悪い男
 


三年にわたる都での潜入任務を終え、オレは里に帰ってきた。三年ぶりの木の葉は夏真っ盛りで、火影岩の周りの緑も濃い。大門をくぐったオレは深呼吸した。あぁ、家族に会える。友達にも会える。帰るって連絡してなかったからきっとびっくりするだろうな。

大通りには三年前にはなかった店が何軒か出来ていた。それが結構洒落た都好みだったりして、里も案外発展してきてるのかな、なんてオレはちょっと嬉しかった。こうやってオレ達が地道にがんばることで、里は段々豊かになるのだ。しばらく休暇がもらえるから、友達を誘ってあちこちまわってみよう。
そうだ、イルカはどうしているだろう。オレの幼なじみで親友、アイツ、受付業務も担当してたからうまくいけば今から会えるかもしれない。鼻の傷を指でかく親友の癖を思い出しながら、オレは足取り軽く受付所に向かった。




イルカは受付には入っていなかった。帰還報告書を出したらアカデミーにまわってみよう。オレは規定の書類をもらい、机で書き始めた。ふと、隣で話す男の声が耳にはいる。

「ったく、イルカも悪い男だよなぁ。」

イルカ?今、イルカと言ったか?隣の男も笑いながら相づちを打った。

「だよな。オレ、たまにはたけ上忍が気の毒になる。」
「振り回されてっからな、イルカに。」

中忍同士らしい。男達はははは、と明るく笑うと書類をカウンターに提出し、そのまま出て行ってしまった。

どういうことだ?

オレの親友、うみのイルカは決して悪い男などではない。忍びのくせ根の真っ直ぐなまっとうな男だ。しかもはたけ上忍がって何の事だ。はたけ上忍っていったら木の葉ではたった一人、あの写輪眼のカカシのことしかないじゃないか。そんな里を代表するような、次期火影候補とまで言われる高名な忍びとイルカが何の関係があるというのだ。
もう書類どころではなくて、オレはそのまま受付所を出てアカデミーに走った。イルカに会って話を聞こう。あんな誹謗されるようなこと、イルカにかぎってありえない。

アカデミーは受付棟の隣だ。裏庭の渡り廊下でつながっているが、オレは直接庭に飛び降りて繁みの間を走った。なんだか、友人があんな中傷を受けるのが許せなかった。近道をして大きなさるすべりの横を抜けようとした時だ。複数の女の罵り声が聞こえた。

「恥を知りなさいよ、もっさい中忍風情が。」
「そうよ、アンタなんか物珍しさで付き合ってもらってるくせに。」
「どうせすぐに捨てられるわよ。」
「男のくせ男にたかって、サイテーよね。」
「この男めかけっ。」

うわ、こえぇ。これって痴情のもつれ…とは言わないか。でもなんかドロドロした色模様だよ。しかも男めかけって、罵られてるのは男?男が男にたかるって、ホモ?かかわりたくね〜〜。だが、脳裏にさっきの中忍達の会話が蘇る。はたけ上忍がどうのとかイルカが悪い男とか。嫌な予感がして、オレは気配を消しそっと声のするほうを覗き見た。そして絶句する。

責められていたのはオレの親友、うみのイルカだった。

でも何でイルカが男めかけ?
だいたい、イルカって男は昔っから巨乳好きの漢全開な奴で、ぜんっぜん華奢じゃないし、そりゃ顔立ちは整ってっけどゴツイしデカいしもっさいし、受付に座るようになってから癒し、なんて言われるようになったけど、その実結構気が短くて喧嘩っ早くて、とにかく、そんな奴を抱こうかって剛の者がいるとも思えない。十代の頃だって目付きが悪いって絡まれることはあっても、伽の声はかかってなかったもんな。
それより何より、コイツは人にたかるような奴じゃない。貧しくても面をあげて毅然としているのがイルカって男だ。呆然とするオレの目の前で女達はますますヒートアップしている。

「何とか言ったらどう?男めかけのうみの。」
「ふん、言える言葉なんてないのよ。だってアンタ、これからまた、はたけ上忍にたかりにいくんでしょ?」
「聞いたわよ。待ち合わせが木の葉デパートだっていうじゃない。とことん腐った男ね。」

うわ〜、よく見りゃすげぇ美人ばっかじゃん。ボン・キュ・バーンの美女揃い。こんな状況じゃなくて囲まれたら、男冥利に尽きるって感じだよな。でも美女が怒るとこえぇな…つか、はたけ上忍?はたけ上忍っつったか?彼女達もはたけ上忍の名前を出した。いったい何がどうなってるんだ。

「はたけ上忍も気の毒よね。命がけの任務こなして、里に帰ったらこんなもっさい中忍にたかられて。」
「身を引くって気持ち、微塵もないんだから、図々しい。」
「図々しいからたかれるんでしょ?普通の感覚してたら出来ないわよぉ。」
「写輪眼のカカシの妾になったから浮かれてるんでしょうよ。みっともない男。」

写輪眼のカカシの妾?うわ、妾ってイルカを?あのイルカ抱けるなんて、やっぱビンゴブッククラスは違うわ…じゃなくてっ。

「せいぜい、捨てられるまでの間、たかっておくことね。」
「このクズ。」
「汚らわしい。」

憎々しく言い捨てて、美女達は立ち去った。責められていたイルカはじっと立っている。
そういえば一度もコイツは下を向かなかった。黙って面を上げていた。そうだ、毅然と面をあげて罵りの言葉を受けていた。どんな事情があるか知らないが、あの美女達の言っていることなどただの中傷だ。その証拠にイルカはまっすぐ立っているじゃないか。
一瞬でも友を疑ったことをオレは恥じた。いくら相手が上忍で、里の誇る高名な忍びだからって、そこらのクズどもみたいにイルカがたかるわけないじゃないか。妾ってのも何かの間違いだ。きっとそうに違いない。

「イルカ。」

オレは一歩踏み出して声をかけた。ゆっくりとイルカが振り向く。そして微かに笑った。

「……帰ったのか、タニシ。」

久しぶりに会うイルカはどこか影があって、どきりとするほど艶があった。オレは声もなく立ち尽くす。

「さっきから気配はあるなって思ってたんだけど、まさかお前だったなんてな。」

驚いたろ?とイルカは目を伏せた。どこか弱々しい口調にオレははっとした。イルカが写輪眼のカカシに抱かれているのは本当のことなのか。

「イルカ…」
「彼女達が言ってたのは本当だよ。オレは写輪眼のカカシの男めかけさ。」
「なっ…」
「金持ちの囲いものになって、たかりまくってるってのも本当だよ。」
「イルカッ。」

オレはおもわず友の肩をつかんだ。違う、こんな物言いするなんて。

「イルカ、何があったんだよ。わけがあるんだろう?」

そうだ、絶対わけがあるはずだ。イルカは人にたかるような、そんなあさましい人間じゃない。

「オレにまで嘘言うなよ。無理矢理なのか?話してみろよイルカ。」

イルカは俯いている。

「なぁイルカ、お前がそんな人間じゃないってことはわかってる。誰が誹謗中傷したってオレはお前を信じてる。だから…」
「たかって悪いかよ。」

オレはぎょっとした。顔をあげたイルカの目は黒々とした炎を宿している。

「なぁ、たかったらダメなのか?彼女らが言う通り、カカシさんはいずれオレを捨てる。物珍しいからオレと付き合ってるってことくらい、鈍いオレだってわかるさ。だったら、捨てられる前に少しくらいイイ思いして何が悪い。」
「イッイル…」
「捨てられたオレに何が残る?写輪眼の男めかけだった中忍ってだけでさ、何にも残らねぇ。オレはただのぼろ屑になるだけだ。だったらたかるさ。たかりまくってやる。」
「イルカッ。」
「お前にとやかく言われる筋合いはねぇ。オレが何を強請ろうと、あの人にとっちゃ毛ほども堪えねぇんだよ。オレのことなんか、毛ほども…」
「やめろ。」
「だから中忍風情じゃ買えないような高価なもん、金払わせて手に入れてやるんだ。それのどこが悪いっ。」
「バカやろうっ。」

思わずイルカを殴っていた。イルカはキッとオレを睨むと、くるりと踵を返して足早に歩み去る。

「イルカッ。」

彼は振り向かなかった。繁みの向こうに消えて行く背中をオレはなす術無くただ眺める。

「イルカ…」

殴っちまった。辛いのはイルカなのに、辛い思いをしている友を殴ってしまった。オレは自分の手をじっと見つめる。歩み去る一瞬、イルカはひどく哀しそうな目をした。

惚れてんのか、写輪眼に…

何故イルカが写輪眼のカカシの愛人になったのかわからない。だが、イルカは写輪眼のことを愛してしまったんだろう。だからあんな哀しい目をしたんだ。そして絶望しているんだ。いつか捨てられる身なんだと。

「だからって…」

だけど、だからってこんな、ヤケになって写輪眼に金品を強請るような真似をさせていいはずがない。そんなことをしていたら、イルカが辛くなるだけだ。あんな真っ正直な、そして不器用な奴、悪い男ぶったってオレにはわかる。やめさせなければ。今すぐやめさせなければ。木の葉デパートで待ち合わせしているとか言っていた。追いかけてイルカを止める。もし写輪眼とハチ会わせたら直談判してやる。制裁されたってかまうもんか。そんな人の心を踏みにじる奴、里の誉れなんかじゃねぇ。オレは急いでイルカのあとを追った。






イルカをつかまえたのは木の葉デパートの五階エスカレーター前だった。昇りエスカレーターをイルカが降りたところで腕を掴む。六階は貴金属売り場だ。そんなところに行かせてたまるか。

「何だよ。」

イルカは乱暴にオレの手を振り払った。

「まだオレに用があんのか。」
「イルカ、もうやめろ、こんなこと。」

オレは必死だった。頑になっている友の心をどうやったら解かすことができる。力になりたいのだとどうやったら伝えられる。

「方法を探そう、な、イルカ。こんなことしてたってお前、辛いだけだろ?」

だがイルカはふん、と皮肉げに口元を歪めた。

「いいんだぜ?軽蔑しろよ。オレは一向にかまわねぇ。」
「イルカ。力になりたいんだよ。」
「お前には関係ない。」
「イルカッ。」
「あれあれ、イルカ先生、どーしたの?」

のんびりとした声が降ってきた。ぎょっとしたオレの視線の先に銀髪の忍びが立っている。口布、片目を覆った額当て、噂に名高い写輪眼のカカシだ。いつからいたんだろう。全くわからなかった。ゆったりとした足取りでこっちに向かって来る。猫背気味にポケットに手を突っ込んだ格好はのんびりと見えて、その実、ものすごい威圧感だ。膝がガクガクと震えだした。他の上忍達と比べたって格が違いすぎる。こんな凄い忍びにオレはたてつこうとしていたのか。これじゃ何か言う前に瞬殺だ。写輪眼が歩み寄って来る。もうダメだ。その時、イルカがとてつもなく甘い声を出した。

「カカシさぁん、待ってたんですよぉ。」

そしてスルリと写輪眼の腕に手を巻き付けた。

「ねぇ、ホントに買ってくれるんですかぁ?」

イルカは写輪眼にもたれかかる。同じくらいのガタイだから首のところに頭をのせた格好だ。途端に重い空気が霧散した。写輪眼が蕩けるような笑みを浮かべる。

「もちろん。なんでもイルカ先生の好きなもの買って。」

それから写輪眼はイルカの頬をすぅっと撫でた。

「あなたがオレにおねだりしてくれてすごく嬉しい。」

イルカが頬を染めて俯いた。口元には幸せそうな笑みが浮かんでいる。

「じゃあ、じゃあ、今夜の食事も…」
「ずっと食べたかったんでしょう?買い物がおわったら行ってみましょうね。で、イルカ先生、その人、誰なの?」

ふっと写輪眼に視線を向けられてオレはぎょっとした。背中を冷たい汗が流れる。イルカがにこ、と写輪眼に笑いかけた。

「オレの幼なじみで親友のタニシ、川岸タニシです。三年の長期任務から帰ってきたばっかりなんですよ。」
「そう、よろしくね、タニシさん。」
「は…あの…」

言葉がでない。オレがしどろもどろになっているうちに、イルカは写輪眼の手を引いた。

「カカシさん、こっちです。オレが欲しいの、こっち。」

六階の貴金属売り場に行く気か。やっぱりイルカ、それはよくないよ。何とか、何とかわかってもらわなければ。
オレは二人の後を追う。ちゃんと話をして写輪眼にもわかってもらわないと……アレ?イルカ?そっち、貴金属売り場じゃないけど?

イルカは写輪眼の手をぐいぐい引っ張って五階の奥に向かっている。えっと、そっちに画廊か何かあったっけ?それとも家具とか?

って、イルカ、そこって、そこって、お風呂用品売り場ーーーっ?

呆気にとられているオレの前でイルカは甘い甘い声を出した。

「ホントにいいんですか?」
「ん、イルカ先生の好きな浴用椅子を選ぶといいよ。」

イルカは嬉々とした様子でお風呂椅子コーナーに飛んで行く。写輪眼がはぁ、とため息をついた。

「ほんとに欲がないんだから。オレのイルカは。」

それからオレの方に目をやる。

「アンタ、イルカ先生の親友なの?」

あんまりびっくりして言葉が出ないオレはただ、こくこくと頷いた。そうしたら写輪眼がもう一度大きくため息をついた。

「ねぇ、アンタから言ってくれない?あの人、ほんっとうに無欲でねぇ、オレとしては宝石だろうと家だろうとあの人が喜ぶならなんだってプレゼントしたいのに、もう全然でね。今日だってやっとおねだりしてくれたと思ったらお風呂椅子なのよ。もっと図々しく甘えて欲しいんだけどねぇ。」

え、そうなの?そうだったの?でも確か、イルカは中忍風情に買えないものを強請ってやるって…

「オレにとって最初で最後の恋人、っていうか、もう人生の伴侶だってつもりなんだし、二人の家を用意したいんだけどね。ほら、温泉好きだからせめてミストサウナつきのお風呂とかね、なのにあの人ときたら、そんな贅沢はダメだ、なんて言って、せっせとオレ名義で貯金してるのよ。まぁ、老後のこと考えてくれてるんだろうけど、それにしても、もうちょっと贅沢させてあげたいなぁ。」

え?老後?イルカ、お前、捨てられるとかぬかしてなかったっけ?

オレはおそるおそる写輪眼に話しかけた。

「あのぉ、はたけ上忍はイルカと付き合い始めてどのくらいに…」
「ん〜、もうまる三年になるかな。たぶん、アンタが任務に出てすぐくらいに付き合いだしたんだと思うよ。オレから告白してね、口説いて口説いて口説き落としたのよ。や〜、大変だった。あの人、なかなかいい返事くれなくて。でもオレもイルカ先生しかいないって、惚れ抜いてたからね。諦めなかったのよ。諦めなくてよかったよ〜。今じゃもっと惚れてるからね〜。」

あ、ノロケちゃった、と写輪眼は照れくさそうに頭をかいた。
オイ、イルカ、お前、めちゃめちゃ愛されてるじゃん。それで何で囲いものとか言うかな。
唖然呆然としているところに、お風呂椅子を抱えたイルカが駆けてきた。頬が紅潮している。

「あっあの、カカシさん、これ。」
「ん、それでいいの?」

にこ、と写輪眼が笑うと、イルカはぶんぶんと首を縦に振った。

「でもカカシさん、このお風呂椅子、498両もするんですけどっ。」

イルカ、お前って奴は。

「こんな高いお風呂椅子、ホントに買ってもっ。」

お前って奴ぁ…

滲んだ涙をそっと拭いてオレはイルカの肩を叩いた。

「イルカ、あのさ。」

ぎくり、とイルカが体を揺らした。オレを見て僅かに顔を歪める。だからオレはなるべく優しい顔で笑った。

「その隣の方のさ、698両の風呂椅子、買ってもらえよ。」

イルカが目を見開いた。信じられないという顔をする。

「そのさ、698両のほうが高さがあるだろ?すげぇ使いやすいんだよ。」

力強く頷いてやって、それから写輪眼に言った。

「いいですよね、はたけ上忍。」

写輪眼がぱぁ、と顔を輝かせた。

「そうですよ、イルカ先生。お友達もそう言ってるんですし、高さがある方にしましょう。他にも欲しいもの、ありませんか?ついでだから買ってしまいましょうよ。」
「あの…」

イルカが戸惑った表情でオレを見る。オレはもう一度、力強く頷いた。

「いいじゃねぇか、イルカ。買ってもらえよ。」
「じゃっじゃあ…」

もじもじとイルカが写輪眼を見た。

「コラーゲン入りあかすりってどんなのかなぁって思ってて…でも78両もするから…」

お前って奴ぁ、イルカァ。

「なーに言ってんだ、イルカ。はたけ上忍は何でも買ってくださるって言ってるじゃないか。同じコラーゲン入りでも絹の奴があっただろうが。ほらほら、見に行ってこいよ。椅子とお揃いの洗面器も買ってもらえ。お風呂タイムが充実したら、はたけ上忍もお喜びになるぞ。」
「タニシ、お前…」

バシバシとオレはイルカの肩を叩いた。

「悪い、オレ、誤解してたみてぇだ。今日はうんとおねだりして、一杯買ってもらえな。」
「タニシ…」

イルカはニカ、と笑顔になった。

「ありがとう、タニシ。」

そしてお風呂用品コーナーに駆けて行く。その背中を眺め、オレはまた涙が出そうになった。
そうだよな、イルカ、そりゃあ698両の風呂椅子なんて中忍風情は買わねぇよな。にしてもお前、ほんっと、もうなんつーか、なんつっていいやら。じんわりしていたら写輪眼がオレの手を取ってブンブン振った。

「や、ありがとうありがとう。アンタのおかげであの人、はじめて二つ以上のおねだりしてくれたよ。ありがとうっ。」

オレは首を振った。

「いえ、それよりはたけ上忍、アイツ、色々ズレてるし融通ききませんけど、末永くお願いします。」
「もっちろんだよ。こっちこそ末永くだよ。」

写輪眼はにこにこしている。イルカのおねだりがよっぽど嬉しかったらしい。

「ホントは花月楼あたりで一席設けたいんだけど、あの人が首を縦に振らなくてね。今日は特別に贅沢をって、これからデパ地下の北の国物産展で夕食調達するのよ。なんだか食べたい弁当があるらしくてね。そんなもんで申し訳ないけど、一緒にうちでどう?あ、もうオレ、イルカ先生の教員住宅に引っ越して一緒に暮らしてるのよ。」

イルカ、お前な、囲い者って、こういうのは囲い者って言わないんだぞ。っつーか、北の国物産展、お前が強請りたかったのは北の国物産展の弁当だったのか。

再び涙が滲む。そこへ嬉しそうな顔のイルカがかけてきた。今度は698両の風呂椅子と98両のお風呂タオル、298両の洗面器抱えて。

「カッカカシさん、こっこんなに一杯なんですけどっ。」
「かまいませんよ。レジに行ってそれから地下の北の国物産展に行きましょうね。あ、かさばるから届けてもらいましょう。」
「いいえ、配送料がもったいないですっ。」

イルカよ…

「イルカ、せっかくはたけ上忍もショッピングを楽しんでらっしゃるんだ。やっぱかさばったら大変だよ。オレはさ、これから受付行くからさ、お前んち、途中じゃん。届けといてやるよ。」
「え、そんな迷惑かけられねぇ…」
「いいんだ、イルカ。今度ビールおごってくれや。」

バン、とイルカの肩を叩く。

「それとさ、お前、物産展の弁当、一番高いのにしとけよ。けちって98両のにすんな。あれはカニ、入ってねぇぞ。」
「タニシ…」

イルカの目が僅かに潤んだ。うんうん、と素直に頷く。その後ろでは写輪眼が手放しで喜びを表していたが、その気持ち、よっくわかる。わかりますよはたけ上忍。

レジで清算をすませた写輪眼から、今度是非遊びにきてくれと念を押され、オレは風呂椅子と洗面器と風呂用タオルを持って木の葉デパートを後にした。なんだかすごく、清々しい気分だった。







教員住宅のイルカんちのドアに買い物の袋をかけてから、オレは受付に報告書を書きに戻った。詳しい報告は後日、直接諜報部の上司におこなうから、今日のはただの帰還報告みたいなものだ。受付所の机で書類に書き込んでいると、さっきの中忍の一人が受付所に入ってきた。イルカを悪い男よばわりした奴だ。どうやらアカデミーの同僚だったらしく、イルカのことを探している。

「なぁ、イルカ、今日は午後、受付シフトはいってたんじゃなかったっけ?」
「あ、イルカなら今日は半休とってはたけ上忍と木の葉デパートだ。オレはその交代要員。」

受付所の職員が答えている。オレはキッとそいつらを睨みつけた。事と次第によっちゃだだじゃおかねぇ。

「そっか〜、はたけ上忍、やっと念願かなったのか〜。」
「そうそう、ホントにアイツ、はたけ上忍の希望をことごとく袖にしててさ、悪い男だよ、まったく。」

……アレ?

「見てて気の毒だったもんな、はたけ上忍。たまにはプレゼントくらい受け取ってやりゃいいんだよ。」
「物欲ねぇからなぁ、イルカはさ。」
「あんまりはたけ上忍が気の毒でさ、頑固者のイルカに振り回されっぱなしだから、たまには木の葉デパートに行ってこいって職員全体で押したんだよ。や〜、よかった。やっと行きやがったか。」

アレレ?

「宝石の一つも買ってもらえゃいいのによ。どこ行くっていってた?アイツ。」
「それがよ、交代するとき、何買うんだ〜って言ったら、風呂椅子って言いやがんの。もうオレ、はたけ上忍の泣き顔が目に浮かぶよ。」
「あっちゃ〜、風呂椅子かよ。せめて二人がけのロマンティックなカウチくらい言えんのか、あのアホは。」
「ったく、恋人泣かせの悪い男だなぁ。」

アレレレレ?

「でもまぁ、あのバカップルが健在だと里も平和だって安心できるよな。」
「違いねぇ。」

わはは、と同僚二人は大口あけて笑っている。
え、何?里公認のバカップル?
イルカ、お前のあの囲いもの認識ってどっから出てきた?捨てられるっていったい?なんかはたけ上忍や周囲の認識とえらくかけ離れていねぇか?
どうやらイルカを責めていたのはイイ男をとられた女の嫉妬だったらしい。っつか、この認識のズレ、ヤバくね?

以後、里在住になったオレは、イルカの認識を改めさせるため、東奔西走することになる。なんだか、はたけ上忍に泣きつかれるわ、イルカを説得するハメになるわ、いや、そりゃ親友の幸せを願ってるけどさ、なんかこう、愛に臆病っていや聞こえはいいけど、なんとかならんのか、この男はっ。
周囲を振り回すって意味じゃ確かにあの同僚がいったとおり、イルカは悪い男なんだろう。
まぁ、このバカップルが健在だとみんなが安心するらしいから、里の平穏を守るため、一肌脱いでやらんでもないって思う今日この頃だ。


 

え〜っと、悪い男なんです。はたけ上忍を泣かす悪い男。贅沢の仕方をしらない哀れな男でもあります。(でもバカップル)丈の高い風呂椅子は使いやすいよ、ホントに。