こぼれる試し読み
 

こぼれる

「これ」

出たよ出た出た〜。
恐怖大王はたけカカシ。

オレのこと、嫌ってるくせ毎度毎度律儀に報告書、オレんとこに出しやがる。
ナルトに気を使ってんですかねー。でもアイツ、修行の旅に出ちゃってるから別に気ぃ使わなくったってぜーんぜん大丈夫なんですけどねー。

やっぱ嫌がらせだよな。任務書不備、オレがやらかしたと思ってるから絶対嫌がらせだよな。でも今回の任務書は完璧なはずだ。なんたってオレがしっかりじっくり吟味したんだからな。

オレは全力全開の営業スマイルを貼り付けて顔を上げた。

「任務、お疲れ様で…」

そのままオレは固まった。いやだって、だって、だってだな。

花が咲いてる。咲き乱れてる。

どこにって、はたけカカシ本人、頭から肩から、白い花が咲き乱れている。はらはらと柔らかい花弁が報告書の上に落ちてきた。トルコ桔梗のような柔らかい花、すずらんのような釣り鐘形の花、梅や桜のような形をした小さな花、どれも真っ白な花だ。咲いてははらりと花弁を散らす花々は報告書の上、カウンターの上に降り注ぐ。

って、これっていったい何ーーーっ。

 

 

うみのイルカは今年で26歳のアカデミー教師である。黒髪を頭のてっぺんで一つ括りにし、鼻の上を横切る古傷がトレードマークの人懐っこい青年だ。黒々とした大きな目が印象的で、子供や老人には好かれるが同世代の女性からは『良い人』のカテゴリに分類されやすく未だに恋人はいない。人当たりの良さと事務仕事の手際の良さから受付事務も担当させられている。そんな、誰からも好かれる、本人もあまり人の好き嫌いをしないうみのイルカであるが、唯一苦手としているのが上忍、はたけカカシであった。

はたけカカシ、木ノ葉の里の次期火影候補でありトップ上忍だ。左目にうちは一族しか持ち得ぬ写輪眼を有しているため、写輪眼のカカシとも呼ばれているこの忍び、逆立つ銀髪に右目は深い青のイケメン忍者である。黒い口布で鼻の上まで覆っているのだが、顔立ちの良さはバリバリわかる。なにより、本人は別に顔を隠しているわけではないので、食事時や居酒屋で晒された素顔を見た者達全員がぼぉっと見惚れ、美丈夫だというのは知れ渡っている、そんな上忍様だ。
一介の中忍には雲の上すぎるこの上忍を何故イルカが苦手にしているのか、嫌うほどの縁があるのか。

あったのだ、幸か不幸かご縁が。

イルカが担任をしていたうずまきナルト、うちはサスケ、はるのサクラの第七班上忍師がはたけカカシであった。初めて挨拶した日のことをイルカは鮮明に覚えている。これまで一度も下忍の合格を出したことがないと聞き、どれほど厳しい人かと酷く緊張したイルカに、柔らかく目を細めて気さくに挨拶をかえしてくれた。

最初の印象はだから「この人、すげー良い人」だ。

そう、最初は「すげー良い人」だったのだ。受付所に子供達を連れてきてくれたし、いない時にも様子を教えてくれたし、イルカのことを子供達が尊敬するあなた、なんて言ってくれたし、もう雲の上の上忍様なのにすげーすげー良い人だって、イケメンなのに気取らなくてマジ良い人って、イルカの中での人物好感度はうなぎのぼりだった。
その、三代目火影に次ぐ好感度がサイッテーな奴、に落っこちたのは中忍試験推薦の場だった。

『あなたの生徒ではない。私の部下です』

わぁってるわ、そんなこたぁ。

ペッシャンコにされたイルカは心の中でそう叫んだ。

自分が悪い。それはわかってる。

そもそも、上忍様に対して一介の中忍であるイルカが意見すること自体、あってはならないことなのだ。
ただ、こういってはなんだが、イルカは三代目火影のお気にい入りだった。一緒に飯も食えば三代目火影の私設秘書のような仕事もこなす。なのでその実「一介の中忍」には当てはまらない立場にあったのも事実だ。それをよく思わない者達もいたし陰口もたたかれたが、イルカ自身が有能で仕事をこなすものだから表立って誰からも文句をつけられたことはない。そんなイルカだからこそ、公の場でも臆することなく意見を言えたのだ。だがそれを徹底的に叩きのめしたのがはたけカカシだった。
七班の子供達のこともだが、己の甘えを鋭く突かれた気がしてイルカは凹んだ。ただ、自分が悪いと思ったら素直に反省するのがイルカのいい所である。中忍二次試験を七班が突破した後、イルカはカカシを探して謝罪した。心の底から己を恥じ、誠心誠意謝罪したというのに

「ん」

たった一言だった。こちらを見もせずたった一言。

いや、ありゃ「一言」じゃねぇ。「一音」だ!

思い出すだけで腹が立つ。もう関わるもんか、イルカはその時決めた。どうせ一介の中忍である自分と雲の上の上忍様とじゃ接点はない。だからもう関わることもないだろう。

そして起こった木ノ葉崩し、祖父同然に慕っていた三代目を亡くしたイルカはその悲しみと寂しさではたけカカシどころではなかった。
ナルトが綱手様を連れてきて五代目がたったり、サスケが里抜けしたり、ナルトが修行の旅に出たり、そりゃもう怒涛の日々でほんっと、はたけカカシどころではなかった。流石にサスケを追って大怪我したナルトを上層部の老人達を無視して連れ帰ってくれた時には感謝したが、それ以外ははたけカカシのことなんてミジンコも頭の中には浮かばなかった。
なのに、なのにだ。


「この任務采配したの誰。責任者はどこ」

空恐ろしい空気まとった里一番の上忍様の前でイルカは縮こまっている。

「またあなたか、うみの中忍、何かオレに恨みでもあるの?」

めめ滅相もないっ。

イルカは叫んだ、心の中で。だってこの上忍様、凄く怖い。声なんかでない。

「運がよかったから下忍二人、死なずにすんだけどね、どういう了見?あなた、仮にもアカデミー教師でしょ?教え子が無駄死にするとは思わなかったの?」

ぐぅの音も出ない。実際、この任務書を見れば無茶な割り振りだとわかる。なにせSランク任務だ。サポート希望は特上以上のトラップ要員だったはずなのに、実際に割り当てられたのは新米下忍二人だった。そりゃあはたけカカシでなくても怒る。というか、よくこの二人を守って任務達成させたなと思わず感嘆の嵐だ。物凄く怒られている状況でなければ。

「もう何回目?同じこと、オレはあと何回言わなきゃいけないんですかね」
「もっ申し訳ありませんっ」

イルカは九十度に腰を折った。

「二度とこのような失態のなきよう受付職員一同、気を引き締めて」
「こないだの任務の時もおんなじこと言ったよね?」
「………もっ申し訳…」

蚊の鳴くような声で再び詫びるイルカだが、実のところ本当の責任がイルカにあるわけではない。なんというか、上層部の勢力争いのとばっちりなのだ。

はたけカカシは三代目直系の弟子筋にあたる。三代目の弟子、自来也が弟子にしたのが四代目波風ミナトで、カカシの師匠だ。里には反三代目勢力というものが厳然として存在していた。三代目火影が亡くなり五代目としてたった綱手は里を長らく離れていて事情に疎ければ人脈もない。その間隙をついて反対勢力は矛先をはたけカカシに向けていた。
三代目の息子である猿飛アスマではなく、血縁関係のないカカシが標的になるのは、やはり誰もが認める次期火影候補だからだろう。部下であるサスケの里抜けの責任を厳しく追求できる今、ついでに任務でも失態をおかさせてやろうという意図がミエミエの書類処理をしてくるのだ。
つまり、AランクからSランクのサポートに下忍をあてがう、チームでの任務における装備を不足の状態で処理する、もしくは下忍が使う二級品を支給する、高ランク単独任務を出先からはしごさせる、などなど、任務をこなす者にはダメージが大きいが、周囲にはわかりにくい嫌がらせをしかけている。

もちろん、イルカ自身はそういうことには目をつぶれない性格であるから書類を受理することはない。猛然と担当上司に抗議する。その度に木ノ葉崩し以降の資材不足、人手不足を理由に退けられるが人の命がかかっているのである。イルカは火影に直談判する勢いで食い下がり、任務に支障の出ない形まで譲歩を引き出すのだが、再作成されたはずの書類はいつの間にかまた元に戻った状態でカカシに手渡されている。しかも出発直前にだ。
イルカはアカデミーが主であるから受付に入る時間は短い。イルカの仲間の同僚、つまり三代目派であり不当な書類に抗議する気骨の持ち主達は皆、アカデミー教師であって受付専属事務ではない。そのアカデミー教師達のシフトの合間を縫って不当な任務命令書がカカシに手渡されている。そして報告の際、責任者として叱責を受けるのがイルカだった。

カカシには悪いと思っている。怒るのも当然だ。そしてこんな酷い内容でもきっちりこなして皆を連れ帰るカカシを凄いとも思う。だがしかし、しかし、

とにかく怖い。カカシの叱責はほんっとーに怖い。

情けないというなかれ、表情一つかえない氷の美貌が、たとえ顔半分が額当てと黒い口布で隠されていても美形だということはわかる、その氷の美貌がこれまた氷点下の空気をまとって抑揚のない声で淡々と叱責の言葉を吐くのだ。怖くない人間がいるならお目にかかりたい。しかも、全面的に100%受付事務側の失態である。反論出来る余地など微塵もない。たとえ上層部の権力争いのとばっちりだとしても、命をかけて任務を行う人間にとってそれは言い訳にはならないのだ。

そして上忍の叱責を受けるのは「責任者」として最近教務主任になったイルカが引っ張り出されていた。教務主任はあくまでアカデミーでの責任者であり受付事務は関係ないとイルカは非常に不本意なのだが、居合わせた事務は腰を抜かすし事務局長は逃げ出すしで結局毎回叱責されている。受付シフトが入ってない時でも、「責任者は誰」の一言で何故かイルカがアカデミーから呼び出される。授業中だろうがなんだろうが有無を言わせぬ呼び出しだ。
有無を言わせず呼び出しているのはカカシではなく、カカシのことが恐ろしくてたまらない上司達だし、カカシの叱責もまっとうなものだとわかっているのだが、怖いものは怖いし理不尽極まりない。
すっかりイルカの中にははたけカカシへの恐怖が植え付けられてしまった。しかも中忍試験の時のしこりも謝罪した時の冷たい対応に腹立ったこともしっかり心の底に根を張っている。だからとにかくイルカははたけカカシが怖くて苦手だった。

〜〜中略〜〜


はたけカカシから花が降ってくる!
白い花が、柔らかい花弁の花々が、釣り鐘の形の花が、はらはらと降ってくる。受付カウンターの上に、報告書に、白い花弁が舞い落ちる。あんぐり口をあけて見上げていたらカカシが怪訝そうに首をかしげた。

「報告書だけど…」
「は…はへ…」

口から変な声が出たがそんなことにかまっている場合ではない。とにかく見上げたカカシに次々と白い花が咲くのだ。

「あっあのっ」
「何よ」
「花っ」
「は?」

カカシが周囲を見回した。

いや、アンタだアンタ、花咲かせてんの、はたけカカシ、アンタだよっ。

イルカは心の中で絶叫する。が、言葉にならない。人間、驚きすぎるとあぐあぐになんだな、と頭の隅で思いながら震える指でカカシを指した。

「そっその、何か術にかかりました?花咲かせる術とか…」
「はぁ?」

カカシの眉が不快そうにひそめられる。

「術?オレが?」
「だっだって、はたけ上…」
「イルカァ、お前、そこまで体調悪かったのかよぉぉぉっ」
「ふぐほっ」

左から衝撃にイルカは吹っ飛んだ。アカデミーの同僚で親友のヒラマサが掌底でイルカの顎を横に突いたのだ。

「なっなぁにしやが…ぐぉっ」
「ほら、やっぱ、倒れるほど具合悪いんじゃん」

ヒラマサがさらにげし、と足で踏んだ。その体勢でカカシに向かって九十度に腰を折る。

「申し訳ありませんっ、はたけ上忍。報告書はこちらで承りますですっ。はっ、こちらでございますかっ」

イルカを踏んだままヒラマサは迅速に報告書を処理する。

「問題ありませんっ、お疲れ様っしたーーーーっ」

再び腰を九十度に折ればカカシは一瞬、何か言いたげに体を揺らし、それから踵を返すと受付所を出ていった。はぁぁ〜、と安堵の空気が流れる。

「ふぉい」

ヒラマサの足元でくぐもった声がした。イルカだ。ヒラマサに踏んづけられたままだ。

「あ」

足をどけるとイルカは椅子に這い上がる。

「テメェ、何しやがる」
「いやだって、イルカ、お前こそはたけ上忍に何言おうとした」
「そりゃあ」

イルカはカウンターを指差した。

「あんだけ白い花、散らしてたんだぞ?びっくりするだろ」
「花?」
「だからほらっ」
「なにがほらだよ」

イルカは唖然となった。指差した先のカウンターにも床にも、どこにも花はない。

「なっなんで…」

周囲を見回した。何もない。あれだけ大量に散っていた花が、白い花びら一枚も残さず消えている。

「え、散ってましたよね?はたけ上忍から花が咲いて…」

右隣に座っていた事務専門の男に聞けば首を横に振る。

「ええ?花、散って…」

居合わせた誰もが怪訝な顔でこっちを見ている。

「……花、咲いてなかったか…?」

ヒラマサが首を横に振った。バシン、とイルカの両肩に手を置く。

「お前さ、ストレスだよそれ。毎度毎度はたけ上忍に叱られてっから」

バシバシと肩を叩いた。

「でもよぉ、あの状況でまた怒らせたらマズイだろ。今日は事前の不備なかったから助かったってのによ」
「あったりめぇだ。あの任務書、オレが作ったんだしな」

そう、さっきの報告書の任務書はイルカが全て作成した。もちろん装備もサポート人員も完璧だ。

「だったらなおさらだろ。怒られずにすむのに花とか術とかバカなこと言ってまた怒りかっちまったら」
「……花、見えてなかったのか…?」

イルカは呆然となる。自分だけだったのか、花が見えていたのは。確かに今、その痕跡は微塵もない。

「オレだけ…?」
「疲れてるんだって、イルカ」

ぽん、と背中を叩くとヒラマサが笑った。

「とにかく気楽に行こうぜ。オレも出来ること、サポートするしさ」

にへへ、と笑うヒラマサの茶髪頭にポン、と音がしてオレンジ色の花が咲いた。アカデミーの花壇によくある、マリーゴールドとかいう奴だ。イルカはぽかんとその花を見つめる。

「あと1時間だろ?終わったらお前、今日はすぐ帰れ」
「あ…あぁ」

生返事しながらヒラマサの頭を凝視していると、オレンジ色の花はふわんと宙に消えた。

……ホントに疲れてんのかな

イルカはカウンターに戻る。釈然としないままその日の業務を終わらせた。

〜〜中略〜〜


「うみのイルカ中忍、これより任務書改ざんについての尋問をはじめる」

自称ロマンスグレーの総務部長が威厳たっぷりに宣言した。たしかに整った男らしい四角顔だが、イルカとしては顔に精神の卑しさが噴出していると思っている。その自称ロマンスグレー総務部長は手下であろう中忍に合図をした。二人がイルカの体を押さえつけ膝立ちにさせられる。総務部長は太い木の棒を持っていた。

「ちょっと待て」

イルカは唸った。

「オレぁ今、懲罰房入りって処分を受けてる最中だ。アンタ、尋問する権利あんのか。尋問するんだったら拷問部よこせよ」
「やかましい」

いきなり棒で背中を殴られた。

「黙ってお前は協力者の名前を言えばいいんだ」

数度、木の棒で殴りつけただけでもう息があがっている。イルカはぶはっと笑った。

「アンタ、鍛えてねぇのなぁ。普段、何やってんだよ」
「なっ…」
「オレらアカデミー教師はな、曲がりなりにも最終防衛ラインってことで普段からかなり鍛えられてっぞ?外回りで遠出しねぇのは単に機密保持のためだけだからな?」

あっはっは、と笑ってやると顔に棒を振り下ろしてきた。両腕を押さえられているが顔は動かせる。当然避けた。総務部長が激昂する。体を押さえる中忍二人に怒鳴った。

「おい、コイツはまる二日、食べていない。お前ら二人でどうとでも出来るだろう」

やってしまえ、と総務部長が叫ぶと同時にイルカは動いた。左肩を外して拘束を抜け同時に右を押さえる中忍に強烈な頭突きをかます。鼻血を吹いてよろめく男の股間を強かに蹴り上げた。

「このっ」

左の男が飛びかかってくる前に肩を入れる。体を低くしたイルカは両拳にチャクラを集め突き上げた。相手の顎を砕く技だ。血と泡を吹いて男は動かなくなる。タマを潰された男は呻きながら逃げようと這っていた。

「トドメだ」

思い切り蹴り上げれば土壁に激突して動かなくなった。

「なっ…」

総務部長が腰を抜かした。尻で後ずさる男にイルカはニタ、と笑う。

「なんで、お前、弱っていたんじゃ…」
「さぁ、なんででしょうねぇ」

カカシのくれた兵糧丸と昨夜の弁当でイルカは元気一杯、チャクラも満タンなのだが、それを教えてやる義理はない。

「随分とコイツで殴ってくれたじゃねぇか」

落ちた木の棒をイルカは拾い上げた。

「あのな、曲がりなりにも中忍だろ?物理攻撃の衝撃はチャクラ移動でかなり防げるって習わなかったのか?」

バキン、と棒を握りつぶす。バラバラと木のクズが落ちた。

「アンタ、アカデミー教師、舐めすぎ」

あわあわと総務部長が逃げ出そうとした。その襟首を捕まえる。

「どーすっかな。アンタ人質にしてどっか交渉でもすっか。大人しくここにいてもなぁ、新手が来たらヤバいしなぁ」

ズルズルと総務部長を引きずってイルカは懲罰房の外へ出た。丸二日ぶりの太陽が眩しい。

「役立たずめ」

黒い影が二つ、イルカの目の前に降り立った。面をつけ白いプロテクターを黒のアンダーの上に装着している。

暗部…いや、違う。

イルカはギクリとなった。暗部に似ているがこの連中は違う。ダンゾウが率いる『根』の連中だ。

やべぇ…

背筋が凍った。さっきの二人は同じ中忍、しかも油断していた。だから何とでもなったが、『根』の連中は格が違う。どう足掻いたって勝てはしない。

だったら逃げるのみ。

イルカはにへ、と眉を下げた。

「ちょーっと待ってくださいよ。私は真面目に懲罰房に入ってたんですよ?この人達がいきなり襲ってきたんです。ですからやむなく外へお連れしただけで」

ぽーん、と総務部長の体を『根』の二人に向かって放り投げた。

「差し上げますーーーっ」

言いざま、イルカは逃げ出す。ここから本部棟まで直線距離で数百メートル、なんとかたどり着ければ助かる。ほんの数百メートル走ればいい。背後で悲鳴が上がった。総務部長だ。彼がどうなったのか恐ろしくて振り返れない。『根』の連中は邪魔になれば里の者も平気で殺す。突然足に何かが絡みついた。

「うわっ」

そのまま逆さ吊りになる。ぷらーん、と揺れるその下に『根』の二人がスッと立った。

「え〜っと、なんで私が捕まってるんでしょう」
「では聞こう」
「何故逃げた」
「質問に質問でかえしちゃいけないんで…すすすすいませんです〜〜」

殺気をぶつけられてイルカは大慌てで謝った。ぷらーんぷらーんと体を揺らす。

「えええー、私は一介の中忍ですよ〜。そりゃ無能で失敗して懲罰房入りしましたけど、けっして暗部の方のお世話になるようなことは」

くくく、と『根』の忍びが肩を揺らした。

「確かに、情報通り、食えない先生だな」
「懲罰房の中で潰れてる中忍、お前がやったんだろ?全然無能じゃないぜ?」
「お褒めにあずかり恐縮です〜」

ヤバイな…

イルカは内心焦った。コイツらは『うみのイルカ』を拘束しにきている。桁違いの実力差、そしてここには助けは来ない。せめてパックンがいてくれたら、そうしたらカカシに連絡出来るのに。もしくは今夜、カカシが懲罰房を訪ねてきてくれないだろうか。いなくなったのがわかれば捜索してもらえる。それまで生きていられれば、の話だが。

「助けは来ないぞ。はたけカカシは里を離れている」

イルカの考えを見透かしたように一人が笑った。

「お前は我々が暗部ではないとわかっているんだろう?」

なぁ、うみのイルカ先生。

面の向こうで笑っている。冷たい汗が背筋を流れた。まずい。どうすればいい。連れて行かれたらもう打つ手はない。

 
     
 

こんな感じでイルカ先生、大暴れしたり乙女になったり、大忙しです。カカシさんはそんなイルカ先生が愛おしいんだけどなかなか伝えられません。