けっ、この程度で隊長様かよ。
オレは里から派遣されてきた中忍を一瞥した。下忍二人と中忍一人のスリーマンセルに、外回りのオレが加わったチームは、見事に敵の罠にはまり、追いつめられている。
「ここはオレがくいとめる。退路を開いて里へっ。」
隊長様が必死で叫んだ。あぁ、言われなくてもそうするつもりだ。無能なアンタはここで捨て駒になってりゃいいんだよ。
「この二人を頼んだぞっ。」
アカデミーを卒業してちょっとのこのひよっこどもをか?ご冗談、足手まといはいらねぇんだよ。だがそこはオレも、処世ってもんをわかっている。
「まかせてください、隊長。」
半泣きの若造二人に合図して離脱をつたえる。まぁ、途中、敵をまくエサくらいにはなるだろう。
「隊長っ。」
「行けっ、死ぬんじゃないぞっ。」
おーおー、感動的だねぇ。そんな甘ちゃんだから、アンタはここで死ぬんだよなぁ。オレはひっそりと笑い、離脱しようと枝を蹴った、その時だ。銀色の光が目の前を通り過ぎた。次の瞬間、呻きや悲鳴とともにどさどさと人の体が落ちる気配、たちこめる血臭、何が起こったのかわからず動きを止めたオレ達の前に、とん、と一人の忍が降り立った。
「だ〜いじょうぶ?」
すらりとした銀髪の忍がクナイを片手にこっちを見ている。
「はたけ上忍っ。」
隊長様が声をあげた。はたけ上忍?ってことは、コイツがあの有名な写輪眼のカカシってやつか?確かに、口布で顔を隠して、斜めに額当てをしている、噂通りだ。
「ん、久しぶり〜。元気してた?」
「はいっ、はたけ上忍もお変わりなく。」
なんだ、この隊長様、実力もねぇくせ、写輪眼のカカシと知り合いだってか。
「密書は?」
「無事に相手のもとに。」
「上〜出来。がんばったねぇ。」
にこ、と写輪眼は目を細めた。なんだなんだおい、今更アカデミーの仲良しごっこじゃねぇだろ。里の看板忍者ってのがこのザマかよ、これだから木の葉の忍ってやつぁムカつくんだ。寝ても覚めても仲間仲間ってうるせぇったらありゃしねぇ。おかげでオレみてぇな実力者が外に追いやられ、隊長様みてぇな甘ちゃんがでけぇ面しやがる。
「んじゃ、任務は成功しているわけだし、安全なとこまで離脱しようか。」
「はっ。」
写輪眼の合図でオレ達も枝を蹴った。そしてオレはというと、反吐がでそうなくらい、連中にムカついていた。
オレの階級は中忍だが、実力は上忍並みだと自負がある。現にオレは中忍になって三年目で上忍試験を受けることが出来た。
体術、忍術、両方とも試験をクリアしたオレは、上忍としての任務についた。中忍一人に下忍二人のスリーマンセルを率いた隊長としての任務だ。オレは張り切った。上忍としての初めての任務、見事成功させて実績をつみ、そのうち里の中枢にまで昇りつめてやる。
そうだ、オレ程の器がただの上忍で終わるわけがない。忍としてだけでなく、オレは政治を動かせる男だ。いや、どちらかというと、オレには政治という舞台の方がふさわしい。オレはその第一歩となる任務を滞りなく成功させるため、全力を尽くした。
オレの指示は当然だが的確でぬかりはなかった。下忍に一人、太って鈍臭いのがいたが、後の二人が優秀なのもあって上手くいっていた。とろこがだ、任務達成して里へ帰還、って時になって、おもわぬアクシデントに見舞われた。どこで情報が漏れたのか、他の里の奴らがオレ達の持ち帰る巻物を狙って襲ってきたのだ。
交戦するにも、相手のレベルはおろか、数さえわからない。全力で走って逃げても、オレだけなら助かるだろうが、この太った下忍は足が遅い。はっきりいって足手まといだ。だからオレは、張り巡らしたトラップの中へ、コイツを囮として置いておくことにした。
この任務はお前にしか出来ないのだと、トラップがお前を守るから少しの間、持ちこたえろと。次のトラップを仕掛けたら必ず迎えにくるからそれまでがんばれ、肩をつかんで力強く言うと、その太った下忍はこくん、と頷いた、こっちを信頼しきった目で見つめて。
間抜けめ
オレは心中せせら笑った。
トラップがお前を守るわけねぇだろ。そんなことも見ぬけねぇのか。
だが、オレは誠実な目でそいつを見つめ返し、そして言い含めた。
味方にもこのことは黙っているように、敵を欺くにはまず味方からで、勝算がある作戦を自ら行うのだと言えと。
そうしたらソイツはまた、間抜け面で頷いた。
当然、中忍ともう一人の下忍はソイツを止めた。必死になって皆で乗り切ろう、と叫ぶ二人に、オレは沈痛な面持ちで告げた。
コイツが信じてくれっていってるんだったら、オレはそれに賭けてみようと思う。コイツの心意気を汲んでやりたい、そう言うと後の二人も黙るしかなかった。
そうだよ、これが政治ってもんだ、捨て駒まで有効利用するのが一流ってもんだろう。
この間抜けをトラップの中に残して駆け出そうとした時だ。突然、前方の暗闇から一人の男が現れた。傷だらけの顔の大男は木の葉の額当てをしている。木の葉では有名な男、拷問部隊の隊長、イビキ特別上忍だった。イビキ特別上忍はオレの前に立ちふさがると、冷たい声で一言告げた。
「失格だ。」
後ろでボンと白煙が上がり、太った下忍のいた場所にひげ面の大男がたっていた。懐から取り出したタバコをくわえると、火をつけておもむろに煙を吐く。そしてオレを睨みつけた。
「胸くそわりぃ奴だな、てめぇは。」
これは初任務と称した最終試験だった。そして今、オレは不合格を言い渡されている。呆然とするオレに里へ帰れ、と言い捨てると、イビキ特別上忍とそのひげ面はいなくなった。オレの部下だったはずのもう一人の下忍と中忍も姿が変わっている。傷だらけの短髪と楊枝をくわえた金髪、見た事のある面だ、こいつらもおそらく上忍、結局オレはハメられたのだ。
二人はジッとオレを見ている。憤怒が腹の底からつき上がってきた。オレはそいつらに叫んだ。
何故悪い、オレの判断のどこが悪いというのだ。実際の任務、あの状況ならばオレのとった策が最善だ。全滅するくらいなら、一番助かる確率の低い奴を捨て駒にして後のメンバーが生き延びたほうがいい。それとも、お前らだったらあのレベルの能力のメンバーで切り抜ける方策を持っているとでもいうのか。
金髪の若い方が口元を吊り上げた。
「おめぇ、指揮官の器じゃねぇわ。」
そして二人もかき消えた。
以来、オレは外回りばかりさせられている。オレの上官としてやってくる奴らは、そろいもそろって無能者ばかりで、レベルは低いくせに仲間仲間とこうるせぇ。上忍試験への推薦は全くなかった。
おそらく、オレは妬まれたのだ。いや、オレの政治的感覚が連中にとって脅威だったのだろう。なんでもあのひげ面は三代目火影の息子だって話だから、自分が火影になった時に都合のいい人間だけを側に置いておきたいのだ。オレのように頭の切れる人材はうるさいのだろう。
奴らが試験官になった時点でオレは運がなかった。オレは能力があったがゆえに潰されたのだ。奴らが里の中央に居座るかぎり、オレに道は開けない。
気晴らしといえばチャンスをみつけて里からきた連中を陥れるくらいで、間断なく与えられる任務を鬱々とこなしながらオレは絶望していた。
パチパチとたき火がはぜる。オレ達は里近くの森で野営していた。任務は里へ帰ってはじめて成功となる。オレも久しぶりの帰還だった。だが、別になつかしさも嬉しさもない。里にいる家族は一般人で会う価値もない連中だし、同期でオレより劣るくせに出世している奴らの顔なんざ見たくもなかった。
だいたい、オレが陽の目をみないのは出身が忍の家じゃないからだ。コネがなくてオレは随分苦労させられた。中央ではオレの試験官だった連中がデカイ顔している。そして、オレの目の前にいる写輪眼のカカシはそいつらの一派だ。
今回、オレの気晴らしの邪魔をしてくれた里一番の上忍様は気さくな態度で皆をなごませている。階級が上で、しかも里を代表する忍でも偉ぶらず人徳者でございってか。ったく、二人の下忍と隊長の中忍にキラキラした目で見られてそりゃ気分いいだろうよ、この偽善者め。
だがオレは反吐がでそうな気分を押さえ、なにくわぬ顔で一緒にたき火を囲んでいた。どんなに優れた忍でも注意していれば弱みが見えてくる。特に写輪眼様とこの無能な隊長殿はどうやら顔なじみらしい。写輪眼様の弱みを見つけられなくても、この下忍共と隊長殿、いつか絶対陥れてやる。
暗い情念の炎をひた隠し、当たり障りない表情で座るオレの前で、薬草茶をかき回しながら隊長殿が無邪気に写輪眼へ話しかけていた。
「そういえばこの間うみの隊長にお会いしたら、ノロケられましたよ〜。今度はタグとリングをとおす紐を特注なさったとかで。」
「え〜、耳が早いねぇ〜。」
ガシガシと照れくさそうに写輪眼様は頭をかいた。
ノロケだと?今ノロケっつったのかこの阿呆は。ってことは写輪眼の恋人の話か。
オレはそれに食いついた。色恋はどんな優秀な人間であっても弱みに繋がるのだ。いかにも純粋に驚きましたって顔で話をふる。
「え、恋人へのプレゼントですか?はたけ上忍も隅に置けませんね。」
にこやかに言えば、写輪眼様は嬉しそうな顔をした。誰だって恋人の話は楽しい。そら、しゃべってしまえ、お前の弱みを。
「や、なんていうかね、ホワイトデーだったでしょ、その〜ね、バレンタインのお返しっていうか、そんなたいしたもんじゃないんだけど。」
僅かに見えている右目まわりの肌がうっすら赤みをおびている。こりゃほんもんだな。
「え〜、でも、火影様が直接作られた紐だって伺いましたよ〜。なんか隊長、嬉しそうでしたし。」
「ホント?喜んでた?あの人。」
写輪眼が浮かれてやがる。けっ、里一番の上忍様ともなると、ホワイトデーのお返しも五代目直々の手作りかよ。いいご身分だぜ。
下忍どもがおずおずと口をはさんできた。
「あのぉ、うみの隊長っておっしゃるのは…」
「あ、悪い悪い、つい癖で隊長って言っちまうんだよなぁ、中忍なりたてのとき、あの人に鍛えられたからさ。」
中忍隊長殿はアハハ、と笑った。
「アカデミーのイルカ先生だよ。お前達も知ってるだろ?」
「えええええーーーっ。」
下忍達が素っ頓狂な声をあげた。どうやら自分たちの先生が写輪眼の恋人だとは知らなかったらしい。だが、そんなことはどうでもいい。あっけなく素性の割れた写輪眼の恋人の名前にオレはほくそ笑んだ。
そうか、アカデミーの先生か、しかも新米中忍の教官まで務めたってことは、結構実力をかわれてるくノ一ってわけだ。へっ、中央で安穏と出世コースのお嬢様は恋人も出世頭ってか。気にくわねぇ。
内心、苦々しい思いで一杯のオレの横で、下忍二人は大騒ぎだ。
「イルカ先生ってはたけ上忍の恋人だったんですかーっ。」
「なんか、びっくりーーっ。」
「や、隠しているつもりはないんだけどね〜。やっぱびっくりするよねぇ。」
写輪眼は照れまくっている。
「担任じゃなかったですけど、オレらクナイ実習はずっとイルカ先生で。」
「楽しいけど、怒ると怖いんスよね、イルカ先生って。」
「あ〜わかるわかる、うみの隊長、そういうとこは厳しいから。」
中忍隊長殿まで話に加わってかしましい。イルカイルカって、写輪眼の恋人はアカデミーでも人気の先生でござい、けっ、そんなに素敵なくノ一先生なら、もうちょっと教えてもらいましょうか。
「うわ、はたけ上忍の恋人って君達の先生なんだ。すごいね、素敵な人なんだろうなぁ。」
にこにこ顔で下忍二人に話を振ると、案の定興奮気味の奴らはぺらぺらとしゃべりはじめた。
「いい先生っすよ。オレ達がいたときは下の学年受け持ってらっしゃったんですけど、昼休みなんて一緒に遊んでやってましたし。」
「それが結構マジになって遊んでんのな、イルカ先生。」
「そーそー、あんまし楽しそうで、上の学年まで混ざってさ、結構面白かったよな、あれ。」
「んで、先生がいないときもみんな混ざっていろんなことやるようになってさ、オレら、イルカ先生の作戦にはまっちまった?」
「はめられたねぇ、君達。」
中忍隊長殿が嬉しそうに口をはさんだ。
「あの人はね、実戦じゃ二重三重に罠を仕掛ける人なんだよ。あの人のチームなら並の上忍くらい潰せるしね。アカデミー生は遊んでいるつもりでもそれが鍛錬の意味を持っていたなんて、あの人にとっちゃちょろいちょろい。」
そう言いながら隊長殿は可笑しそうに肩を震わせる。
「でもきっとうみの隊長、マジで遊んでたのはホントだろうな。真面目な顔してうみの隊長って案外お茶目ですよね、はたけ上忍。」
楽しそうに皆の話を聞いていた写輪眼は、てれ、と相好を崩した。
「ま、そーね、子供の頃は結構なおちゃっぴいだったらしいし。今だってねぇ、外じゃキリッてしてるけど、案外家の中では可愛いことすんのよ、あれで。」
「あ〜、なんかわかります。凛とした顔でノロケるんスよ、うみの隊長は〜。」
「えーー、イルカ先生ってそんなタイプだったんだ〜〜。」
初めて知る恩師のプライベートな面に下忍二人は目を輝かせている。
へ、たわいないもんだ、アンタらの大好きな「イルカ先生」とやらは目の前の写輪眼様に突っ込まれてあんあん言ってんだぜ、そこまでわかってんのか、このガキが。
その時だ、オレはひらめいた。真面目で皆に好かれる明るい『イルカ先生』、アンタをオレが犯してやろう。しっかりもので実力も認められ、先生までやってやがる、そんな女が恋人以外の男に無理矢理突っ込まれたらどうなるか。
暗い愉悦が沸き起こってきた。忍なんざ汚い事に手を染めてなんぼの世界だ。だが、中央でのうのうとエリートコースを歩いているくノ一じゃあ、そこまで割り切れるはずもねぇ。『イルカ先生』みたいなタイプの女は案外プライドも高い、自負もある。恋人以外に犯された自分自身を許さねぇもんだ。そうだ、アンタが大事にしている『イルカ先生』をオレが汚してやろうじゃねぇか。
心の中で舌なめずりするオレの目の前で写輪眼様はへらへらと恋人自慢をやってやがる。
「ほら、あの人、教師でしょ。オレも外であんまベタベタしちゃいけないかな〜、なんて遠慮するんだけど、こう、二人っきりで帰ったりする時はあの人から手、繋いできたりするわけ。で、オレがいいの?って顔みたら、嬉しそうに笑っちゃったりなんかして、その笑顔がまたか〜わいいんだぁよね。照れるとさ、あの人って鼻の所にある傷を指でかく癖あるでしょ。もう、自分から手をぎゅっ、なんてしてるくせ、真っ赤な顔で鼻の傷掻くわけよ。普段かっちりしている分、たまんなく可愛いんだよね〜。」
「うわ〜〜、イルカ先生ってそういう事するタイプに見えない、うわ〜〜、意外〜〜。」
「マジ信じられねぇっす〜〜」
「な〜に言ってんの〜。オレが外から帰ってくると、おかえりなさいのチューしてくれる人なのよ〜。」
「ますます想像できね〜〜〜っ。」
騒ぐ下忍達に写輪眼様はノロケ全開だ。
「あの人がオレのこと意識する前からオレはイルカウォッチャーだったからね、付き合う前はそりゃ〜努力したもんよ。好きなおやつとか調べてさりげなく差し入れとかして、そーするとあの人、ありがとうございますってすんごく嬉しそうに笑うわけ。惚れたね〜、あの笑顔、いや、もう惚れてたわけだから惚れ直したっていうか、しかもあの人ってばねぇ、オレが差し入れしたの、絶対に人にはあげないんだって。心狭いとかケチじゃなーいよ、サクラ…あ、オレが上忍師だったときの教え子なんだけどね、そのサクラがこっそり教えてくれたんだけど、あの人こう言ったんだって。カカシさんが自分を喜ばせるために買ってきてくれた、その心根が嬉しいって。だから差し入れは人にあげられないって。や〜、感動したね〜。オレって愛されてるってなんかね〜、あ、自分で言うことじゃないか、はは…」
はっ、そりゃお幸せなことで。
オレはどす黒い笑いがこみ上げてくるのをこらえた。
その愛しの彼女はもうすぐオレに汚されるんだ。
下忍達が何を差し入れてるんですか〜、などと呑気に聞いている。スコーンにクロワッサンだぁ?女の子好みで可愛いもんだねぇ。
オレは里についてから、どうやって写輪眼の女を襲ってやるか、ノロケを聞きながら計画を立て始めた。
相手はくノ一とはいえかなりできるらしい。しかも里では写輪眼様がいつも張り付いているって話だ。襲うとすれば帰還当日、里へ帰って写輪眼が火影への報告だの何だのと雑事に追われている時がいい。
オレは里の家族に会いにいったらその足で任地へ発つ事になっている。いつか役立つだろうと里のアカデミー周辺や受付所を調査しておいたのは正解だった。先見の明は生き延びるための必須条件、そのあたり抜かりはない。
実はオレはかなり特殊な結界術が使える。結界というより絶界とでも名付けた方がいいだろうか、1〜2m程の範囲で誰にも気付かれずに結界を張る事ができる。だから、大掛かりに駐屯している部隊のすぐ隣の薮の中だろうが、受付所の横の空いた部屋の片隅だろうが、やろうと思えば好き勝手できるのだ。
しかもこの結界の中ではチャクラを練ることができないから、未知の忍術を警戒する必要がない。オレの気晴らしには実に役に立つ術で、鈍い奴を殺るときや女をヤル時、おおいに活用してきた。今回もこれが効果的だ。
里に帰り着くのは平日早朝、女も朝っぱらからアカデミーで襲われるとは思ってもいまい。写輪眼の恋人は「アカデミーのうみのイルカ先生」ってことが割れているから、スケジュールを手に入れるのは簡単だ。アカデミーは春休みで生徒はいないし、職員が資料室にこもって作業するのは珍しくないらしいから、別人に変化してうまいこと誘い込めばこっちのものだ。
ひぃひぃ泣き叫ぶ女の姿を想像しながら、オレはお人好しの大人しい男のふりをして、写輪眼達とともに里へ帰った。
阿吽の大門の所で解散となり、オレは久しぶりに家族に会いにいく男の顔で皆に挨拶をした。案の定、写輪眼は火影に直接報告があるとかで、執務室へ直行するのだという。うみの隊長との逢瀬はしばらくお預けですね、と笑う中忍隊長殿に写輪眼は火影様は話長いのよ、とかっくり肩を落としてみせた。
へっ、お熱いことで。だがアンタのそのノロケ顔も今日限りなんだよ。
密かに毒づきつつ、オレは満面の笑みで頭を下げ、やはり直接家へ帰るという下忍達と一緒に住宅街への道を歩いた。にこやかに雑談しつつ、分かれ道の辻で手を振ってさよならを言い、実家の近くでオレは影分身を一体出した。家族は一般人だ。本人か影分身かは見分けがつかない。
まぁ、念のためのアリバイつくりというか、顔を見られないようにヤルつもりだが、後々の備えは幾重にもしておいたほうがいい。なにせかの高名な写輪眼様の彼女が汚されるんだ。本人が秘密にしようとしてもこういうことは大げさに広がるものだし、嫌疑がかけられないよう用心にこしたことはない。
影分身が戸を叩き、家人が驚いた顔で迎え入れるのを見届けてから、オレは密かにアカデミーへ取って返した。
春休みの午前九時、うみのイルカはもう出勤しているはずだ。目立たない顔の下忍風に変化したオレは、受付所への渡り廊下へ急ぐふりをしてアカデミーの職員室を伺った。
男性職員が数名、机に向かっている。うみのイルカは黒髪を頭のてっぺんで一つくくり、つまり、いつもポニーテールにしているって話だが、そんな髪型のくノ一はみあたらなかった。
オレは気配を消して校舎内に入った。アカデミーの教師っていうのはそろって実力者揃いだから、ここはかなり注意しなければならない。子供がはいりこむのでトラップや結界の類いは仕掛けてないはずだが、とにかくあの教師どもには注意だ。完全に気配を断ってオレは校舎内にある教師達の気を探った。諜報はお手の物だ。職員室以外には一階奥に数名、二階に一名、そのどれかがうみのイルカだ。
その時、天がオレに味方した。中庭の方から職員室に誰かが呼びかけたのだ。
「うみの先生、どこ行かれましたかぁ?はたけ上忍がお帰りになったんですけど。」
「あ〜、イルカなら二階の資料室に籠ってる。ここ数日火影様の雑用でさ、今日もずっとあそこだと思うぜ。」
「じゃあ、はたけ上忍にそう伝えときます。なんか、はたけ上忍も火影様のとこで午前中一杯かかるとかおっしゃってましたから。」
「イルカ、休憩にもどってきたら伝えとくわ。」
そうかそうか、うみのイルカは二階の資料室か。しかも一人きり、写輪眼は午前中身動きがとれないときている。
こうも上手い事転がっていくとは、やはり運がオレについている。いや、運を引き寄せるのも実力のうちだ。ほくそ笑みながらオレは二階に移動した。
奥の資料室へそっと忍び込む。奥で人の動く気配がした。書棚の隙間から、黒髪のポニーテールが垣間見える。うみのイルカだ。随分と背の高い女だが、まぁいい。オレは素早く印を結び、うみのイルカとオレの周辺に結界を張った。ハッとうみのイルカが身じろぎする気配がする。流石中忍、術の気配を感じたのだろう。だが遅い。顔を見られぬよう羽交い締めにするため女が振り向く前に真後ろに降り立ったオレは華奢な背中を…華奢な女の…
「誰だオイ。」
写輪眼の女の………
「てめぇか、このみょうちきりんな結界はりやがったのは。」
写輪眼の……女?
「オレになんか用でもあんのか、オラァ。」
オレの目の前にいるのは、黒髪を頭のてっぺんで一つくくり、可愛くやればポニーテールとかいう髪型なんだろうが、無造作に一つくくりした背の高いゴツイ男で
「オレをうみのイルカと知ってのことなんだろうなぁ、あぁ?」
うみのイルカっ?えっ、何っ、同姓同名の男?いや、でも、アカデミーのうみのイルカは一人しかいないはず。
「しゃっ写輪眼の女って…」
思わず漏らしたオレの言葉に、男は鼻の上を一文字に横切る傷を親指でスッと撫でた。
こえぇ、なんだこの迫力。
「なるほど、カカシさんがらみか。」
男はグッと拳を握る。
「それじゃあ尚更捨て置けねぇな。」
握った拳を振り上げた。次の瞬間、バリン、と空間が割れる音が響き、オレの結界が粉々にくだけ散る。
うそだろ?コイツ、素手で力任せに結界ぶちこわしやがった。どんだけ馬鹿力だよ、この男。
呆然と突っ立ったままのオレに目の前の男はニヤリ、と口元を吊り上げた。
「カカシさんに懸想してやがるか嫉妬してやがるか、どっちにしろオレの大事な男に仇なす野郎はこの手で潰す。」
ちょっと待て、大事な男って、じゃあ写輪眼のカカシの恋人ってのはやっぱりコイツ、この男、いや、しかしっ、写輪眼の恋人は笑顔の可愛い癒し系だって。
「それになぁ、ここんとこ火影様の雑用ばっかでオレもストレスたまってたんだよ。」
どーみたってこの笑顔は凶悪だろ。どこをどうすりゃ可愛いなんて単語が出てくんだっ。
「いつもならなぁ、オレが雑用でストレス抱えててもカカシさんがな、やさし〜く抱きしめてくれっから発散できてんだけどな、今回あの人、いなかっただろ〜。オレも溜まってんだよ。」
溜まってるって何がっ、ストレス?それともなんか別のモノ?っつか、こんなメチャクチャ凶悪そうな男を抱いてんのか写輪眼のカカシッ
思わず後ずさったオレは背中に衝撃を感じた。
ウソ、いつの間に結界がっ。
「わりぃな、せっかくのお楽しみだ。邪魔がはいらねぇよう結界はらせてもらった。」
『写輪眼の女』うみのイルカはバキバキ、と指を鳴らしてオレに近づいてくる。
「安心しろ、この結界の中じゃチャクラは練れねぇ。」
凶悪な笑みが更に深くなった。
「ガチで、存分にやりあおうじゃねぇか。」
ヤバイ、こいつ、マジヤバイっ。オレはクナイを引き抜くとふいをついてヤツの急所に突き刺した、突き刺したはず…オレのクナイは空を掻き、目の前に奴の笑顔が迫って、顔面にすさまじい衝撃がきた。
「でなぁ、結構火影様も無理とおすわけよ。とばっちり受けんのは周りでな、オレの担当、受付とアカデミーだろ?どっちも不機嫌な顔、できねぇし、すっげ心が疲れるってかな、でもオレが残業終わって家、帰るだろ?するとな、おかえりってカカシさんがな、ほら、オレ達、もう同棲してるじゃね?同棲っていうか、結婚だよな、ほんと、オレら、もう夫婦だし、あ、法律上は同棲だよ、でもな、オレん中じゃもう夫婦なわけよ。」
オレをぶん殴りながら、うみのイルカは延々とノロケ続ける。
「任務が早めに終わってるときなんか、あの人夕食作ってくれてんだ。いやもう、絶品だぞ、あの人の料理、やっぱ何やらせても天才だよあの人は。でもな、やっぱ愛だよ、愛情こめて作ってくれたなってすげ〜感じるわけ、だからよけい美味いんだな。おい、聞いてるか?意識あるだろうな。」
オレにノロケたいばっかりに、このうみのイルカという男は手加減しているらしい。おかげで体はボロ雑巾だが意識を失うことができない。なんか、意識を失えないようツボをつかれたような気もする。
「あ、どこまで話したっけ、そうそう、だからオレがストレス一杯で帰るだろ。そしたらあの人、オレが黙っていてもわかってくれるんだな〜。黙ってぎゅって抱きしめてくれてさ、こめかみにちゅってキスして、イルカ先生って、その声がまたなぁ、低くって色っぽくって、腰にクんだよ。あんな美声で名前呼ばれちゃも〜辛抱たまらんって。オレもう立ってられねぇってあの人につい縋っちまうだろ、そしたらあの人なぁ、あの色っぽい美声で、ほら、ご飯食べよ、夜は長いよって、なーーっ、たまんねぇだろーっ。」
ゴキッ、とすさまじいアッパーが顎に決まった。一瞬意識が飛ぶ。
「あ、わりぃわりぃ、つい力はいっちまった。」
ペンペンと頬を打たれて意識が戻る。オレが目を開けるとうみのイルカは嬉しそうに笑った。
「あ、起きたか、そんでな、そういう夜は激しいよ〜、全てを忘れさせてあげる、なんつってな〜、なっ、情熱的だろ?あの人、淡白に見えて結構スゴイわけ。こないだなんか抜かずに何発いったと思う?」
知るかよンなモン、それよか頼む、もう楽にしてくれ、お願いだ
「さすがは写輪眼のカカシって思ったね、おれぁ。」
知るかよーーーっ
死んだ方がマシだ、そうオレが思った時、天の声が結界内に響いてきた。
「イルカせんせー、無事ですか?いや、アナタは無事だろうけど、相手、無事でしょうね。殺しちゃダメですよーっ。」
「カカシさんっ。」
うみのイルカの顔がぱぁっと輝いた。オレは胸ぐらを放されてやっと床に転がれる。パン、と空気が揺れて結界が消えた。目の端に銀色がうつる。写輪眼のカカシだ。オレは今程、写輪眼のカカシの存在をありがたく思った事はない。床に転がされたオレの目の前で、うみのイルカは写輪眼のカカシに抱きついた。
「おかえりなさい、カカシさん。」
「ただーいま、イルカ先生。」
うみのイルカにちゅっと口づけた写輪眼は、困ったような顔でオレの方を見下ろした。
「あ〜、こんなにボロボロにしちゃって。」
「え、大丈夫ですよ、まだ使えます。ちゃんと手加減しましたから。」
うみのイルカがにこやかに答える。やっぱ手加減していたのか、この男、でもオレの歯、全部折れてるみたいなんですけど…
「これまでの経緯に不審な点が多いってんで五代目がオレをチェックに向かわせたんですけど、やっぱりでしたか。」
「あ、そうなんですか。じゃあもうちょっと痛めつけてもよかったのか、残念。」
恐ろしいことをさらっと言う。
「五代目がね、デスクワーク続きであなたがストレス溜めてるからしばらくほっとけって言って。でも、ストレス発散ならこんな奴じゃなくてオレでして欲しいなぁ。妬いちゃいますよ、ホント。」
「オレはいつだってアナタだけなのに、寂しかったんですから、カカシさん。」
「イルカ先生…」
ボロ雑巾にされたオレの前でコイツら、熱烈なキスはじめやがった。もうなんつーか、拷問部隊でも暗部でもいいから、オレを連れてってくれよ、頼むから。
「邪魔するぜ。」
野太い声が響いてオレの上に影がさした。
「取り込み中悪いが、コイツ、引き取らせてもらうぜ。」
「あ〜、好きにして。」
しっしっ、と手をふり、写輪眼はまたあの凶悪な男に唇を寄せている。
どこが可愛いんだ、どこが癒しなんだ、ノロケながら人ボコるような男だぞ、頭おかしいんじゃねぇの写輪眼。
こんな奴らに関わるくらいなら、今までの罪だろうがなんだろうが全部吐くよ罰も受ける。どっかの戦場に放り込まれたほうがまだマシだ。
「動けないか、しょうがない、連れて行け。」
拷問部隊隊長が部下に命じて動けないオレを担架にのせてくれる。痛みに朦朧としてぼやけたオレには、いつしか拷問部隊隊長の強面が救いの天使に見えていた。
オレは今、里から遠く離れた国境で一人、警備の任務についている。
オレの悪事はすべて白日のもとに晒され、罰としてオレはここで死ぬまで敵の警戒にあたる。裏切ったり任務をおろそかにしたりすると、体内に埋め込まれた術式が発動するようになっているらしい。
が、それでもいい。うみのイルカと写輪眼のカカシ、あんな恐ろしいカップルがいる木の葉の里なんぞに帰りたくもない。幸い食うには困らないし、寝る場所もある。山深いここも住んでみれば案外快適だ。山の動物達とも随分仲良くなった。終の住処をここと定めたオレにとって、望みといえばこの心穏やかな日々がずっと続くことだけだ。
今日も一日無事にすごせたことを感謝しつつ、動物達と自分のための夕食を作るためかまどに火を入れる。
あぁ、世界はこんなにも美しい。
山小屋を金色にそめる夕日に向かって、オレは深い祈りを捧げた。
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無自覚にノロケるのははたけ上忍も同じようです。今回イルカ先生、誰かにノロケを聞いてもらいたかった模様、カカシさんがいなくて寂しかったのね。このバカップル、互いに相手を可愛いと思っているというはた迷惑さ…綱手様がしばらくイルカの好きにさせたのは、執務室がラブビームに汚染されるのを避けたかったからだと推察されます。