VD
 


「まいったなぁ、またこの季節かぁ。」

はぁ〜、とイルカが盛大なため息をついた。

「この季節って何が。」

放課後のアカデミー、生徒達を帰してホッと一息つく時間だ。ストーブの上のしゅんしゅんと湯気をあげているやかんからカップに湯を注いだ同僚が首を傾げた。インスタントコーヒーの香りがふわりとたつ。ほれ、とその一つをイルカに渡してどかりと椅子に座った。窓の外では木枯らしが吹いているが、職員室は暖かい。

「この時期、なんかあったっけ。」

テストはないし卒業準備には早すぎる。教師にとっては割とゆっくりできる季節なのだ。ふぅふぅとカップを吹きながらイルカはぽつっと言った。

「いや、ほら、DVの季節がまたきたなって。」
「ぶっ…」

コーヒーが少しこぼれた。

「うわっちぃっ…って、DVっ?」

手にかかったコーヒーを拭くのも忘れて同僚は聞き返した。

このうみのイルカという男、非常に男臭くて頼りになるが、何故か上忍のはたけカカシと付き合っている。そして端から見ていて恥ずかしくなる程のラブラブのバカップルだ。その二人がドメスティックバイオレンス問題を抱えているというのか。

「おおおい、DVの季節って…」

しかしドメスティックバイオレンスってシーズンものだったか?春になると花粉症になるように、冬まっただ中、暴力をふるいたくなるとか?

呆然とする同僚の様子を気に留めることなく、爆弾発言の男は切なげに眉を寄せた。

「憂鬱だよなぁ。男同士で付き合うってこういう時困るんだよ、なんつーの?オレにも男としてのプライドみたいなもんもあるじゃねぇか。でもあの人は一応里の看板忍者だし、メンツ潰すわけいかねぇだろ?結局最後はあの人の好きにさせないとダメっていうか、角が立つっていうか。」

うわ、事態はすごく深刻そう…

同僚は青ざめた。

そうだよな、里の看板忍者がパートナーに暴力振るったって、お咎めがあるわけないよな。それどころか、厳しい任務をこなす上忍を支えるために必要だとかなんとか言われて我慢させられそうだ。っつか、我慢しているのか、イルカは。

はぁ、とイルカはまたため息をついた。

「なんつーか、オレなんてどっから見てもガタイのイイ男だしさぁ、こんなときは正直、せめて男でも儚げで華奢に生まれたかったって思うよ。」

同僚は胸をつかれた。そうだ、いくら暴力を振るわれても、イルカほど鍛え上げた体をしていたら、上層部も見て見ぬ振りがしやすいのだ。

「たっ確かに…お前、ごっついもんな…」
「だろう?」

カラカラとイルカは明るく笑う。同僚はもう居たたまれなかった。イルカは正義感が強くて優しい男だ。そんないい奴なのに、恋人から受ける暴力に耐えている。上層部も上忍達も知らん顔で誰もイルカを助けようとしない。きっと忍服の下は傷だらけなのだろう。なのに明るく笑い飛ばして…

「イッイルカ…」

こんなことが許されていいはずがない。いくらこの季節だけだとしても、いや、特定の季節だけというからには、なにか暴力を止める手だてがあるはずだ。

「イルカ、なんで黙ってたんだ。そんなときはちゃんと相談しろよ。」

そうだ、上層部が見捨てても、オレ達中忍仲間がいるんだ。

「え、でも、こういうことって色恋がらみで言いにくいし…」

人のいい黒髪の中忍は困ったように鼻の傷をかく。

「バッカ、なに遠慮してんだ。お前らしくもねぇ。」

助けられるのだとイルカに伝えなければ。同僚は努めて明るく言った。だが相手は里の看板忍者と上層部、正攻法では潰される。

「大丈夫だ。」

ガタリ、と椅子をけって同僚は立ち上がった。

「安心しろ、中忍根性、見せてやる。お前は何も心配するな。そのDVの問題、きっと解決できるはずだ。」

え、とイルカが大きく目を見開いた。

「かっ解決できるのか?その…なんとかしてくれると…」
「あぁ、まかせろイルカ。なんのための仲間だよ。オレ達万年中忍の結束力を忘れたのか。」

ぐっと拳を突き出して力強く頷いてやる。イルカはがばり、とその拳を両手で握った。

「本当に?本当に何とかしてくれるのか?」
「してやるとも。」
「カッカカシさんに内緒だぞ。」
「当たり前じゃないか。絶対はたけ上忍にはバレないよう上手くやるって。」

感極まったようにイルカは目を潤ませた。

「あっありがとう、ありがとう、恩にきるよ。オレ、本当に悩んでて…」
何度も何度も礼を言うイルカに同僚はもう一度力強く頷いた。





☆☆☆☆☆



「ちょーーーっと、イッルカせんせーーーっ。」

定時で帰宅して夕食の準備をしていたところへ、カカシが凄まじい勢いでドアをあけ飛び込んできた。

「あ、おかえりなさい、カカシさん。」
「ただいま…じゃなくてーーーっ、」

えらい剣幕だ。イルカは料理の手を止めて玄関に突っ立ったままのカカシの所へ歩みよる。カカシはがしっとイルカの肩をつかんだ。

「なんでオレがアンタに暴力振るいまくってることになってんです、しかも季節限定でっ。」
「……はぁ?」

話が見えない。

「何言ってんです?っていうか、サンダル脱いで手、洗ってきてくださいよ。もうすぐ食べられますから。」
「それどこじゃないですっ、アンタ、今日同僚に何言いましたっ。」
「あ…」

イルカはパァァ、と顔を赤らめた。

「バレちゃいましたか。まいったなぁ、カカシさんには内緒でって言ったのに。」
「なっ…」

耳まで赤くなったイルカと対照的にカカシは真っ青になった。

「内緒って、アッアッアンタ、まさか、そんな噂流してオレと別れたいとか…」

だが、当のイルカはまたきょとんとなった。

「なんで話がそう極端に飛ぶんです。そりゃ、オレが悪かったですけど、いきなり別れるとか思いますか普通。」
「だって、だって…アンタ、DVがどうって…」

すでにカカシは涙目で殺気まで垂れ流している。

「あぁ、もう、うっとーしい、たかがバレンタインの相談くらいで殺気ださないでくださいよ。」

「え、でもDV…」

「だってアンタ、毎年バレンタインンチョコってうるさいし、でもそこらのチョコじゃなくてちゃんとラッピングした可愛いチョコが欲しいんでしょ?女の子にまじって買うオレの身にもなってくださいよ。忍びの里じゃ変化したってバレバレでかえって恥ずかしいんですからね。こないだなんか紅先生に、もう木の葉の風物詩になっちゃったわねイルカ先生、なんて言われて、穴があったら入りたかったですよ。」

「………」

「だから同僚にちょっと愚痴ったら、アイツら、すっげ同情してくれて、代わりにチョコ買ってきてくれるって。」

「………………」

「あ〜、悪かったですよ、人に頼んだりして。ちゃんとオレが買いに行きます。だから機嫌なおしてくださいよ。」




「…………ねぇ、イルカ先生。」
「なんです?」

台所に戻ろうとしたイルカが振り向いた。

「アンタ、DVの相談をしたんですよね…」
「そうですよ、何度同じこと言わせるんです。」
「DVって…」
「バレンタインディでしょうが。今時アカデミー生でも知ってますよ。」


「せんせ…」
「はい?」

「それ、逆…」

「………え?」

「バレンタインディを略して書いたらVDです…」

「……あっあれ?」

「それに表記はしてもVDなんて会話では使いません。」



「………え〜っと、じゃあ、DVって…」



「…………ドメスティックバイオレンス…近親者間における暴力のことかと。」




「ええええーーーっ。」
「えええー、じゃありませよーーーっ。」


お玉を持ったまま硬直するイルカにカカシは半泣きですがりついた。

「巷じゃオレが上忍の権力振りかざして暴力振るってることになってんですっ。もうっ、綱手様には執務室に呼ばれるわ上忍仲間からは変なグッズ差し入れされるわ受付じゃ後ろ指さされるわ、でもっでもっ、そんなことよりっ…」

ガクガクとイルカの肩を揺さぶる。

「サクラがオレのこと、サイテーってそりゃ〜〜冷たい声で〜〜〜っ。」

わぁ〜ん、と上忍は床に泣き崩れた。

「ナルトにいたっちゃ、カカシ先生、心の病気は直るってばよ、オレは見捨てねぇから安心しろって優しく慰めてくれちゃって〜〜っ。」
「オッオッオレっ、今から誤解、解いてきますっ。」
「イルカ先生のバカーーーっ。」





冬の日暮れ時、お玉を持ったエプロン姿の中忍が涙目の上忍を連れて里中を駆け回っていたとか。
里内の噂はなんとか沈静化したが、里外に伝わった噂に関してはいかんともしがたく、尾ひれがついて写輪眼のカカシの鬼畜ぶりが喧伝されたという。

写輪眼伝説に新たな一ページが加えられた瞬間だった。


 

色気も何もないVD話…や、マジに勘違いしたのはオレです。VD話ってあったのを「えっ、ドメスティックバイオレンスのカカイルっ?」って腰抜かしたら、バレンタインだった、わはは(ただのバカだ)今年は逆チョコとかもありかなとCMみながら思ったけどとりあえずイルカのとばっちりでカカシがひどい目に。何が辛かったって教え子から誤解されたのが一番こたえたようです(うちのカカシは子煩悩)