おまいらの愛でみえない再録プラス書きおろし「三年目のクリスマスイブ」カカシ視点のお話

 

 


夜中の三時、寝静まった住宅街の一角にカカシはいた。イルカと自分が暮らしているとアスマから聞かされたアパートの前だ。

何故そんな大事なことを知らないのかと言えば、敵の術の解除が半端だったせいでここ八年ほどの記憶がないからだ。今、カカシの認識では己は20歳である。大部隊を率いての戦場任務中だったはずが、目が覚めたら木の葉病院のベッドの上にいた。綱手姫の言うには記憶が単に退行しているだけで、実際に20歳の自分が時を超えて八年後にやってきたわけではないそうだ。実際、鏡をみればおっさんになった己の顔があったし、体も年齢を重ねている。やはり記憶が飛んでいるだけの話なのだろう。いずれ元に戻るとあっさり言われた。

しかし、記憶が飛んでいようがなんだろうが、今のカカシの心は20歳だ。八年後の己を確かめるためにここへ来た。ちなみに、イルカはカカシの影分身が死の森で鍛錬させている。
イルカが恋人になっていたのは嬉しい誤算だった。今のカカシの中ではイルカとは出会ったばかりで、目を輝かせて部隊長である自分の世話をやく黒髪の青年を手放し難く思いはじめている時期だ。しっかりイルカを手に入れているあたり、さすがは自分、と思わないでもない。

にしてもセキュリティ、大丈夫なわけ?

イルカと暮らすアパートはよくある単身者向けの2階建てだ。一階と二階、五部屋ずつが外廊下沿いに一列に並んでいる。外廊下は鉄骨の柱と柱の間に腰の高さまでのペコペコのプラスチック製目隠しがあるだけでドアを開けるために背中を外へ向ければ狙い放題だ。ドアだって合板張りで簡単に蹴破れる。安普請の二階建てをカカシは少々呆れた気分で眺めた。自分は常に命を狙われている。友からもらった特殊な目のせいでもあるし、名前の売れた忍びの首はいい金になるのだ。他里の忍びだけでなく木の葉の同胞からも命を狙われている自分が、こんなセキュリティもなにもあったもんじゃないようなところで寝泊まりして大丈夫なのか。なによりカカシの最大の弱点である「イルカ」を守れるのか。
カカシは赤錆の浮いた鉄製の外階段を足音をたてずにのぼった。二階廊下の一番奥へとすすむ。五つある部屋の東の角がイルカと自分の部屋なのだそうだ。ドアの前に立ちまた呆れる。そこには「はたけカカシ、うみのイルカ」と名前の並んだ木製の表札がかかっていた。

「八年後のオレ、バカなんじゃないの?」

思わず独り言がもれる。そりゃあ暗殺者達はどこに誰が住んでいるかは調べ上げて行動するから隠しようはないだろうが、だからといってこうも堂々と表札をかけるだろうか。ドアノブに手をかけるとカチャリと自然に開いた。

「ふーん、そこまでバカでもないか」

ドアだけでなく部屋全体に入念な術が施されていた。鍵、というかドア自体がこの部屋への鍵になっており、おそらく自分とイルカのチャクラにだけ反応するのだろう。そして自分たちが招き入れれば誰でも中に入ることが出来る。ただし、少しでも害意を感知すれば部屋全体に施された術が発動して相手を拘束する仕掛けだ。
イルカは今、アカデミー教師だ。だったら子供だの同僚だの、来訪する者は多い。イルカの人付き合いを邪魔しないよう、しかしきっちり守れるよう色々気を使っているのだ。そんな八年後の自分に思わず苦笑する。
カカシは履物を脱いで部屋へあがった。上り口の先は台所だ。年季が入った板張りの床は飴色で、質素な設えの流し台には床板に負けないくらい年季の入った鍋やフライパンが伏せてある。その隣に据え付けられた最新式の冷蔵庫と食洗機は八年後の自分が買ったのだろう。カカシは冷蔵庫の横の磨りガラスのはまった小さな食器棚を開けてみた。

「夫婦茶碗?」

食器棚の中段に灰色と青の釉薬がかかった柔らかな質感の茶碗が二つ並んでいた。釉薬の流れで微妙に景色が違うが明らかにお揃いだ。その隣には赤絵四君子の湯のみ、これまたおそろいだ。というか、赤絵の四君子なんて柄、イルカが選ぶだろうか。しかも随分な高級品だ。

三代目か!

これは三代目の趣味だ。結婚祝いがあちこちから来たと聞かされたがもしかしたら三代目の贈り物かもしれない。湯のみの奥にはお揃いの桜色のぐい飲みまである。食器棚にくっついたフックには青とグレーの色違いのエプロンがかかっていた。
カカシは奥の洗面所へ入ってみた。洗面台にはイルカの絵のついたコップとカカシの絵のついたコップ、歯ブラシたてには色違いの歯ブラシが二つ仲良く立ててある。

「なにコレ…」

どこか呆然とそれを見つめる。居間に入ればイルカ柄の座布団とカカシ柄の座布団がコタツの横に並んでいた。本棚にはイルカの教材の横に自分のイチャパラシリーズがある。棚の上の写真立ては四代目やオビト、リンと一緒に撮ったなつかしい写真と、知らない子供達との同じポーズの写真、これが上忍師になった自分の姿なのか、そしてイルカの肩を抱いて笑っている素顔の自分の写真があった。

「なんなのコレ…」

八年後の自分は笑っている。気の抜けた笑顔、だがなんて幸せそうな、これが八年後の自分なのか。八年後に手に入れる生活なのか。

「なに…」

胸に熱いものが満ちてくる。

「なんなのよ…」

虚ろだった部分が一杯になる。自分は手に入れたのだ。諦めていた全てを、無縁だと思っていた幸せを未来の自分は掴んだのだ。なにげない日常を、帰る場所を未来の自分は手に入れることが出来ている。

無理だと思っていた。父を亡くし友を亡くし師にも先立たれ、大事なものは全てカカシの手の中からこぼれ落ちていった。死んでいった者達に託された里への使命感だけでカカシは生きていた。これから先、己の居場所は戦場だけだと思っていた。
ただ、胸の奥にはいつも幸せへの渇望があった。好きな人のところへ帰る暮らし、行って来ます、ただいまと言い合える普通の暮らしに憧れていた。夕方、公園へ自分を迎えに来た父と手を繋いで家に帰った幼い頃の記憶がカカシの幸福の原点だ。

父さん、今日のご飯なぁに?
あのね、父さん、今日新しい友達出来たんだ、熱血で面白い奴でさ、
あのね父さん、今日はね、あのね…

たわいない話をしながら夕焼け空の下、手を繋いで家に帰る。一緒にあったかいご飯を食べて、お風呂に入って、そんな普通の幸福に焦がれていた。焦がれながら諦めていた。
部隊長としての任務でイルカに出会った時、カカシは己の幸福をイルカにみた。直感だった。この男を手放してはいけない。だがその時はイルカも戦忍で、もしイルカを手に入れられたとしてもそれは戦場の中の幸福であって普通の生活とは無縁だろうと思っていた。なのに八年後の自分はどうだ。イルカを恋人に出来き、諦めていた幸福を手にしている。
カカシは己の両手をみつめた。胸の前で握ったり開いたりしてみる。虚無と絶望しかない自分でも掴むことが出来たのか。
遠くからクリスマスソングが流れてきた。木の葉の商店街だ。木ノ葉崩しや三代目崩御と悲しいことが続いたから、せめて深夜、帰還する忍び達のために一晩中イルミネーションを灯し音楽をかけているのだという。五月蝿いという苦情も無きにしもあらずらしいが、クリスマスと新年こすまではお互い様で譲り合ってくれと商工会議所長と自治会長達が骨を折ったそうだ。暗い任務を終え血に汚れて帰ったきた忍び達にとってなんとそれは嬉しいことだろう。歌と光に迎えられクリスマスと新年の気分を共有できるだけでどれほど力づけられるだろう。

「いい里になってきてるじゃないの…」

今、カカシの耳に届いているのは「きよしこの夜」、優しい歌だ。テレビの横に目を移せば、クリスマスツリーが飾ってあった。ホームセンターに売っているプラスチックの樅の木だ。150センチのツリーにゴチャゴチャ飾りが下がっている。てっぺんには銀の星、サンタクロースの人形や金のリンゴ、色とりどりのピカピカした丸い飾りに星飾り、雪の結晶と賑やかだ。まだ新しい。だったらこれは二人で買ったのだ。きっと二人でえらんで、飾り付けをした。クリスマスツリーなんて父が死んでからはずっと縁などなかった。クリスマスはほとんど任務を入れていたし、里に帰ったところで一人ぼっちの部屋だ。ツリーなんて飾らない。カカシのクリスマスツリーはずっと里のはずれ、街の灯りを背にした岩山の樅の木だった。クリスマスに帰還したらそこで一人で眺めるのだ。だけど八年後の自分は違う。温かい部屋で愛しい人と一緒にツリーを飾りライトを灯している。
カカシはツリーから伸びている電気コードをコンセントにさした。パッと部屋に光が満ちる。赤や黄色や緑や青、賑やかな色がパカパカと点滅をはじめた。本当に賑やかだ。ライトが飾りをパカパカ照らす。赤や黄色や緑や青、照らされる飾りの中に赤と緑のリボンのついた小箱がぶら下がっていた。カードがはさんである。カカシはそれをツリーからはずして手にとった。

『カカシさんへ愛を込めて メリークリスマス イルカ』

クリスマスリースと柊の絵のついたカードにはそう書かれていた。そうか、と思う。これはイルカからのクリスマスプレゼントなのだ。そういえば病院で受け取った任務の荷物の中に綺麗なリボンのかかった焼き菓子の箱があった。あれは自分がイルカに買ったプレゼントなのか。

「メリークリスマス…ねぇ…」

カカシはピカピカ光るツリーを眺めた。十分だ。これだけわかれば迷いはない。この生活を、イルカを失ったら自分は生きてはいけないだろう。だったらこのまま徹底的にイルカを鍛える。八年後の自分はイルカに甘い。未来の自分がイルカに鍛錬を課せられなかったというなら、こうやって記憶を失い20歳の頃に戻ったのはイルカを鍛えるためかもしれない。二度と失わないように、イルカ自身が自分を守れるよう、全力で鍛え上げよう。今の自分ならどんなに嫌われても憎まれても平気だ。カカシが手に入れた幸福を守るためなら過去の自分がどう思われようが構わない。

ストン、と腰を下ろしカカシはクリスマスツリーを見つめた。外から微かにきこえるきよしこの夜、いつしかカカシの口元には笑みが浮かんでいる。それは『気の抜けた顔』だと思った未来の自分と同じ、幸せに満ちた笑みだった。

 
冬コミ発行オフ本「おまいらの愛で見えない再録プラス」の書きおろし「三年目のクリスマスイブ」のカカシ視点話です。印刷屋さんの締め切りに間に合わず本に入れられませんでしたー。なのでこちらにアップ。