是清万華鏡メガネっ子イルカ編試し読み
 

是清万華鏡眼鏡ッ子イルカは何だか勝手が違う編


『公の場で馴れ馴れしくしないで下さいと何度言えばわかるんです?』

『オレはまだ仕事中なので失礼します。』

『夕方から受付ですので遅くなります。飯はいりませんから。』

「ツンデレだよねっ、きっときっとツンデレだよねっ。」
「デレてやせんぜ?目が冷ややかでやしたぜ?」
「ほらっ、今は公の場だからっ、デレの部分は二人っきりの時なんじゃないっ?」
「さっきは二人っきりでやした。」
「そっそれはほらっ、アカデミーの敷地内だからっ…」
「カカッさぁん」

ちっちっち、と小さい前足を子猫が振る。

「逃避じゃ問題解決しやせんや。」

ガクリ、とカカシは地面に手をついた。

「ここも…この世界のオレもなんかイルカ先生とこじれてるっぽい?」
「そのようでやす。」

うなだれるカカシの肩で雑巾色の子猫はふるり、とヒゲを揺らした。

 

見かけは生後十日の子猫だが実は齢二百歳の化け猫、千手院是清と木の葉の上忍、はたけカカシは梅の香る季節、何の拍子か別次元の木の葉の里へ飛ばされてしまった。そこは厳格な身分制度のしかれた木の葉で、世話役として召使いのようにカカシにかしずくイルカがいた。しかもこの里の「カカシ」は感情を表に出さず皆から恐れられるばかりの存在だという。それを知った時の衝撃。「カカシ」と「イルカ」の関係も拗れきっている。
業を煮やしたカカシは、別次元の木の葉の里を引っ掻き回した。まず全力でイルカに優しくした。世話役と呼ばせず、イルカを押さえつける輩は実力で黙らせた。中忍達とも言葉をかわし、ナルトを正面から可愛がった。これまたややこしかったアスマと紅の恋のキューピットまでやった。すったもんだの末、ようやく治まる所に治まってホッところだったのだ。ついでに七三分けのガイの頭をおかっぱにカットしてやったが、これはただの憂さ晴らしだ。
別世界とはいえ、イルカとの関係が修復され、落ち着いたと思ったらまたこれだ。アカデミーの裏庭を歩いていたらぐらりと世界が揺れた。覚えのある揺れに、自分と是清がまた次元を越えたのだとわかった。だが、飛ばされた先はカカシの元の世界ではなく、再び違う木の葉に来てしまった。身分制度の厳しかった木の葉の世界はカカシの世界とあまり季節は変わらず梅の季節だったが、ここは夏まっさかりだ。ジーワジーワとアブラゼミが頭上で鳴いている。太陽がカッと照りつけるアカデミーの裏庭でカカシは脱力していた。

「カカッさん、座り込んでいてもしょうがありぁせんや。」
「……そだね…」
「来ちまったもんはしょうがねぇでやすよ。」
「そだね……」
「カカッさん、頭、大丈夫でやすかい?」
「頭は大丈夫だけど心が折れてるの。」
「とりあえず日陰にはいりやせんか?」

確かに暑い。カカシは子猫を肩に乗せたまま、ごそごそと樹の影に体を寄せた。幹に背をもたせ、上を仰ぐ。葉っぱの間から真っ青な夏空が目に沁みた。しらずため息がもれる。

「ここは夏なのね…」

同じ木の葉の空でもここの空は淡い初春の色ではない。言い様のない寂しさが襲ってくる。ここにはカカシのイルカはいない。せめて、カカシ上忍、と自分を呼んだ優しいイルカがいてくれたら、まだ気持ちが楽になるのに。

「カカッさん。」
「イルカせんせ、どうしてるかなぁ…」

カカシの世界の元気なイルカ、イチゴ大福をおやつに食べようといってそのままになってしまった。イルカに会いたい、帰りたい。なのに何故また違う世界に飛ばされてしまったのだろう。

「カカッさん。」

心配そうな子猫の声。

「オレ、ホントに帰れるのかね…」

カカシは目を落とした。強い陽射しの照り返しで地面は白く、木々の影はくっきりと濃い。

「このままずっと彷徨うかもしれないんだよね。」

ぐしゃり、とカカシは前髪に手を差し入れた。

「はは…帰った頃には爺さんとか。」
「カカッさん。」
「イルカ先生、その頃にはもうオレのこと忘れて、孫とかいたりして。」
「カカッさん。」
「そりゃそうだよね、帰ってくるかどうかわかんない男待つより結婚して家庭持って…ぶはっ」

覆面越しに猫パンチが鼻の穴を直撃した。子猫の小さい前足が鼻の穴にめり込む。

「いてててて、こっ是清〜」
「バカも休み休み言いなせぇよ。」
「たたたた、痛いって」

すぽ、と前足を引くと子猫は肩から飛び降りカカシの正面にちょこりと座った。

「あっしを誰だとお思いで?この千手院是清、伊達に二百年化け猫やってやせん。」

ぱたぱたと子猫はしっぽを振る。

「このあっしが必ず帰れると言ったら帰れるんでやす、一年も二年も次元を越えてウロウロなんぞしやせんや。だいたい」

藍色の目がじろ、とカカシを睨んだ。

「あっしらがここにいるってこたぁ、こっちのカカッさんはあにさんの所にいるんでやすぜ?あにさんが所帯持つわけねぇじゃありやせんか。」
「あ…」

失念していた。そうだ。カカシはこの世界のカカシと入れ替わっているはずだ。確証はないが移動した世界にカカシがいないとなると、入れ替わったとしか考えられない。やれやれ、と子猫は首を振った。

「仮にカカッさんがいなくなったとして、あのあにさんがそうそう所帯を持つとも思えませんや。あぁ見えて一途なお人でやす。」

そうだった…

「そう…」

カカシはがしがしと己の銀髪をかきまわした。

「そうだよね。イルカ先生はそういう人だよね…」

パタリ、と子猫がしっぽで応える。

「オレも意外と繊細だぁね。」

苦笑いしながらカカシは子猫を両手にすくいあげた。

「くよくよするのはオレの柄じゃない。悪かったよ、是清。」

くふ、と子猫がヒゲを揺らした。

「ま、写輪眼のカカシも人の子だったってぇことで。」
「当たり前でしょ、人間なんだから。」

肩に乗せ、立ち上がる。パンパンと土埃をはたいてカカシは木陰を出た。照りつける真夏の陽射しに目を細める。

「さって、これからどうしようか。」
「とりあえず、受付で敵情視察といきやせんかい?」
「そだね。なんかこっちのオレ達も拗れてるっぽいし。」

はぁ、とため息をつく。子猫がくふくふ笑った。

「くよくよするのは柄じゃない、でやしょ?」
「それとこれとは別。」

カカシはしかめっ面を作る。

「あんなトゲトゲしたイルカ先生、何でまたねぇ…」

一人と一匹は通用門から受付棟へ入る。身分制度の厳しい木の葉の里も建物の配置は変わらなかったが、ここもカカシの世界と同じらしい。ポケットに手をつっこんだままのったりと受付所への廊下を歩く。掲示物や部屋、天井、カカシの世界となんら変わらない。全く同じなのに違う世界、妙に座りの悪い気分だ。ふと、前方から任務帰りらしき数名の中忍達と目があった。ここのカカシはいったいどんな感じなのだろう。そのままじっと見つめると、中忍達の顔がぱぁ、と輝いた。

「はたけ上忍。」

パタパタと駆け寄ってくる。だが知らない顔ばかりだ。こっちのカカシとは親しい間柄なのだろうか。曖昧な笑みを張り付け突っ立ったカカシの前まで来た中忍達はぺこりとお辞儀をした。

「はたけ上忍の慈悲をいただき無事任務を終えることが出来ました。ありがとうございました。」
「……あ〜、えっと」

何と答えていいのかわからない。だいいち、任務に慈悲って何だ。

「その、君達の実力…じゃないかな?」

ガシガシと銀髪をかき回しながら誤摩化すように笑うと、中忍達はますます目を輝かせた。

「お言葉、これからの励みにします。ありがとうございます、はたけ上忍。」

もう一度深々と頭を下げると中忍達はまたパタパタ駆け去っていった。ぽかんとなったままカカシはその後ろ姿を眺める。

「…励み、だそうで。」

子猫がぼそ、と耳元で繰り返した。

「慈悲って何でやす?」
「こっちが聞きたいよ。」

とりあえず受付へ向おうとしたカカシは数メートルも歩かないうちに今度は別な下忍のグループに頭を下げられた。親愛と尊敬に満ちた眼差しとともに。そしてまた別な忍びに笑顔で挨拶される。行き会う忍び全てがカカシを見るとホッとしたような、あるいは輝くような眼差しで笑みをむけてくる。

「…いくらなんでもおかしくない?」

きゃあきゃあと手を振ってくる若いくノ一達にぎこちなく手を振り返しながらカカシは囁いた。

「モテキ到来って奴ですかね。」
「や、モテるってのとまた違ってる気が…」
「確かに。」

子猫がくい、と前足を上げた。

「爺様が拝んでやすぜ、カカッさん。」
「なっ…」

依頼人なのだろう、受付所から出てきた年寄り、八十はとうに越えていると思しき小柄な爺様が、カカシを見るやまるで仏様を拝むような格好で手をあわせた。

「ななななに?」

見回せど年寄りが拝む先は己一人だ。

「ちょっ…お爺さん、やめて下さいよ。そんな、拝むなんて」

慌てて年寄りの側でパタパタ手を横に振ると、その老人は喜色満面でますます手を擦り合わせる。

「やれ、ありがたい。はたけ上忍がお声を下さるとは。」
「おっお爺さん、ちょっとちょっと」

南無南無と拝まれてカカシは狼狽えた。なんだここのカカシは。仏様か。爺様はカカシを見上げ皺だらけの顔をくしゃくしゃにして笑った。

「せんだっては村をお助け下さりありがとうございました。今日はそのお礼に参った次第でございます。」

あぁ、依頼人。

カカシは納得した。自分に割り振られた何かの任務で感謝しているというところか。身なりがいいから村長なのだろう。しかし、それにしても大げさすぎやしないだろうか。

「あ〜、いや、その、オレは任務をまっとうしただけでそんな…」
「生き残りの盗賊も心底己の所行を悔いて、今では村で地道に働いとります。木の葉のはたけ上忍でなければこうはならんかったと皆、喜んどります。」

はい?

カカシは目を瞬かせた。一瞬、何を言われたのか理解できない。

「さすがは仏のカカシ、写輪眼菩薩と異名をとられる御方、木の葉に御願いしたことは村の誇りでございますよ。ありがたやありがたや。」

依頼人の爺様は再び手をあわせ深々と頭を下げる。

「ちょっ…」

色々引っかかる、というか、バリバリ気にかかる単語が出てきたが、今はこの拝む爺様を何とかしないときまり悪いことこの上ない。爺様の肩に両手をかける。

「お爺さん、頭、上げて下さいって。オレは当然のことをしただけですから。」

だが、爺様はお辞儀をした姿勢で顔だけ上げ、感極まったように目を潤ませた。

「なんとまぁ、上忍の慈眼をこの爺に向けていただけるだけで僥倖ですに、御手で慈悲をいただけるとは、思い残すことはもうございません。」

南無南無と再び念仏を唱え始める。

「おっお爺さんっ」
「カカッさん、まわり、見てみなせぇよ。」

あたふたするカカシに子猫がそっと耳打ちした。え、と見回せば、居合わせた忍びや依頼人達がなにやらほんわりとした笑顔でこちらを眺めている。依頼人の中にはカカシと目が合うと爺様と同じように手を合わせる者までいた。

「や…あのっ…」

ぽんぽん、と頭を下げ続ける爺様の背を数度叩くと、カカシはその場を逃げ出した。

「なっ何コレっ」

まだ怯えられた方が納得出来る。

「写輪眼菩薩とか言ってやしたぜ。」
「何ソレっ」

受付所に辿り着いたカカシは中へ飛び込む。とにかく、この気持ち悪い状況が何なのか把握したい。ツンツンでも何でもいいからイルカと話がしたかった。きっとこの世界でも一番カカシの側にいるのはイルカだ。イルカと話せば少しは何かわかるかもしれない。

「イルカ先生。」

真っ昼間の受付は閑散としており、イルカは受付机の正面にいる。カカシはためらいなくその前へ走りよった。

「先生、あのっ…」

イルカが顔をあげた。

「!!!!」

眼鏡ーーーーーっ

イルカが眼鏡をかけている。細い銀縁で横長の眼鏡。

「ここここ是清っ、眼鏡だよ。」

状況も忘れてカカシはあわあわと子猫に呼びかけた。

「ツンデレでメガネッ子ってどんだけ萌えっ?」
「カカッさんカカッさん。」
「だだだから眼鏡っ」
「カカッさんって。」

子猫の前足が頬を叩く。ハッと見下ろすと無表情のイルカがいた。眼鏡ごしの黒い目が冷たい。

「えっえーと…」
「何をお騒ぎです?あなたらしくもない。」

ピシャリ、と言われた。

「用もないのにここへ来られるのは迷惑だと何度申し上げたらわかるんですか。」
「あのぅ…」
「だいたい、そんな子猫を肩に乗せて何の冗談です?」
「いや、だから…」
「上忍として公私の区別はきちんとして下さい。オレは先程も言いましたように、夕方からも受付が入っていますので。」

それだけ言うともう話をすることはないと言わんばかりにイルカは書類仕事を始めた。纏う空気は氷点下、とりつくしまもない。

「はぁ…すいません…」

すごすごとカカシは受付所を退散した。他の受付職員やその場に居合わせた忍び達がさりげなく視線をはずしてくれていたのは、もしかしてイルカとのこういうやりとりは日常茶飯事なのだろうか。

「いやはや、キツいでやんすねぇ、ここのあにさんは。」

ため息とともに子猫がカカシの心情を代弁してくれた。たしかにキツい。ツンデレにしてもキツい。あんな冷たい目をしたイルカは当たり前だが見た事がない。

「折れやしたね、心が。」
「……オレは繊細なーのよ。」

くふくふと子猫が喉で笑う。

「向こうにお友達が待ってやすぜ。」

廊下の壁にもたれて猿飛アスマが煙草をふかしている。

「こっちのヒゲが『お坊ちゃま』でねぇことを祈りやすよ。」
「オレも…」

カカシはアスマの方へ足を向けた。

「何?どしたの。」

のっそりと体を起こしたアスマが目を瞬かせて肩を見た。

「あ〜、この子?」

肩にちょんと乗ったまま是清は黙っている。

「えっと、この子は,何て言うか…」
「お前のこった。どっかで鳴いてたのをまた保護したんだろ。」

こっちのカカシは捨て猫とか保護しているのか。

我ながら感心なことだ。好都合なのでそのまま曖昧に笑ってやるとアスマが渋い顔になった。

「カカシ。」

受付所の扉へ顎をしゃくる。

「いい加減やめとけ。」
「……イルカ先生?」
「先生、ねぇ。」

ふぅ、と言葉とともに煙を吐き出した。

「内勤一のキレ者か何か知らんが、いくら付き合ってるからってあの態度はねぇだろう。」

苦りきった顔でアスマはカカシを見る。

「オレもな、プライベートにまで階級持ちこむほど野暮じゃねぇ。だがな、仮にもお前ぇは里の顔だ。公私の区別って言うが、区別つけずに尊大な態度とってんのはあの中忍先生様じゃねぇのか?」
「そうだぞカカシ。」
「わぁっ」

木の葉をまき散らしながら現れた男にカカシは頭を抱えそうになった。

「うわ〜〜、ガイだ。」
「頭、七三でやすよ。」
「こっちのガイも七三って、整髪剤コテコテって」
「あっしらの世界の激眉が爽やかに思い出されまさ。」

嫌そうに顔をしかめたカカシと子猫の様子には頓着せず、七三分けを整髪剤できっちり固めたこの世界のガイはグッと親指をたてた。このポーズはどの世界でも共通なのかもしれない。

「なんだ、珍しいな。お前がそんな声をあげるとは。修行が足らんぞカカシ。」

それから腰に手をあて是清に顔を寄せる。

「げっ」

思わずのけぞった子猫の頭をむんず、と掴んだ。

「お、また捨て猫を保護したのか。こりゃまた雑巾色の小汚い猫だなぁ。」
「ぴきゃ〜〜」

掴まれた頭をぐりぐりされて子猫は悲鳴をあげた。

「ちょっとちょっと、小さいんだから乱暴しないでよ。」
「おぉっ?」

本人は撫でたつもりだったらしい。しっぽをタワシにした子猫はシャーッ、と威嚇するとカカシの頭に避難した。悪い悪い、と言いながら更に子猫に手を伸ばすガイをカカシは改めてマジマジと見た。なんというか、前回飛ばされた世界のガイと全く同じ髪型だ。揃いも揃って七三分け、しかもテカテカの整髪剤で固めている。確かカカシの世界のガイは、サラサラヘアを自慢にしていたはずだが、もしかしてガイのデフォルトは七三分けなのか。その七三分けガイはキラリと無駄に白い歯を見せて笑った。

「ははは、照れ屋さんだな、子猫ちゃんは。」

カカシの銀髪の中で毛を逆立てる子猫にもう一度キラリと笑い、それから太い眉を寄せてカカシに向き直った。

「さっきのやりとり、オレも見ていたが、アスマの言う通りだ。いくらお前が仏のカカシでも寛容すぎるぞ。」

ずい、と指を突き出す。

「仏の顔も三度まで、と言うではないか。たまにはビシっと言ってやったらどうだ。忍犬使いのくせに恋人の躾はなっとらんぞ。」

アスマが重々しく頷いた。

「同感だな。犬も恋人も躾が肝心だ。」
「忍犬を躾けた時の事を思い出せ、カカシ。」
「主人に牙をむく犬は使えんだろうが。」
「……先生、犬じゃないし」

まくしたてる二人に抗議したいが、さっきのやりとりで凹んだカカシの声は弱々しい。本当に、いったいここはどんな木の葉なのだろう。イルカを快く思っていないアスマやガイ、拝まれる自分、何より、冷たい目をしたイルカ。ぐるぐる考え込んでいると、はっはっは、とガイが肩を叩いてきた。

「相変わらず優しい男だ、我がライヴァルは。」

気持ち悪っ

カカシは思わず後ずさった。
七三のガイが気持ち悪いのは当然として、何が気持ち悪いって優しいだの仏だの菩薩だの言われるこっちのオレ自身が気持ち悪い。

「ところでカカシ。」

ガイが七三分けの下の目を煌めかせた。

「お前、暇ならこれからオレと勝負…」
「オッオレ、火影様に用があるから。」

言い様カカシは逃げ出した。やってられない、こうなったら火影に直接事情を話してこの世界のことを聞いてしまおう。ちんたら探っていたらこっちの頭がどうかなる。

「由緒正しき化け猫のあっしを捨て猫呼ばわり、雑巾よばわり、あまっさえ高貴なあっしの頭に触るたぁ、あの激眉七三、目にもの見せてくれるーーっ。」

走るカカシの頭の上ではきぃきぃ子猫が毛を逆立てていた。

 

火影の執務室はカカシの世界と同じ、受付棟の一角にあった。簡素な扉に侵入者用の術が施されているのも一緒だ。姿を見せず暗部が警護している。そこをカカシがフリーパスで通れるのも変わらないようだ。ノックもなしにカカシはその扉を開けた。

「火影様は五代目ですかっ。」

綱手が目を丸くしてこっちを見た。傍らにはシズネもいる。やはりポカンとしているが、カカシは構わず執務机の前にたった。バンと机に両手をつく。

「五代目、お人払いお願いします。」
「どうした、珍しいな。お前がそんなに慌てるなど。」
「とにかくっ。」

綱手は僅かに眉を寄せた。カカシの様子にただ事ではないと思ったのだろう、手を振り、シズネだけでなく部屋の警護の暗部も下がらせる。

「で、何だ。」
「五代目、落ち着いてよーく聞いて下さいよ。」

机の上に乗り出すカカシに綱手はますます眉を寄せる。

「落ち着くのはお前だろうが。というかカカシ、お前、そんな顔も出来たんだねぇ。」
「そんな顔ってオレ、いつもどんな顔してます?」
「どんなって、あたしの知るかぎりじゃ微笑んでるか表情がないか、そのどっちかだよ。」

がく、と膝が折れた。

変態じゃないの…

「変態でやんすね。」
「声に出して言わない。」

めっ、と是清を横目で睨む。綱手がいぶかしげに上から覗き込んできた。

「本当にどうしたんだい?第一、小汚い猫を頭にのせて。」

ちょい、と手を伸ばして是清を突つく。

「忍猫かい?しっかし、連れ歩くならそんな雑巾みたいなのじゃなくてもっと他にいるだろうが。」
「こんの乳ババア、黙って聞いてりゃ好き勝手抜かしやがって。」

キィ、と子猫が毛を逆立てた。

「由緒正しきあっしを使役獣なんぞと一緒にするたぁどういう了見でぇっ。」
「だぁれが乳ババアだっ。」

どん、と綱手が机を叩いた。子猫は鼻息荒くきぃきぃ叫ぶ。

「乳ババァ乳ババァ乳搾りでもしてやがれ牛ババァ」
「こんの腐れ猫がっ。」
「はいはいー、是清、この人は別な世界の綱手様だから失礼言っちゃダメ。」

カカシは雑巾色の毛玉になった子猫を両手で包んだ。

「五代目も猫相手にムキにならないで下さいよ。」

そしてとん、と執務机に降ろす。

「これは千手院是清、なりは子猫でも二百歳の化け猫です。そしてオレの世界の五代目から重宝されてますよ。是清の願掛けがあると賭け事で勝てるんでね。」
「オレの世界の、だと?」

綱手が眉間に皺を寄せる。

「はい、そうです。オレのいた木の葉の里です。」

カカシは頷く。

「オレはこの世界の人間ではありません。別次元から飛ばされてこっちのカカシと入れ替わった、別世界の木の葉のカカシです。」

大きく見開かれた緋色の瞳をカカシは静かに見つめていた。

〜中略〜

テンゾウは暗部服のまま、カカシの後ろをスタスタついてきた。黒目の大きなこの後輩はカカシの世界のテンゾウと違和感はなく、逆立てた短い黒髪にヘッドギアをつけているところも同じだ。面は横に跳ね上げている。一見無表情に見えるその顔は、しかし目だけ好奇心でキラキラしていた。要はカカシのことを聞きたいのだ。カカシは立ち止まってちらりと後輩を見た。

「何?」
「先輩、本当に別世界のカカシ先輩なんですか?」

案の定、興味津々で側に寄ってくる。はぁ、とカカシはため息をついた。

「お前さ、そんな堂々とオレの横にいていいの?仮にも暗部ならも少し忍ぼうよ。」
「えー、だって先輩の監視役を仰せつかりましたから、側を離れるわけには。」
「だから忍べって。監視なんでしょ。」

こっちのテンゾウはまた一段と人懐っこい。前回飛ばされた世界の、優秀だがガチガチだったテンゾウと足して二で割れば丁度いいのではなかろうか。だが、この世界の話を聞きだすには都合がいいかもしれない。

「ねぇ、オレとこっちのオレってどう違うわけ?」

ズバリと聞いてみた。仏だの写輪眼菩薩だの、わけのわからない二つ名が気持ち悪い。いったいこの世界のカカシはどんな性格なのだろう。

「そうですねぇ、当たり前かもしれませんが、姿形は全く同じだし、チャクラも一緒だし…」

テンゾウはしかめっ面でうーん、と斜め上を見た。

「違うところっていったら…あ、そうだ。」

ぽんと手を打つ。

「何なの?」
「何でやす?」

思わず身を乗り出す。テンゾウは得意そうに指をたてた。

「しゃべる子猫を肩にのせてません。」

ひく、とカカシのこめかみが動いた。

一発殴っていいだろうか

気配を察したのかテンゾウは慌てて両手を振った。

「冗談です冗談、っていうか、ほら、そういうところが違うんですよ。」

青筋のたったこめかみを指差す。

「こっちの先輩は、オレがこんな冗談言っても微笑むんです。お前、つまらないこと言うんじゃなーいよ、って優しく諭されるっていうか。」
「オレは一瞬,殴り飛ばそうかと思ったけどね。」

口元をひくつかせるカカシにテンゾウは数歩距離をとった。目端がきくところは共通のようだ。

「少なくとも先輩が不機嫌になったり怒ったりしたところをみたことありません。たぶん、オレだけでなくみんな、そうですね。」

うん、と腕組みして頷く。

「敵を屠る時ですら先輩は慈愛に満ちた目をしていて、癒しオーラ全開っていいますか、どうせ殺られるなら写輪眼菩薩の慈悲に触れて死にたい、とまで敵に言わしめるんですから。」
「なにそれ…」
「気持ち悪いでやす…」

子猫とカカシは同時にげんなりなった。まだ前回飛ばされた先の、感情を押し殺した自分の方が理解できる。脱力していると、身の安全を確信したテンゾウがツツツ、と寄ってきた。

「先輩、他の世界の先輩と入れ替わったなんて知られたら大事ですから、こっちの先輩のふりして下さいよ。癒しオーラがにじみ出てないのはしかたないとして、先輩は無駄に顔がいいですからそれで誤摩化しましょう。スマイルですスマイル。」
「……なにげにお前、失礼な奴ね…」
「えええ、そーですかぁ?」

ツツツツ、とまた離れる。前言撤回、こっちのテンゾウはかなりなお調子者だ。

「とにかく、挨拶されたらにっこりして下さい。話しかけられたりこれから任務だって言われたら笑って励ましてくださいよ。」
「ひゃあ、こっちのカカッさん、よくそんなことやってやすぜ。」

子猫が呆れたようにシッポを振った。カカシはもうリアクションする元気もなくうなだれる。

「ときに、こっちのあにさん、えらくカカッさんにトゲトゲしかったような気がしやすが、そこんとこはどうなってるんで?」
「あ、そうだ。それを聞きたかったの。ねぇ、オレ達、相思相愛の恋人同士なんだよね?」

がば、と顔を上げたカカシにテンゾウは目を瞬かせた。

「一応そう伺ってますけど。」
「にしてはえらく冷たい態度でやしたぜ?」
「あ〜、確かに。」

テンゾウは僅かに眉を寄せた。

「先輩はなんだか大きな愛で包んでる感じでしたが、それだけに中忍先生の態度がアレなんで、上忍や暗部仲間はよく思ってはいないですね。」

かくいう僕もその一人ですけど、とあっけらかんと言う。カカシは僅かに焦った。

「え…先生、睨まれてる?大丈夫なの?」
「心配はないですよ。写輪眼菩薩の恋人に直接手出しする奴なんかいるわけないです。」

テンゾウはあっさりしたものだ。ひらひらと手を横に振った。

「それでなくても中忍先生、事務方のホープでキレ者として有名だし、結婚願望のあるくノ一とかにモテる人ですから、別れてしまえって思ってる連中の方が多いんじゃないですか?」
「えええっ、あにさんがキレ者!」
「モテるっ?」

それぞれ反応する場所が違えども、元の世界のイルカが聞いたら確実にドルフィンパンチもののリアクションだ。固まったカカシと子猫をよそにテンゾウはぺらぺらとしゃべる。

「先輩の信奉者達にしてみれば、先輩にはもっとふさわしい人がいいってことなんで、だからうみの中忍があんな態度を取るのは業腹だけど都合がいいんですよ。あれじゃあ先輩も愛想尽かしちゃいますよねぇ。ほら、もういっそ別れちゃいましょうよ、別れちゃえ別れちゃえ…ってぇっ」

ごいん、と派手な音がしてテンゾウが頭を抱える。

「いきなり殴るなんて、やっぱ先輩は先輩じゃない〜。」
「うーるさいよっ、どんな世界でもオレとイルカ先生はラブラブなの、別れるわけないでしょっ。」

ふるふるとカカシは拳を震わせた。

「どうしよう、拗れてる、絶対拗れてるよコレ。」
「あにさんがキレ者、事務方のホープ、ありえやせんぜ。」

子猫は子猫で毛玉状態だ。

「何考えてんのこっちのオレ、ホントに別れちゃったらどーする気なのっ。」
「あの呑気なあにさんがキレ者、悪い冗談でやしょっ。」
「だいたい、くノ一にモテてるってせんせ、やっぱ女がいいわけーーっ」
「もっさり中忍のあにさんが、元気だけが取り柄のあにさんが、気色悪いでやすーっ」
「へ〜、突っ込みどころはズレててもいいコンビなんですね、先輩とその雑巾子猫。」

拳骨と猫キックが同時に炸裂した。

「テンゾウ、チャラいっ」
「でやすっ」

地面に伸びるテンゾウを置いてカカシは走り出した。イルカの様子を確認しなければ。

「くノ一なんぞに取られてたまるかーっ。」
「キレ者の化けの皮、剥いでやりやすよーっ。」

まだ前の世界でシリアスに悩んでいた方がましだった、一人と一匹はただ混乱していた。

〜中略〜

「へー、うみの中忍ってツンデレだったんですね、意外意外。あ、先輩、肉じゃがおかわりしていいですか?」
「いいけど…出汁巻きはやらないからね。」

伸びてきた箸をカカシはぺし、とたたき落とす。その隣では小皿の上の出汁巻きにかぶりつく子猫がいた。

「図々しい木遁野郎でやす。」
「うわ、酷いなぁ。僕より猫優先なんて。」

言いながらテンゾウはしっかり肉じゃがのおかわりをしにいく。

「チャラい奴でやす。」
「ホント、何こっちのテンゾウのこの軽さ。」

カカシも渋い顔だ。

「あれぇ、せっかく先輩の力になりたいなって追いかけてきたのに。事情を知ってる僕は貴重な戦力ですよ?まぁ、先輩がいらないっていうんでしたら、別に監視の任務だけこなして…いだだだだ」

ギリギリとカカシはテンゾウの頬をつねり上げた。

「ぜんばい、いだい、いだいでふぅ〜」
「お前は黙ってオレの言う事聞きゃあいいの。生意気口叩いてんじゃなーいよ。」

ペッ、と離すとテンゾウは涙目で頬をさすった。

「仏の先輩からじゃ考えられない横暴さ、あっちの僕は苦労してるんだ。」
「お前、まだつねられたい?」

ざざざ、とテンゾウが部屋の隅まで後ずさった。ただし肉じゃがの器と箸は持ったまま。

「わかりました、わかりましたよ。手足になって働きますよ。」

へらり、と笑う。

「よろしくね、猫ちゃん。」
「ホントにチャラい木遁野郎でやすな…」

子猫が嫌そうにヒゲを震わせた。
テンゾウの話によると、好きだと告白したのはカカシの方からなのだという。

「先輩、うみの中忍をみて可愛いって、そしておっしゃったんですよ。」

テンゾウはすぅっと静かな面持ちになった。

『可哀想に。あんなに寂しがり屋なのに気を張ってばかりで、幸せにしてあげたいのよ。』

ヘラとテンゾウの顔がまた崩れる。

「先輩の口まねです。結構似てるって暗部では評判なんですよー。」

カカシと子猫はぶん殴りたくなるのをグッと堪えた。テンゾウはヘラヘラ続けた。

「なんかですね、うみの中忍って『キレ者』で通ってるじゃないですか。でも先輩に言わせると寂しがり屋の突張り屋さんなんだそうで、ガタイがいい分、余計に庇護欲掻き立てられたらしいです。」

ピッと人差し指をたてる。

「ほら、先輩って基本が可愛いもの好きなんですけどズレてるから…」

ごいん

カカシは無言でテンゾウの頭をはたいた。我慢の限界軽く突破だ。

「せんぱ〜い」
「こっちのオレのことだけどお前に言われると何か腹立つ。」
「酷っ」
「しっかし、その、こっちのカカッさんの気持ちはちゃんとあにさん、わかってるんでやすかい?」

糸こんにゃくをつるつる啜りながら子猫が聞いた。テンゾウは不思議そうにそれを見つめる。

「猫って糸こんにゃく、食べるんだ。」
「だぁから、ただの猫じゃありぁせんってっ…ケハッ」
「あ、むせた。」
「カカッさん、この野郎、何とかしてくだせぇっ。」

涙目できぃきぃ子猫が抗議した。

「オレもなんとかしたいよ…」

カカシはこめかみを押さえる。ただ、子猫の質問はことの核心なのでテンゾウの見解は聞いておきたい。

「で、そこんとこはどうなの?」
「さぁ、こればっかりは第三者には。」
「……案外使えないね。」
「使えねぇ木っ端野郎でやす。」
「あっ、酷っ」

言いながらご飯三杯目をおかわりするテンゾウは、やはりカカシの世界のテンゾウよりもずっと軽くて図太い神経の持ち主らしかった。

〜中略〜

「テンゾウ。」

ピシリ、と名を呼ばれてテンゾウの背筋が伸びた。

「是清が言ったとおり、別次元のオレ達がこっちの世界の人間を殺したり再起不能の怪我を負わすわけいかないと思う。それが次元の歪みに繋がったら厄介だからね。」
「殴るのはいいんですか?」

ぼそ、と言ったテンゾウはすかさず後ずさってカカシの拳を警戒した。

「ああ言やぁこう言い、っとにこの木遁野郎、どうしてくれやしょうか。」
「殴るのはいい、ってことにしようか。」
「もう殴ってるじゃないですかぁ。」

テンゾウの泣き言は無視だ。話が進まない。

「こっちのオレが調べていた物をオレは探す。綱手様に相談して任務につくふりだけさせてもらうよ。敵だろうが何だろうがオレが手を出すわけいかないし、でも任務にいかないのも不自然でしょ。お前は全力でオレとイルカ先生を護衛してよ。まぁ、イルカ先生には是清をつけるから心配はないけど、念には念をいれないと…」

スッとカカシは受付所のイルカを指差し、その指を横に滑らせた。

「あの男、知ってる?」

テンゾウが身を乗り出し、それから首を横に振った。

「受付の同僚なんじゃないですか?よくうみの中忍としゃべっていますよね。」
「あの男ね、オレの世界じゃ、『根』のメンバーなのよ。」

ぎょっとなるテンゾウにカカシは低く言った。

「思っている以上に事は深刻かもよ。どうやらアイツらにとってイルカ先生もオレも相当邪魔みたいね。」
「……うわ〜」

こっちのチャラいテンゾウもさすがに真剣な目付きになる。と、その同僚がイルカに何か話しかけた。

「是清」
「がってん」

突然、受付の中の音が響いてきた。化け猫の術だ。テンゾウが感心したように眉を上げた。話しかける同僚とイルカの声を中心に音を拾う。受付机の隣にすわった男は笑いながらイルカの肩を叩いた。カカシの世界ではダンゾウの部下であるあの中忍、おそらくこっちの世界でもダンゾウの指示に従っていると考えた方がいいだろう。

『よー、イルカ、お前今日も遅番?』

なにを企んでいる、イルカに何をする気だ。気配絶ちに綻びがないよう注意を払いながらカカシは男の様子をうかがった。表情、仕草、全てに見落としがあってはならない。術や暗示はどういう形でかけられるかわからないのだ。イルカが書類から顔をあげた。笑みを男に向ける。屈託のない笑み、そういえば眼鏡イルカがカカシに笑みを向けたことはこの一週間、皆無だ。

「くっそ〜」

思わずカカシは歯がみした。

「イルカが笑わないのってまさかアイツの暗示じゃないだろうね。」
「いっそ暗示なら話ぁ簡単なんでやすがねぇ。」
「そういや、うみの中忍が先輩に笑顔向けるとこ、みたことないな。」

暗示ならいいですね、先輩、と能天気に笑う後輩を一度はたいておく。件の同僚が処理済み報告書をとんとんまとめながら更に話しかけるのを注意深く眺めた。

『でもさぁ、遅番続きじゃはたけ上忍の不興を買うんじゃね?それってマズくねぇか?』
『そうかな…』
『そうだよ、最近十時前に帰ることないだろ?今日もはたけ上忍に夕飯いらないって言ってたじゃねぇか。』

報告書を出しにきた中忍が話にまざった。

『おいおい、仏のカカシはそんなことで怒るわけないだろ。仕事だってわかってくれるよ。』

どうやら報告者の波は一度引いたらしい。受付所の中は雑談して居残っている下忍、中忍達しかいない。だからカウンターごしにも雑談が始まったのか。『根』の回し者らしき同僚はさも心配そうな顔で首を振った。

『そりゃ、上忍はたけカカシ、は怒んなくてもさ、一応恋人だろ?普通は文句の一つも出るもんだぞ?同棲してんだろ?イルカ。』

「キーッ、一応って何?アイツ、オレ達の何を知ってるっての、ってか同棲なんだ、よかったー。オレ勝手にイルカせんせの部屋、あがりこんでるんだったらどーしよーって思ってたよ。」
「いちいち反応しないでくださいよ先輩。」
「向こうの声が聞こえねぇでやしょ、っつか、奴さんは敵でやすぜ?」
「そうですよ、探らなきゃいけないんですから。」

珍しく子猫とテンゾウの意見が一致する。その時、イルカがフッと苦笑いを浮かべた。

『恋人っていっても、今の関係はほら、五代目就任前の事件の功労賞みたいなもんだからさ。』

身を隠していたカカシは枝から落ちそうになった。是清だけでなくテンゾウもあんぐり口を開けている。イルカは眼鏡をはずし布で拭きながら肩を竦める。

『なんたって写輪眼菩薩の恋人ってなりゃ箔がつくからな。だからカカシさ…はたけ上忍は付き合い申し込んで下さったんだよ。』
『確かに、男でも女でも、一度でもはたけカカシの目にとまったってなりゃ名誉だもんな。』
『恋人って称号もらったの、そういえばうみの中忍が初めてじゃない?』
『そういやそうだ。初恋人だ。』

わらわらと居合わせた忍び達が寄ってきた。皆、人の色恋話は楽しいらしい。それが里のトップ上忍と事務方のホープなら尚更だ。

『功績をたたえて恋人の称号ってはたけ上忍、やっぱカッコいいな。』
『はたけ上忍の恋人ってなったら一応信頼できる人って意味になるもんな。』

なるのか、そんなもんが…

カカシはもう、どんな反応すればいいのかわからない。受付所の中はわいわい盛り上がっている。

『でも凄いですね、うみの中忍。あの事件の時も大活躍だったし、はたけ上忍の恋人って称号までいただいて、これで後は本当の相手と結婚して家庭持つだけじゃないですかぁ。』
『ホント素敵。あ、じゃあ称号が定着した頃だからそろそろ自由にしていただけるんじゃないですか?うみの中忍、結婚適齢期ですし。』
『あ、じゃあ私、うみの先生のお嫁さんに立候補しようかな。』

「なにあの女どもっ、かんっぜんにイルカ狙いじゃない。オレというものがあるってぇのにイケ図々しいっ、っつかなんで皆別れる前提で話してんのっ。」
「先輩、痛い痛い痛い」

ギーッ、とカカシはテンゾウのこめかみを両拳でグリグリした。当たりどころがそこしかなかったからだ。

『おいイルカァ、そりゃはたけ上忍に気の毒じゃね?お前、大事にされてるじゃーん。』

受付カウンターに座るもう一人の同僚がイルカの首に腕をまわした。あの同僚はよく知っている。イルカと同期のアカデミー教師でもあるカンパチ中忍だ。誠実な人柄が好ましくて、カカシのいた元の世界でもよく言葉をかわしていた。

『はたけ上忍、ホントにお前の事、大事にしてると思うぞ。だいたい、功績で恋人になってさしあげましょう、なんてさ、そんな上から目線の人かぁ?違うだろ?』

「カッカンパチ君っ…」

テンゾウから手を離し、思わずカカシは目頭を押さえた。

「元の世界に戻ったらカンパチ君、飯奢ってあげるからねっ。」
「カカッさん、ありゃこっちの世界のカンパチの旦那ですぜ?あっしらの世界で飯奢ってどーすんでやす。」
「ご飯なら僕に奢ってくださいよ。僕の方が誠心誠意、尽くしてるじゃないですかぁ。」

外野は無視だ。今は心からカンパチを応援したい。そのカンパチはイルカの首をぐいぐい締めている。

『はたけ上忍、すげぇ優しいじゃん。功労賞なんてお前、バチ当たんぞ。素直になれ素直に。』

やめろって、と笑うイルカにカンパチは決定打を放った。

『お前だってはたけ上忍のこと、好きだろ?』

よく言った、カンパチくーんっ

カカシがグッと拳を握る。だが、イルカの雰囲気がすぅっと冷たくなった。カンパチがどこかギョッとして腕を放す。

『好きって、そりゃあれほどの御方だからな。嫌いな人なんていないだろ?』

イルカは外していた細い銀フレームの眼鏡をかけた。

『でも正直、家に帰ってまで緊張しなきゃいけないから息が詰まるんだよな。』

がーん

カカシは我が耳を疑った。

息が詰まる息が詰まる息が詰まる…

イルカの声がぐるぐる頭の中を駆け巡る。

『きゃー、うみの中忍、潮時じゃないですかっ。』
『はいはい、アタシ、お嫁さんに立候補しますっ。』
『なによ、抜け駆けする気っ』
『うみの中忍、男でもいいかな…』

受付所はさらに騒然となる。だがカカシの耳には何も聞こえてこない。

「先輩、やっぱりあの『根』の男、怪しいですよ。」
「最初に話振っときながら後は全然関わりゃしねぇ。確かに不自然でやす。」
「何が目的であんなこと…ってアレ?先輩?」
「……灰になってやす。」

カカシは木の股で膝を抱えて丸くなっていた。

〜中略〜

戻ったのか…

立ち上がって辺りを見回す。花を散らしていたはずの桜は濃い緑の葉をつけていて、夕暮れ時だというのに昼間の熱気がまだ去らず蝉が鳴いている。

「あーーーっ、いた、先輩ーっ。」

大声が響いた。血相変えたテンゾウが駆け寄ってくる。

「先輩、先輩はどっちの先輩ですか?短気な方?それとも仏?」
「どうしたの、お前らしくもないね。」

ふっと笑うとテンゾウがまた叫んだ。

「仏の先輩が帰ってきたーーっ。」

そうか、やはり自分の世界に帰ってきたのか。

「えっと、実はね…」

何かいう前にテンゾウがまくしたてはじめた。

「先輩、とにかく、先輩は宿直室でうみの中忍と弁当食って下さい。いやもう、どーしようかと思いましたよ。ふっと何か予感みたいな?というより、おかっぱ頭になったガイさんが疾走していったんで、こりゃ先輩が、いや、あっちの短気な方の先輩ですけどね、絶対先輩がなんかやったんだと思って戻ってみたら、重箱だけがぽつーんって草むらにあるじゃないですか。僕もう焦っちゃって、きっとあっちの先輩、短気な方の先輩ですけど、戻っちゃったんだと直感で、じゃあこっちの先輩も帰ってきたんだとそりゃ探しまわって、あ、言っときますけど、次元を越えた先輩と入れ替わってたってのを知ってるの、僕と五代目だけですからね。うみの中忍はもちろん知りません。だからうまいことやってくださいよ。くれぐれもフォロー御願いねって短気な方の先輩に念押しされたんですから。ほんっと、人の事、ポカスカはたく先輩でしたけど、先輩は先輩でしたし、あ、うみの中忍は今夜、アカデミーの星観察です。そんで宿直室に泊まりです。もちろん、短気な方の先輩はうみの中忍に指一本触れてませんから、だいぶたまっているかと思います、以上っ。」

一気にしゃべってぜいぜい言っている。思わずオレは吹き出した。

「お前は可愛いねぇ、テンゾウ。」
「げぇっ」

テンゾウが蛙の潰れたような声を出した。

「やっぱ仏のカカシだ、戻ってきたんだ。」

しみじみ実感される。それから慌てたように背を押してきた。

「早く宿直室に行って下さいよ。うみの中忍、もう受付出ましたよ。とにかく、飯、食って下さい。うみの中忍、渾身の弁当です。」
「はいはい、そりゃあ楽しみだ。」
「あ〜〜、仏のカカシはじれったい〜〜〜っ」

 


 
     
 

(結局カカシさんと子猫の是清はまた別な世界に飛ばされて戻れてません。とりあえずツンデレ開花したイルカを見届けた満足感だけは抱けたかと。次の世界はカカシが中忍の世界、そこへ飛ばされてしまいます。是清万華鏡イルカ編はこの七年後、イルカが是清とこの世界にやってくる話です)