「んじゃ、お疲れさん。」
暗部棟の脇で、はたけカカシはスリーマンセルのメンバーに解散を告げた。今回の任務は暗部の助っ人で、組んだのは気心の知れた後輩達だ。
「あ、先輩、報告書はオレらで出しときますよ。」
「先輩は奥さんが待ってますもんね〜。」
「奥さん、今日は休みなんでしょう?」
「奥さん奥さんってお前らねぇ、イルカ先生が聞いたら怒るでしょ。」
そう言いながらもカカシはにへっ、とにやけている。
イルカとのことをからかうと、いつもは飄々としてクールなカカシ先輩の別な顔が見られるものだから、最近、「奥さん」発言は暗部の後輩達の密かなブームになっていた。
「そういや先輩、クリスマスイブには可愛いのを肩にのっけて買い物してたって。」
「あぁ、是清のこと?」
カカシの顔がますますとろける。
「クリスマスツリー見せてあげたのよ、生まれて初めてなもんだから、目、丸くしちゃってねぇ、可愛いったら。」
うちの子一番な父親発言に後輩二人は思わず吹き出した。
「先輩、犬派だと思ってました。」
「なに言ってんの。オレはこの世の生き物全てを愛しちゃってるのよ〜。」
もちろん、お前達のこともね〜、とカカシは楽しげに笑う。
イルカといわゆる「所帯」を持って以来、カカシは生きることが楽しい。大切な人々を亡くしてきたカカシだが、別にそれで虚しく生きてきたわけではなかった。それなりに大事なものはあったし、初めて受け持った生徒達の成長も楽しみだ。
だが、ひょんなことから化け猫が自分をイルカの伴侶候補に選び、術で拘束された。
それはカカシにとって不快ではなく、むしろ心地よい生活の始まりで、そのうちイルカに惚れたカカシはすったもんだのあげく、本当の伴侶となったのだ。以来、カカシの世界は一変した。
なんというか、張りがある。柄にもなく、世界は美しい、などと思ってしまう。任務に生き、任務に死ぬだけの人生、などと斜に構えていたのが恥ずかしい。忍として生きて、死ぬには違いないだろうが、それは忍にかぎったことではない。人はそれぞれ、己の道を生きて死ぬ。死亡率の高い職業かもしれないが、皆が皆、早死にしているわけでなし、家族が出来た今、カカシは長生きするつもででいる。それはイルカも同じようで、家族残して死ねませんからね、と老後の生活の資金計画をたてていた。
「あぁいうところが奥さんなのよねぇ。」
くふふ、と忍び笑いしたところに、後輩達が素っ頓狂な声を上げた。
「先輩、あれ、奥さんじゃないですか?」
「なんか、えらく血相かえて走ってますけど。」
後輩の指さす方を見ると、確かにイルカだ。ひどく切羽詰まった顔をしている。
「先輩が帰ってきたのがわかって、昼のおかず買いに走ってるとか…?」
「にしちゃすげぇ形相…ってか、肩に乗っけてるのって、あれ…」
イルカの肩には是清がしがみついていた。次の瞬間、カカシは瞬身でイルカの前に立つ。
「イルカ先生。」
「カッカカシ先生っ。」
「ぴゃっ。」
急ブレーキをかけたイルカの肩から転げ落ちた子猫をカカシは両手で受け止める。
「どうしちゃったの、そんな血相変えて。」
くしゃり、とイルカの顔が歪んだ。そのままカカシの暗部ベストにしがみつく。
「どうしよう、カカシ先生、五代目が、綱手様が…」
「五代目が?」
「五代目が死んでしまう。」
驚きに目を見開くカカシの手の中で、子猫が小さく身を縮めた。
シズネは執務室の中でぽかん、とドアを眺めていた。たった今、綱手が出て行ったのだ。
力任せに開けられたドアは蝶番が一つはずれ、きぃきぃと揺れている。昼時に野暮用だと出かけた綱手が帰ってきたのは十分ほど前のことだった。どこかヨロヨロとした足取りで執務室に入ってきたかと思うと、青い顔で椅子に沈み込んだ。
「綱手様?」
呼びかけてもぴくとも動かない。
「あの…」
綱手は机の上で両手を組み、ただ一点を見つめている。
「綱手様、どうかなさいましたか?」
「シズネ。」
「はい。」
いつにない綱手の真剣な声にシズネは首をひねる。
もしかして野暮用とはいつもの賭け事で、とんでもない負け方をしたのかしらん、と思っていると、綱手は暗い表情のままつぶやくように言った。
「人生五十年っていうけど、それで言えばアタシなんかとっくに人生終わってるわけだよ。」
「は?」
唐突な言葉にシズネは目を瞬かせる。綱手は机の上を凝視したまま淡々と続けた。
「一生が走馬灯みたいに駆け巡るっていう、ありゃ嘘っぱちだね。なんにも思い浮かびやしない。」
「はぁ?」
「それとも、アタシの人生がそれだけ空っぽだってことなんだろうかね。」
「あのぉ、綱手様?」
そんなにひどい負け方をしたのだろうか、だが、大負けするのは慣れているはずなのに、とシズネがいぶかしんでいると、やおら綱手がキッと顔を上げた。思い詰めたような瞳にシズネはたじろぐ。
「考えてみりゃ寂しい人生じゃないか、好きなことの一つも満足にできないまま死んじまうなんて。」
ドン、と綱手は机を拳で叩いた。机の上に山と積まれた書類がパァッと空中に舞う。
「どうせ死ぬならやりたいことやって何が悪いっ。」
「あああの、いったい何の話を…?」
「そうだよ、やりたいこと腹一杯やってから死んでやろうじゃないか。」
ガターン、と盛大に椅子を蹴倒して綱手は立ち上がった。
「シズネ、世話になったね。アタシのことはもうかまわないどくれ。」
「えっ、だからそのっ、何の話…」
「これでも五代目火影だ、人生の幕引きくらい一人でやるさ。いいかい、探すんじゃないよっ。」
「は?」
足音も荒く綱手はドアに向かう。
「つっ綱手様?」
バターン、と蹴破らんばかりの勢いでドアを開けた綱手は、振り返りもせずそのまま消えた。呆気にとられてシズネは綱手の消えた空間を見つめる。しばらく突っ立っていたが、ハタと我に帰った。
「つっ綱手様、仕事はっ…」
今頃叫んでも遅い。シズネは悲鳴を上げた。
「書類溜まってるのにどーするんですーーっ。」
それに答えるものはなく、ただはずれかけたドアがきぃきぃと軋むばかりだ。
「まったくもぅっ。」
いなくなってしまったものはしかたがない。数日は休みなしで働いてもらおう、憤然としながらも気を取り直して散らばった書類を集める。
ようやく書類を拾い終わり、執務しやすいよう机の上を整え終わった。ホッと一息ついた次の瞬間、執務室につむじ風がおこった。
「五代目ーーーっ。」
「火影様ーーっ。」
「きゃ〜〜〜っ。」
再び舞い散る書類を必死で押さえるシズネの前に、今度は血相をかえたはたけカカシとうみのイルカが立っている。
「いないっ、どこ行ったんだっ。」
「シズネさんっ、火影様はどこですっ。」
必死の形相の二人にシズネは怒ることも忘れて答えた。
「綱手様なら、たった今、出かけられましたけど…」
「しまった、入れ違いかっ。」
「あぁ、どうしようっ。」
歯がみするカカシの横でイルカが真っ青になる。
「あの、さっきから綱手様といい、何かあったんですか?」
「つっ綱手様はどんな様子でしたかっ。」
二人の勢いにシズネはたじたじとなりながらも帰ってきたときの様子を話した。
「死ぬ前に好きなことをする、そう言ったんですね、五代目はっ。」
カカシに念を押され、こくこくと頷く。カカシとイルカが顔を見合わせ、同時に言った。
「賭場かパチンコ屋っ。」
「何がどうしたんです?いったい…」
だが、シズネの質問は切羽詰まったカカシに遮られた。
「五代目をすぐに探して、わけは言えないけど命にかかわることだから、とにかく暗部だ、暗部を出してください。」
「お願いします、シズネさん、何も聞かず五代目を探してください、早くっ。」
イルカは泣きそうな顔をしている。シズネの背中に冷たいものが流れた。この二人、普段は痴話喧嘩やらかしてみたりノロけてみたりのバカップルだが、決してわけもなく無理なことは言わない。ここまで必死ということは、本当に綱手の命に関わることなのだ。それに帰ってきたときの綱手の様子は明らかにおかしかった。
「わかりました。今動ける暗部を総動員して、私も探します。」
「お願いしますっ。」
カカシとイルカはそれだけ言うと、風とともに再びかき消えた。
綱手様…
沸き上がる不安をはらい、シズネも暗部出動要請のため部屋を飛び出した。
「なんてこった。」
里内を走りながらカカシは呻いた。子猫はといえば、騒動に乗じて逃げだそうとしたので、がっちりとポケットに拘束している。
ベストのポケットから顔だけ出した子猫は憤懣やるかたないといった表情だ。
「あっしぁ悪いなんてこれっぽっちも思っていやせんからねっ。だいたい、あの乳ババァがあっしを捨て猫扱いするのがいけないんでやすっ。」
「お前ね。」
きぃきぃ文句を言う子猫の額をちょん、とカカシは指でつついた。
「それでも祟ったらダメなの。それにこの里の長になにかあったらどーするの。大問題じゃすまないよ。」
口調はのんびりしているが、焦りを滲ませた表情でカカシは空を仰ぎ見た。すでに夕刻近い。
里中の賭場やパチンコ屋、居酒屋、綱手の行きそうなところをくまなく探しているというのに、まったく手がかりすらなかった。
暗部まで投入したにもかかわらず、里長の行方はようとして知れない。
「ったく、どこへいったんだ、あの人は。」
すでに陽は傾いている。二度目の鐘は二刻ほど前に鳴っていた。日が落ちるとともに三度目の鐘が鳴るという。それまでに綱手を見つけられなければ絶望だ。
「なんでこう、諦めがいいんだ、くそっ。」
声音に苛立を隠さずカカシはつぶやいた。なんだかんだといって、幼い自分をかわいがってくれたおばさんである。カカシにとって大事な人だ。
「ナルトのしつこさに少しは影響されたと思ってたのに。」
このまま祟りなんぞで綱手を死なせたくない。そしてなにより、子猫にこんな人殺しはさせたくなかった。
「あっ…」
突然、イルカが走りながら声をあげた。
「もしかしたらあれかも…」
「イルカ先生?」
足を止めると、イルカが何か思い当たったという表情で言った。
「今朝、新聞チラシが入っていたんです。ほら、隣町の大きなパチンコ屋、確か新台入荷、とかなんとか。」
「隣町?」
イルカは頷いた。
「賭け事をやりたいなら、木の葉の里ではなくて、大きな遊興地のある隣町じゃないですか?」
「それだっ。」
カカシは急いで暗部を寄越すようシズネに式を飛ばすと、里の外へ向かって駆け出した。
「急ぎましょう、もう日が暮れる。」
二人は全力で隣町に向かった。
件のパチンコ屋はすぐにわかった。どこか外国の宮殿を模した外観の、派手な建物の正面に「新台入荷」とかかれた花輪がいくつも立てかけられている。
「五代目っ。」
自動ドアが開くのももどかしく、二人はパチンコ屋に駆け込んだ。
「いたっ。」
「火影様っ。」
綱手は入り口近くの台に腰掛けていた。真剣な顔でパチンコ台の画面を見つめている。二人が駆け寄ると、台を睨んだまま綱手は一喝した。
「邪魔すんじゃないよ。一世一代の賭けにでてんだからね、アタシはっ。」
たしかに、リーチがかかっている。
「ごっ五代目、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。死ぬかもしれないって時にっ。」
耳元でカカシが怒鳴るが、綱手は顔を向けもしない。イルカが子猫をカカシのポケットからつまみ出した。
「ぴゃっ。」
「おい、ボロ、火影様だ、ほら。」
ずいっと綱手のところに突き出す。
「何しやがんでぃ、あにさんっ。」
首筋をつままれた子猫はジタバタ暴れた。だが、イルカも必死だ。
「祟り解け、すぐ解け、とっとと解けっ。」
「頼むよ是清、とりあえず命の保証だけでもしてくれ。」
今の綱手に何を言っても無駄だと悟ったカカシが子猫に向き直りバシッ、と手を合わせた。
だが、子猫はどこかもじもじときまり悪げな素振りではっきりしない。
「詫びだろうがなんだろうがいれるし、お前の好きな物、食わせてやる。だからここは頼みを聞いてくれ。」
「なぁ、後生だよ、是清。」
イルカまで「ボロ」ではなく「是清」と呼んだ。子猫はうっ、と言葉に詰まる。
「あ…いや…その〜…でやすね…」
どうにも歯切れが悪い。
「是清、頼む、もう日暮れだ、時間がないんだろ?」
カカシは懇願した。祟りの鐘は日暮れに鳴ると子猫は言っていたではないか。
「それがでやんすね…そのぉ…」
上目遣いで子猫はぼそっと言った。
「あっしぁ祟りを解くってぇのがまだ出来ねぇんでやして。」
「…は?」
イルカに首筋をつままれてぷらんぷらんと揺れる子猫を二人は見つめた。
「え〜っと、是清、パチンコ屋の音がうるさくてよく聞こえなかったんだが…」
嘘だろ、カカシの目がそう言っている。イルカはただ唖然とするばかりだ。
子猫はぷいっと顔をそらした。
「あっあっしだってあと百年も生きりゃあ、祟り解くくらいお茶の子さいさいでさぁ、しっかしまだ二百年でやすからね、二百才の化け猫ってなぁ、そんなもんでやす。」
「そ…そんな…」
言葉をなくした二人の耳に、ゴーン、と鐘の音が響いた。ぎくり、と身を固くする。
再びゴーン、と鐘の音、空耳ではない、それは不思議な音だった。パチンコ屋の喧噪の中、鐘の音だけが異様に鮮やかに響く。子猫がぴくり、と身じろぎした。
「最後の鐘が鳴りやした。」
ハッと二人は綱手をみる。背を向けた綱手は微動だにしない。
「こ…是清…」
「紅い梅が…散りやす…」
子猫の声に諦めが混じる。イルカがひゅっと息を飲んだ。カカシが身を強ばらせる。化け猫の妖力がすさまじいものだということは、去年の夏、嫌と言うほど認識した。里中が術にかかったまま、誰もそれに気づかなかった。わずかに術の気配を感じた火影ですら、なんら手をうつまでには至らなかったではないか。
つり下げられたままの子猫はだらん、と体の力を抜く。
覚悟をきめたように子猫は静かな声で告げた。
「祟りが成就しやした。」
カカシとイルカは青ざめたまま綱手を見つめた。パチンコ台に向かっている綱手は二人に背を向けたままだ。リーチのかかっていた台は、今では画面に薔薇の花を背負ったまつげバサバサの金髪美人が現れていて、じゃらじゃらと銀色の球を吐きだしている。
絶望した二人の目の前で、画面の中にはド派手な金髪美人のアップがあった。
「生まれてきてよかった…」
どこかうっとりとした綱手の声がもれる。
「あ?」
「え?」
今、五代目はなんと言った?
カカシとイルカは目を瞬かせる。ぐるん、と綱手が振り向いた。頬が紅潮している。
「あたしゃ生まれてきて本当によかったよ。」
「「はい?」」
思わずはもった二人の目の前で、ぱぁぁっ、と満面の笑みが花開いた。
「人生ってのは素晴らしいじゃないか、なぁ、カカシッ、イルカッ。」
威勢良く名前を呼ばれ、二人はびくぅ、と身をすくませた。綱手は豪快に膝を打つ。
「喜んでおくれ、今日はあたしの生涯最高の日だ。」
「……あのぅ…」
「当たりも当たり、大当たりだよっ。」
あっはっは、と声を上げて綱手は笑った。その額からまるで梅の花びらが散るように、赤い痣が消えていく。
「……痣が…」
呆然とカカシが呟いた。
「五代目、痣が消えましたっ。」
綱手はきょとん、と目を瞬かせる。
「痣が…てことは、祟りは成就したのかい?」
カカシが子猫をみると、ぽかんとしていた子猫は我に返ってこくこくと首を縦に振った。
「えーっと、梅が散りやしたんで…祟りは成就しやしたかと…」
今度はイルカが恐る恐る口を開く。
「あっあのぉ、火影様、お体の具合は…」
「なにお言いだい、絶好調に決まっているじゃないか。」
それから綱手は、まだイルカにつままれたまま足をぷらぷらさせている子猫をがしっと両手で掴んだ。
「ぴゃっ。」
「なんだい、祟りってのはこういうことだったのかい。」
ずいっと子猫をイルカから取り上げる。
「ぴゃ〜〜〜っ。」
「水くさいねぇ、言ってくれりゃあいいものを。」
綱手は子猫にすりすりと頬ずりした。
「ぴゃっ、なにしやがるっ。」
「まったく、脅かしといて喜ばすとは、お前、なかなかやるじゃあないか。あたしゃてっきり死んじまうんだと思ったよ。」
いや、死ぬはずだったんですよ、ホントなら…
声には出さず、カカシとイルカは脱力した。綱手は上機嫌だ。
「是清っていったかい?お前、そうか、里に住みたいか、ならば好きにしていいぞ、いつまでも木の葉にいておくれ。」
頬ずりを続ける綱手から逃げようと子猫はジタバタ暴れるが、この女傑にはまったくこたえていない。
「はっ離せぇぇっ。」
「こんなに当たったのは生まれてはじめてだよ、まったく、たいした猫だね、お前は。」
「ぴゃ〜〜〜っ。」
イルカとカカシははぁっとため息をついた。ちら、と外へ目をやれば、血相をかえたシズネが暗部とともにパチンコ屋の自動ドアから駆け込んでくるところだ。
「帰りましょうか、イルカ先生。」
気の抜けた声でカカシは言った。後のことはシズネにまかせておけばいい。適当に五代目を里へ連れ帰るだろう。イルカも疲れた声でため息まじりに返事をした。
「はい、そうしましょう。」
「あっ、ちょちょちょっと、あにさん、カカッさんっ。」
綱手の両手の中で子猫が悲鳴を上げた。
「あっしも一緒に帰りやすっ、待っておくんなさい…てか、離しやがれ、くそババァっ。」
「そうお言いでないよ。もう少しつき合いな。」
「ぴゃ〜〜〜〜っ。」
子猫の悲鳴と突入したシズネ達の声を背中に聞きながら、二人はきびすをかえした。
「ま、アイツに祟りは無理ってことなんでしょ。」
「みたいですね。」
焦って損した、とイルカはげんなりと肩を落とした。そう、人に愛された記憶しかない化け猫には、どだい人を殺める祟りなど無理に決まっていたのだ。
「なんか、腹減りましたねぇ。」
「あ、オレも昼飯、食ってないんだった。」
「じゃあ、どっかで食べてから帰りましょうよ、せっかくここまで来たんだから。」
カカシの提案にイルカはにっこりとする。
「いいですねぇ、なにか旨いもの、食いましょう。」
「そんなぁ、あにさんっ、カカッさんっ、助けてくんなせぇ〜〜〜っ。」
ぴゃ〜ぴゃ〜騒ぐ子猫の声に、二人は顔を見合わせ悪戯っぽく笑った。少しはお灸を据えておこう、本当に大変なことになるところだったのだから。そして、きっと文句たらたらで帰ってくる子猫のために、料理を一人前、重箱に詰めて貰おう。
くすっと笑みを漏らしながら、二人は日が暮れてますます賑やかになってきた繁華街へ足を踏み出した。
沈丁花の香る季節、穏やかな朝、バーンと音高くイルカのドアが開けられる。
「邪魔するよ。」
入ってきたのは木の葉の里長、五代目綱手だ。
「あ、五代目。」
「おはよーございます、五代目。」
朝食を終え、のんびり出かける仕度をしているカカシとイルカは別に驚きもしない。
「是清はどこだい?」
「はい、あそこに。」
カカシが指さすところでは、子猫が大慌てでテレビの後ろに駆け込もうとしている。
「いたね、是清。」
「ぴゃっ。」
飛んで逃げようとした子猫はシャカシャカッ、と畳で滑った。それを綱手は片手でひょい、とつまみ上げる。
「ぴゃ〜っ、なにしやがる、ババァっ。」
「こら、五代目になんて口聞くんだ。行儀悪いぞ。」
「クソババ、乳ババ、若作り〜〜っ。」
たしなめるイルカに綱手はヒラヒラと片手を振る。
「あぁ、かまわんかまわん。」
子猫の悪態に気を悪くする風もなく、浮き浮きと綱手は子猫を額の前にもってきた。
「さ、またやっとくれ。祟りだよ、祟り。」
一月に一度の割合で賭場へいくのを許された綱手は、必ずイルカの家へ立ち寄る。『子猫の祟り』があると賭けに大勝ちするのだ。
「ぺしーん、と威勢よくだ、ささ、やっとくれ。」
「ぴゃ〜〜〜っ。」
ジタバタもがきながら、それでも子猫は前足でぺしり、と額をたたいた。
すぅっと赤い肉球の痕が浮き出る。ゴーン、とどこからともなく鐘の音が響いた。
「よし、今日もいい鐘の音だ。」
ふん、と綱手は気合いをいれると、子猫をカカシの手に返した。
「土産の景品、楽しみにまってな。」
「あ、五代目、大門通りのパチンコ屋、世界のビールシリーズってのが出てたんで、よろしく。」
「ったく、金は腐るほど持ってるだろうが。」
「ただ酒は旨いんですよ。」
フーフー毛を逆立てる子猫を指で撫でながら、カカシはにんまり口元を上げた。
にこにこ顔の二人に見送られ、綱手は上機嫌で出かけていく。
「ボロ、お前、祟りの腕あげたって五代目が誉めてたぞ。」
「よかったじゃない、ねぇ、是清。」
「き〜〜〜っ。」
イルカとカカシに誉められ、子猫はますます毛を逆立てた。
「祟るでやすっ、絶対祟ってやりぁすからねーーっ。」
あとで後悔しやがれ、クソババァーーッ、子猫の叫びは早春の空に吸い込まれていく。
齢二百年の化け猫は、こうしてめでたく木の葉の猫になったそうな。
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