「チャン◯ム、最終回よかったですねぇ。」
「大団円でしたね。」
カカシとイルカはずず、とコタツの上のお茶をすすった。正月休み、二人は一年にわたって放映された韓国ドラマ「チャン◯ムの誓い」最終回を見終えたところだ。
「チャ◯グムの誓い」とは元タイトルを「大長今」という。宮廷の料理を担当するスラッカンの女官から、国王の医務官にまでなった「チャング◯」という女性のハラハラドキドキ、山あり谷あり人生ドラマだ。各国で高視聴率をたたき出したという有名ドラマに、カカシもイルカもこの一年、どっぷりはまっていた。
「でも終わってしまうと寂しいですよね。毎週の楽しみがなくなったっていうか、あのテーマソングが流れた時のドキドキ感がもう味わえないっていうか。」
みかんをむきながらカカシが少ししんみりする。オープニングで高まる期待感とか、エンディングの余韻といったものがカカシは好きだ。
「最後までハラハラの展開でしたからね。」
丁寧に筋をとりながらみかんを口にいれるカカシの正面で、何事にも豪快な恋人は皮を剥いたみかんの半分を一度に口に放り込んだ。
「でもチャング◯も無事、ミン ジョン◯様と結ばれてよかったです。娘も産んでましたし。」
ごっくんとみかんを飲み下す恋人にカカシは頷いた。
「まったく、オレ、もしかして一生プラトニックかってある意味心配してたんですけど。」
「え?なんでそれが心配なんです?」
きょとんとする黒い目が可愛いなぁ、などと思いながらカカシはなにげなく言った。
「ジョ◯ホ様、本懐遂げられてよかったですねってことです。や、さすがにキツいでしょ、一生触れずにただ見守るだけっての。」
「キツい…ですか…?」
「そりゃそうでしょ。惚れた女の側でずっと手ぇださずにいるって、オレなら無理、っていうか、男なら無理ですよ、ぜ〜ったい無理。」
本当に何気ない一言だった。
「宮中から追い出されなくても、ミン ジョン◯、側にいたらいつか絶対手ぇ出したよね。でもそれじゃドラマ的にどうよ、ってなっちゃうし、まぁ、いい展開でしたよ。二人とも宮中追いだされて結ばれた後に名誉回復ですから、恋愛も人生もめでたしめでたし、ってことで…」
突然バン、とコタツの天板が跳ねた。
「ミン ◯ョンホ様はそんな人じゃありませんっ。」
驚いて顔をあげるとイルカが憤怒の形相で両手をコタツについている。
「カッカカシさんは今までジョン◯様の何を見ていたんですか。あの人はそんな人じゃありませんっ。」
「へ?」
恋人は怒りで体を震わせている。
「ちょっちょっと、そんな人じゃないって、ドラマですよ?怒ることな…」
「オレのジョ◯ホ様は見守り系男子No.1なんです。そのジョ◯ホ様が欲望に負けて手を出すようなあさましい真似をするはずないじゃないですか。あなたじゃあるまいし。」
カチン、ときた。オレのジョン◯様ってなんだ、しかも『あなたじゃあるまいし』?
「へ〜、あさましい真似、ね。」
すぅっとカカシは目を細める。
「でもアンタ、オレがそのあさましい真似しかけてくるの、大好きじゃない。」
「なっ…」
イルカが羞恥に顔を赤くした。
「なんだとぉっ…」
「事実でしょ。」
イルカの唇がわななく。
「オレのジョン◯様は絶対そんなこと言わないっ。」
「へぇ、いつミンジョ◯ホがアンタのになったのよ。」
ますますカチンときたカカシは鼻で笑った。
「見守り系男子No.1?ハッ、アンタ、見守られたいわけ?いい年した男がよく言うよ。恥ずかしいったら。」
だがイルカも負けてはいない。同じようにフン、と口元を釣り上げた。
「見守る度量のない男に言われたくねぇわ。あ〜ちっせぇ、ちっせぇったらありゃしねぇ。」
「見守られたいならその性格、なんとかしたら?ミン ジョン◯も裸足で逃げ出すんじゃないの?」
売り言葉に買い言葉、言い合いはどんどんエスカレートしていく。
「だいたいさ、そーんなに見守ってほしいなら、少しは品性と色気を両立させてみなさいよ。ハン サン◯ン様みたくさ。」
「ハン サング◯様って、へ〜、チャング◯じゃなくてハン サング◯様なんだ、もしかして熟女専?」
「熟女、いいじゃない、オレ大好きよ熟女、ハン サン◯ン様、理想の熟女だぁよね。」
「あ〜そうですか、熟女専ですかぁそんなに熟女好きでしたかぁ。さすが木の葉のエロ事師はレベル違うわ。」
「見守られたいなんぞ抜かす男に熟女の良さはわかんないでしょ。なーにがミン ジョン◯、見守り系?笑わせんじゃないよ。」
「ハン サング◯がなんぼのもんじゃあっ。」
「ミン ジョン◯なんざ屁でもないねっ。」
「言ったなぁっ。」
「言いました〜っ。」
「こんのド腐れ上忍っ。」
「なにをぉ、ド鈍中忍。」
ふん、と二人は立ち上がった。
「「おもてに出やがれっ。」」
「で、通りのごみ置き場を吹っ飛ばしたと。」
じろり、と睨まれ、カカシとイルカは身を縮めた。昨夜、喧嘩したあげく道ばたのごみ置き場を吹っ飛ばした二人は火影の執務室で夕べの経緯を問いただされている。
「イルカ、まずお前が水遁水流弾をカカシに向かって打ったのだな。」
「はっはい…」
「で、カカシ、お前が火遁で迎え撃ったと。」
「はぁ、まぁ…」
「結果、水蒸気爆発が起こってごみ置き場が吹っ飛んだ。」
「「その通りです。」」
「………お前ら。」
顔を引き攣らせる火影に二人はまくしたて始めた。
「いや、オレもまさか水蒸気爆発起こるとは、というか、まさか水遁が来るとは思ってなかったというか。」
「だってアンタがハンサング◯様ハンサング◯様って。」
「アンタだってジョンホジョンホってうるさかったじゃない。」
「だからってなんで主人公そっちのけでハンサング◯様、なんで熟女。あそこでチャング◯がいいって言われりゃここまで頭にきませんよっ。」
「アンタが先に『オレのミンジョンホ』なんて言うから腹立ったんだよっ。チャング◯は主人公だから比較対象外ってわかんない?」
「言葉の綾ですっ。カカシさんのがいいに決まってますっ。」
「オレだってイルカ先生のが可愛いって思ってるよっ。ただあの時はドラマのキャラってわかってても妬いちゃったっていうかっ、そのっ…」
「オレだって妬いたんですっ。だってオレにはハンサング◯様みたく色気ないし美人じゃないしっ、だから…」
「……あの。」
「………はい。」
「イルカ先生は色気十分ですよ?これ以上色気でちゃったらオレ、心配で任務いけなくなるっていうか…」
「そっそんな…ホントに?」
いつの間にか言い合いが睦言に変わっている。イルカが頬を染めて俯いた。カカシはそっと恋人の手を握る。
「オレにとってはアンタが一等美人で可愛くて色っぽいよ。」
「ホントはオレ、カカシさんが世界一イイ男だって思ってます。」
「イルカせんせ…」
「カカシさん…」
手を握りじっと見つめ合う。
「お前らぁぁぁっ。」
次の瞬間、地獄の底からわき出すような声に二人はハッと我に帰った。
しまった、執務室だった。
後悔は後からするから後悔、そんなことが頭をよぎるがもう遅い。
「こんの馬鹿たれがぁっ。ドラマごときで騒ぎを起こすな。カカシ、中忍の水遁くらい押さえ込め。それでも上忍か。イルカッ、教師たるもの、我を忘れて術を繰り出すとは何事だ。お前らっ。」
すぅっと五代目火影は息を吸い込んだ。咄嗟に二人は耳を塞ぐ。
「これから一週間、受付棟のトイレ掃除だ。わかったかっ。」
ビリビリビリ、と衝撃波で窓が震えた。転がるようにして二人は執務室を逃げ出す。ガツン、と何かがドアを直撃する音がしたが、恐ろしくて振り返ることは出来なかった。
それから一週間、写輪眼のカカシとアカデミー教師がせっせとトイレを磨く姿が受付棟のあちこちで見られたが、ピカピカに磨き上げたトイレを満足そうに眺める写輪眼のカカシが恐ろしくて皆、トイレを使うことが出来なかったという。
二人が「チャング◯の誓い」の後番組「ホジュン」にはまっているかどうかはまだ誰も知らない。
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