。