over the rainbow続編 〜虹の向こう、ほらチョコレート〜
暗部に入って十年、その人の言葉はオレの支えだった。
あれは入隊して三年ほどたった頃か。ひたすら過酷な任務をこなすだけの生活にオレの心は疲れていた。
暗部という木の葉の忍びの高みにのぼり、大切な人達の暮らす里を守ることはオレの誇りだ。だがいつしか心にぽっかりと穴が空いたような、寂しいような、こんな風に任務任務で一生を終わるのかと思うとひどく虚しい気持ちに襲われた。
いや、別にオレはひとりぼっちなわけではない。里には両親や友人、仲間がいる。楽しいことだってあるし仲間達とばか騒ぎすることだってある。だけど、例えば阿吽の大門に帰ってきたときとか、報告を終えて夕焼け空を眺めたときとか、ちょっとした時、ひどく虚しくなるのだ。そんな時だ。オレがその人に会ったのは。
大柄で短髪をいつも逆立てているその人は、見た目とは裏腹に気遣い細やかな人だった。抜け忍集団の殲滅任務で隊長だったその人はオレの落ち込みを見抜いたのだろう。帰りの野営で皆と焚き火を囲んだ時、悩んでいるのか、と声をかけてきた。いつもなら笑ってなんでもないと答えるのだが、その時は心だけでなく体も疲れ果てていた。そのうえ、その人のまとう空気がなんだか温かくて、つい悩みを話してしまった。口に出してすぐに後悔したが、その人はオレの悩みを馬鹿にしたり叱りつけたりしなかった。ただ、そうだな、と頷いてくれた。そして言ったのだ。
『オレ達は木の葉っぱみたいなもんかもしれんなぁ』
意味がわからず黙っていると、ふとその人は笑みを浮かべた。
「いいじゃないか。忍びの里にうまれ、里の意志を守り里人を守り、そして朽ち果て消える。だがな」
足下の枯れ葉を指でつまみくるくると回した。
「木の葉の里って幹がしっかりしているかぎり、新しい若葉が芽生える」
どこか満足げに言う。
「オレ達が消えても次代がまた里の意志を守り戦っていく。それで十分じゃないか」
そうか
オレは悟った。
我らは忍び、そしてその高みを極めた暗部なのだ。
修羅の大地に散るのが忍びの運命ならば、それに殉ずるになんのためらいがある。オレ達の生きた証は新しく芽生えた若葉が受け継いでくれるのだ。命は消えてもその意志は連綿と受け継がれる、それこそが火の意志だ。
その日からオレは全てを吹っ切って戦うことができた。
その人の言葉がオレを生かしてくれていた…のだが…
「なになに、奥さんの手作りチョコ〜?甘いモン嫌いなくせ、すっかり新婚ぼけしちゃってまぁ」
「うるせぇ、そういうお前はどーなんだよ。万年新婚のくせ」
「見習いなさいよ、万年新婚万歳よ?んでアンタ、帰ったら奥さん、コノミちゃんだっけ?その手作りチョコが待ってるんだ」
「オッオレが頼んだわけじゃねーぞ?」
「初々しいねー。オレなんて、拝み倒したらイルカ先生、渋々だったけどチョコ、用意してくれるって」
目の前にいる人は本当にオレの敬愛するその人なのだろうか。
さっきから写輪眼のカカシと、どうやらバレンタインチョコの話で盛り上がっている。っつか新婚って結婚なさったのか?いつ?そんでもって写輪眼のカカシっつったらオレ達のはるか高みにいる、もうお手本とか目標にするのもおこがましい天才忍者だよな、それが拝み倒すってチョコを?自慢してるようですげー情けなくね?
っつかイルカ先生って誰だよ!!
大掛かりな戦闘任務を終わらせた帰還途中だ。隊長はたけカカシで副隊長はオレの敬愛するその人、死人も出さず任務は大成功だったけど、さすがにクタクタに疲れ果てて森の茂みに身をひそめて休息中だ。十人の小隊全員、チャクラも体力も尽きかけている。今襲われたらひとたまりもないって状態で、何故呑気にバレンタインチョコの話で盛り上がれるんだ。
なんだか呆然としていたら、写輪眼のカカシの空気が変わった。敵だ。気配を断って様子を探る。マズい、霧の暗部だ。どうやら疲れ切ったオレ達を叩く絶好の機会とばかりに、横合いから追いかけて来たらしい。
「気付かれてるね」
写輪眼のカカシが小さく言った。副隊長が頷く。ただでさえ霧は厄介なのにこんな状態でぶつかったら全滅だろう。誰かが囮になって他を逃がすしか道はない。
よし
オレは決意した。写輪眼のカカシは里の至宝、そして副隊長はオレに道を示してくれた恩人だ。絶対にこの二人は死なせない。
「オレが囮で出ます。お二人は仲間と里へ…」
言い終わる前に写輪眼のカカシがすくっと立ち上がった。
「こんなとこで死ぬわけいかないのよ、オレは」
「オレもだ」
副隊長がそれに続く。二人は互いに頷くと、オレ達に厳しい顔を向けた。
「オレ達が先に霧を叩く。お前らは討ち漏らした奴らを完全に始末して。一応救援の式は飛ばしたから安心して」
いつの間に式を?っつか二人で叩くってそんな無茶だ。写輪眼のカカシも副隊長も戦闘任務では先陣を切って誰よりも疲れているのに。だが止める間もなく、二人は茂みを飛び出し大音声で呼ばわった。
「イルカ先生のチョコー」
「コノミちゃんの手作りトリュフー」
霧の暗部が殺到してきた。こっちが疲れているとわかっていて、一挙に潰すつもりらしい。写輪眼のカカシの両手が青白く発光しはじめた。副隊長が水遁の印を切る。
「くらえ、我らが新婚パワー」
「恋するハートをトッピング」
「「水遁チョコレートミスト雷遁キューピットハートダブルクラッシャー」」
何ソレ、何なのそのネーミング
だが、術の破壊力はすさまじく、気付けば討ち漏らした奴なんぞ一人もおらず、黒こげの敵の死体だけが転がっていた。仁王立ちした二人が高笑いする。
「見たか、我らが愛のパワー」
「新婚、なめたらだめだぁよ?」
………愛のパワーなんですか?ソレ…
確かにすごいコラボ技だったけど…
オレ達は無事に木の葉に帰り着いた。
大門をくぐると黒髪の青年と小柄な若い女性が出迎えにきている。黒髪を頭のてっぺんで一つ括りにしたあの青年、確か受付にいる人じゃないっけ?その受付青年がぶんぶん手を振りながら駆け寄ってくる。
「カカシさぁん」
「イルカてんてー」
写輪眼のカカシが飛び出した。小柄な若い女性も駆けて来た。
「トシく〜ん」
「コノミちゃんっ」
副隊長、トシ君っていうんだ…
「カカシさん、心配しました。ご無事で」
「イルカ先生のチョコが待ってると思えば奥底からチャクラ復活です、愛の力ですっ」
「トシくん、怪我ない?大丈夫?」
「だーいじょうぶだって。コノミちゃんが待ってるんだモーン」
愛の力って、モーンって、えええっ?
「はい、カカシさん、約束のチョコレート」
「わぁ、ハート型ですね、愛ですねっ」
「カカシさん、あ〜ん」
「美味しいですイルカ先生っ」
写輪眼のカカシが蕩けそうになってる。その横では副隊長…
「トーシ君、はい、あ〜ん」
「ん〜、おいちー、コノミちゃん」
「ホント?コノミ、一生懸命作ったんだから」
なんだか真っ白になってると後ろからぽんと肩を叩かれた。
「なぁ、オレら、明日の夜、事務方くノ一とコンパなんだけどお前も来る?」
「……行く」
思わず答えていた。
うん、行こう。なんか、葉っぱとかより今のコンパだよな、木の葉の若葉は火影様が育ててくれるだろう。
とりあえず生き残るにはラブパワーだ、オレもチョコ欲しい。来年はオレもチョコで出迎えてもらうんだ。
「幹事の先輩に一名追加って頼んでくれっ」
オレは新しい目標に向って邁進する決意を固めていた。
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