是清万華鏡イルカお礼巡り編1試し読み

 

 

 

「うおっ」

よろけたイルカの目の前でカカシが何か叫んでいる。揺れがさらに大きくなりイルカは地面に転がった。耳元でぴぃ、と悲鳴があがったのは子猫か。

「おいボロ、大丈夫か」

慌てて体を起こして子猫を呼ぶ。

「ボ…わぁぁぁぁっ」

思わず後ろにはね飛んだ。ドアップでテンゾウの顔が目の前にあったのだ。

「なっなんスか」
「イルカさん、ですよね」
「は?」

真っ黒な目がじーっとイルカを凝視している。

「めがねがない」
「へ?」
「モサい」
「はぁっ?」
「そしてこの猫」
「なんでぇっ」

足元の地面からきぃきぃ声がした。

「ボロ、大丈夫だったか」

慌ててイルカは子猫を抱き上げる。改めて周囲を見回した。

「あれ、カカシさん…?」

さっきまで一緒にいたカカシの姿がない。

「梅…咲いてるよ…」

相変わらず空気は冷たいが12月の刺すような冷気ではない。なにより本部玄関前の花壇の水仙が花盛りで小道の向こうの白梅も満開だ。

「別次元に跳んだんでやすよ、あっしら。そしてここはおそらく」
「やっぱりそうだ、乱暴な先輩にくっついていた猫」

是清の鼻先にずい、と指が突き出された。

「ぴゃっ」
「そしてイルカさん、乱暴な先輩のとこのイルカさんですよね?」
「らっ乱暴って、えっ、ええ?」

目を白黒させているイルカに目の前のテンゾウは怒涛のように喋り始めた。

「うっわ、奇跡ですね、これを奇跡と言わずになんとしましょうか。別次元の先輩がやってきただけでもとんでもないことだったのに今度はイルカさん、でも猫、お前はもれなくついてくるんだな。もしかして次元を越える鍵って猫、お前なのかな。まぁそんなことどうでもいいんですけど、やっぱアレですよね、前回は乱暴な先輩が拗れまくってた関係を修復しましたけど今回イルカさんが来たってことは解決してくれるんですよね?仏のカカシも三度までっていうか、もうね、先輩もいい加減煮詰まっちゃってるし、とばっちりは僕に来るしで大変なんです。とにかく何とかしてくださいよ。せめて別れるってのだけは撤回する方向に持っていってもらえませんかね。いやもう、これ以上のとばっちりはゴメンなんですよ。やっと世の中平和になったじゃないですか、僕だってかわいい彼女の一人や二人欲しいです。結婚適齢期ですし?自惚れとかじゃなく僕もそこそこいい物件だと思うんですよ。なのに未だに独り身って原因は絶対先輩ですよね?だからイルカさんと落ち着いてもらわないと僕の未来がですね、真っ暗なんです。同じイルカさんなんですから次元の違う世界だからってほっとかないで頼みますから力貸してくださいよ。このままじゃあんまり僕が可哀相じゃないですか、こんなに誠実でイイ男なのに〜」

「……なぁボロ、お前の言ってたチャラいテンゾウさんって」
「コイツでやすよ、ってことはここは仏のカカっさんの世界ってことでやすな」
「そっか、あの穏やかなカカシさんの世界」
「相変わらず口の回る木っ端野郎でやすな」
「全くだな、カカシさんが言っていたとお…」

そこまで会話してイルカと子猫は黙りこくった。怒涛の喋りに思考停止していたが、この男、なんかとんでもないことを言っていなかったか。

「「……別れるーーーーっ?」」

「はい」

こっくりとテンゾウは頷いた。

「さっきからそう言ってるじゃないですか」
「余計な情報が多いんだよっ」
「物事の核心だけいいやがれ、木っ端野郎っ」
「え〜〜」
「え〜〜、じゃねぇっ」
「でやすっ」

ぶー、とテンゾウは口を尖らしている。戻ってきたカカシが「チャラいテンゾウがいた」と話してくれたが確かに、イルカの世界のテンゾウと全く違う。

「って、アンタがうちのテンゾウさんよりチャラいのはどーでもいいんだっ」

がぁぁ、とイルカは頭を抱えた。

「え、なに?こっちのオレ、あんまりツンが過ぎてカカシさんに見放されたの?フラれたの?」
「落ち着いてくだせぇ、あにさん。仏のカカっさんに限ってそんなこたぁありぁせんって。たとえあにさんに飽きたとしてもでやす」
「飽きたのかーーーーっ」
「こっ言葉の綾でやすぅ」

ギャース、とさわぐ一人と一匹の前でテンゾウが小首を傾げた。

「え?先輩じゃないですよ。イルカさんが別れ話持ち出してるんですってば」
「「……え?」」
「言いませんでしたっけ?だからイルカさんが別れるって譲らないもんだから先輩が困ってて」
「早く言えーーーっ」

どうもこのテンゾウ、調子が狂う。

「イルカ先生」

白いマントが目の前に翻った。火影マント姿のカカシが立っている。急いでやってきた、という風で、それなのにふわりと柔らかく微笑む。

「あーっ」

イルカは思わず指差した。

「人ったらしのカカっさんだ」
「へぇ、これが仏のカカシでやすかい」
「また会えるなんてね。嬉しいよ、イルカ先生」

ふわり、とまた笑う。

「うっ、出た、イケメンスマイル」
「これが噂の写輪眼菩薩」
「もう写輪眼はなくなったんだけどね」

カカシはにこにことそう言う。ここの世界でも忍界大戦があり写輪眼を失くしたのだろうか。両目とも自分の目のようだからイルカの世界のカカシと同じようなことがあったのかもしれない。

「写輪眼はなくなっても先輩の人気は相変わらずですからね。火影菩薩って呼ばれてます」

テンゾウがどこか得意げに言った。カカシが小首をかしげる。

「火影菩薩なの?」
「そうです」
「知らなかった」
「先輩、自分のことになると呑気ですもんね」
「はは、耳に痛いな」
「わははは」
「笑ってる場合ーーっ?」

思わずイルカは叫んだ。

「別れ話の真っ最中なんですよね?別れるんですか?っつか、こっちのオレが悪いんですけどっ」
「いや」

カカシがきょとんとなる。

「オレは別れる気、ないけど?」
「でも先輩、イルカさん、婚活はじめてますよ?」
「そう、だから困ってる」
「ですよねー」

呑気だ!

イルカは地に膝をつきそうになった。もともとゆったりした感じのカカシだったが、火影になってますます鷹揚になってるんじゃないか。

「仏のカカっさん、そんな調子でやすから七年前もあにさんが意固地になったんでやしょ?」

イルカの肩に移動していた子猫が呆れ果てたといったふうに首を振った。

「あぁ、随分と世話になったね」
「世話しやしたよ。あっしらのカカっさんは気が短いでやすから、ベソかいたあにさんを慰めるの大変でやした」
「ベソかいたんだ、こっちのオレ」

カカシからはツンツンの自分がツンデレに開花した、としか聞いていなかったが、色々とあったらしい。

「戻ってからは上手くいってたんじゃねぇんで?」
「上手くいっていたんだよ、オレが火影に就任するまでは」

困り顔のカカシがため息をついた。

「六代目に決定したときに別れ話切り出されてね、イルカがオレのことを愛しているのはわかっているからそりゃあオレは頷かないよ?で、しばらくは大人しかったんだけど、里の復興が一段落した去年あたりからかな、別れ話を蒸し返すわオレの見合いを斡旋するわでねぇ」
「そうそう、でも先輩が動じないもんだからイルカさん、最近は婚活はじめたんですよ」

こっちのオレってバカだーーーっ

イルカは再度、頭を抱えた。なぜそういうバカなことをしでかしてるのか、こっちの自分の気持が手に取るようにわかる。それだけにいたたまれない。

「こっちのオレがとんだご迷惑を…」
「仏のカカっさんの優しさが仇になってんでさぁ。ねぇ、あにさんもそう思いやすでしょ?」

子猫が小さな肉球でぺしぺしとイルカの肩を叩いた。

「あにさんは一人勝手に納得するとこがありやすからね、そういうときはあっしらのカカっさんみたく無理やりねじ伏せて抱いちまえば」
「わーわーわーわー」

イルカは大声で遮って両手をバタバタさせるが子猫の言葉はしっかりカカシとテンゾウの耳に届いていた。

「え、そういえばイルカ先生、最初は力づくでって言ってたね。ホントに無理やりだったんだ。ねじ伏せられたんだ」
「あ、なんかわかる。あっちの先輩ならやりそうですよ。ホント気が短くて僕なんて何度ぶん殴られたか」

うんうんと子猫は頷いた。

「あにさんみたいなタイプにゃソイツが一番効くんでやすよ。男気溢れてるくせ、自分のこととなるとどーにもモジモジしちまっていけねぇ」
「ボローーっ」
「ぴゃっ」

肩の上の子猫をつまみ上げるとイルカは顔の前に持ってきた。

「お前なぁっ」
「事実じゃねぇですかい。好きならとっとと付き合えぁいいものをグルグルしちまって、あっしが一芝居うたなきゃどうなっていたことやら」
「そりゃそうだが、それは感謝してるがなっ、お前、もちっと言葉を選ぶとかだなぁっ」
「どう選びゃいいんで?」
「だからぁっ」

腕組みしたカカシがぼそりと呟いた。

「無理やり抱く、ねぇ…」
「ぎゃーーーーーっ」

ぽい、と子猫を放ればくるりとまわってカカシの頭に着地する。イルカは考え込むカカシの両肩をがしりと掴んだ。

「仏のカカシはそんなことしちゃダメですっ」
「でも…」
「だぁぁ、わかりました、わかりましたよ。オレがなんとかしますっ」

ドきっぱりと宣言する。

「こっちのオレの不始末はオレがきっちりケジメつけますよ。要はこっちのオレがこの世界に帰ったきた時、二度と婚活だの別れ話だの出来ない状態にしちまえばいいんですよね?」
「あれぇ、出来るんですか?こっちのイルカさんは手強いですよ?」

テンゾウが茶々入れてきた。

「お洒落だし芸術だの文化に通じてますからモテるんですよねー。モサいイルカさんを見せて失望させたところでこっちのイルカさんが戻ってきたら元の木阿弥ですよ?ギャップ萌でかえって逆効果だったり?わ〜〜、そしたら目も当てられなーい。」

うっぜぇーーーーーーっ

カカシがぶん殴るはずだ。

「煩くしないの、テンゾウ。イルカ先生に任せるしかもう手立てはないんだからね」

さすが仏のカカシ、大人だ。

「はぁ〜い、先輩」

イラッ

「返事もうぜぇでやすな」

カカシの頭の上で子猫が嫌そうに言った。

「あっしらのカカっさんならこの木っ端野郎、すでに三発はくらってまさぁ」

全くもって同感だ。だが今はこんな木っ端野郎にかまっている場合ではない。

「おいボロ」

ふしゅーっと大きく鼻で息を吐き出すとイルカは己に気合を入れた。

「とっとと片付けて自分の世界に帰るぞ」

そう、どうやらカカシの時と同様、問題を片付けなければ移動できないようだ。

「とりあえずこの世界のオレの立場、教えてもらえますかね」

カカシが頷く。

「六代目補佐官をずっと務めてくれていたけど、今年の四月から教頭としてアカデミーに復帰してもらう予定」
「オレと一年ずれてんのか」
「そうなの?」

カカシが目を細めた。

「引き継ぎは終わっているから3月の終わりの職員会議まで仕事はないはず。よろしくお願いね、イルカ先生」
「大丈夫です。必ず解決します」

どん、と胸を拳で叩いてみせればカカシはふんわりと春の花のような笑顔になった。

「うん、ありがとう」

花の笑顔のまま、テンゾウの肩を叩く。

「テンゾウに補佐させるから存分に…」
「いりませんっ」
「でやすっ」
「え〜〜〜〜」

くるりと踵を返せばテンゾウが追いかけてきた。

「補佐しますよ〜」
「いらねぇっつってっだろ」
「ほらほら、是清君を忘れてる」
「放しやがれ、木っ端野郎っ」

先が思いやられた。

 

 
途中部分の抜粋です。メガネっ子イルカの世界の初めの方。これの前に酷カカシの世界で暴れてきています。