スマホをカカシが持ったらね
「カカシさんカカシさん」
なにやら上機嫌な声にカカシは読んでいたイチャパラから顔をあげた。イルカがノートパソコンに繋いでいたスマホを外しにこにこ顔で差し出してくる。
「はい、音楽、入れておきましたよ」
イルカは新し物好きだ。火の国で『スマホ』なるものが流行り始めると早速購入してきた。使い方をカカシにあれこれレクチャーしてくれたのはつい昨日のことだ。
確かに、すぐに情報が集まり連絡がとれるところは式よりも便利だし、まだ大きな集落とその周辺しか使用できないとはいえ都市部での任務では重宝するかもしれない。なにより、「これでカカシさんとすぐ連絡できますね」と輝くように笑ったイルカを眺められただけでカカシは幸せ一杯だ。
そして今日はこの『スマホ』なるものに音楽を入れてくれた。任務ばっかりのカカシには遊び心が必要なのだという。
カカシは音楽や美術、芸術全般に造詣が深いが、それは楽しみのためではなく任務に必要な情報として収集してきた結果だった。だから自分の楽しみとしてスマホで音楽を聞くのもいいとイルカは主張する。なにやらイルカがスマホをいじりたいだけの気もするが、カカシの楽しみはイルカの笑顔なので問題はない。そのイルカはニコニコ顔で説明をはじめた。
「音楽聞く時はここをタッチして、これが音量です。で、ジャンルごとにフォルダ分けました。こっちがクラシックでこっちがロック、アルバムやアーティスト画像があるからわかりやすいですよ」
「ありがと、せんせ」
早速カカシは一覧を表示させる。イルカは驚くほど確かにカカシの好みを把握していて、別に指定していないのに好きなアーティストのアルバムやシングルを入れてくれている。クラシックは指揮者や演奏者までカカシ好みのチョイスだ。
「凄いねセンセ、オレの好きなのばっかり」
「そりゃあカカシさんのことですもん」
ちょっと得意そうに顎をあげるイルカが可愛い。
「これ、ナルトの情操教育にも利用できそうだぁねぇ」
そう言いながらプレイリストをスクロールしていたカカシの手がふと止まった。
「あれ…」
見覚えのない曲がいくつかある。
「アイドル◯スター?」
曲の横のアイコンは金髪や茶髪のいわゆる『萌え』な女の子達のアニメ画像だ。ちら、と横を見るとイルカが目をキラキラさせている。
「せんせ、これって…」
「うへへ」
期待に満ちたイルカの目、カカシはその中の一つをタッチした。『萌え』画像が大きく表示され曲がはじまる。『萌え』な女の子の歌声が流れてきた。
「…………」
「は◯かです」
「……………」
「おすすめを入れておきました」
イルカのキラキラ笑顔が眩しい。うっ、とカカシはひるんだ。
「あの、センセ…」
「は◯か押しです」
「や、だから」
「カカシさんにも聞いてもらいたいなぁって」
てへ、とイルカは舌を出した。
「きっと気に入ります」
イルカははまりやすい。そして今、萌え系アニメにはまっているのは知っている。しかしカカシは萌え系アニメにも女の子キャラにも興味はない。
「あのね、せっかくですけどセンセ…」
「なんならは◯か以外の子の曲もいれましょうか?」
「………」
ここは黙って受け入れるべきか。好きでなければ聞かなければいいだけのことだ。しかし、自分がスマホを持っていたらナルトやサクラ、ヘタすればテンゾウやら暗部の後輩やらが覗きにくるのは火を見るより明らかだ。そしてこのプレイリストを見られたら、というか、この萌え画像なアイコンを見られたら…
「申し訳ないですけどセンセ、オレ、これいりません」
「えええっ」
信じられない、といった目でイルカがカカシを見つめた。
っつかなんでオレが拒否しないって思ってたわけ?
イルカには己の好きなものはカカシも好きになると信じてやまないところがある。いつもならそれはとても可愛いと思えるのだが、今回はダメだ。暗部の先輩として、里の未来を担う子供達の上司として絶対ダメだと何かが叫ぶ。
「ごめんね、センセ。ちょっと好みじゃないっていうか…」
「なんでですっ」
うるっ、とイルカの目が潤んだ。
「はっは◯かがこんなに一生懸命歌っているのにっ」
「いや、一生懸命って…」
思わずたじろぐ。だがはやりここは心を鬼にして断固拒否だ。
「やっぱりね、悪いけど…」
「は◯かはですねっ、すごく一生懸命な子なんですっ」
イルカが叫ぶように言った。
「カカシさんはアニメ観てないからっ、映画でのはる◯のエピソードなんてオレ、感動で涙でましたよっ」
アニメも映画も観てないから余計にいらないのだとは頭に回らないらしい。
「こんなに一生懸命なは◯かをなんで拒絶するんですっ、ホントにいい子なんですよは◯かはっ」
「せんせ、だからね…」
「可愛いだけじゃなく一生懸命な子なんです、凄く純粋でいい子なんですっ」
「あのね、せんせ」
「なのになんでそんな酷いこと言うんです、こんなには◯かは可愛くていい子なのに、カカシさんには彼女の純粋さや一生懸命さがわかんないんですかっ」
「いや、酷いってアンタ」
「いいですよ、もう聞いてなんて頼みません。は◯かのよさはオレだけが知ってますから、オレはは◯かをずっと応援しますから」
さすがにカカシもかちんときた。アニメとはいえ恋人である自分そっちのけでは◯かは◯かとは◯か贔屓も度が過ぎる。第一ここ最近、このアニメとゲームにかかりっきりでカカシはほったらかされていたのだ。
「あのね、一生懸命一生懸命っていうけど、仕事なんだから誰だって一生懸命歌うでしょ」
「それでもは◯かは一生懸命なんですっ」
「一生懸命でもいりませんよオレはこんなの」
「こんなのって言いましたねっ」
「言いましたよっ、何が悪いんですっ」
「おのれ、アイマスファンの敵めっ」
「なにがアイマスですか、だいたいオレそっちのけでは◯かは◯かってうるさいんだよ、こんな二次元クソだねクソ」
「なんだとぅっ、オレのは◯かをクソ呼ばわりしたなぁっ」
「だから何っ、ホントのことでしょっ」
「なぁにぃぃっ、表でろやぁ」
「上等っ、は◯かとオレ、どっちがいいかはっきりさせてやるからねっ」
「は◯かに決まっとろうがぁ」
「まだ言うかこの口はぁっ」
「「決着つけてやるっ」」
☆☆☆☆☆
「で、ゴミ置き場をまた破壊したと」
「はっはぁ…」
「勢いで公園とおりまで破片が吹き飛んだと」
「や、一応迷惑かからないよう配慮はしたつもりなんですが」
ははは、と頭をかくカカシに五代目火影のこめかみがひくりと動いた。イルカが慌てて前に出る。
「申し訳ありません。今回のことは全面的にオレ…私の責任です。私がつまらないことをやったばかりに、カカシさんにはなんの咎もないんです」
がばり、と頭を下げた。
「罰ならば私一人におあたえ下さい。私の独りよがりをカカシさんに押しつけさえしなければ」
「独りよがりだなんて言わないで、先生」
深々と下げたイルカの背にそっとカカシが手を添えた。
「オレが悪かったんです。先生が好きなものをあんな風に否定して。誰だって好きなものをバカにされたら怒りますよ。ホント、ごめんなさい、イルカ先生」
イルカの体を起こしカカシはふわりと笑いかけた。
「オレね、は◯かに焼きもち焼いちゃったんです。先生の心をとられちゃったみたいで寂しくて」
「カッカカシさん」
イルカががしり、とカカシの手をとる。
「なっなにを言うんです、オレのすべてはカカシさんのものなのに」
「せっせんせい…」
「オレの方こそごめんなさい。は◯かよりもアイマスのどんなキャラよりも、いいえ、オレがこれまでみたどんな萌えアニメのキャラよりカカシさんを愛しています」
「先生、ホントに?」
カカシはイルカの手を両手で握り返した。イルカが力強くうなずく。
「当たり前じゃないですか」
「オッオレも、オレも愛しています、イルカ先生っ」
「オレのカカシさん」
がっ、と二人は抱き合った。
「嬉しい、先生。オレ、オレ、今度アイマスのアニメ、観ますよ」
「はい、映画も一緒に行きましょうね」
「イルカせんせー」
「カカシさぁん」
ぺし、ぺこ
二人の頭が柔らかくはたかれた。いつのまにか執務机から立ち上がった五代目が傍らに立っている。
「……えっと」
五代目はにっこり笑うと、そのまま二人の首根っこを掴みぽい、と執務室の外へ放り出した。廊下に転がった二人の上にハラリと一枚の通達書が落ちる。そこには火影印とともにこうあった。
『はたけカカシ、うみのイルカ、両名に一ヶ月のゴミ置き場清掃、および任務報酬、給与返還を命じる。なおはたけカカシの銀行口座は向こう三ヶ月凍結とする』
「えっ」
「うそっ」
ざぁ、と二人は青くなった。
「ごっ五代目、この口座凍結って」
「そんな、五代目、オレ達この一ヶ月、どうやって暮らしていけば、っつかアイマスのDVD発売がっ」
「「掃除でも何でもやりますから、五代目〜〜」」
呼べど叩けど執務室からは何の返答もなかった。
以後一ヶ月、二人がどうやって生活したかはまた別のお話。
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