おまいらの愛でみえない再録プラス試し読み

 

 

 

里の看板忍者、はたけカカシが上忍師として帰還した。今年の卒業生はカカシの眼鏡にかなったようで、今まで暗部として里の外にばかりいた伝説の忍びが下忍達を連れて歩く姿は人々の耳目を集めた。
その看板忍者は普段、まったりとした空気を纏っていて、猫背でエロ本片手に遅刻ばかりしている。なので子供達には頼りないだの抜けてるだのと言われているが、担当下忍に向けられる敵意には容赦なくその鋭い爪と牙を露にした。子供達に悟られることなく敵意を向けた者達を葬る冷徹さに、忍び達は改めて写輪眼のカカシの力を思い知らされる。
他を圧倒する忍びとしての実力だけでなく、戦略と政治的手腕にも優れた里の誉れは、反面仲間思いで気さくなため、忍び達の憧れの的でもあった。そしてなにより、写輪眼のカカシはまだ若かった。当然、色恋の対象となる。定食屋や飲み屋で目撃される口布の下の素顔はとんでもない美貌で、それが密かに争われているカカシの恋人の座の争奪戦に拍車をかけていた。ただ、当のカカシが担当下忍にかかりっきりで、寄ってくる男女に目もくれない。それで今のところ浮いた話は何もなかった。

そうやって数ヶ月がすぎた夏の終わりのある日、上忍待機所から外を眺めていた里の誉れがぽつりと呟いた。

「ひぐらしの声ってなんかもの寂しいねぇ。」

普段と様子の違う看板忍者の独り言に居合わせた忍び達はぎょっとした。

「夏が終わるよ〜って感じでさ、まだこんなに暑いのに、寂しくなっちゃうよねぇ。」

ただでさえこの凄腕忍者が部屋にいると緊張してしまうのに、そこへ独り言なのか何なのかよくわからないことを呟かれるとどう反応していいのか非常に困る。

無視したとは思われたくないし、かといって返事をしていいものか…

固唾を飲んでいる上忍達の耳に更にとんでもない言葉が飛び込んで来た。

「恋人欲しいなぁ。」

えーっ

これはもう、大事件の前触れではなかろうか。っつか、ここは相づちの一つでも打つべきところなのかもしれない。しかし、同じ上忍同士とはいえ、あまり面識のない自分達が横から声をかけていいものなのか。

気さくな人だから笑って答えてくれるんだろうけど…

なまじ同じ上忍だと相手の凄まじさが見えてしまってかえって声がかけづらいのだ。その点、下忍や中忍達の方が気楽に話しかけている。カカシが力を隠してしまうと、下の者達はそれを感じとることが出来ないのだろう。恋人欲しい〜、とぶつぶつ言っている写輪眼にどう対応したものかと皆が焦り始めた時、救いの神が部屋へやってきた。三代目の息子でやはり里を代表する忍びの猿飛アスマだ。

「何ブツブツぬかしてやがる。うすっ気味悪くて他がビビってんだろが。」

どかり、とカカシの隣に腰をかけた。

「あー、アッスマ。」

この二人、昔から仲がいいらしい。話し相手が出来たとばかりに窓の方を向いていたカカシがソファに座り直した。

「あのさぁ、オレ、もうすぐ誕生日なのよ。」
「珍しいな。お前が誕生日の何のと抜かすたぁ、槍でもふるんじゃねぇか。」

ポケットからタバコを取り出した大柄な男はガハハと笑った。カカシがムッと口を尖らせる。右目しかみえていない覆面忍者だが、こういう表情は傍目にもよくわかるから不思議だ。

「オレねぇ、ちょっと憧れてたんだよね。誕生日を恋人と過ごすってどんなのかなぁって。」
「お前が恋人ねぇ。」

タバコをくわえながらアスマはヘッと鼻で笑った。

「カカシ、さてはお前、暇だな。」
「なんでそーなんの。暇じゃなくて寂しいんだな、とか言えないわけ?」
「お前が寂しい?」

タバコに火をつけ、ぷかりと煙をくゆらした男は更に笑った。

「やっぱ暇なんだろうが。」
「デリカシーのない髭だね。そんなこっちゃ紅に振られるよ。」
「ぶはっ…」

咽せたアスマににんまりしたのは今度はカカシの方だ。

「紅のこと、口説いてんだって?ネタは割れてんのよ、髭。」

それから他の上忍達に向かってカカシは声を張り上げた。

「あのねぇ、コイツ、髭のくせにこの間、教え子の花屋で赤い薔薇の花束なんか買ってねぇ、そんでもって…」
「わー、よせ、バカ、やめろっ。」

アスマが慌ててカカシの口を押さえた。

「わかった、オレが悪かった。お前ぇ、寂しいんだな。そんで誕生日までに恋人が欲しいと。そうか、わかった。相談にのってやろうっ。」
「はじめっから素直に人の話、聞きゃいいんだよ、髭。」

里を代表する凄腕二人の、アカデミー生レベルのやりとりに他の上忍達は居心地悪そうにもぞもぞした。だが、ここで席を立つ勇気はない。里の誉れはというと、待機所の空気など気にとめていないようだ。うっとりと胸の前に手を組んでいる。

「いいよねぇ、恋人と誕生日を祝うってさぁ。オレもせっかく暗部ぬけたんだし、この辺りで幸せになりたいよねぇ。」
「しっかしお前、誕生日までって、お前、あと半月でどうやって作る。募集でもかけるか?」
「募集?」
「おう、募集よ。写輪眼のカカシが恋人募集中ってポスターでも張ってみろ。名乗り出る奴なんざ山のように…」
「募集…かぁ…」
「……おい、冗談だぞ?」
「うん、いいね、募集しよう。」
「おいっ…」
「流石はアスマ、いいこと言う。」
「だからっ…」

焦る髭の友人を尻目に写輪眼のカカシは嬉しそうに宣言した。

「オレの誕生日を一緒に過ごしてくれる恋人、募集するよ。ありがとね、アスマ。」
「…………」

写輪眼のカカシが誕生日を過ごす恋人募集中、この話はあっという間に広がり、里は騒然となった。


☆☆☆☆☆

 

アカデミー教師は忙しい。受付も兼務する彼らは同時進行で様々な雑事をこなさなければならないのだ。大事ではあるが地味な仕事で、当然、外勤とは種類の違う地味なストレスが溜まる。そのため、ストレス発散する内勤中忍で金曜夜の飲み屋は大にぎわいだ。結果、決して薄給なわけではないが臨時収入のあてもないアカデミー職員達は常に金欠状態にある。
うみのイルカはそんなアカデミー独身教諭の一人だった。今日も授業の合間に三代目火影の雑用をこなしている。

「よー、イルカ。お疲れ。」

書類を抱えて上忍待機所に向かうイルカにアカデミーの同僚で幼なじみのタニシが声をかけてきた。イルカと同じ黒髪をこの男は真っ直ぐ肩まで下ろして銀縁の眼鏡をかけている。真面目な風貌でなかなかの優男だが中身は少し抜けたお人好しだ。性格が似ているせいか昔からイルカとは馬が合った。

「お前も上忍のとこ?」

タニシは今まで受付勤務だったらしい。何通かの報告書を抱えている。イルカは書類を振ってみせた。

「まぁね、三代目のお使い。」
「そっかー、オレは上忍様の不備書類記入御願い。」

はぁ、とタニシはため息をついた。

「なんか、ちゃんとやってくれって感じだよなぁ。まぁ、上忍様には言えねぇけどさ。」

十二年前の九尾の災厄以降、人手不足の折りに上忍に昇格した者の中には人としていかがなものかという性格の輩も少なくない。そして、報告書に不備があるのは、たいてい厄介な性格の上忍様と相場が決まっていた。げんなりとしたタニシの肩を励ますようにイルカは叩く。

「皆が皆、アスマ先生やカカシ先生みたいにはいかねぇもんな。」

トップクラスの上忍達に妙なゴネかたをする者はいない。だからこそ指揮官としての信頼が厚いのだが、実力のない上忍達にはそのあたりがわからないらしい。タニシもコクコクと頷いた。

「あのお二人のうち、どっちかでもいいから待機所にいてくんねぇかなぁ。そしたら下っ端上忍ども、大人しいし。」
「たぶんカカシ先生がいらっしゃると思うぞ。オレはそのお使いだし。」
「あ〜、だったら助かんだがなー。」

猿飛アスマやはたけカカシの前では下っ端上忍も中忍に無理難題をふっかけっない。久しぶりに里に帰ったはたけカカシを侮った上忍が殺気だけで潰されたのは有名な話だ。看板忍者なのに下の者への気遣いが細やかで気さくなカカシは今や大人気だった。生きた伝説の忍びが担当下忍達にじゃれつかれたり熱血な友人から勝負事を挑まれて嫌がったりする姿もカカシ人気に拍車をかけているらしい。タニシも待機所にカカシがいるかもしれないと聞いてぱぁ、と表情を明るくした。

「そういやイルカ、お前、聞いてる?はたけ上忍の恋人募集宣言。」
「あー、聞いた聞いた。アカデミーのくノ一先生方が大騒ぎしてたし。」
「なんか、くノ一だけじゃなくてそっちの方面イケる男どもまで名乗りあげてるらしいぜ。」
「人気あるからなぁ、カカシ先生は。」

卒業生の担任としてカカシとは顔見知りだ。ただのアカデミー教師であるイルカにもカカシは非常に丁寧で、子供達の近況も教えてくれる。純粋にイルカはカカシのことを立派な上忍だと尊敬していた。

「まぁ、カカシ先生ほどになったら恋人も選り取りみどりなんじゃね?」
「だよなぁ。」

うんうんとタニシは厳かに頷いた。

「一介の中忍としては羨ましいかぎりですよ、うみの君。」
「まったくです、タニシ君。」

イルカも小難しい顔をしてみせる。

「しかし、一介の中忍であるうみのイルカは、とりあえず今夜行われるアカデミー親睦会の方に関心ありますね。」
「おぉー、憧れの鳥正で大宴会っ。」
「三代目様々だよなぁ。」

うへへ、と二人の中忍は頬をゆるめる。九月十五日の今日、三代目を交えて受付事務、アカデミー職員、つまり内勤の忍びによる大宴会が計画されていた。上半期を終え十月に入る前に行われる恒例の宴会は、会費のわりにいい店で飲み食いが出来る。今年は木の葉地鶏で有名な鳥正が会場だった。

「オレさぁ、一度腹一杯食ってみたかったんだよな、木の葉地鶏の焼き鳥。」

イルカはうっとりと宙を見つめた。最高級木の葉地鶏を秘伝のタレで炭火焼きにした鳥正の焼き鳥は、モモ串だけでも一本30両はする。これがカシラだの特選モモだのになると、一本40両だ。一本9両の鳥串にしか縁のない中忍達にとって、鳥正は憧れの店だった。

「三代目におねだりして正解だったなぁ。」
「なーんだイルカ、お前のリクだったわけ。」

呆れたようにタニシは友人を見た。

「お前くらいだぞ、一介の中忍のくせ里の長にそんな図々しいこと言えんの。」
「その分オレ、こき使われてんもん。」

子供の時分からイルカは何故か里長と縁があり、可愛がられていた。九尾の災厄で両親をなくしてからはいっそう目をかけられるようになり、その溺愛ぶりは本人の知らないところで密かに有名だ。

「さ〜て、とっとと仕事終わらせちまおうぜ。」
「おう。」

中忍二人の心は
すでに宴会場「鳥正」にとんでいた。

☆☆☆☆☆

上忍待機所はくノ一でごった返していた。いや、くノ一だけではない。キラキラの美青年だの筋肉隆々たる男だのも混じっている。

「うへぇ。」

タニシが情けない声をあげた。

「これ、全部恋人立候補者かよ…」

窓際に見える銀髪に群がっているから恋人立候補者なのだろう。しかし、今日に限ってなんでこう凄いことになっているのか。普段はもっと練りに練ったアピールをしているくノ一達が、どこか目を血走らせている。

「とにかく仕事してくるわ。でないと宴会行けねぇ。」

イルカは銀髪の方へ人波をかき分けて進んだ。窓際のソファの方からカカシの困惑した声が聞こえてくる。

「あ〜、ありがと。でもほら、他の迷惑になっちゃうから、ね?」
「じゃあカカシ、アタシと食事行きましょうよ。」
「割り込まないでよ、アタシとよっ。」
「はたけ上忍、オレ、オレと飲みに。」

すげ〜な。

イルカは半ばビビりながら前へ進んだ。人波をかきわけるごとにギロリと殺気立った目で睨まれる。免罪符のように書類を振って仕事絡みだとアピールしながらようやくカカシの元へ辿り着いた。

「カッカカシ先生。」
「あれ、イルカ先生。」

息も絶え絶えになりながら前に転がり出るとカカシが見つけてくれた。

「すっすいません、この書類、三代目からお預かりしたんですけど…うぉっ」

どしん、と突き飛ばされカカシの横のソファに顔から突っ伏した。派手な化粧のくノ一がカカシとイルカの間に割り込んでいる。

「カカシ、お誕生日おめでとう。これ、受け取って。」

突進してきた赤毛のくノ一はカカシに抱きつかんばかりの勢いでプレゼントを差し出した。あぁ、とイルカは得心する。今日のこの異常な混雑はカカシが誕生日だったからなのか。そりゃ皆、必死にもなるわな。イルカは苦笑しつつ体を起こした。

「大丈夫?イルカ先生。」

心配そうにカカシがこっちを見ている。無様に突き飛ばされたのが恥ずかしくてイルカは頭をかいた。

「はは、すいません。書類の確認が終わりましたらすぐに退散しますから。」

失礼します、と周囲に頭をさげもう一度書類を整え直した。

「カカシ先生、今日が誕生日だったんですね。」

書類を差し出し、イルカはにこ、と笑った。

「おめでとうございます。」
「はい、五十人目。」
「は?」

笑顔を貼り付かせたままイルカは目をぱちくりさせた。

「今日、オレにおめでとうって言ってきた五十人目ね。」

銀髪の里の誉れがにっこりと目を細める。

「てことで、オレの恋人、イルカ先生に決定。」
「はい?」
「承諾も得たってことで。」
「はえぇぇっ?」

突然、口布ごしにちゅ、と口づけられた。

「きゃ〜〜っ」
「いやーっ。」
「うおぉっ。」

周囲から上がる悲鳴で部屋が揺れる。はたけカカシはにっこりと目を細め笑った。

「オレの誕生日、一緒に過ごしてね。後で迎えにいきますから。」

言うだけ言うと、カカシはどろん、とかき消えた。

「ちょっと、どういうことよっ。」
「いやぁぁ、こんな中忍がっ。」
「なんで、なんでコイツなんだーっ。」

悲鳴と怒号が満ちる中でイルカは一人、真っ白に固まっていた。

 

 
2010年発行完売本「おまいらの愛でみえない」冒頭部分です。持ってらっしゃる方はもうわかっているというか。書きおろしはこの三年後のクリスマスシーズンの話。カカシが記憶後退を起こして頭の中20歳に戻っています。書きおろしは全体の三分の一になります