一週間ぶりだぁ
阿吽の門をくぐったオレは大きく深呼吸した。初夏の風が気持ちいい。緑の香りがする。
やっぱ里はいいや。
ホッとする。と、ズキ、と右奥の歯が痛んだ。
「あちちち」
気が緩んだら一気に痛みがきた。実は任務途中から右下の奥歯が痛みだしたのだ。
参ったなぁ。こりゃ報告だしたら歯医者に行かなきゃ。オレは頬をさすった。
正直歯医者は嫌いだ。大嫌いだ。だけどすぐ次の任務が入る。痛みで任務に支障をきたすわけにはいかないし、歯の痛みに気をとられてそれこそ敵にやられたりなんかしたらシャレになんない。
憂鬱な気分で歩いていると元気な声がした。
「あ、イルカ先生だ、せんせーい」
道の向こう、瓦礫の間から子供達が手を振っている。アカデミーの担任クラスの子供達だ。
「先生、任務だったの?」
「先生、おかえりー」
「おー、偉いなお前達、手伝いやってるのか」
オレも手を振り返す。木の葉崩し以降、アカデミーは休校で、オレ達若い職員は外回りの任務にあたっていた。
「アカデミー始まるまで自分でしっかりやるんだぞー」
きゃあきゃあ騒ぐ子供達にもう一度手を振り受付所への道を歩いた。あちこちで復興の槌音が響いている。
木の葉崩しでオレ達は多くのものを失った。偉大なる里長、三代目を失い、同胞を亡くした。
それでもオレ達は立ち上がっている。里長はいまだ決まっていないが、里の復興に皆で力をあわせているのだ。
三代目…
オレは顔岩を仰ぎ心の中で呼びかけた。
三代目の火の意志を皆で受け継ぎオレ達はがんばっています
親代わりにオレを慈しんで下さった三代目の面影が胸をよぎる。じん、と目頭が熱くなった。
「へへ、心の汗が出てきやがらぁ」
ぐし、と滲んだ涙を掌底でぬぐい、歩き出す。
「あててて」
滲んだ涙は歯の痛みのせいかもしれん。急ごう。午後の診療受付に間に合わせなければ。
「せんせー、イルカせんせい」
また可愛い声がした。くノ一幼年組の子供達が四人、駆けてくる。きゃっきゃと黄色い声を上げてオレの周りに集まった。
「先生、まだアカデミーは始まらないの?」
「早く始まらないかなぁ」
「そうか、はやくアカデミーに行きたいのか」
嬉 しくなって頷くと女の子達はキラキラした目でオレを見上げてきた。
「あのね、私達、音楽室が使いたいの」
「新しい歌を覚えたのよ」
「外国の歌なの」
「サンタルチアって歌よ」
「そうか、新しい歌かぁ」
三代目、ご覧になっていますか?里の宝達はすくすくと育っていますよ。
また涙ぐみそうになるのを押さえ、オレは子供達の頭を撫でた。
「外国の歌って凄いな。じゃあ先生に歌ってくれないか?」
子供達が嬉しそうに笑う。
可愛いなぁ。子供の笑顔ってのはホント、いいもんだなぁ。
女の子達は顔を見合わせ、じゃあ先生、聞いててね、と一列に並んだ。
うぅ、やることが一々可愛い。こういうの、教師冥利につきるっていうのかな。
「せーの」
そーらーにしろきーつーきーのひかりー
女の子達が歌いだした。
うんうん、早くアカデミー再開して、みんなでこれ、歌いたいよな。
しんみりとオレは女の子達の歌に耳を傾けた。歌がおなじみのサビの部分にかかる。
かなたーしまへーともよゆかんー
サンタァールーチーアーサンタールチーアー
突然、ビシリ、と大気が凍り付いた。
殺気、いや、違う、何だこれは。
咄嗟にオレは女の子達を腕の中に抱え込んだ。子供達は恐怖のあまり声が出ない。道行く人々も一般人だけでなく忍び達まで固まっている。
敵襲なのか。里長亡き木の葉に目をつけた他里の攻撃か。
得体の知れない緊張は、しかしすぐに霧散した。息が出来る。オレは子供達を庇いながら周りを見回した。
ふと、屋根の上に黒っぽい物体を見つける。暗部だ。三人もいる。やはり敵襲だったのか。でも暗部が現れたということはもう大丈夫だ。彼らが適切に対処してくれているだろう。
見上げていると、思った通り、暗部の方々はオレ達に向ってひらひら手をふり大事ないと合図を送ってくれた。そして本部の方へ跳躍していく。
さっすが暗部、頼りになるなぁ。しかも身のこなし、実力者って感じですげーかっけーし。同じ暗部でもあのクソ上忍とは大違いだな。
しみじみそう実感しながらオレは子供達の頭に手を置いた。
「もう大丈夫だぞ。暗部も来てくれたしな。でもお前達、家に帰っていろ。今のが何だったか先生は確認に行ってくるよ」
ぽんぽん、と撫でてやると、子供達は大きく頷いて駆けていった。その背を見送り、オレはもう一度周囲を確認した。
主だった実力者達が外回りの任務に出ている今、敵襲にあったらひとたまりもない。変わったところは見当たらないが、とにかく今の妙な気のことを報告しようとオレは本部へ跳んだ。
「で、そんなくだらない事を報告するため、超絶忙しいこのオレの手を煩わせたってわけね」
「いや、しっしかし現に暗部も…」
「暗部からは何の連絡もないけど」
「ですが確かに…」
「あのねぇ、見てわかんない?」
ぎし、と布張りの椅子が軋んだ。
「ご意見番が都に出向いてて里長業務をやってるの、オレ一人なのよ。やること凄い山のようにあんの、暇じゃないの、アンタの戯れ言に付き合ってる場合じゃないのねイルカ先生」
両手を顎の前で組んだままずい、と体を乗り出してきた。
「いや、今はうみの中忍って呼んだ方がいいかな?」
「も…申し訳ありません、はたけ上忍」
なんだってこのクソ上忍がここにいやがるんだぁぁっ
そう、ここは受付所の隣の部屋に設置された緊急本部、そしてオレの目の前にいるのは写輪眼のカカシ、さっき暗部の背を見送った時頭をよぎったクソ上忍だ。
里の誉れとたたえられる実力屈指の上忍、今回の木の葉崩しで里長を失った後、火影にと押す声も多かったが、戦線からはたけカカシが抜けると実働隊の実質的な長がいなくなり痛手が大きいとのことで見送られたと聞く。
忍びとしての実力だけでなく、公正無私で仲間思いな人柄を慕う者も多い。
要はスゲー人だ、オレなんかおよびでないようなスッゲーお人なのだ。
でーもーなーっ
「だいたい、なんでアンタみたいな弱っちいのがBランク任務なんか受けてるわけ?今回はたまたま上手くいっただけでしょ」
どこが公正?どこが人徳者?はっきりいってクソ野郎だろっ。
「次からはCランクまでの任務にしときなさいよ、あ、コレ、命令だから」
「………」
「あ、今、命令なんか聞くもんかって思ったでしょ。ソレ、処罰対象だぁよ?命令違反は厳罰でしょ?中忍のくせまだわかってないの?」
「……………」
「返事は?」
「………はい」
「声が小さい、それでよくアカデミー教師が務まってるね」
だーかーらーっ
コイツがなんで人徳者ーっ?
木の葉の連中の目は皆節穴じゃね?
人の顔みりゃいっつもネチネチ嫌味ばっか、どこいても絡んできやがるしよ。
「ちょーっと、なにボケっとしてんの。人の話、聞いてた?」
聞いてますよ聞いてっから頭きてんじゃねーかっ
「なによ人の顔じっと見つめちゃって。惚れられてもオレ、困るんだけど」
だれが惚れるだボケーッ
っつかなんでそーなるっ
「アンタ全然好みじゃないからわるーいね」
こぉのやぁろぉぉぉっ
ぷち、と切れた。
不敬罪になろうがかまうもんか、このクソ野郎と怒鳴ろうとした時だ。とんとん、とドアを叩く音がした。
「はたけ上忍、よろしいでしょうか」
クソ上忍がふっと目をドアにやる。
「入って」
がちゃりとドアが開いて数人の若い中忍達が顔をのぞかせた。まだ十代であろう彼らは緊張した面持ちでおずおずと中へ入ってくる。はたけカカシがにっこりと目を細めた。
おい、なんだよその優しげな風情はよ。
切り替え早ぇな写輪眼のカカシ
「どうかした?」
「あっあのっ」
声まで優しいじゃねーかっオイッ。
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