うみの隊長と新年会
     
     
 

今日は火影様主催の新年会だ。

これには上忍と中忍が招かれる。『招かれる』というくらいだから、料理も酒もみんなタダ、飲み放題の食い放題だ。しかも、『中忍以上でなければ参加資格がない』となれば、里じゃちょっとしたステータスだ。実際、下忍達はこの新年会への参加資格が欲しくて中忍試験をがんばるってこともあるらしい。

階級が上の連中がいるのはちょっと堅苦しいが、どうせ飲むうちに自然と階級ごとにわかれてしまうから、あまり気をつかうこともない。それに、普段、接する事もないような有名な人達と同じ場所で飲めるってのも貴重だ。まぁ、そんなわけで、よっぽどのことがないかぎり、皆、この新年会には参加する。そしてオレも、飲む気満々で参加しているってわけだ。
だのに、だのにだぞ、何故オレの横にこの人がいるんだろう。


「やぁ、イナダさん、先日の任務ではお世話になりました。」
にこやかに酒なんか注いでくれて

「久々にいいチームが組めたとオレ、感謝しているんです。」
皆が癒しだって言う笑顔全開で

「次も是非ご一緒したいなぁ。あ、当然、新人の彼も一緒に。」
「ううううううみの隊長。」
「いやだなぁ、もう隊長じゃないです、イルカって呼んでくださいよ。」



なんでオレの横にうみのイルカが座っているんだぁぁっ。



去年一度、オレはこのうみのイルカと一緒にチームを組んだ。
彼は周囲の評判通り、優秀でバランス感覚がよく、緻密にして剛胆、しかも気質は穏やかで謙虚と、非の打ち所のない青年だった。オレも同じチームを組んだ新米中忍もうみの隊長にすっかり心服して、この人になら命を預けられる、そう信じたのだ、あの瞬間までは…
あぁ、オレは心底、鬼若三兄弟、だったっけか、あの連中を呪う。あいつらさえ追っかけてこなきゃ、そしてあいつらがビンゴブッククラスでなけりゃ、オレは真実を知ることもなく、うみの隊長に心服したまま楽しく酒を酌み交わしていられただろう。次も隊長の下で働きたいです、とかなんとか盛り上がって。
だがもうオレは、オレと新米中忍のあいつは知ってしまった。生徒思いの熱血アカデミー教師にして、受付の癒し中忍と呼ばれ、火影様の信頼篤く、実戦においては優秀な指揮官であるうみのイルカが本当はどんな男であるか、そう、うみのイルカはとてつもなく恐ろしい男なのだ。







うみのイルカの恐ろしさを説明しろといわれても言葉に窮する。
木の葉の里を揺るがし三代目を死においやった大蛇丸や、他里のビンゴブッククラスの忍達についてならばいくらでもその恐ろしさを語ることが出来るだろう。だが、うみのイルカの恐ろしさというのは、なんというか得体が知れない。禁忌とでもいえばいいだろうか。凶神のご神体にうっかり触れてしまったような、たまたま覗いた洞穴が魔物の住処だったみたいな、そんな恐怖だ。だからオレは、あの恐ろしい任務以降、いや、ビンゴブッククラスの鬼若三兄弟が恐ろしかったんじゃなく、うみの隊長が恐ろしかったんだが、その任務以降、金輪際この人には関わるまいと心に誓ってきた。それこそ、受付時間もはずし、なるべくうみの隊長の視界に入る事がないよう細心の注意を払って。


だのに、だのに、そこまで気を使っていたというのに、なんでご神体の方からわざわざおいであそばすんだ。


「まぁ一杯。」
「めめめ滅相もないっ。たっ隊長こそどうぞっ。」

震えそうになる手を必死で押さえ、うみの隊長の杯に酒を注ぐ。

「あ、申し訳ない。」
「いっいえっ。」
「じゃ、イナダさんもどうぞ。」
「こここ光栄ですっ。」
「お〜、イルカじゃねぇか、飲んでるか〜。」
「あ、ゲンマさん、ライドウさん。」

端から見るとなごやかに酒を酌み交わしているだろうオレ達のところに、ひっきりなしに上忍や特上がやってくる。もちろん、うみの隊長の人脈の広さゆえだ。

「紹介しますよ、去年チームを組んだイナダさん。オレ、すっごい世話になっちゃって、また一緒にチーム組みたいって話をしていたとこなんですよ。」


ひ〜〜〜〜、うみの隊長、いきなり何をっ。


「ととととんでもないっ、オレの方こそ、うみの隊長にはもうっ。」
舌がもつれて最後までいえない。

「へ〜、珍しいな、イルカに任務で気に入られるなんざ、あんま聞かねぇぜ。」
「ま、これからよろしくな、イナダ中忍。」

美形の上忍と強面の特上はバンバンとオレの肩をたたいて自分達の席にかえっていった。入れ替わるように顔に傷のある大男と髭の上忍がやってくる。

「おぅ、イルカ。」
「あ、イビキさん、アスマ先生。こっちは去年オレが…」


だぁぁぁっ、ううううみの隊長っ、オレの紹介はもういいっすからっ。っつか、何?何があるの?何をお考えなの、うみの隊長ーーっ。


「飲んでるか、イルカ〜っ。」
「はい、ガイ先生こそ、どうぞ一杯。それでですね、こちらは…」


ひぃぃぃぃっ。
何かある。絶対なにかたくらんでる。この人がただの好意だけで動くはずがないんだ。
里の名だたる上忍や特上達に挨拶と紹介を怠らないうみの隊長の横で、オレはただひたすら身を縮めていた。その時だ、鋭い視線を感じたのは。いや、視線、なんて甘っちょろいもんじゃない。殺気だ。しかもオレの背中にむけてのピンポイント殺気、すくみ上がったオレはビクとも体を動かせない。血が下がる。息ができない。視界が歪む。気が遠くなる。このままオレは死んでしまうのか。誰か、誰か助けて、誰か…

「あれ。」

明るい声が響いた。うみの隊長だ。途端に殺気は嘘のように霧散する。ようやく息ができるようになったオレは、ガチガチに強ばった体から力を抜いた。冷や汗がどっと噴き出す。うみの隊長がオレの背後に向かって満面の笑みを向けた。

「おかえりになっていたんですか。」
「は〜い、今帰ったところで〜す。」


………こっこっこれはっ


「ご帰還は明日だとばかり。」
「せっかくアナタとの新年会ですからね〜。はずせませんよ〜。」


ここここの声はっ


冷や汗だけでなく、じんわりと脂汗が滲んできた。のそり、と影が背後からオレの横に移動してくる。

「ただいま、イルカ先生。」


写輪眼のカカシーーーーーっ
ぎえ〜〜、何故、どーしてっ、っつか、うみのイルカのいるところ写輪眼あり、だけど、でもっ、こんな時にっ

「おや〜、こちらは?」

写輪眼がのんびりとオレの顔をのぞきこんでくる、すごくざーとらしく。

「去年チームを組んだイナダさんです。ほら、よくオレが話している、あの人ですよ。」
「あぁ、あの。」

写輪眼のカカシがにこ、と目を細めた。

「イルカ先生から話は伺ってます。ずいぶんと気があっているとか。」


ひぃぃぃぃぃっ、めめめ目が怖いですっ、はたけ上忍っ。っつか、ううううみの隊長っ、これはいったいっ


ダラダラと脂汗を垂らすオレにうみの隊長はにこやかな顔を向けた。

「今もね、また是非チーム組みたいなぁって、イナダさんってオレより年長だし、なんだか兄さんがいたらこんな感じなのかなぁ、なんて。」
「……ふ〜ん。」


ぎょえええええっ


隣に座る写輪眼からじんわりと殺気が漏れだしてきている。

「あ、でも、そんな風に言っちゃイナダさんに迷惑ですよね、すみません、オレ、勝手に家族みたいに思っちゃって。」
「………へぇ〜。」

はたけ上忍の蒼灰色の瞳が無機質にオレを眺めた。


こっこっ殺される…
オレは凍り付いた。うみの隊長はオレを抹殺する気なのか。彼の秘密を知ったオレは消されるのか。横に座るはたけ上忍からただよう冷気に歯の根があわない。新年会の喧噪が別次元の出来事のようにオレの周囲を通り過ぎていく。うみの隊長の笑顔の向こうに、件の新米中忍が仲間と飲んで騒いでいるのが見えた。あぁ、あのバカ、何も知らずに。そうやって騒いでいられるのも今だけだ。いや、今だけだからこそ、何もわからないうちに抹殺されたほうが幸せかもしれないなぁ。オレの魂はすでに彼岸へとんでいた。その時だ、うみの隊長がとん、と徳利を目の前においた。

「カカシさん、イナダさんと親睦深めててくださいよ、オレ、色々酒や食べ物、見繕ってきますから。」
「え、イルカ先生。」

写輪眼の気がオレから逸れた。緊張が解けて喉がひゅうと鳴る。どうやらオレは無意識に息を止めていたらしい。

「いいですよイルカ先生、ここにあるもので。」

うみの隊長を引き止めようとあたふたする写輪眼に、隊長はにっこりと笑いかけた。

「だってカカシさん、まだ何も食べてないでしょう?ちゃんとしたもの、持ってきますから。」

オレはハッとした。チャンスだ。これを逃したらオレの命はここで終わる。九死に一生を得るべく、オレはあわあわと両手を振った。

「ううううみの隊長っ、隊長こそ、はたけ上忍のおそばにいらしてください。食べ物ならオレが持ってきますっ。はたけ上忍、お疲れでしょうし、やっぱそういう時は恋人と一緒にいたいんじゃないかと…」

だが、うみの隊長はオレの申し出を笑顔で一蹴した。

「いや、イナダさんはここにいてください。」


ひぇぇぇっ、やっぱオレ、死ななきゃだめーーー?


「だって、カカシさんの好きな物、オレでなきゃわからないでしょう?」


ひぃぃぃ…って、あれ?


「イッイルカ先生…」
「オレがね、用意したいんです。カカシさん、あなたのために。」
「せんせ…」


写輪眼、なんか感動して目ぇ潤ませてる。なに?オレ、助かった?死ななくていい?


「すぐ戻ってきますから、ね?」

うみの隊長はふわ、と柔らかく微笑んで席をたった。写輪眼はその後ろ姿をぽや〜ん、とした目で見つめている。


いいい今だっ
オレはその場を逃れるべく、じりじりと尻で後ずさった。オレの後ろではどっかの阿呆が呑気に酔いつぶれかけている。こいつを前に押しやって入れ替わりさえすれば…

「イナダさん、っていったっけ〜。」
「うぉわはいっ、ははははいぃぃっ。」

後少しで入れ替われるってときに、はたけ上忍がくるりと振り向いた。くそ、失敗だ。流石写輪眼。でもさっきの冷気はどこへやら、オレの方を向いた顔はにやけきっている。

「聞いた?聞こえちゃったぁ?あなたのために、だって。や、困ったなぁ、あの人、照れ屋さんだから、イナダさんに聞かれたってわかったら恥ずかしがるからぁ。」

照れ照れと写輪眼が身をくねらせた。
え、うみの隊長、明らかにオレに聞かせてたと思うけど…っつか、アンタ、リピートしてるじゃねぇか。
だがオレもベテラン、伊達に中忍歴が長いわけじゃない。死線に転がる僅かなチャンスを見極めて今まで生き残ってきた。わかる、ここがオレにとって運命の分かれ道だ。瞬時の判断が生死をわける。オレはガッと徳利を掴むと、はたけ上忍に新しい杯を差し出した。

「いや、うみの隊長がはたけ上忍をすごく大切に思ってらっしゃるってこと、自分らはよーく承知してるっす。」
「えっ、そぉ?」

や〜、参ったなぁ、と写輪眼は相好を崩した。

「ほら、あの人ってああ見えて結構シャイな性格しててねぇ、人目があると素直になれないっていうかぁ、オレ達、去年のクリスマスから付き合ってるんだけどぉ、なーんかもしかしてその前からオレのこと、好きだった?みたいな〜」

アンタどこの若造だ…
仮にも里の誉れと謳われるエリート上忍を前に気が遠くなりかけたが、そこはオレもベテラン中忍、体はサッと反応してはたけ上忍の杯を酒で満たす。

「自分も同じ考えっす。うみの隊長もずっとはたけ上忍をお慕い申しあげておられたと思います。」
「あ、やっぱそう思う?」

くいっ、と酒を写輪眼が呷る。うわ、すげー早業、口布下げたのわかんなかったよ。オレは更にはたけ上忍の杯に酒を注いだ。

「はい、うみの隊長はご自身に厳しい御方っすから、ずっとお心を律せられておられたのだと。」
「そぉ?そぉ?」

写輪眼は上機嫌だ。いける、いけるかも。

「しかし、誰しもクリスマスは恋しい御方と一緒に過ごしたいもの、うみの隊長はそれで素直になられたのだと自分あたりは推察申し上げているんス。」
「なに、嬉しいこと言ってくれるじゃな〜い。」

うしっ、つかみはおっけーーっ。
心の中でガッツポーズのオレに、しかしはたけカカシは剣呑な目を向けた。

「アンタ、そんなにイルカ先生のこと理解してるって、アンタもあの人のこと、好きなわけ?」




なんでそーなるーーーーっ




ざざっ、と全身の血が引いた。が、ここで狼狽えれば冥土に直行だ。オレは至極真面目な表情で畏まった。

「自分とカンパチ中忍、あそこで飲んでいるあの若い新米中忍ですけど、自分ら二人、うみの隊長のもとで任務をこなして、心底あのお人に感服したんス。あの時、絶体絶命の状況をはからずもはたけ上忍に助けていただいたわけなんスけど、死を覚悟したうみの隊長が垣間見せたはたけ上忍への想いの深さに自分ら感動しましたっ。」
「あ、そう、そう、そーだったの。」

てれ、と写輪眼の表情が崩れた。

「あの人、そんなにオレのことを?いや、参っちゃう。」
「はっ、もう駄目かと自分らも覚悟していた時でした。うみの隊長がはたけ上忍のお名を呼んだのは。」

写輪眼はぱぁぁ、と顔を輝かせた。

「え〜、もう、イルカせんせったら、人前でベタベタするな、なーんて言ってるくせ、アンタらの前でオレの名を〜?」

嘘は言ってねぇ、嘘は。目的はどうあれ、確かにうみの隊長は写輪眼の名前呼んだもんな。

「や、死んじゃうって思ったらそりゃー本音も出るだろうけど、やだなぁ、オレがいるかぎりイルカ先生を死なせたりなんかしないのにぃ。」

きゃあきゃあと写輪眼は小娘のようにはしゃいでいる。

「いやね、ほら、あの人ってきっちりしてるっていうか、真面目でしょ〜。公私の区別をつけないと嫌がるのよ〜、あ、でも二人っきりのときは優しいっていうか、可愛いっていうか、ほら、さっきもそうだったでしょ、愛されてるな〜って実感させてくれるわけよ、二人っきりだと。」

ここでもう一発喜ばせておいて、早々に退散したい。長引けばうみの隊長が戻ってくる。あの恐ろしい男が何を考えているのか見当もつかないが、少なくともオレにとっていいわけがないんだ。オレは畏まったままはたけ上忍の杯に酒を満たした。

「は、うみの隊長はツンデレ、であられますね。」

その途端、すぅっと写輪眼の右目が細められた。

「オレねぇ、そーゆー今時の言葉であの人のこと、語られたくないのよ。」

しまったぁっ、焦りすぎたかオレ。どうフォローするっ。

「ふ〜ん、ツンデレ、そっかぁ、ツンデレ、いいねぇ〜あの人、ツンデレだったの〜。」

どっちだよーーーっ、っつか、アンタやりにきぃな写輪眼ーーーっ

とりあえず命は助かったようだ。だが、マジに切り上げないとホント、命がいくつあっても足りない。くい、とこれまた目にも留まらぬ早業で杯を干したはたけ上忍に酌をしながら、オレは気遣わしげな声をあげた。

「うみの隊長、遅いっすね。あんなにはたけ上忍に会いたがっておられたのに。」
「会いたがってたって、ホント?マジ?」

再び写輪眼が目を輝かせる。いったいどんだけつれなくされてんのやら、人ごとながら少し気の毒になったが、今は己の身が大事だ。

「はっ、うみの隊長は一番にはたけ上忍のことを考えておられると自分は感じ入っている次第でありまして、もしかしたら皿数が多くて困っておられるかもしれません。ちょっと手伝いにいってまいり…」
「ねぇ、アンタ。」

ことん、と杯が置かれた。立ち上がろうと腰を浮かせたオレを写輪眼がジッと見上げてくる。

「アンタ、あの鬼バカ三兄弟とやったときの人でしょ。」
「はっはいっ。」

体がすくむ。蒼灰色の瞳からは何を考えているのかさっぱり読み取れない。息を詰めて身を固くしていると、写輪眼はふ〜ん、と気のなさそうな声を出した。オレは急いで徳利を差し出す。再び杯を手にした写輪眼に、震える手を叱咤して酒を注いだ。杯はそのままに写輪眼はテープルに片肘ついて無機質にオレを眺めている。

「ねぇ…」
「ははははいぃっ。」
「アンタさぁ。」

写輪眼がすっと顔を寄せてきた。

「イルカ先生の乳首、見た?」



………は?



なんつったの、今。真っ白な頭のまま、オレははたけ上忍をまじまじと見つめ返す。だが、写輪眼はひどく真面目な顔で繰り返した。

「ね、イルカ先生の乳首、見たの?」

なんかよくわからない、わからないけどオレの六感が危険だと警告している。オレはぶんぶん、と首を横に振った。

「ホントに?」

ぶんぶん、と今度は首がちぎれんばかりに縦に振る。

「ホントに見てない?イルカ先生の乳首。」
「みみみ見てませんっ。」
「ふう〜〜〜ん。」




ひぃぃぃぃっ




「お待たせしました、カカシさん。」

卒倒しかけたオレを救ったのは、はからずもうみの隊長その人だった。はたけ上忍の気がすぅっとほぐれる。

「なすの揚げ出しの皿がなくって、ちょっと特別に作ってもらってました。」
「イイイイルカ先生っ。」

にっこり笑ううみの隊長の両手を握って写輪眼は目を潤ませた。

「オッオレのために…」
「もちろんですよ。あ、でもその前に火影様のところへいらしてください。呼んでらっしゃいましたから。」
「え〜〜〜〜っ。」

不満げに口を尖らせる写輪眼の手をうみの隊長は優しく撫でた。

「恋人がこんなふうに認められているっていうのは、すごく嬉しいです。オレ、ここで待ってますから行ってきてください。でも、早めに戻ってくださいね。」
「はっはいっ。」

写輪眼はぎゅううっ、とうみの隊長の手を握りしめると、五代目の座っている上座へ瞬身で移動していた。はぁ、とオレはようやく息をつく。全身の筋肉が強ばってガチガチだ。水でも飲もうと顔をあげると、正面にうみの隊長がいた。思わずひっ、と声をあげたオレに、うみの隊長は口元を吊り上げた。

「極上でしょう?」
すぅっと黒い目を細める。

「エリート育ちで任務しか知らないから純情だし、あれで口布とったら美形なんですよ。口布の上からでも姿がいいのはわかるでしょう?」

うみの隊長は黒々とした目で上目遣いにオレを見つめると、くくく、と笑った。

「流石ですよ、イナダさん。あの場を見事におさめましたね。中忍として前線を生き抜いてきただけのことはある。オレが見込んだとおりの人だ。」

ななななにを、うみの隊長。背筋を冷たい汗がたらり、と流れた。うみの隊長は楽しげに肩を揺らし、杯をオレの前にトン、とおく。

「彼を狙っている輩が多くてね、オレも確実で有能な手駒が必要かな、なんて思ってたとこで、有能なアナタとあの物慣れない新人君、実にいい取り合わせだ。」

とくとく、と杯に酒を満たし、うみの隊長はつつっとオレのほうへ差し出した。

「ま、これからもよろしくお願いしますよ、イナダさん。」

にっこりとうみの隊長はオレに笑った。それこそ邪気のない、満面の笑顔で。
オレは悟った。あの時、生き延びるためにとった行動はすべて間違いだったのだ。はたけ上忍の不興をかって半殺しの目にあわされていた方がまだよかった。うみの隊長の張り巡らした見えない糸にいつの間にか絡めとられ、もう逃げ場はない。今後オレは、オレとあの新人中忍のカンパチは、うみのイルカの手駒として一生忠実に働くことになるだろう。逆らったら確実に消される。一介の中忍のふりをしながら、それだけの力を持っている、このうみのイルカという男は。隊長の後方をみやると、まだ何も知らないカンパチ中忍が、ビールの大ジョッキをかかげて一気飲みをしている。

すまねぇなぁ、お前の人生、もう決まっちまってよ…

生温くそれを見やり、オレは手元の杯に目を戻した。これは誓いの杯だ。うみの隊長への服従を誓う固めの杯、オレは覚悟を決め、うみの隊長の注いでくれた酒を一気に飲み干した。

「……こちらこそよろしくお願いします、うみの隊長。」




弱々しく答えたオレに、うみの隊長は花が開くような、満面の笑みを浮かべて頷いてくださった。


 
     
     
 

参考文献
「ヤクザに学ぶ交渉術」


って、ウソです。ウソ
あー、何故か一部で好評なので調子に乗って続編:黒イルカ
えーと、真っ黒ですが、一応いっておきますけどカカシの事は
本当に好きですよ?このイルカ。 こう見えても。

……誰も信じてくれなそうですけど ……