是清万華鏡中忍カカシ編試し読み
 

オレの名前ははたけカカシ、ちょっと名前の売れている木の葉の里の看板忍者だ。
ひょんなことから愛猫是清とオレは、時空を超えた別次元の木の葉に飛ばされてしまった。

「愛猫って何でやすかっ、あっしぁ由緒正しき二百歳の化け猫、ただの猫扱いたぁどういう了見でやす。誰のおかげでカカッさんとあにさんが結ばれたと思ってるんで?あっしでやすよ、あっしがいなきゃあお二人他人のまんま、今日のイチャイチャパラダイスな生活はなかったんですぜ?」

最初の世界は身分制度のやけに厳格な木の葉だった。召使いのようにオレに仕えるイルカがいて、オレといえば皆から怯えられる存在だった。孤軍奮闘、オレは身分制度に僅かだけれど穴をあけ、イルカとの関係をイチャラブにして、七三分けのガイの頭をおかっぱ頭にカットしてやった。だって変だったんだよ、ガイの頭が整髪剤で七三にきっちりわけられてるなんて、そう思うでしょ?ただでさえ暑苦しいのに七三分けのガイなんってサイアク。だからまぁ、元のおかっぱに戻して問題解決ってわけ。

「問題解決ってそっちでやすかい?っつーか、カカッさん、いってぇ誰に向ってしゃべってるんで?」

次に飛ばされた世界ではオレは写輪眼菩薩、仏のカカシと異名をとる気持ち悪い奴だった。んでもってイルカときたらツンケンして恋人であるカカシには冷たいくせ、やたらと人気が高くて木の葉の婿にしたい男No.1なモテ男ぶり。

「仏のカカッさんはみんなに慕われてやしたがね。カカッさんよりゃあよっぽどの人格者みてぇでやした」

そのイルカをオレは見事ツンデレとして開花させ、そして七三分けのガイの頭をおかっぱに戻してやった。

「だから、誰に向ってしゃべってるんでやす?」

もう何だか、ガイのデフォルトは七三で、おかっぱがイレギュラーな気がしてくる。

「激眉はどうでもよくねぇですかい?それよりカカッさん、こっちの世界がどんなところが探らねぇと」

もう七三最悪。ただでさえ激眉暑っ苦しいのにその上に一筋の乱れもない七三って

「だーからカカッさん、早く自分の立ち位置探ったほうがいいんじゃあ」

暑っ苦しい通り越してキモっ苦しいよね、見てて痛いよね、でもそれがデフォルトなんだよねっ

「カカッさんって」

別次元のガイ並べたらぜーんぶ七三って壮絶すぎない?サラサラおかっぱ、いっそ清々しいよ、今までキモ、とか言って悪かった、おかっぱサイコー、天使の輪っかラブ、絶賛推奨おかっぱ頭世の中やっぱおかっぱだよね七三じゃなくておかっぱにしとかないと

「カカッさーんっ」

べし、と猫パンチが鼻に飛んだ。子猫の爪が鼻の穴に刺さる。

「いだいっ、ごれぎよ、いだい〜〜」

なんだか前に飛ばされた世界でも同じことをされた気がする。

「痛いくらいが丁度いいんでやすよ、別次元に移る度腑抜けられちゃあ面倒でたまりやせんや」
「あだだだだ、血が出る血が出る」
「上忍のくせ血が何でやす。早く事情を探らにゃあカカッさん、反逆者の息子呼ばわりされてやしたぜ?」

ひょいと手を引っ込め子猫が藍色の目を光らせた。

「随分ときな臭ぇじゃねぇですかい?激眉に現実逃避してる場合じゃありぁせん。それに」

子猫が顎をしゃくる。

「あにさんが妙な顔してこっち見てやすぜ」

自分の世界に逃避していたカカシの目の前ではイルカが心配そうな表情でこっちをみている。

「カカシさん?」
「あ〜、えっと…」

がしがしとカカシは銀髪をかいた。まだこっちの世界の様子がわからない以上、まさか「ツンデレとして立派に開花した別世界のアナタの手作り弁当を持ってアカデミーの宿直室に行く途中、ガイの七三わけをおかっぱ頭にカットしたらまた時空を飛ばされてこの世界にやってきた別な世界のはたけカカシです」と言うわけにはいかない。それにたった今、自分に絡んできた下っ端上忍連中の言葉が気にかかる。

この世界に飛ばされて早々、カカシは数人の上忍にインネンをつけられた。カカシの世界でのその上忍達は九尾の災厄後、どさくさにまぎれて上忍になったクチで、実力がないくせに下に威張り散らす連中だった。ただ、カカシやアスマらトップクラスの上忍達の前では借りてきた猫のように大人しかったはずだが、こっちの世界では随分横柄な態度で突っかかってきた。それどころか侮ったあげく殴り掛かってくるとは、いったいどうなっているのだろう。

「どうにも解せやせん」

子猫がこそっと囁いてきた。

「さっきの連中でやすがね、あの口ぶりじゃあこっちのカカッさん、大人しく殴られてるみてぇじゃありぁせんかい?」
「お前もそう思った?」

カカシも頷いた。そうなのだ。まるでいつもカカシを殴りつけているような言い方に引っかかる。自分の性格を考えるにつけ、どうも釈然としない。今まで飛ばされた二つの世界のカカシはそれなりに性格が違うものの、根っこは同じだった。そんな自分が立場がどうあれ大人しく殴られるだろうか。しかも父親を反逆者と呼んだ。カカシの父はたけサクモは、任務より人命を尊重して里から非難され、心を病んで自殺したが、けして反逆者などではない。

「妙な感じだぁね」
「あにさんも殴られてるようでやすし」

上忍達の拳を当然だがカカシは避けた。同じ上忍とはいえ実力には天と地の差がある。数人がかりといえどカカシにとっては取るに足らない。適当にいなしてからこの世界のことを聞き出そうと思っていると、血相を変えたイルカが飛び込んできた。そして必死になってカカシを守ろうとする。あまりに意外な展開に思考がついていかなかったが、そういえば上忍達は気になる事を言っていた。イルカに対する脅しの言葉。

『またてめぇか、うみの』
『よっぽど痛い目にあうのが好きらしいな』

『また』とはどういうことか。こっちの世界のカカシはいつもあの連中に絡まれ、その度にイルカが庇っているということなのか。連中は夜道に気をつけろと捨て台詞を投げつけてきた。今、カカシの目の前にいるイルカは傷だらけだ。この怪我はあのろくでなしどもにやられたのか。たとえ実力不足とはいえ一応は上忍だ。しかも複数、中忍が一人で立ち向かうには分が悪すぎる。イルカの傷がそのせいだとしたら、こっちのカカシはいったい何をやっているのだ。グルグルしているとイルカがそっと頬に触れてきた。

「本当にどうしちゃったんだろ、打ち所でも悪かったのかな」
「えっ」

思わず目を瞬かせイルカを見るとニカ、と笑った。

「よかった。ぼーっ、としてるからどうかなったのかと思ったじゃないですか」

それから肩の是清に目を移す。

「で、カカシさん、この猫は何です?さっきからあなたとこそこそ喋ってるようですけど…」

不審物扱いだ。子猫のヒゲがへにゃりと下がった。

「ホント、どこ行ってもあっしぁ部外者でやすよ」
「あ〜、いや、その…」

本当に答えようがない。カカシが言葉に詰まっていると、受付棟の方からまた慌ただしい気配がやってきた。

「あ、いたいた。」

イルカの中忍仲間であるカンパチとタニシがこっちを指差し走りよってくる。

「どこいってたんだ、探したんだぞ」

この世界でもイルカと親しいようだ。

「一人でチョロチョロすんなよ、カカシ」

へ?

今、呼び捨てにされた?カカシは目を瞬かせた。

「カカシ、お前何やってんだよ」
「ヤバいって、ヨリシロ上忍、おかんむりだぞ」

駆け寄ってきた中忍、カンパチとタニシが話しかけているのはイルカではなく自分だ。ということはやはり空耳ではなく、呼び捨てにされたのか。ぽかんとするカカシの肩にカンバチがガッと腕をまわしてきた。

え?えぇ?

カカシは目を白黒させる。確かにカンパチやタニシとは親しく言葉をかわすが、イルカ繋がりで知り合った彼らは決して礼儀を忘れない。カカシの世界だとて忍びが縦の階級社会なことには変わりなく、スリーマンセルの仲間だとか個人的に親しいとかでないかぎり、中忍が上忍を呼び捨てにしたり不用意に触れるなどありえない。なのに彼らは悪びれる様子もなく肩を組み、あまっさえわき腹を小突いてきた。

「ほら、ボケッとすんなやカカシ」
「猫なんか拾ってねぇで急げ、お前、ヨリシロ上忍のチームで任務してきたんだろ?報告書まかせたのにまだ出してねぇのかって騒いでんだ」

イルカがムッと眉を寄せた。

「受付で騒ぐ暇があるなら隊長であるヨリシロ上忍が何故書かないんだ。それに、ヨリシロ上忍のスリーマンセルは今帰還したばっかだろ。騒ぐほどの時間はたってないぞ」
「いつもの嫌がらせだよ」

タニシが口をへの字に曲げる。

「タチ悪いからさ、ヨリシロ上忍」
「とにかく急ごう。遅くなったらますます難癖つけられるぞ」
「ほら、カカシ、オレ達も一緒に行ってやるから」
「カカシさん、行きましょう」

唖然としたままカカシは三人に受付へと引っ張っていかれた。

〜中略〜

タニシとカンパチが後ろからカカシを引っ張った。イルカも一礼するとカカシを押し出すようにして受付所を出る。受付棟を出るまで、皆無言だった。
外へ出ると冷えた空気が肌を刺す。タニシとカンパチが首を竦め、それからカカシに振り向いた。

「気にすんな、カカシ」

二人ともにぱ、と笑う。

「お前、絶対落ちこぼれとかじゃねぇし」
「オレ達だってお前の盾くらいにゃなってやる」

二人はカカシの傍らに立つイルカに拳を軽く当てた。

「イルカ、お前もさ、一人でおっかぶらずオレ達にもまわせよ」
「一人で傷こさえてんじゃねぇ」

イルカが苦笑した。

「ったく、お前らガイ班の絆の固さは妬けるな」

………!

カカシと子猫は再び互いの顔を見合わせた。今、なんだか引っかかる単語が出てきた気がする。いや、気のせいであってほしいというか…

「はっはぁ、羨ましいかイルカ」
「妬け妬け」

がし、とカカシの両脇からカンパチとタニシが腕をまわしてきた。二人同時にぐっと親指を立てて突き出す。

「オレらガイ班の間にゃ、恋人といえどイルカの入り込める隙はねぇのさ」
「ガイ先生だっていつも言ってるもんな。オレらガイ班の絆は永遠だって」

なーカカシ、と両方から同意を求められる。

「ガッガイ班ーっ?」

思わず素っ頓狂な声が出た。子猫はあんぐり口を開けっ放しだ。

「ガイ班って、えっと、あのマイト・ガイのこと?オレが?え?何?」

カカシの狼狽えぶりに一瞬、目を瞬かせたタニシとカンパチはすぐに笑い出した。

「ガイ班の上忍師がマイト・ガイ以外誰がいるってんだ、ガイ先生大好きっ子のくせに」
「お前、冗談相変わらずヘタだな〜」

イルカまで笑っている。

「カカシさんはガイ上忍の秘蔵ッ子ですからね。口を開けばコイツはいつかオレを越えるって」
「ーーーーっ」

衝撃が大きすぎて声が出ない。

オレの上忍師がガイ?え?四代目は?っつか、オレは四代目の秘蔵ッ子とは呼ばれてたけどけっしてガイの秘蔵ッ子なんかじゃ、いや、それより今、もっと恐ろしい台詞がなかったか?

「カカッさん、ガイ先生大好きっ子だそうで」

子猫の呟きにカカシはブンブン頭を振った。それはすっげ嫌だ。

「んじゃカカシ、オレら任務入ってっから、帰ってきたら飯食おうぜ」
「明後日には帰れるはずだし」

タニシとカンパチからバシバシ肩を叩かれた。二人の顔をマジマジと見る。

じゃあコイツらはオレのスリーマンセル仲間ってわけ?

オビトとリンはどうなったんだろう。もう混乱の極みだ。

「じゃあイルカ、カカシ頼んだぞ」
「言われなくても」

イルカがぐい、とカカシを自分の方へ引っ張った。

「ガイ班の絆が固かろうがなんだろうが、カカシさんはオレのだから」
「おぅおぅ、ノロケられたぁ」

わはは、と笑うと二人は手をふり行ってしまった。カカシは呆然としたままだ。イルカがスッと手を握ってきた。

「カカシさん、オレ、これからまだアカデミーの業務が残っているので先に帰っていて下さいね」

ふわり、と微笑みカカシの唇に軽いキスを落とす。

………えっ?

イルカからキスしてくれた。カカシはぱちぱち何度も瞬く。その頬を両手で包まれた。

「さっきからぼぅっとして、ホントにどうしたんです?」

ちゅ

ええええーーーっ

唇を啄まれた。イルカからだ。

「明日はオレも休みですから、今夜はゆっくりしましょうね」

もう一度キス、そしてにっこりとイルカが笑う。

うわぁお

現状を忘れカカシは思わずデレっと相好を崩した。信じられない。イルカからキスしてくれたうえ、今夜はゆっくりだって。未だかってこんなに甘いことをしてくれるイルカがいただろうか。

「いや、ないっ」

グッと拳を握る。たぶん、鼻の穴がふくらんだ。はぁ、と子猫の呆れ果てたため息が聞こえた。

「アホでやしょ、カカッさん」
「だだだってっ」
「アホでやすねぇ」
「上手に喋りますね、この猫」

肩先の是清をイルカが不思議そうに覗き込んできた。

「やっぱり忍猫ですか?」
「あ〜、いや、その…」

口ごもるカカシにかわって子猫が言った。

「契約してるわけじゃあねぇんでやすがね、ちょいとわけありなんでさ」

手の平サイズの子猫に見上げられてイルカはどこか嬉しそうだ。どの世界のイルカも基本、子供好きの動物好きなのだろう。子猫は藍色の目をくるりとさせた。

「つかぬこと聞きやすが、ここにいるカカッさん、はたけカカシは中忍なんで?」
「あぁ、そうだよ」

きっぱりと言いきられた。カカシは思わずよろけそうになる。

「その、中忍で暗部ってぇわけじゃねぇんで?」

子猫がさらに畳み掛けた。

「ビンゴブックに載ってるなんてこたぁありやせんかい?」
「え?まさか。中忍が暗部になったりビンゴブックにのったりするわけないだろ」

イルカが可笑しそうに言う。

「コピー忍者、写輪眼のカカシってぇ二つ名は…」
「なんだ、その二つ名って。おかしな子猫だな。」

とうとうイルカは吹き出した。

「そりゃ写輪眼は左目にあるけど」
「あるんだ!」
「あるんでやすかいっ!」

カカシと子猫の勢いにイルカがきょとんとなる。

「なんで写輪眼持ちのくせ中忍なんでやすっ」

あぁ、とイルカが笑った。

「そうか、子猫君、今度の任務中にカカシさんと知り合ったんだよな。ならそう思うのも無理ないか」
「千手院是清でやす」

子猫が胸を張った。

「あっしの名前は是清でやんすよ」
「じゃあ是清君」

イルカはにこにことその名を呼んだ。しんから動物好きなのだ。

「あまりいい話じゃないんだけどな。まだカカシさんがアカデミー卒業したばっかりの頃なんだが」
「こっちのオレ、アカデミー行ってたんだ…」

小さく呟くカカシの頬を子猫がはたいた。怪訝な顔になったイルカに続きを促す。

「酷い話だよ。新米下忍全員に戦場任務が振り当てられた。経験のない下忍なんか、いきなり戦場じゃ死ににいくようなもんなのに、実際、かなりの新米下忍が殉死した」
「カカッさんはじゃあ、その時に目を?」

子猫にイルカは頷いた。

「左目をやられて、でも戦地じゃ医療忍がいるっていったってただのテントだろ。設備もないし、もう失明だって諦めた時、たまたま隣で治療うけていた下忍が亡くなったんだ。その下忍は全身ボロボロだったけど片方の目だけは無傷で、医療忍の咄嗟の判断でカカシさんにその目が移植されたわけなんだけど」
「ソイツが写輪眼だったってわけですかい?」
「随分死んだからうちはの誰の目を貰ったのかはわからず終いなんだがな。しかも赤く発動した状態の目を移植されたからカカシさん、随分苦労したんだよ。結局、普通の目としては使えなくて、かといって写輪眼として使えるわけもないし、しょうがないから眼帯代わりに額当てをな、斜めにかけてるんだ」
「「えぇっ」」

さりげなく爆弾発言だ。移植されたのがたまたま写輪眼だっただけで、オビトとは何の関係もないなんて。しかもこっちのカカシは写輪眼を使えない。

「にしたってこっちのオレ、何やってんのよ…」

カカシはどこか呆然と呟く。たとえ写輪眼を使えなくても中忍どまりというのに納得がいかない。写輪眼がなくても自分は上忍になったし、十分戦えるはずなのに。衝撃が大きすぎて石化しているカカシの肩から頭に子猫はよじ登った。硬直した体では頭にしがみつかないと危なくっていけない。

「えぇ〜っと、あにさん」

子猫は慎重に言葉を選んだ。

「それじゃあカカッさんは六歳で中忍に昇格してからずっとそのままってことで?」
「は?六歳で中忍?」

イルカが一瞬、ぽかんとなった。

「誰が六歳で中忍になったんだ?」
「え?だからカカッさんがでやすね、六歳で中忍になってから」

イルカが盛大に吹き出した。

「六歳でカカシさんが中忍?なに言ってんだ」

げらげらと笑う。

「中忍っていったら隊長クラスなんだぞ?六歳ってほんの子供じゃないか。そんな子供がなれるほど中忍甘くないって」

笑いすぎて滲んだ涙をイルカは指で拭った。

「六歳で中忍ってなぁ、そんな天才がいたら見てみたいもんだ。」

目の前にいるんですけど…

カカシはふっと意識が遠のきそうになる。いったいこの世界の自分は何をやっているんだ。

「あにさん、あにさんが中忍になった年ぁ16でやしたね」
「あ?なんで知ってんだ?」
「……まぁ、色々でさ」

いぶかるのを子猫は適当に誤魔化す。

「で、カカッさんはいつ中忍に?」
「あぁ、昇格したのは今月からだけど?」
「!!!!!」

カカシも子猫も絶句した。この年まで下忍だったというのか。こっちのカカシの実力がその程度だったのか。

「今まで下忍…」

サラサラと意識が白く崩れていく。イルカといえばそんなカカシの様子には気付かないようで、頭の上の子猫に明るく笑った。

「確かに今まで下忍だったけど、カカシさんの潜在能力は凄いんだぞ。みな、知らないだけなんだ。わかってるのはオレとガイ上忍くらいだけど」

子猫の鼻に指を差し出す。

「みてろ、いずれは里一番の忍びになる。そのうちホントにビンゴブックに載るような凄い忍びになって、二つ名だってつくんだからな」

イルカはニパッと嬉しそうな顔をした。

「そうだ、その時は写輪眼のカカシ、って二つ名がいいな」

ね、カカシさん、と言われても何と答えていいやら、カカシはただ口をパクパクさせる。ふふ、とイルカがカカシの肩に手をかけた。

「相変わらず恥ずかしがり屋さんですねぇ」

頬にちゅ、と軽く口づけてくる。

「じゃあ、オレ、仕事戻ります。先に帰って休んでいて。なるべく早く帰りますから」

もう一度頬にキスすると、イルカはアカデミーの校舎へ駆けていった。ボケッと突っ立ったままカカシはその後ろ姿を見送る。

「こっちのあにさんは積極的でやすねぇ」

子猫が感慨深げに言った。だがカカシの反応はない。

「ありゃ、カカッさん?」

頭の上からカカシを覗き込む。

「嬉しくねぇんで?」
「オレ、もうすぐ三十よ…」

ぼそ、とカカシが呟いた。

「三十…なのにこっちのカカシは上忍どころか特別上忍にすらなれていない」
「そっそりゃあ…でもまぁ、階級は中忍でやすが任務はちゃんとやってるようでやすし…」
「そういう問題じゃない…」
「たまには出来の悪いカカッさんもいるってことで」
「そういうこと言ってんじゃないのよ」

カカシが頭を振ったので是清は転がり落ちそうになる。

「カカカカカッさん、アブねぇじゃ…」
「ねぇ、是清」

カカシは両手を広げじっと見つめた。

「オレはねぇ、大事なものをぽろぽろ取りこぼして、全然守ることが出来なくて…」

手を握っては開く。

「だから必死に強くなろうとした。強くなった。そりゃあオレより強い奴はゴマンといるし、相変わらずオレの手は取りこぼしてばかりだけど」

ぎゅっと両手を握りしめた。

「それでも、少しでも強けりゃ守れるもんだって出てくる。守れるようになる。なのにこっちのオレときたら…」

ガン、と受付棟の壁を叩く。バラバラと外壁が崩れた。

「自分の身を守るどころか、大事な人に庇われて、その人が傷を負わされても何も出来ずに…」

カカシは低く唸った。

「何やってんだ、こっちのオレっ」

拳が震えた。この世界の自分への怒りだ。激情が腹の底から沸々と沸き上がってくる。今まで、別世界のカカシ達にもそれなりに腹を立ててきた。イルカを悲しませたり悩ませたりする『カカシ』がもどかしくて、向かっ腹の立て通しだった。しかし、『イルカを世話役にしたカカシ』も『仏のカカシ』も、どちらも自分と同じくらい強かった。性格はどうあれ、『カカシ』は強さを磨く鍛錬だけは怠っていない。なのにこの世界の『カカシ』はどうだ。才能がないはずはない。それでいてこのていたらく、目の前にいたら問答無用で殴っている。頭の上の子猫がぴょい、と肩に飛び移った。

「ここにいねぇ奴に腹立てていてもしょうがありやせんや」

ぱたぱたと長いしっぽで肩を叩く。

「チンタラ様子うかがってるのも業腹でやす」

くふ、と笑う。

「暴れちまいやすかい?」
「そだね」

カカシもにんまりとした。

「手っ取り早くさっきの連中、締め上げて事情聞き出そうか。人の親父を反逆者よばわりするわイルカ先生を脅すわ、腹立ってたまんないしね」
「そういや、前の世界じゃナルトの小僧達に会いやせんでしたが、こっちじゃどうなんでやしょうねぇ。」

〜中略〜

 

小さな呻きが聞こえた。あまりに憔悴したその姿にカカシはそっと物陰から姿を現す。

「……あの…」

綱手が顔をあげた。

「あの、大丈夫ですか?」

近寄って初めて気付いた。この世界の綱手は若作りの変化をしていない。年相応の姿だ。目元には皺があり、豪華な金髪にも白髪が混じっているが、元々の美貌は損なわれることなく、かえって威風堂々とした風格がある。

「こう言っちゃあなんでやすが、乳ババァ、かえって若作り変化、しない方がいい感じでやす」

子猫が耳元に囁いた。

「同感だね」

カカシも頷いた。上手に年を重ねた美女という感じで、自然と親しみや尊敬の念がわきおこる。

「帰ったら綱手のババァに言い聞かせやしょう」
「確かに、もったいないよね。こんないい感じに年重ねてるのに」

ゆっくり近づくカカシの姿を認め、件の女傑はふっと表情を和らげた。

「みっともない所をみせてしまったね」

ふわりと笑う。

「カカシん坊。」

え?カカシん坊?
それってオレのこと?

思わず子猫を見ると、頷かれた。ヒゲがひくひくしているのは、明らかに笑いを堪えているのだ。綱手はカカシが側までいくと、くしゃりと銀髪をかき回した。

「どうした、カカシん坊。また苛められたのかい?」

おいおい、こっちのオレ

カカシは目眩を堪える。

どんだけ情けない奴だ、こっちの『カカシ』は。

ふと、銀髪をかき回す綱手の手が止まった。じっと探るように自分を見つめている。

「あ、え〜っと、」

カカシは慌てた。異世界のカカシだと気取られるにはまだ周囲の状況があやふやすぎる。

「さっき、上忍連中が絡んできて…」

綱手の眉間に皺がよった。カカシは更に焦った。

「いっいえね、イルカ先生が来てくれたんで、その…」

綱手はじっとカカシを見つめる。どうにも居心地が悪い。もぞもぞしていると、綱手は緋色の目を細め笑った。

「イルカは本当にお前を大事にしてくれるねぇ。いい恋人じゃないか。」
「はぁ、まぁ…」

一つ頷いた綱手は、ごん、と軽くカカシを小突いた。ここの綱手も馬鹿力で、結構な衝撃が来たが、カカシはなんとか踏みとどまる。

「手が空いたら修行つけてやろう。お前も自分の身くらい守れないとね」
「はぁ、すいません…」

身を縮めるカカシの頭を綱手はもう一度くしゃりとかき回した。

「カカシん坊、もうちょっと自信持ちな。お前は天才なんだ。その才を埋もれさせたままなんて、自来也やミナトが里にいたら何て嘆くか」
「…え?」

自来也やミナトが里にいたら?それはどういうことだ。だが問い返そうとした時、医療棟の式が綱手を呼びにきた。綱手が厳しい顔つきになる。それからもう一度柔らかくカカシに微笑んだ。

「時間が空いたら式を飛ばすからこっちに寄りな。まったく、捨て猫拾ってる場合じゃないよ」

言葉とは裏腹に優しい手つきで是清を撫でると綱手は瞬身で消えた。子猫がムッとしっぽを揺らす。

「どこ行ってもあっしぁ捨て猫扱いでやす。」
「ははは…」

力なく笑い、カカシは額を押さえた。ほんっとうに事は深刻だ。苛められっこの写輪眼のカカシに武闘派の四代目、医療忍扱いすらされていない綱手姫、しかも自来也が里にいないのは確実で、気にかかるのはミナトも里にいないと綱手が言ったことだ。

「さって、どうするかねぇ。」

先生が生きているのならば会いたい。だがその前にこのわけのわからない世界で自分はどうすべきなのか。腕組みするカカシの肩で子猫が嘆息した。

「やっぱあの上忍どもを締め上げやしょうや。何が何やらさっぱり見当がつきやせん。」

確かにそうだ。確かめたいことが山ほどある。うーん、と唸っていると、里内用の式がパタパタ飛んできた。カカシの頭上を旋回すると、すぅっと手元に降りてくる。

「あれ、イルカ先生からだ。」

イルカのチャクラをまとった式は、カカシの手の中でぽん、と開いた。

『急な残業が回ってきました。帰り、遅くなるんで、先に飯食って休んで下さい。』

イルカの声でそう言うと、白い鳥形の式は煙になった。

「イルカ先生、やっさしー。」

唯一の救いはベタベタ甘やかしてくれるイルカの存在だ。

「なんか、ちゅーしてくれるセンセってのもいいよね」

思わず相好が崩れる。ぺし、と頬に子猫の肉球が押し付けられた。

「ニヤけてる暇はありやせんぜ。まずは腹ごしらえして、そっから動きやしょう。」

初冬の日暮れは早い。気がつけば西の空が赤く染まっている。

「ツンデレイルカ先生の弁当、食べてから飛ばして欲しかったよねぇ。」

木枯らしに首をすくめぼやくカカシに子猫はくふくふ喉を鳴らした。

〜中略〜

中からドアが開いた。

「自来也の使いが来たってのは本当かい?」

出てきたのは綱手だった。目の前のカカシを見て一瞬動きを止める。

「カカシじゃないか」
「いや、カカシに変化しているだけの別人です」
「なんだって?」
「うちはの生き残り、写輪眼使いです。恐ろしく強い。カカシは別なところに保護してあるそうです」

誰もそんなことは言ってない。カカシは額に手を当てた。コイツを通すと話がややこしくなる。綱手にどう説明しようかと逡巡していると、当の綱手からじっと見つめられた。何かを探るような真剣な眼差しだ。

「綱手姫?」

アスマが怪訝な顔になる。

「そりゃおかしいねぇ。猿飛」

綱手はゆっくりと視線を移した。

「たった今、その自来也からの使いがアタシの所に来たところだよ」
「え…?」
「お前もよく知った人物がな」

綱手が体をずらし室内に二人を促す。一歩中へ入ったカカシはぎくり、と身を強ばらせた。奥の椅子に短い黒髪の老人が掛けている。片目を包帯で覆った老人、カカシの世界でもよく知っているその人物は

「……ダンゾウ」

カカシは小さくその名を呟いた。カカシの世界でも他に飛ばされた世界でも、火影直属であるはずの暗部の一部を『根』として己の下に置き、里のためと称して常に暗躍する老人、三代目と同期でありながらその思想は真逆であるその老人が何故綱手の部屋にいるのだ。もしかしたら綱手やアスマですら気付いていない、とんでもない陰謀がすすめられているのだろうか。
ドアの所で立ち尽くすカカシを認め、老人は手にした杖を支えにゆらり、と立ち上がった。カカシはどんな対処も出来るよう全身に気を巡らせる。背中に冷たい汗が流れた。ダンゾウの力は謎に包まれている。三代目と並ぶ実力の持ち主だけに油断がならない。ダンゾウの闇色の瞳がじっとカカシを見つめた。底なしのウロのような目だ。

「カカシ…」

地の底から響くような声が名を呼んだ。カカシの背に緊張が走る。ダンゾウが一歩こちらへ踏み出した。咄嗟に綱手を背に庇うように身構える。何か仕掛けられても綱手だけは守らねば。

「坊ちゃま…」

綱手はこの世界でも大切な…

「カカシ坊ちゃま〜〜〜っ」
「わ〜〜〜〜〜〜〜〜っ」

ダンゾウが飛びかかってきた、というか、抱きついてきた。

「坊ちゃま、大きくおなりあそばして〜〜〜」
「ぎゃ〜〜〜〜〜っ」
「お会いしとうございました〜〜〜」

思わず殴り倒していた。立場がご意見番クラスだとか、目上だとか、お年寄りだとか、そんなものは頭から吹っ飛んでいる。

「何っ、何なのっ」
「ぼぼ坊ちゃま」

足下のダンゾウは、なのにカカシの足首をとらえ頬ずりしてきた。

「坊ちゃま、なんとたくましくご立派になられて」

喜びに満ちた目で見上げてくる。

「げぇっ」

背筋にゾッと震えが走り、カカシは部屋の隅まで飛び退った。

「こっこっちのダンゾウは変態なのっ?」
「変態でやすっ」
「変態だなんて坊ちゃま、酷うございますぅ〜」

ダンゾウは床に正座した。

「お小さい頃よりお側でお守り申しあげてまいったダンゾウめをよもやお忘れとは」

さめざめと泣きはじめる。

「やはりあの時、お側を離れるのではなかった〜〜〜」

きゃ〜〜〜〜〜

もう悲鳴も出ない。もしかしてこれはダンゾウの精神攻撃なのだろうか。だとしたらすでにダンゾウの術中にある自分の命運は断たれたも同然、すさまじい破壊力だ。部屋の隅の壁に貼り付いて硬直していると、綱手がスッとダンゾウの横に立った。

「お前、乳父のダンゾウ様がわからないのかい?」
「えっ?」

乳父って何っ?

貼り付いたまま綱手とダンゾウを交互に見る。綱手はさめざめと泣くダンゾウの肩を優しく叩いた。

「もうお泣きなさいますな。あれほど慈しんでお育てになったカカシがあなた様を見忘れるなどありますまい。これは別人でございますよ」

綱手の後ろからアスマも声をかけた。

「そうです、ダンゾウ様。この人はカカシに変化しているだけで自来也様の使いの…」
「変化などではないわ、たわけっ。この儂がカカシ坊ちゃまを見間違うとでも思うたかっ」

キッと顔をあげたダンゾウがアスマを一喝した。

「だいたい、自来也殿の使いは儂じゃ、何を寝ぼけておるかっ」
「え…」

アスマはぎょっと目を見開いた。

「じゃあコイツはいったい…」

愕然とカカシを見つめるアスマを綱手がじろりと横目で睨んだ。

「猿飛、お前もたいがい粗忽者だね。確認もせず連れてきて、ソイツがもし敵の手の者だったらどうする気だったんだい?」
「なっ…」

アスマの体から殺気が噴き上がった。

「貴様…」

ビシ、と部屋の空気が鋭く尖る。ギッ、と射殺さんばかりにカカシをねめつけアスマは吠えた。

「貴様、上層部の犬だったのか」
「え?えぇ?」
「騙しやがったな」
「ちょっ、なっなんで?」

騙すも何も、勝手に独り合点したくせに言いがかりも甚だしい。しかしアスマはすでに臨戦態勢だ。

「なんでそうなんのっ」

カカシが焦って手をばたつかせた。話をする間もない、というか、こっちのアスマはどうしてこう短絡的なのだろう。

「あのねぇ、アスマ、こんなとこでバトルやってる場合じゃ、ちょっと綱手様、綱手様が変な事言うから…」

だが、心配する必要はなかった。綱手の拳骨とダンゾウの肘鉄がアスマを直撃する。

「ぐへっ」

床に這いつくばった巨体に二人の叱責が落ちた。

「だからお前は粗忽者だって言うんだよ。よりによってダンゾウ殿がカカシん坊を見間違えるわけがないだろ?」
「儂の言ったことを聞いておらなんだかっ、ヒルゼンの息子がなんたる様ぞ」
「あ?」

涙目で見上げるアスマに綱手はやれやれと首を振った。

「変化じゃないのさ。コイツは確かにカカシだよ、だが…」

綱手は眉をひそめる。

「アタシの可愛いカカシん坊でもない。お前」

緋色の目がまっすぐにカカシを射抜いた。

「いったい何なんだい?」
「さっきからそれを説明したかったんですけどね」

はぁ、とカカシは息をついた。やっと話が出来そうだ。やれやれと壁から離れる。だがダンゾウからはしっかり距離をとった。また抱きつかれてはたまらない。さっきまでダンゾウが掛けていた椅子を引き寄せ腰を下ろし、それからぐるりと部屋を見回した。板張りの壁に作り付けの本棚と書物机しかない部屋は酷く質素だ。

「比類なき医療忍者に対してなんて冷遇ぶりだろうね…」

自然、表情が険しくなった。子猫が肩の上でぱたぱたしっぽを振る。

「あっしらが初めに飛ばされたとこより酷ぇ世界でやす。第一、カカッさんが坊ちゃんでやすからねぇ」
「そうだ、それだよ、綱手姫」

カカシは不機嫌丸出しに言った。

「綱手姫といいそこのダンゾウ様といい、三十前の男をつかまえて坊ちゃまはないでしょ?情けなさ過ぎませんか?いやもう、呼ばれたときは目眩がしましたよ」
「三十前?」

だが、綱手は妙な顔をする。

「三十前といったか?」
「そうですけど?」

何を年齢なんかで引っかかっているのだろう。大事なことはそこじゃなかろうに。むっとしていると綱手はさらに念を押してきた。

「お前はもうすぐ三十歳なのか?」
「もー、オレの年が何です?今年で二十九になりましたけど、別に体力が落ちてるわけじゃないし任務に支障は…」
「「二十九ーーーーっ?」」

素っ頓狂な声をあげたのはアスマとダンゾウだ。綱手が顎をしゃくった。

「カカシ、お前、その口布取りな」
「はい?」
「いいから、素顔見せな」

強い語調にカカシは渋々口布をおろす。アスマとダンゾウがぎょっとカカシを凝視した。

「二十九、坊ちゃまが二十九才…」
「なっなに?」

黒い目が熱を帯び始める。嫌な予感にカカシは椅子から腰を浮かせた。子猫がカカシの頭に避難する。

「坊ちゃまぁ」
「うわっ」
「ぴゃっ」

やはりというか、バネ仕掛けのようにダンゾウが床から飛んできた。

「なんとまぁ、苦みばしったイイ男になられて、じいは嬉しゅうございますぞーーーっ」
「ぎゃあああ」

思わず両手を突っ張った。ダンゾウがコロコロと部屋の向こうまで転がっていく。

「カカシ坊ちゃま…はっ反抗期でございますね…」

転がったままダンゾウがヘラリ、と笑み崩れる。

「反抗期の坊ちゃまもまたかわゆうございますなぁ」
「綱手様っ、なんとかして下さいっ」
「気色悪いでやすっ」

ダンゾウを同時に指差すカカシと子猫に綱手は眉を下げた。

「そう言ってやるな。ダンゾウ様はお前が、カカシん坊のことだがな、生まれたときからずっと世話をしてきたのだ」
「え?」

カカシは目を瞬かせる。綱手が頷いた。

「木の葉を逐われるまで、はたけ家といえば富豪の名家でな。ダンゾウ様の家は代々、そのはたけ家の執事をつとめていた。たまたま忍びの才に恵まれたダンゾウ様は猿飛先生と同期で里のご意見番をつとめておられたのだがな」

カカシの世界とは全く違う。唖然とするカカシに綱手はどこか遠い目をして言った。

「母親がお前を産んですぐに亡くなったのをたいそう不憫がられて、自分が育てるとご意見番を退いてはたけ家へ戻られたのさ。サクモは任務で忙しかったし、他にも執事や働き手はいたんだが、まぁ、なんというか、もともとサクモを育てたのもダンゾウ様だったからね。お前のことも人にまかせたくなかったんだろう。目の中にいれても痛くないほどの可愛がりようだったね。サクモとミナトが出奔してからはお前を守るためそれこそ体を張っておられたよ。だから里を逐われてからもお前のことが心配でたまらなかったのさ」

本当にカカシの世界のダンゾウとは正反対だ。しかもはたけ家が富豪の名家って、話に聞く『カカシ』がどうも坊々臭いのはそのせいだったのか。唖然としているカカシに綱手は苦笑いした。

「まぁ、今年の秋二十歳になったばかりと思っていた『カカシん坊』がいきなり一人前の忍びの顔して出てきたんだ。はしゃぎたくなる気持ちも汲んでやれ」
「へ?……今、なんて…?」
「はしゃぎたくなる気持ちも」
「いえ、その前…その…今年いくつですって?」
「二十歳だ」
「………え?」
「だからカカシん坊は今年、二十歳になったばかりなんだよ」
「「………ええええええーーーーっ」」

椅子から転げ落ちそうになる。二十歳、こっちのカカシは二十歳?

「さて」

半ばパニックのカカシに綱手は重々しく宣言した。

「本題だ。お前が何者なのか、詳しく聞かせてもらおうか」

椅子の背につかまり、カカシはこくこくと頷いた。ホント、勘弁してよ、と心中ぼやきながら。

〜中略〜

 

その時、道の向こうからイルカの気配が近づいてきた。子猫がピン、と耳をたてる。

「あにさん、帰ってきやした」
「ホントだ。小腹すいてるかもしれないから、なんか夜食でも用意しよ」

立ち上がりかけたカカシの袖を子猫の小さな爪が引っ張った。

「こっちのカカッさんが夜食なんて気の利いたこと、しやすかね。まだ二十歳の若造でやすぜ?」
「あぁ、そっか」

すとん、とカカシは座り直す。

「こっちのオレは二十歳の若…」
「………」
「……………」
「「二十歳ーっ」」

一人と一匹はがば、と顔を見合わせた。

「わっ忘れてやしたっ」
「どうしよう、オレ、二十歳ってどうしようっ」

カカシが子猫の前に顔を突き出した。

「ね、二十歳で通る?通りそうっ?」
「………目尻に小じわが」
「ああああああ」
「歳月の積み重ねはやっぱお肌に…」
「あああああああああ」

カカシは頭を抱えてのけぞった。

「だよねっ、二十歳と二十九歳じゃ肌の張りも違うよねっ」
「今度は三十前って言わねぇんですかい?」
「まだ二十代ーーーっ」

イルカの気配がどんどん近くなる。おろおろとカカシは狼狽えた。

「もう諦めて全部話しちまったらどうでやす?」
「や、それもありかもだけどっ」

綱手達に話したのだからイルカにも自分のことを打ち明けても構わないかと一瞬思う。だが、やはりそれはマズい。もし二十歳の自分とイルカになんらかの問題があったなら、それを解決しないことには時空を飛べないような気がするのだ。なんの根拠もないが、妙にそれだけは確信に近い。なのに最初から別次元のカカシです、と打ち明けてしまったら、問題自体が見えてこないではないか。がち、とドアノブの回る音がした。

「あわわ」

とりあえずぐい、と口布を引き上げた。

「ただいま、カカシさん」

ひょこり、とイルカが居間に顔を出す。

「おおおおおかえりなさいっ」
「はい」

にこ、と笑いイルカは洗面所に消えた。帰ったらちゃんと手を洗う、こういうところはどの世界のイルカ先生も一緒だなぁ、などと一瞬へらりとする。

「なにを呑気な」

ぺち、と肉球パンチが飛んできた。

「あっしゃもう知りやせんぜ」
「ちょっ、そんな、是清〜」
「カカシさん、晩ご飯、ちゃんと食べました?」

オタオタしている間にイルカが居間に入ってきた。

「あ、はっはいっ」

ビッ、と背筋を伸ばしたカカシの前にすとんと腰を下ろす。

「昼はバタバタしちまってゆっくりおかえりなさいが言えなかったですね。どこも怪我はありませんか?」

カカシの頬を両手で包んだ。そして僅かに首を傾げる。

「まだ口布あげっぱなし」

ふわ、とイルカは微笑んだ。

「もう大丈夫、ここはあなたの家です。苛めたりする人はいないでしょう?」
「げ…」

こっちのオレ、なんつー情けない。

おのが不甲斐なさに目眩を感じた時、するりとイルカの手が口布を下ろした。

「わわっ」

柔らかく唇をはまれる。

わーーーーっ

イルカからのキスだ。本当に、この世界のイルカは積極的というか何というか

「年下万歳っ」
「はい?」
「いいいいえっ、何でもっ」

カカシは万歳した手をぶんぶんと振る。

「にに任務疲れたなぁって、なんたってオレ、中忍だからっ」
「そうですね、中忍になって初任務ですもんね。ご無事でなによりです」

そう言ったイルカがふと、怪訝そうに眉を寄せた。じっとカカシの顔を見つめてくる。

ヤバ…

やはり二十歳というには無理がありすぎたか。どう言い訳すればいいだろう。イルカは食い入るようにカカシを見つめている。

「あっあのぅ…」

内心ダラダラ冷や汗をかくカカシに、しかしイルカは花が咲くように笑った。

「流石だ。たった一度、ランクの高い任務に出ただけでこんなにも落ち着きがでるなんて」
「……はい?」
「随分と大人びて、任務前とは別人のようです」

いや、別人だから!

カカシと子猫は心の中で同時に突っ込みをいれた。もちろん口には出さない。よくわからないまま曖昧な笑みをはりつけていると、イルカは嬉しそうに何度もカカシの頬を撫でた。

「ね?いつも言っているでしょう?あなたはまだまだ強くなれる。大きく成長出来る。自分を卑下する必要なんてないんです」

おいおい、こっちのオレ、普段どんだけ卑屈なのよ?

なんだかもう、我ながら殴り飛ばしたい気分だ。子猫がヒゲを震わせ笑いを堪えているのがちら、と見えた。笑う事ないでしょ、と子猫を突つこうとした、その手をするり、と撫でられた。

え?

いつの間にかイルカがカカシの体に乗り上げんばかりに密着している。

「あっあのっ、イルカせん…」
「カカシさん」
「はっはいっ…」

イルカの黒い瞳がとろりと溶けた。

「シましょ?」
「はっはっはぃ…えええええーーーーっ」

あのイルカが「シましょ」って、あの朴念仁が「シましょ」って自分からっ

半ばパニックになっている間にもイルカが体重を預けてくる。

えええっ

ジー、とベストのジッパーが下げられた。

何センセ、積極的、ってかオレ、確かこっちじゃ年下だよね、ってことは、え?もしかして逆?逆なの?

「カカシさん…」

うっとりとイルカが名を呼ぶ。

「可愛い…」

甘い声。

逆でもオケーッ!!!

こんなに色っぽく迫ってもらえるならもう何でもいい。思わずガッツポーズを決めた時、えほん、と小さな咳払いが聞こえた。子猫だ。

カカッさん、アホでやしょ

何も言わないが藍色の目がそう言っている。そうだった、あまりに美味しい展開につい理性が飛びかけたが、このイルカはカカシの世界のイルカではない。どの世界のイルカのためにもイタすわけにはいかないのだ。

「ちょっ待って待って待って」

カカシは慌ててイルカの下から這い出した。

「カカシさん?」
「や、だからそのっ、ねっ?」
「あぁ」

イルカが何か納得したように手を止めた。やけにあっさりだな、とは思いつつもホッと胸を撫で下ろす。だが、それも束の間、イルカが満面の笑みで言い放った。

「大人びたと思っても恥ずかしがり屋さんは相変わらずですね。またお風呂に入ってないからって言うんでしょ」

そんなこと言うのオレーーッ

イルカ先生じゃあるまいし、とうっかり声に出しそうになる。だがそんな悠長なことはいってられない。イルカが再びのしかかってくる。

「お風呂はあとで一緒に入りましょ。オレのこと、洗ってくれるんでしょ?」

いや、洗いたいのは山々ですけどーーっ

「それとも洗って欲しい?」

ね、と流し目で微笑まれた。凄まじい色気だ。これ以上迫られたら理性が飛ぶ。

「ややや、だからね、そうじゃなくてっ」

あわあわとカカシは後ずさった。

「いっいったん落ち着きましょ、せんせ、ね?」

ぶんぶんと両手を横に振る。

「カカシさん…」

イルカがスッと目を細めた。急にイルカの纏う空気が変わった。黒い瞳が険しい色を浮かべる。

「あなた、まさか…」
「えっ?えっとっ…」

ヤバい、さすがに気付かれたか。イルカが冷え冷えとした目で見つめてくる。部屋の温度が確かに数度下がった気がしてカカシは慌てた。

「あっあのぅ、実はですね、実はオレは…」
「まさか任務中、オレ以外の誰かを抱いたんですか」
「オレはこの世界の…はい?」

今日、何度目かの意味不明な展開だ。ぽかんとしているとイルカがぐっと腕を掴んできた。上忍であるカカシが驚く程の力だ。

「誰です、いったい誰を抱いたんですっ」
「はぇ?」

色んな意味でリアクションがとれない。

っつか、やっぱ年下でもオレが上なんだ〜

年上でもイルカ先生、可愛いもんね、などとつい呑気なことを考えていたら突然イルカから殺気が迸った。

〜中略〜

 

カカシの世界に飛ばされた落ちこぼれ中忍カカシのお話

 

ちらちら舞い散る花吹雪の中、銀髪の男は微笑んでいた。
人タラシのカカシさん
仏のカカシ、写輪眼菩薩の異名をとる別な世界のカカシさん

「が消えたーーーーーっ」

どたどたと職員室にイルカは駆け込んだ。

「仏のカカシが消えたんだ。だからどっかにまたカカシ先生が出るはず、探してくれ、今度こそオレのカカシ先生帰ってたかもっ」
「なんかデジャブ」
「だな」
「そのうちまた誰か駆け込んでくるんじゃね?」

職員達は椅子にかけたままずずーっとお茶をすすった。イルカが焦れて手を振り回す。

「何のんびり茶飲んでんだよ、タラシのカカシが消えたんだってば」
「うんうん」
「だったら別なカカシが出るだろっ」
「そうだなそうだな」
「じゃあ探しにいかないとっ」
「大丈夫だって。また誰かが…」
「出たーっ、はたけ上忍が出たーーーーっ」

同僚が駆け込んできた。皆、顔を見合わせ頷く。

「ほらな」
「なっ」
「そんでもって泣いてるーーーっ」
「「「はぁっ?」」」

今度は全員立ち上がり、イルカを先頭にバタバタと職員室を飛び出した。
前回同様、アカデミーの裏庭にまわると、タニシとカンパチが何やら必死になっている。その前では銀髪の忍びが俯いていた。

「ありゃ別な世界のはたけ上忍だな」
「あああ〜」
「確かめる必要ねぇくらい別人だな」
「あああああ〜〜」
「「イルカ、倒れるならやるべきことやってから倒れろ」」
「あああああああ〜〜〜」

走りながら頭を掻きむしる。俯いていたカカシが顔をあげイルカ達を見た。口布に斜めがけの額当て、姿形は同じなのに、なんだか妙に儚げだ。晒された蒼い瞳には涙の粒が盛り上がっている。

「イルカ先生…」

小さな声が名を呼んだ。ぽろ、と涙の粒が頬を滑り落ちる。

「うおぉっ」

思わず前につんのめった。それは同僚達も同じで、皆で仲良くその場に転けた。

「えっええ?」
「おい、イルカ、何とか言ってくれよ〜〜」

顔をあげたイルカ達に駆け寄ってきたのはカカシではなくタニシとカンパチだった。

「はたけ上忍、って呼んだらオレら、責められたんだよ〜〜」
「何でそんな風に呼ぶのかっつーからさ、カカシ上忍って言い直したら」
「泣かれてさ〜」
「「オレら、どうなっちゃうわけ〜〜?」」

こっちも半泣きだ。わ〜ん、と取りすがる二人をイルカは身を起こしてぺい、と引きはがした。

「えぇい、泣くな、野郎の泣き顔なんざうっとーしーだけ…」

イルカは途中で口をつぐんだ。びくりと身を震わせカカシが一歩、後ずさったのだ。

「え…いや、カカシさんじゃなくてオレはコイツらのことを…」
「ごめんなさい…」

小さな小さな声、カカシはまた俯いてしまう。

「ごめんなさい先生、オレ…」
「や、あのっ…」
「イルカぁ、はたけ上忍に何て事いうんだよぉっ」
「お前の心ない一言で上忍、心を痛めてらっしゃるじゃないかぁっ」

戸惑うイルカに対して同僚達の立ち直りは早かった。ガバリ、と立ち上がるとカカシの側へ駆けつける。

「驚かれましたよね、はたけ上忍っ」
「オレ達が説明します。お心を安らかになすってください上忍っ」
「まずは職員室へご案内します、はたけ上忍、こちらへっ」
「さくら餅、ありますよっ」
「ちょっ待てっ、何でお前ら、そんな張り切ってんだよっ」

同僚達の襟首つかんで引き戻すとでへへ、と全員ヤニ下がっている。

「だってこのはたけ上忍、なんか可愛くね?」
「庇護欲かきたてられるっつーかさ」
「今まで存在感凄いのばっかだったし」

それからカカシに向ってニカ、と満面の笑みを向けた。

「「「さ、はたけ上忍」」」

だが、カカシは顔を青ざめさせますます後ずさった。

「はたけ上忍?」
「何で…」

わなわなと唇が震えている。

「なんでそんな嫌がらせ…」
「はい?」
「他の人達だけならまだしも、タニシやカンパチまでオレのこと…」
「うぇぇっ」

死にそうな悲鳴を上げたのはもちろんタニシとカンパチだ。

「はっはたけ上忍っ、誤解ですっ」
「オレら、別にはたけ上忍のこと」
「また上忍って、なんでそんなわかりきった意地悪するの?こないだオレの中忍合格、お祝いしてくれたのに、がんばれよって、オレ達ガイ班は永遠だって言ったのに、はたけ上忍ってそんな嫌味言うのっ?」

「「「「…………」」」」

イルカをはじめ全員が顔を見合わせた。なんだか引っかかる単語が強烈すぎて頭の整理が追いつかない。

「……何から確認しようか」
「中忍合格っつった?」
「ガイ班…?」

ちら、とカカシを見ると、涙を一杯にためた目でこっちを睨みつけている。だがその姿は可愛いだけで全く迫力がない。

ありゃ?

全員首を傾げた。はたけカカシといえばいくら普段飄々と気の抜けた風でも、じろりと一瞥されただけで中忍クラスなら腰が抜ける。本人にそのつもりはなくとも、里最強の忍びの凄みというのは生半なものではないのだ。なのにこの「はたけカカシ」は…

「え〜っと、あのですね、最初に確認させていただいてもいいですか?」

皆に背中をおされて前に出たのはやはりイルカだ。カカシの表情が僅かに弛んだ。

「あの、オレとあなたは付き合ってるっていうか、恋人…ですよね」

「そっちから聞くんかいっ」
「イルカ、バカじゃねーのイルカ」
「聞くなら中忍合格の単語だろっ」
「オレらがガイ班って謎を解けよっ」
「うるせぇ、オレには最重要課題だ」

外野の非難はまるっと無視だ。コイツらに構っている暇はない。

「えっと、オレはあなたの恋人でしょうか?」

カカシの蒼い目が見開かれた。

「先生…」

明らかに傷ついた、という色を浮かべている。慌ててイルカは両手を胸の前で振った。

「あっ、いや、誤解しないで下さいよ。オレは恋人希望です。この世界のカカシ先生とオレは一緒に暮らしてるもので」
「先生、何言ってるの?カカシ先生って、オレ、先生じゃないよ?」
「えっとですね、つまり…」

カカシはキッとイルカを睨んだ。

「先生までオレをからかうの?二年前から一緒に暮らしてるじゃない。オレの十八の誕生日に先生がプロポーズしてくれたんでしょ?」

「「「「えっ!」」」」

イルカだけでなく全員が声を上げた。カカシはますます悲しそうな顔をする。

「何故驚くの?タニシもカンパチも知ってることじゃない」

じわ、とまた涙を浮かべる。だが皆、それどころではなかった。

「十八っ?二年前が十八っつったか?」
「えっ、何?じゃあ今、ええっ?」

わぁわぁと大騒ぎだ。

「はたけ上忍、つかぬことをうかがいますが」
「っつーか、まことに僭越でありますが」

イルカを押しのけアカデミー職員一同、がばりと詰め寄った。

「「「「上忍は二十歳でいらっしゃるんですかっ」」」」
「……オレ、上忍じゃないです。二十歳ですけど、中忍になったばっかりです」

「「「「「ええええええーーーーーっ」」」」」

天を裂かんばかりの驚愕の叫びが響く。バリン、とどこかで窓ガラスが割れる音がした。

 


 
     
 

(オフ本「是清万華鏡中忍カカシ編」です。別世界のカカシは綱手に助力して里を立て直すのに四苦八苦してます。カカシを弱いと思いこんで嫌がらせする連中に鉄槌をくだします。一方の弱っちいカカシを抱えたイルカてんて、その性根を叩き直せるのか。七年後の話は是清万華鏡イルカお礼巡り編2です)