「おはようございます。あ、はたけ上忍、七班の任務ですね。こちらへどうぞ」
受付に明るい声が響く。普段の五割増し笑顔で応対しているのはもちろん六代目総長、今はアカデミー教師であり受付兼務のの中忍、うみのイルカである。
「おはようございます、イルカ先生」
にこ、とカカシが目を細めた。
う、眩しいっ
思わず手を目のあたりにかざした。
一番星の君、今朝も笑顔が眩しいぜ
「どうかされましたか?」
イルカの前に立ったカカシが小首をかしげる。
「いえ、はたけ上忍が眩しいですっ」
拳を固めてきっぱりはっきりイルカが賛美した。ガタガタガタ、と周囲の忍び達がこける。
「あぁ」
だがカカシはそれを気にと留める風もなく微笑んだ。
「ホントだ、この時間って朝日が直接射しこむんですねぇ。こう眩しいと書類書くの大変でしょう」
空振りしたイルカは全開の笑みのまま固まる。受付所の隅でガクリと手をついているのは発案者であるはがねコテツ、紅蓮隊の三番護衛隊所属の中忍だ。
カカシはそのまま三代目と世間話突入だ。
「三代目、ブラインドぐらいつけたらどうです?」
「予算がないわい、予算が」
「自分の椅子は新調したくせに」
「おぬしがもっと稼げばよかろう。どうじゃ暗殺任務があるぞ?執務室にいけばもっと割のいい暗殺依頼もあるしの」
「オレ、上忍師ですよ?無茶いうなぁ」
ねー、イルカ先生、と突然話を振られ、しおしおと椅子に座りなおしていたイルカは再び固まった。カカシはにこにこしている。
「そうだ、イルカ先生。昨日約束したじゃない。オレのことははたけ上忍じゃなくてカカシって呼ぶって」
「はひっ」
「先生、ゲンマ達は呼び捨てでしょ?だったらオレのこともカカシって呼んでくださいよ」
「しっしかしっ…」
「アスマにだって先生、タメ口なのに、なんだかオレだけのけものみたいで寂しいなぁ」
「そそそそんなことはありませんっ」
イルカは勢い込んで身を乗り出した。
「はっはたけ上忍をのけものだなんてっ」
「カカシ」
「カッカカカカ」
あぐあぐと口を動かしていたイルカは消え入りそうな声でやっと言った。
「カッカシせんせぃ」
「ん、ごーかっく」
にこぉ、とカカシが笑う。ぼふん、と音がするほどイルカの顔が赤くなった。再びあぐあぐと口を動かす。
「てっ…」
「ん?」
「てへぺろ」
ドターン、と音がして椅子に掛けていた忍び達が床に落ちた。ゲンマとライドウが額を押さえる。隣でたまたま居合わせた紅蓮隊副長、氷室ヒサメが目を白黒させた。
「誰だよ、総長にあんなん教えたの」
「オレっす」
ヒサメのつぶやきに山城アオバが小さく応えた。ゲンマとライドウがギン、と音がするほどの勢いでアオバを見る。ヒサメが首を傾げた。
「山城が教えたってことはアニメか美少女系か?」
「アニメの美少女キャラの声優さんが流行らせたんスけどね、もう何年も前っすよ何年も」
ライドウが解説する横でゲンマが呆れ顔になった。
「なんでまたそんなネタを…」
「カカシさん、ずっと里外だったろ?」
アオバは黒縁のメガネをおしあげニヤリとした。
「たぶんアレが最先端だ」
不敵に笑う。
「可愛さの演出にはもってこいだと思ってね?」
んなわけあるかっ
ゲンマは長楊枝を落としそうになった。そもそもカカシがそのアニメキャラを知っているわけがない。当のイルカといえば「てへぺろ」の反応をドキドキしながら待っている。カカシは唯一見えている右目をわずかに見開き、それからははは、と笑い声を上げた。
「イルカ先生は楽しいですねぇ」
それじゃ、と七班の任務書を受け取り片手をあげて受付所を出ていった。後には頬を上気させたイルカと酷い脱力感に襲われた忍び達が残される。火影がずずずー、とお茶をすすった。それを合図としたようにイルカがダーン、とテーブルに足をかける。
「聞いたか野郎ども、オレのことを楽しいと言ってくだすったぞ」
「おめでとうございますっ、総長っ」
どこから湧いて出たのか緋色の特攻服の一団が受付カウンターの前にずらりと並んだ。紅蓮隊だ。もちろん、三番隊以外は顔を隠している。
「一週間前、男前と言われっちまったことにくらべりゃ、ずいぶんな進歩だと思わねぇかっ」
「うぃっす」
「これも貴様らのアドバイスのおかげだ。感謝するぜ」
「恐縮っす、総長ーっ」
「おーっと、オレぁ今、仕事中だ。皆々様の邪魔をしちゃ申し訳ねぇ。世話んなっといてすまねぇが早々に散ってくれ」
「承知っす、総長ーっ」
「待てぇ」
ドスのきいた声が響き渡った。
「オレが忍服を着ている時ぁ総長と呼ぶなと言ってあるだろう」
鼻傷を親指ですっと撫であたりを見渡す六代目総長の顔はチビりそうになるくらい迫力がある。
「今のオレぁ優しいアカデミーのイルカ先生だぁっ」
「すんませんっしたーーーっ」
緋色の集団は直角に頭を下げるとぼふん、と煙をあげて消えた。うみのイルカは再び穏やかな笑みを浮かべて受付カウンターに座る。
「おまたせしました。御用の方はどうぞ」
切り替え早ぇ
ゲンマとライドウは頭痛をこらえるような顔でこめかみをもんだ。アオバは納得いかん、という風に腕組みしヒサメはゲラゲラ大笑いしている。何事もなかったように受付所は動き出した。火影がイルカに茶のおかわりを要求し、イルカといえば嬉しそうに「オレのこと、楽しいって、聞きました?三代目」などとにこにこしながらお茶菓子まで用意している。イルカが六代目総長を襲名してからある意味日常の風景ではあった。
一番星の君にアプローチするとイルカが宣言して十日あまりがたっていた。七班が下忍試験に合格した時に、カカシから「イルカ先生は男前ですねぇ」と言われショックを受けたイルカは、様々なプランやアイデアを隊員たちから募ったのだ。隊員たちも恩義のある総長のため、と張り切っているのだが、今のところ上手くいった試しがない。あまりのスベリっぷりに心配したゲンマとライドウが任務のない時間帯は張り付く有り様だ。
「なぁ、ゲンマ」
笑顔で受付業務をこなすイルカを眺めながらライドウがぼそりと言った。
「総長がさ、可愛いって言われる日、来ると思うか?」
「どうだろうなぁ」
ゲンマは長楊枝を揺らした。
「カカシさんだからなぁ」
何を考えているかよくわからない昔馴染みの顔を思い浮かべ、二人はまた長い溜息をついた。
|