「あ〜、行っちゃったねぇ」
カカシがぽそりと呟いた。ガイが見上げてくる。
「自分の世界に帰ったのか」
「うん、きっとオレのイルカが問題解決してくれたんだ」
むむぅ、とガイが唸った。
「イルカから我が弟子カカシの話を聞きたかったというのに」
「だよね、昨日お前を呼べばよかった」
あまりにバタバタしすぎて忘れていた。ちょっぴりカカシは申し訳なく思う。
「で、あのイルカが戻ったということは、こっちのイルカは帰ってきたのか?」
「う〜ん、どうだろ」
カカシは空を仰ぎ見る。
「多分、次の世界に行っちゃったと思う」
「何故だ、何故そう思う」
カカシは黙って道の先を指差した。そこには全身の毛を逆立てた小さなサビの子猫がいる。
「おぉ、是清ではないか。帰ってきたのか」
「あっ、ガイ、近寄っちゃダ…」
「はんぎゃあああああ」
ダメ、と言う前にバリバリと電撃がガイを襲った。あちゃ〜、とカカシは片手で顔を覆う。
「馴れ馴れしく我が名を呼ぶでない、下郎が」
きぃきぃと子猫が怒鳴った。
「ここはどこだ。我の母はどこへ行った」
「あ〜、向こうの世界の千手院是清君」
子猫の碧い目がキッとカカシを睨んだ。
「お前はカカシだが…カカシではないな。まさか…」
「そのまさか、みたいよ?」
「再び我はこの世界へ飛ばされたか。なんたること」
きぃぃ、とますます毛が逆立つ。
「待った、電撃は待った」
カカシが慌てて止めた。
「ほら、お前と一緒に飛ばされちゃった人があそこに」
道の向こうからイルカがキョロキョロしながら歩いてくる。服装は今の木ノ葉の忍服だ。カカシを見つけるとぱぁぁ、と顔を輝かせた。
「カカシさん」
走り寄ってくる。
「うわー、カカシさん、火影マント、よくお似合いです。ようやく五代目を継ぐ決心したんですね」
カカシの手をとりぶんぶんと振った。
「よかった。もう、あんなにゴネるから四代目も父君も心配なさってたんですよ?就任式の準備ですか?オレも手伝いますよ。来月から火影の補佐官になりますから色々勉強しておかないと」
「あっあのね、イルカせ…」
「あ、是清君、何やってるんだ?お母上と柏餅買いに行くって言ってなかったか?」
今度は是清をみつけてきょとんとそう言う。
「お母上はどうした。なんで一人?送っていこうか?」
「たわけめが、我が一人で帰れぬとでも言うかっ」
きぃぃ、と是清が叫べばイルカは困ったように眉を下げ、それでも子猫を抱き上げた。カカシは青くなる。また子猫が電撃を放つのではないか。
「そんなこと言ってないだろ?君が誰より優秀なのはオレが一番知ってるよ」
あれ
「オレが君を送りたいだけだって」
あれれ
是清はむすっとしているが電撃を放つ気配はない。大人しくイルカの肩に飛び移っている。
「えーっと、仲良し…だね?」
ふん、と子猫はそっぽを向いた。
「我が仲良くしてやっているのだ」
「だよなぁ、嬉しいよ、是清君」
にこにこ笑いながらイルカは子猫に頬を寄せる。嫌がりもせず子猫はイルカの好きにさせていた。カカシは唖然とその様を見る。確か七年前、この猫に会った時にはもっと気難しくなかったか?
っつか、さすがはイルカ先生ってわけか
子供好きで動物好きなイルカはナチュラルに是清の懐へ入ったのだろう。
「あ、それでカカシさん、木ノ葉が変なんです」
あれあれ、とイルカが道の向こうを指差した。
「いきなり雷電、っていうのが出来てて、このあたりも町並みが違うし、いったい何が起こっているのか」
「えっと、イルカ先生」
「へ?」
イルカはマジマジとカカシをみつめ、ぷっと吹き出した。
「なんです?いつもはイルカイルカって呼び捨てなのに」
呼び捨てしてんのか、あの野郎ーーー!
なんか腹立つ。思わず拳を握ってしまう。子猫がヘッと鼻を鳴らした。
「まだ気が付かないのか。相変わらずお前は鈍いな」
「え?」
碧い目がキロリとカカシを睨む。
「よく見よ。あれは我らの世界のカカシではない。あの坊やはこんなスレた雰囲気をしておらぬであろうが」
「スレた…」
なにげにショックだ。
「我とお前は違う世界に飛ばされたのだ。七年前、我とあの坊主がこの世界に飛ばされたときと同じに、今度はお前と我だ」
「え…」
イルカがマジマジとカカシを見る。
「久しぶり〜」
カカシは手をひらひらさせた。
「あの時は色々ごめんね?結局向こうのオレとうまくいったんだ」
「ええええーっ」
新年特売セールで賑わう木ノ葉商店街にイルカの叫びが響き渡った。
☆☆☆☆☆
「わ〜、明るいイルカだ」
「好青年イルカだ」
「快活なイルカだ」
一通り執務室で話を聞いてからカカシはイルカを受付所へ連れて行った。どうやら今回、問題ありなのは向こうのカカシであってイルカではないらしい。向こうへ帰る前に補佐官として色々勉強しておきたいというので、仕事場につれてきたのだ。アカデミー教頭に去年から就任してもらっていると言えば、いずれオレもそうなりたいなぁ、と素直に目を輝かせていた。そう、このイルカは本当に素直だ。
「ということでうちのイルカが帰ってくるまで、皆で補佐官の仕事や里運営のことを教えてやってほしい」
「「「もちろんです」」」
カンパチ一同、受付職員たちがドン、と胸を叩く。
「今度のイルカは問題なしですもんね」
「火影様も今回は一安心ってとこです…」
そこまで言って職員たちはサーッと青ざめた。
「えっと、もしかしてその、イルカの肩に乗っている猫様は…」
「え?」
カカシが首をかしげると、イルカの肩にのっていた子猫が低い声で言った。
「久しぶりだな、木ノ葉の下郎ども。まさか再び相まみえるとは思わなんだぞ」
ひえぇぇぇ、と声なき悲鳴があがった。
「やややっぱり、そそその猫様はあの時の」
職員たちが一斉に震えだす。ふん、と子猫は鼻を鳴らした。
「向こうへ帰るまで、せいぜい我につかえよ」
「「へへへへぇ〜〜〜」」」
七年前、この里で何があったか、説明されなくてもよくわかった。
「えっと…頑張ってね?」
早々にカカシは受付所を逃げ出す。そんな殺生な〜、という悲鳴があがったが、カカシとて我が身が可愛い。化け猫の電撃をくらうのはまっぴらごめんだ。しばらくは執務室にこもろう、内心そう決めていた。
☆☆☆☆☆
イルカは張り切っていた。今はゴネているが、夏にはカカシは五代目火影になる。その時に役に立つよう、補佐官としての仕事をこちらのカカシ、六代目火影について学んでいた。細かいところは秘書の女性が教えてくれるし、受付の同僚達も手助けしてくれる。なにより、この世界のシステムは合理的で素晴らしい。学ぶ価値がある。イルカの世界に比べて火影の権力も格段に強かった。戦争を経て復興を果たしたからだろう。汚れ仕事のコツも学べそうだ。素直で明るい質である分、イルカはカカシのためならなんのためらいもなく手を汚せる男だった。
子猫はイルカとともに火影屋敷で寝泊まりし、共に出勤して受付所に君臨している。皆、カカシまで子猫を恐れているが、その理由がイルカにはどうもピンとこない。根は優しい猫なのに。
今日も書類を持ってあちこち走り回り、受付所に立ち寄るとカカシと一緒に懐かしい顔があった。
「ナルト、おまえ、こっちのナルトか」
思わずうれしくて駆け寄る。
「立派になって。こっちじゃ上忍として頑張っているんだって?先生は嬉しいぞ」
両肩をだいてそう喜べば何故かナルトが涙ぐむ。
「よかった、このイルカ先生はオレのこと、ちゃんと知ってるってばよ」
いったい前、何があったのだ。
「何を言っている。知ってるも何もどれだけお前に手を焼かされたと思ってるんだ」
「へへ、向こうのオレもイタズラ小僧だったんだってば?」
「あぁ、アカデミーで一番のイタズラ小僧だった」
バンバンと肩を叩く。
「こんなに立派なお前をみたらきっとオレの世界のナルトも大丈夫だな。安心したよ」
「へへへ」
ナルトが照れたように笑う。イルカは破顔した。
「海賊王にオレはなるっつって二年前、木ノ葉を出ちまってな、この先どうなるか心配でたまらなかったんだが、ちゃんとやってるお前をみたらホッとした」
ずしゃあ、とナルトが床に潰れた。
「え、ナルト?」
カカシが額を押さえている。
「え?どうしたナルト、おい」
床に這ったままのナルトを揺さぶるがピクリともしない。
「ほっといてくれってば…」
「おい、ナルトぉ」
揺さぶっていると子猫が喉で笑った。
「こっちのナルトは繊細だな。そして我の世界のイルカはここの世界のアレより鈍感だ」
全くその通り、居合わせた全員がそう思った。 |