南国の薔薇・お試し版
     
     
 

コトコトと台所からの物音で目が覚めた。枕元の目覚ましは八時を過ぎている。くぁ、と伸びをしてカカシはもそもそ起き上がった。忍服のアンダーだったはずなのにいつのまにかパジャマを着ている。体も綺麗に拭かれていた。

あ、寝ちゃったんだっけ。

イルカの中に出してそのまま眠ってしまった。あの後、イルカが体を拭いて着替えさせてくれたのだ。シーツも新しくなっている。熟睡していたのだろう、全然気がつかなかった。写輪眼の上忍ともあろうものが、気を抜き過ぎかもしれない。

でもまぁ、十年もたてばねぇ…

慣れて当然かもしれない。カカシはぱたり、ともう一度寝転んだ。コトコトという台所の物音、ふわ、と味噌の香りが漂ってくる。ぴー、と炊飯器が甲高い電子音をたてた。飯が炊けたのだ。とたとたと足音が近づいてきた。からり、と襖が開いてイルカが顔を出す。慌ててカカシは眠っているふりをした。昨日さんざん勝手した挙げ句寝てしまったのでさすがにバツが悪い。

「カカシさん、八時ですよ。そろそろ起きないと。」

イルカが肩を揺すってきた。

「カカシさん。」
「うっるさいなぁ。」

カカシは乱暴にイルカの手を振り払った。ムクリと起き上がりガシガシと銀髪をかく。

「任務に遅れるわけないじゃない。ちゃんとペース配分してるんだから余計なお世話だよ。」

むっつりと言うとイルカは困ったように眉を下げた。

「あの…朝飯を…」
「あぁ、飯ね、飯。」

ベッドから降りて伸びをしながら茶の間に行くと、焼き鮭とみそ汁の朝食が並んでいる。不機嫌な顔のままカカシはどかりと座って食べ始めた。向かいに座るイルカはすでに忍服だ。今日もアカデミーなのだから当然なのだが、夕べ遅くに色々始末したりカカシの体を清めたりしたのだから寝不足だろう。チリ、と胸の奥が痛んで、カカシはますますイライラしてきた。

「な〜んか代わり映えしないよね。こないだ、アスマんちに泊めてもらった時はさぁ、スモークサーモンのベーグルサントとか出てきたよ。アレで紅姐さん、料理上手だぁよね。たまにはオレもさぁ、朝飯にそういうの、食べてみたいよ。」

みそ汁を啜りながらぶつぶつ文句を言ってみる。だがイルカは黙ったままだ。

「食卓も花とか飾ってあってお洒落でさぁ、そういうとこ、やっぱ女の人は気遣い細かいよね。あ、別にアンタが男だからどうだってことじゃないけどさ。」

ガタガタ文句を垂れ流す。不平を言う割にはみそ汁も飯もおかわりをしているのだが、そういう己の姿には気付いていない。

「先輩ー。」

窓からテンゾウが顔をのぞかせた。

「ひどいですよ先輩〜。ずっと待ってたのに自分だけゆっくりご飯食べたりして、あ、イルカさん、おはようございます。わ〜、相変わらず旨そうな朝飯ですねー、先輩、愛されてるなぁ。」
「なに、テンゾウ。集合場所、違うでしょ。」

むっつりするカカシの隣でイルカがにっこり笑った。

「おはようございます。よかったらテンゾウさん、食べていかれますか?」
「え、いいんですか?じゃ、お言葉に甘えます。」
「ちょっ…」

カカシが何か言う前にテンゾウは卓袱台の前にちんまり正座していた。サンダルはいつのまにか入り口の三和土に置いてある。このあたり、さすがはトップクラスの忍びだ。

「わー、焼き鮭だ。みそ汁、茄子ですか。先輩、好きですもんねー。」
「お前ねー、飯たかりにきたわけ?」

眉を寄せるカカシにテンゾウは口を尖らせた。

「先輩が悪いんじゃないですか。七時半集合とか言ってもう八時半ですよ。そりゃ、他のメンバーは現地集合で一緒に発つのは僕だけだからどうとでもなりますけど、もう、先輩は長期任務になるとイルカさんの側を離れたがらないんだから〜。」
「バッバッカじゃないの、お前っ。」

慌ててカカシは立ち上がった。チラ、とイルカを見ると何食わぬ顔でテンゾウに飯をよそっている。

「十年たってもラブラブですね、せんぱーい。」
「……シャワー浴びてくる。」

カカシはそそくさと茶碗を台所に下げ風呂場に入った。脱衣所では洗濯機が夕べのシーツを回している。茶の間からテンゾウの楽しげな声が聞こえてきた。

「ホントなんですよ。家じゃどうか知りませんけど、先輩、イルカさんがいないとほんっとダメダメで、長期任務っていったってたったの一ヶ月なのにコレですからね〜。」

誰がダメダメだ。

カカシは舌打ちしながらシャワーのコックをひねった。冷たい水が降ってきてお湯の調整を忘れていた事に気がつく。温度を上げながらカカシはへの字に口を曲げていた。

 
  我が儘です。すっかり我が儘亭主になってます。これがどうワルツになっていくかってことなんですけど、っつか、ワルツになっていくんですけど、最後はだってタキシードだもんね(それをやりたかっただけかっ)