是清万華鏡眼鏡ッ子イルカは何だか勝手が違う編
『公の場で馴れ馴れしくしないで下さいと何度言えばわかるんです?』
『オレはまだ仕事中なので失礼します。』
『夕方から受付ですので遅くなります。飯はいりませんから。』
「ツンデレだよねっ、きっときっとツンデレだよねっ。」
「デレてやせんぜ?目が冷ややかでやしたぜ?」
「ほらっ、今は公の場だからっ、デレの部分は二人っきりの時なんじゃないっ?」
「さっきは二人っきりでやした。」
「そっそれはほらっ、アカデミーの敷地内だからっ…」
「カカッさぁん」
ちっちっち、と小さい前足を子猫が振る。
「逃避じゃ問題解決しやせんや。」
ガクリ、とカカシは地面に手をついた。
「ここも…この世界のオレもなんかイルカ先生とこじれてるっぽい?」
「そのようでやす。」
うなだれるカカシの肩で雑巾色の子猫はふるり、とヒゲを揺らした。
見かけは生後十日の子猫だが実は齢二百歳の化け猫、千手院是清と木の葉の上忍、はたけカカシは梅の香る季節、何の拍子か別次元の木の葉の里へ飛ばされてしまった。そこは厳格な身分制度のしかれた木の葉で、世話役として召使いのようにカカシにかしずくイルカがいた。しかもこの里の「カカシ」は感情を表に出さず皆から恐れられるばかりの存在だという。それを知った時の衝撃。「カカシ」と「イルカ」の関係も拗れきっている。業を煮やしたカカシは、別次元の木の葉の里を引っ掻き回した。
まず全力でイルカに優しくした。世話役と呼ばせず、イルカを押さえつける輩は実力で黙らせた。中忍達とも言葉をかわし、ナルトを正面から可愛がった。これまたややこしかったアスマと紅の恋のキューピットまでやった。すったもんだの末、ようやく治まる所に治まってホッところだったのだ。ついでに七三分けのガイの頭をおかっぱにカットしてやったが、これはただの憂さ晴らしだ。
別世界とはいえ、イルカとの関係が修復され、落ち着いたと思ったらまたこれだ。
アカデミーの裏庭を歩いていたらぐらりと世界が揺れた。覚えのある揺れに、自分と是清がまた次元を越えたのだとわかった。
だが、飛ばされた先はカカシの元の世界ではなく、再び違う木の葉に来てしまった。身分制度の厳しかった木の葉の世界はカカシの世界とあまり季節は変わらず梅の季節だったが、ここは夏まっさかりだ。ジーワジーワとアブラゼミが頭上で鳴いている。太陽がカッと照りつけるアカデミーの裏庭でカカシは脱力していた。
「カカッさん、座り込んでいてもしょうがありぁせんや。」
「……そだね…」
「来ちまったもんはしょうがねぇでやすよ。」
「そだね……」
「カカッさん、頭、大丈夫でやすかい?」
「頭は大丈夫だけど心が折れてるの。」
「とりあえず日陰にはいりやせんか?」
確かに暑い。カカシは子猫を肩に乗せたまま、ごそごそと樹の影に体を寄せた。幹に背をもたせ、上を仰ぐ。葉っぱの間から真っ青な夏空が目に沁みた。しらずため息がもれる。
「ここは夏なのね…」
同じ木の葉の空でもここの空は淡い初春の色ではない。言い様のない寂しさが襲ってくる。ここにはカカシのイルカはいない。せめて、カカシ上忍、と自分を呼んだ優しいイルカがいてくれたら、まだ気持ちが楽になるのに。
「カカッさん。」
「イルカせんせ、どうしてるかなぁ…」
カカシの世界の元気なイルカ、イチゴ大福をおやつに食べようといってそのままになってしまった。イルカに会いたい、帰りたい。なのに何故また違う世界に飛ばされてしまったのだろう。
「カカッさん。」
心配そうな子猫の声。
「オレ、ホントに帰れるのかね…」
カカシは目を落とした。強い陽射しの照り返しで地面は白く、木々の影はくっきりと濃い。
「このままずっと彷徨うかもしれないんだよね。」
ぐしゃり、とカカシは前髪に手を差し入れた。
「はは…帰った頃には爺さんとか。」
「カカッさん。」
「イルカ先生、その頃にはもうオレのこと忘れて、孫とかいたりして。」
「カカッさん。」
「そりゃそうだよね、帰ってくるかどうかわかんない男待つより結婚して家庭持って…ぶはっ」
覆面越しに猫パンチが鼻の穴を直撃した。子猫の小さい前足が鼻の穴にめり込む。
「いてててて、こっ是清〜」
「バカも休み休み言いなせぇよ。」
「たたたた、痛いって」
すぽ、と前足を引くと子猫は肩から飛び降りカカシの正面にちょこりと座った。
「あっしを誰だとお思いで?この千手院是清、伊達に二百年化け猫やってやせん。」
ぱたぱたと子猫はしっぽを振る。
「このあっしが必ず帰れると言ったら帰れるんでやす、一年も二年も次元を越えてウロウロなんぞしやせんや。だいたい」
藍色の目がじろ、とカカシを睨んだ。
「あっしらがここにいるってこたぁ、こっちのカカッさんはあにさんの所にいるんでやすぜ?あにさんが所帯持つわけねぇじゃありやせんか。」
「あ…」
失念していた。そうだ。カカシはこの世界のカカシと入れ替わっているはずだ。確証はないが移動した世界にカカシがいないとなると、入れ替わったとしか考えられない。やれやれ、と子猫は首を振った。
「仮にカカッさんがいなくなったとして、あのあにさんがそうそう所帯を持つとも思えませんや。あぁ見えて一途なお人でやす。」
そうだった…
「そう…」
カカシはがしがしと己の銀髪をかきまわした。
「そうだよね。イルカ先生はそういう人だよね…」
パタリ、と子猫がしっぽで応える。
「オレも意外と繊細だぁね。」
苦笑いしながらカカシは子猫を両手にすくいあげた。
「くよくよするのはオレの柄じゃない。悪かったよ、是清。」
くふ、と子猫がヒゲを揺らした。
「ま、写輪眼のカカシも人の子だったってぇことで。」
「当たり前でしょ、人間なんだから。」
肩に乗せ、立ち上がる。パンパンと土埃をはたいてカカシは木陰を出た。照りつける真夏の陽射しに目を細める。
「さって、これからどうしようか。」
「とりあえず、受付で敵情視察といきやせんかい?」
「そだね。なんかこっちのオレ達も拗れてるっぽいし。」
はぁ、とため息をつく。子猫がくふくふ笑った。
「くよくよするのは柄じゃない、でやしょ?」
「それとこれとは別。」
カカシはしかめっ面を作る。
「あんなトゲトゲしたイルカ先生、何でまたねぇ…」
一人と一匹は通用門から受付棟へ入る。
身分制度の厳しい木の葉の里も建物の配置は変わらなかったが、ここもカカシの世界と同じらしい。
ポケットに手をつっこんだままのったりと受付所への廊下を歩く。掲示物や部屋、天井、カカシの世界となんら変わらない。
全く同じなのに違う世界、妙に座りの悪い気分だ。
ふと、前方から任務帰りらしき数名の中忍達と目があった。
ここのカカシはいったいどんな感じなのだろう。そのままじっと見つめると、中忍達の顔がぱぁ、と輝いた。
「はたけ上忍。」
パタパタと駆け寄ってくる。だが知らない顔ばかりだ。こっちのカカシとは親しい間柄なのだろうか。曖昧な笑みを張り付け突っ立ったカカシの前まで来た中忍達はぺこりとお辞儀をした。
「はたけ上忍の慈悲をいただき無事任務を終えることが出来ました。ありがとうございました。」
「……あ〜、えっと」
何と答えていいのかわからない。だいいち、任務に慈悲って何だ。
「その、君達の実力…じゃないかな?」
ガシガシと銀髪をかき回しながら誤摩化すように笑うと、中忍達はますます目を輝かせた。
「お言葉、これからの励みにします。ありがとうございます、はたけ上忍。」
もう一度深々と頭を下げると中忍達はまたパタパタ駆け去っていった。ぽかんとなったままカカシはその後ろ姿を眺める。
「…励み、だそうで。」
子猫がぼそ、と耳元で繰り返した。
「慈悲って何でやす?」
「こっちが聞きたいよ。」
とりあえず受付へ向おうとしたカカシは数メートルも歩かないうちに今度は別な下忍のグループに頭を下げられた。親愛と尊敬に満ちた眼差しとともに。そしてまた別な忍びに笑顔で挨拶される。行き会う忍び全てがカカシを見るとホッとしたような、あるいは輝くような眼差しで笑みをむけてくる。
「…いくらなんでもおかしくない?」
きゃあきゃあと手を振ってくる若いくノ一達にぎこちなく手を振り返しながらカカシは囁いた。
「モテキ到来って奴ですかね。」
「や、モテるってのとまた違ってる気が…」
「確かに。」
子猫がくい、と前足を上げた。
「爺様が拝んでやすぜ、カカッさん。」
「なっ…」
依頼人なのだろう、受付所から出てきた年寄り、八十はとうに越えていると思しき小柄な爺様が、カカシを見るやまるで仏様を拝むような格好で手をあわせた。
「ななななに?」
見回せど年寄りが拝む先は己一人だ。
「ちょっ…お爺さん、やめて下さいよ。そんな、拝むなんて」
慌てて年寄りの側でパタパタ手を横に振ると、その老人は喜色満面でますます手を擦り合わせる。
「やれ、ありがたい。はたけ上忍がお声を下さるとは。」
「おっお爺さん、ちょっとちょっと」
南無南無と拝まれてカカシは狼狽えた。なんだここのカカシは。仏様か。爺様はカカシを見上げ皺だらけの顔をくしゃくしゃにして笑った。
「せんだっては村をお助け下さりありがとうございました。今日はそのお礼に参った次第でございます。」
あぁ、依頼人。
カカシは納得した。自分に割り振られた何かの任務で感謝しているというところか。身なりがいいから村長なのだろう。しかし、それにしても大げさすぎやしないだろうか。
「あ〜、いや、その、オレは任務をまっとうしただけでそんな…」
「生き残りの盗賊も心底己の所行を悔いて、今では村で地道に働いとります。木の葉のはたけ上忍でなければこうはならんかったと皆、喜んどります。」
はい?
カカシは目を瞬かせた。一瞬、何を言われたのか理解できない。
「さすがは仏のカカシ、写輪眼菩薩と異名をとられる御方、木の葉に御願いしたことは村の誇りでございますよ。ありがたやありがたや。」
依頼人の爺様は再び手をあわせ深々と頭を下げる。
「ちょっ…」
色々引っかかる、というか、バリバリ気にかかる単語が出てきたが、今はこの拝む爺様を何とかしないときまり悪いことこの上ない。爺様の肩に両手をかける。
「お爺さん、頭、上げて下さいって。オレは当然のことをしただけですから。」
だが、爺様はお辞儀をした姿勢で顔だけ上げ、感極まったように目を潤ませた。
「なんとまぁ、上忍の慈眼をこの爺に向けていただけるだけで僥倖ですに、御手で慈悲をいただけるとは、思い残すことはもうございません。」
南無南無と再び念仏を唱え始める。
「おっお爺さんっ」
「カカッさん、まわり、見てみなせぇよ。」
あたふたするカカシに子猫がそっと耳打ちした。え、と見回せば、居合わせた忍びや依頼人達がなにやらほんわりとした笑顔でこちらを眺めている。依頼人の中にはカカシと目が合うと爺様と同じように手を合わせる者までいた。
「や…あのっ…」
ぽんぽん、と頭を下げ続ける爺様の背を数度叩くと、カカシはその場を逃げ出した。
「なっ何コレっ」
まだ怯えられた方が納得出来る。
「写輪眼菩薩とか言ってやしたぜ。」
「何ソレっ」
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