「うみのイルカさん、第三十二回火の国ボディビル選手権、男子の部、優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「初出場での優勝という快挙を成し遂げられたうみのイルカさんは木ノ葉の隠れ里、ボディビル同好会『ファイヤーマッスルズ』の発起人でいらっしゃいます。今回の大会では初出場でありながら三位までファイヤーマッスルズが独占ですね。素晴らしいです」
「はい、メンバーそれぞれに目標があり目的意識が高いですからそれが成果に繋がったのではないかと思っています」
「各自目標を持つことでモチベーションが上がったんですね。ちなみに、ボディビルダーとしてのうみのさんの目標とは、やはり忍びとしてのスキルアップですか?」
「いえ、それが、個人的なことでお恥ずかしいのですが、恋人のため、と申しましょうか」
「優勝を恋人さんにプレゼントですか。素敵ですね」
「優勝出来たのはとても光栄なことで嬉しいのですが、私はその先を恋人にプレゼントしたいんです」
「とおっしゃられますと?」
「はは、照れるなぁ」
「うみのさんのそうやって頬をかくお姿はなんだか可愛らしいですね。先程のパフォーマンスとのギャップ、恋人さんは喜ばれるんじゃないですか?」
「や、そんなことは。でもそうですね、いつも私のことを可愛い可愛いと言う人ですから」
「おや、じゃあうみのさんを可愛いとおっしゃる恋人さんへのプレゼントとは」
「これです」
「これは〜、板チョコですか?」
「はい、もうすぐバレンタインですから」
「優勝ではなく板チョコをと」
「そうです。鍛えた大胸筋でこのチョコを割って食べさせてあげたいんです」
「ええっ、チョッチョコを大胸筋で割るんですかっ。これは思いがけない、というか、ボディビルダーにふさわしいプレゼントですねっ。彼女さんからもチョコが来るのでは?」
「実は私の恋人は男性でして、いえ、誤解のないよう申し上げれば、彼も私も元々は女性としか付き合ってきてませんし、今だって二人とも男性に性的興味はありません。ただ運命とでも申しましょうか、同性であるにもかかわらずお互い、惚れあってしまいまして」
「あ、だからうみのさんがバレンタインにチョコを渡したいと思われた」
「ええ、そうです」
「ですが、何故大胸筋でチョコを割ってあげたいと思われたのでしょうか」
「私達の関係はとても上手くいっています。ただ、どうしてもですね、私は男ですから女性のような豊かなバストはありません。元々女性が好きだった彼にそれが申し訳なくて、彼は笑い飛ばしてくれますけどね、やはり私自身のこだわりと申しましょうか、そんな時、たまたまこの大会を拝見する機会があったんです」
「昨年の大会ですね?」
「はい、感動しました。男でもこんなに立派なバストを作れるのだと、しかも女性と違って己の意志で動かす事もできる。これだと思いました。この大胸筋ならば彼も満足してくれるはず、そしてどうせなら同志を募ろうと同好会『ファイヤーマッスルズ』をたちあげたのです」
「同好の士は意外にたくさんいらっしゃったと」
「ええ、私自身、驚いています。私と同じような悩みを抱えている者以外にも、彼女から貧相だと言われてなんとかしたいと思っている者とか、たくましい体になって告白する勇気を得たいとか、それぞれ思う所があるんです」
「ですが、忍びの方は元々、体づくりは出来ていらっしゃるのでは?」
「はい、だからこその感動でした。見せるための筋肉が存在していて、トレーニング方法も忍びのそれと全く違うということは私達にとって新鮮な驚きです。任務のためではない、自己主張のための筋肉の存在は我々にとって新しい境地だったんです」
「忍びならではの観点ですね。素晴らしお話、ありがとうございました。それでは最後にうみのさん、恋人さんへのプレゼント、大胸筋でのチョコ割をやっていただきましょうっ。m◯ji板チョコブラック三枚ですね。さぁ、うみのさんが胸の中心にチョコ三枚はさみました。チョコを割るのは筋肉ではない、溢れる愛です。ではうみのさん、どうぞっ」
「ふんっ」
「おおおー、お見事。チョコは粉々です。さぁうみのさん、恋人さんへ一言」
「カカシさん、観てるー?オレ、やったよっ」
「カカシさん、とおっしゃるんですね」
「はい、上忍のはたけカカシさんです」
「えっ、あの写輪眼のカカシ、と呼ばれている?」
「そうです、彼ほどの忍びともなると日々、こなしている任務は難易度の高いものばかりです。だからこそ、このチョコを食べて少しでも安らいでもらいたい」
「はたけカカシさん、ご覧になっていますか?うみのさんの愛がチョコを割りましたよーっ」
「カカシさーん、里に帰ったら今度は五枚割りに挑戦してあげるねー」
「では、上位三人の方々全員で大胸筋チョコ割を披露していただきましょうっ。せーのっ」
「「「ふんっ」」」
「見事、全員チョコ割に成功いたしました。今回、この大胸筋で割ったチョコを抽選で三名の方にプレゼントいたします。応募方法は番組の後、または番組ホームページでご覧ください。それでは、来年の大会で再びお会いしましょう、さようならーーー」
「「「ふんっ」」」
上忍待機所は重い空気に覆われていた。待機所に備え付けられた60インチテレビにはよく知った顔の三人がマッチョポーズをとっており、エンディングが流れている。
「なぁ…」
「………」
「……カカシ」
「オレは言ってないからねっ、大胸筋鍛えろなんて言ってないからっ」
里の誉れ、次期火影と謳われる銀髪の上忍はわっと顔を覆った。
「だけどあの人、豊かなバスト作るってもう突っ走っちゃって」
「イルカが突っ走ん性格はわかってっだろが。止めてやれよ」
猿飛アスマは口元のタバコを灰皿へ捨てる。大胸筋でチョコが割れる映像に思わずフィルターを噛み潰してしまったのだ。
「止めたよ、ファイヤーマッスルズ立ち上げる時から止めてるよ。だけどあの人、ソレってオレの思いやりって思い込んでて」
哀れみともなんともつかぬ視線がカカシに集まる。ガバリと顔をあげた銀髪の上忍は横に座るヒゲの友人にとりすがった。
「お願いアスマ、あの人説得して」
「せっ説得ってお前ぇ…」
「アスマぁ、お願いだから皆もあの人に言ってやってよっ、オレの好みはAAカップって」
上忍待機所にいた全員がサッと目をそらそうとした。だが金縛りにあったように動かない。
「カカシ、てめぇ、写輪眼っ」
「お願いだからさぁ、ねぇ、お願い」
「術、解きやがれこのバカカシっ」
「言ってくれるよね、オレはAAカップが好きだって、ね?ね?」
火の国ボディビル選手権での「ファイヤーマッスルズ」上位独占の快挙にメンバー達は五代目直々に出迎えられ、里中で歓待された。優勝パレードが行われ祭り状態だ。里の広場ではファイヤーマッスルズによるパフォーマンスが繰り広げられ、設えられた舞台上ではもちろんチョコ割が披露された。
「カカシさん、はい」
恋人の輝く笑顔にどうして抗えよう。カカシは渡されたチョコを口布を下ろす大サービス付きで食べ、若干青ざめながらも微笑むその様子は火の国TV独占生中継によってニュース番組で放映された。
「オレ達みたいな胸、雄っぱいって言うんですって」
どこまでも無邪気なイルカに「カカシの好みはAAカップ」などと言えるわけもなく、アスマをはじめとした上忍達は口を噤んで銀髪の同胞を見捨てる決意をしたとか。
2月14日、奇しくもバレンタイン当日の出来事であった。
雄っぱいワンダホー おわり
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