「あっしゃぁまだ化け猫に成り立てでやんして、たかだか二百年の子猫でやんすよ。」
「にっ二百年ーーっ。」
生後二週間にみえるが、二百年とは、ではその御代様とやらが四千年生きているといってもあながち嘘ではないだろう。妙に感心していると、殊勝な態度で子猫がイルカを見上げた。
「あにさん、どうか後生です。あっしに恩を返させておくんなせぇ。でないとあっしも猫がたちませんや。」
「まいったなぁ。」
イルカは困って鼻の傷を指でかいた。どうにも恩返しをしないと話がすすまないらしい。確かに四千年も生きている御大に怒られるとなると、そりゃあ必死にもなるだろう。
根が子供好きのイルカは小動物にも弱い。この猫、実際はイルカの十倍は長生きしているのだが、なにせ見かけは手のひらサイズだ。しゅん、と項垂れられるとどうにも追い返すにはしのびない。イルカは肩を竦めた。
「わかったよ、恩返しして貰うよ。」
「ほんとですかい?」
ぱぁっと子猫の顔が輝いた。目に安堵の色が浮かんでいる。
素直にしてりゃ案外可愛いじゃないか。
イルカはくすっと笑みを漏らした。子猫は喜々としてイルカに問いかける。
「あにさんあにさん、何がお望みでやんすか?どんなことでもかなえてさしあげやすぜ。」
「う〜ん、望みねぇ。」
イルカは考え込んだ。望みといってもイルカはあまり欲望がない。今のままで十分生活は出来るし、気がかりなナルトも下忍となり仲間を作って立派にやっている。
「え〜っと、オレもみんなも健康で里が平和でありますように。」
「あにさ〜ん。」
子猫が呆れたような声を出した。
「そんな漠然としたもん、言われても困りやす。もっと具体的に望み、言ってもらわにゃあ話になりやせんや。」
言われてみれば確かに漠然としすぎている。
「おっおぅ、すまん、そうだな、じゃあ…」
イルカは少し考えて、ぽん、と手を打った。
「缶ビール1年分。」
「あにさん、いくらなんでも安すぎでしょうよ。」
ますます呆れた声を出され、イルカは少し赤面した。
「オレにとっちゃすごいことなんだがなぁ。」
だって1年分だぞ、1年分、と力説すると、子猫はげんなりと首を振った。
「あにさん、仮にも化け猫のあっしが願いをかなえるんでやんすよ。こう、もちょっとロマンとかありやせんかね。」
ロマンっていってもなぁ、とイルカは腕組みした。なんで恩返しされるほうがここまで悩まなければいかんのか、釈然としないが、とにかく恩返しが終わらないことにはこの猫、帰りそうにない。むむむ、と唸るイルカの前で、子猫はぴょこり、ぴょこり、としっぽを振っている。いつの間にかとっぷりと日は暮れ、薄暮の街では家路につく子供や親達の声が響いていた。
「あっ。」
そうだ、望みならあるじゃないか。
イルカは顔を上げた。
「オレ、家族が欲しい。生涯の伴侶、あったかい家庭を持てるような伴侶ってのはかなうのか?」
「お安い御用でさぁ。」
ぴょん、と子猫は立ち上がった。
「ちょおっと待っていておくんなせぇよ。すぐに伴侶、連れてきやすからね。」
「おぅ、出来たら美人にしてくれよ。」
「がってん承知。」
ひらり、と子猫は窓枠にとびのると、しっぽをぴょこり、と振って薄暮の街へと消えた。イルカは窓越しに猫の消えた方を眺める。
「ホントに連れてくるつもりかよ…」
苦笑気味に呟いてみたが、心の片隅でどこかわくわくと期待している自分がいるのを否定できない。夕陽の残照に染まった空をみやり、イルカは弛んでくる口元を慌てて引き締めた。
「まずは飯だ、飯。」
部屋の電気をつけ、ぬるくなったビールを一口呷る。
「そうめんでもゆでるか。」
ともすれば浮かれそうになる心を宥めるように、イルカは台所へ立った。
☆☆☆☆☆
氷と水をはった深鉢にそうめんを入れてイルカが卓袱台の所へ座ったと同時に、ぼふん、と小さな煙が上がった。雑巾色の子猫がちょこん、と目の前にいる。
「あにさん、お連れしやしたぜ。」
子猫はぴょこ、としっぽを振った。
「えっ…」
イルカは思わず箸を落とした。
「ほっほんとに連れてきたのかっ。」
「あったりまえでさぁ。」
子猫は得意げにしっぽを揺らしている。
「しっかり口説いてくだせぇよ、なにせ相手は木の葉で結婚したい人ナンバーワンでやんすからね。」
「う…わ…マジ…?」
イルカは焦り初めた。期待していなかったというと嘘になるが、まさかこんなに早く連れてくるとは思わなかったのだ。
「こっ心の準備が…」
「な〜に弱気になってんですかい。」
「だだだってだな、相手は木の葉の結婚したい人ナンバーワンだろ?オッオレなんかを相手にするわけねぇって。」
「あにさ〜ん。」
子猫はやれやれと首を振った。
「あっしを誰だとお思いで?これでも化け猫でやんすよ。雰囲気盛り上げてきっちりくっつけて差し上げやすから、あにさんは口説くことだけをかんがえて、しっかりがっつりモノにしておくんなさい。」
「わっわかった…てか、ちょっちょっと待ってくれ。」
イルカは慌ててTシャツと短パンを寝室から引っ張り出した。今から女性が来るというのに、いくらなんでもパンツ一丁はマズイ。
「よよよし、いいぞ。」
両手で髪をなでつけ、イルカは正座した。こんなことならもう少しマシな普段着を用意しておけばよかった。だが、最終的には雰囲気うんぬんで猫がなんとかしてくれそうだし、ここは第一印象を少しでもよくしよう。
せっ誠実、って感じが売りだよな。
任務あけで髭を剃って正解だった。イルカはどぎまぎしながら女性の出現を待つ。
木の葉の結婚したい人ナンバーワンって、美人なんだろうな〜。
頭の中では、美人と評判のくの一達の顔がぐるぐると回る。いったい生涯の伴侶となる人は誰なのだろう。
「んじゃ、あにさん、ここへ連れてきやすぜ。」
「おっおうっ。」
心臓が飛び跳ねる。緊張で汗ばんだ手のひらをイルカは膝にすりつけた。
「出でませよ、うみのイルカの生涯の伴侶。」
高らかに子猫が声をあげ、しっぽを一振りした。ぼぅん、と大きく煙があがる。もぅもぅとたちこめる煙の中にイルカは目を凝らした。誰かがいる。誰だ。さぁっと煙がはれた。
「……おいっ。」
すらりと伸びた手足、きめ細かい白い肌。
「なんでやんす?」
鍛えられ引き締まった体躯、割れた腹筋…
「極上品でやんすよ。」
「だぁれが野郎を連れてこいと言ったーーーっ。」
畳の上にはトランクス一丁の、銀髪の男が座っていた。右手には缶ビール、丁度さきイカの袋を口で破ったところらしく、珍味、とかかれた真っ赤なビニール片をくわえている。男は呆然と固まっていた。
「お気に召したでやんしょ。」
子猫が得意げにヒゲを動かす。ふるふるふる、とイルカは震えた。
「あほぅっ、どっから連れてきたんだ。」
「どっからって、あにさんと同じ、木の葉でさぁ、しかも上忍でやんすよ。」
「上忍だぁ?受付舐めんじゃねぇっ、こんな上忍、見たことも…」
ん?
イルカは怒鳴るのをやめ、マジマジと男を見た。
銀髪で長身の上忍?
男はきょろきょろと辺りを見回している。ふと、イルカと目があった。右目は青灰色、左目は緋色の色違いで、縦一文字に刀傷が走っている。
ままままさか、これって噂に名高い…
男は目をぱちくりさせた。
「あれ?イルカ先生?」
「カカカカカシ先生っ。」
パンツ一丁だが、伴侶候補としてイルカの部屋に連れてこられたのは、まぎれもなくナルト達七班の上忍師にして、里一番の忍との誉れもたかい上忍はたけカカシだった。
「おんやぁ、お知り合いでやんしたか。」
「やんしたか、じゃねぇ。お前、何考えてんだっ。」
呑気な物言いの子猫をイルカはぴよ〜っとつまみ上げた。
「はたけ上忍連れてきてどうするっ。」
「あにさんのご希望どおり、生涯の伴侶でさぁ。」
「どあほぅっ。」
イルカは怒鳴った。
「このお人はな、里を代表する忍の、はたけカカシ上忍なんだっ。おいそれとこんな所に連れてきていい御方じゃねぇんだよっ。」
「立派なお人じゃありぁせんか。あにさん、何が不満でやす?」
吊り下げられた子猫はイルカの顔の前で足をぷらぷらさせる。しれっとした態度にイルカはぶち切れた。
「おりゃ嫁さん頼んだだろーがっ。」
「あっしにぬかりはありぁせんやっ、このお人こそ、木の葉で結婚したいナンバーワンなんでやすっ。」
「ぬかりまくってるじゃねぇかっ、だーれが男をつれ…ぶへっ。」
イルカの顔面に猫キックが炸裂した。
「ナリが子猫だからって人が下手に出てりゃ、このやろーっ。」
「あっしゃこれでもきっちり裏とってきたんでやすからねっ、これが証拠でさぁっ。」
ばふん、と子猫とイルカの間にファイルが現れる。
「木の葉の里極秘調査資料フォイル、結婚するとしたら誰がいいですかアンケートっ。」
ぱらぱらぱら、とファイルがひとりでにめくれた。
「得票率90%、第1位、上忍はたけカカシっ、ほれあにさん、このお人に間違いございやせんやっ。」
「ちょぉっと見せろ、そのファイルっ。」
ぺいっ、と子猫を放り、イルカはファイルをひったくった。
「なになに、コメント?『やっぱりはたけ上忍って玉の輿ナンバーワンですよね。中忍あきのアカネ。』『超エリートだし、覆面の下はすごい美形だって居酒屋の子が言ってました。下忍のはらナツミ。』『美貌と才能あふれるこのあたくしに相応しいのははたけ様だけですわ、上忍やまのユリ。』って、こりゃくの一アンケートじゃねぇかーーーっ。」
ベシッとファイルを畳みに叩きつければ、子猫はふぎゃっと飛び上がった。
「さあ解け、この術を解けっ、急いではたけカカシ上忍をお戻しするんだっ。」
「えっえ〜っと、それがでやんすね〜、あにさん。」
「ぬぁんだっ。」
ぐあっとアップでせまるイルカの正面から、子猫はととっと距離を取った。
「満願成就するまで、この術、解けないんでさぁ。」
「ぬぁぁぁにぃぃぃぃぃっ。」
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