「う〜ん、さすがヴィスコ◯ティ、何度見ても凄みがある映画ですねぇ。」
たまたま夕食時にテレビをつけたら、木の葉教育テレビで古い映画をやっていた。
これまで何度もみたことのある映画だったが、好きな監督のものだったのでつい最後までみてしまったのだ。
「主演のア◯ダ・ヴァリがいいですよねぇ。最後、自分を裏切った男を密告してしまう、あのあたりの追いつめられ様といい、笑いながら路地を歩くシーンといい、なんていうか、人間の業って奴ですかね、怖いですよ。」
大好きな映画なのでオレはついつい熱弁をふるってしまった。
普段何かをみたらすぐ影響されて大騒ぎするのはイルカ先生なのだが、今日は立場が逆だ。
イルカ先生も同じことを思ったようで苦笑している。
「カカシさん、本当にこの監督の映画、好きですよね。先月も同じ事、言ってましたよ。」
そうかもしれない。
ちょっと照れくさいが、自覚したところで盛り上がった気分がなくなるわけではないし、イルカ先生が相手なので遠慮なく語ることにした。
「そりゃね、何度みてもいいんですもん。でも、今日の翻訳、誰でしたかね。男が罵る場面の言葉、前に観た奴より秀逸っていうか、あれじゃあ殺意もわきますよ。」
「え?どう違ったんです?」
「だからね、前回、嘘がバレた男の罵り言葉は『淫売、売女』だったんです。でも今回は『おばさん』ですよ『おばさん』そりゃ怒るでしょう。」
ぐっと拳を握るオレをイルカ先生はきょとんと見た。
「そうですか?淫売の方が傷つくと思いますけど。だっておばさんはある程度年齢がいった女性なら当然っていうか、本人の資質じゃないでしょう?年を取るのは自然の摂理なんですし、でも淫売とか売女って言われたら、人格の否定じゃないですか。」
「甘い、イルカ先生、女心わかってませんねぇ。」
ちっちっち、とオレは指を振る。
「淫売と呼ばれたって女は傷つきませんが、おばさんとかばあさんと呼ばれると殺意を抱くのが女です。」
「え〜、そんなもんですかぁ?」
イルカ先生は笑って全然本気にしない。
「オレは淫売の方がヤダなぁ。」
「絶対おばさんの方が傷つきますって。」
「じゃあ試しにカカシさん、オレに二つのセリフ、言ってみてくださいよ。」
可愛いこと言うなぁ。
「はは、試しに言ったとこで腹はたたないでしょうに。」
「それは言ってもらわないとわかりませんよ。」
映画なりきりごっこの好きなイルカ先生は楽しそうだ。オレもちょっと興奮した。名画のワンシーンを恋人相手に演じてみる、なんだかわくわくするじゃないか。
「ほらほら、まず淫売、売女、から。」
イルカ先生、ノリノリだ。
も〜、ますます可愛い。アイ◯・ヴァリの千倍可愛いよアンタ。
コホン、とオレは咳払いするとセリフを言ってみた。
「この淫売、売女。」
タハーッ、照れくさい。あはは、とイルカ先生が笑った。
「ダメですよカカシさん、ちゃんと役者になりきらなきゃ。全然キませんって。」
「ええ〜、じゃあ〜。」
オレはコホンコホン、とまた咳払いした。うわ〜、照れるなぁ。
「いきますよー。」
すぅっと息を吸うとオレは映画の役者を思い出しながら顔を歪めてみせた。
「この淫売っ、売女っ。」
「上手い上手い。」
大好評だ。結構上手く出来てるじゃないかオレ。
「もう一回アンコール。」
「淫売っ、売女っ。」
あはは、とイルカ先生が笑った。
「すっごいカカシさん、役者の才能ありますよ。でも淫売とか言われても殺意まではきませんねぇ。」
「そりゃイルカ先生は淫売じゃないからでしょ。」
なりきりごっこって案外楽しいなぁ。恋人同士のじゃれあいに向いてるよね。
「じゃあ次の奴、言ってみてくださいよ。」
「おばさん、って奴?」
「オレ、男ですからおばさんじゃピンときませんよ。」
なるほど、流石なりきりごっこの達人。
「そっか、じゃあ男仕様で。」
エホン、と改まるとまた役者を真似て口元を歪めた。
「この『おじさんっ』」
「え?」
あ、ピンとこなかったのかな。オレはもう一度繰り返した。
「このおじさんっ。」
「………今、なんて…?」
あれ、通じてない。おばさんの男仕様だからおじさんだと思うんだけど。
「おじさんっ、このおじさんっ。」
イルカ先生は反応しない。オレは更に大声で叫んだ。
「お・じ・さ・んっ。」
バーン、と派手な音をたてて卓袱台がひっくり返った。すくっとイルカ先生が仁王立ちしている。
「表出ろやごるぁっ。」
本物の殺気、ってか何で?どーして?
「ぶっ殺す。」
えええっ、ちょっ待って、待ぁってぇぇぇっ
「で、アパートの二階部分を半壊させたわけか。」
五代目火影は苛立ちを隠しもせずトントンと机を指で叩いた。
「はっはぁ…」
「おじさんと言われて頭に血が上ったと?」
「はい…」
カカシとイルカは火影の執務室に呼び出されている。
「あ、でもですね、五代目、オレの言った通りだったんですよ。」
しゅん、と身を縮めていたカカシが顔を上げた。
「今回のイルカ先生の反応で証明されたんです。男でも女でも、淫売よばわりされるよりおじさん、おばさん呼ばわりされる方が殺意がわくって。」
ねっ、とイルカを覗き込む。
「やっぱり昨日の翻訳者、正しかったんですね。あのセリフで名画のラストがますます引き立ちましたよ。まさに名訳です。」
「そう思います。オレ、カカシさんに『おじさん』って言われた途端、目の前がまっ赤になって、やっと主人公の気持ちがわかりました。」
昨夜とうってかわってイルカはしおらしい。
「壮絶なラストですもんね。」
カカシはぐっと親指をたててみせた。
「でも安心してイルカ先生、オレはあなたがおじさんになろうとじいさんになろうと可愛いって思う気持ちに変わりはありません。」
イルカが頬を染めた。
「でもおじさん呼ばわりはイヤです。オレは永遠にあなたには可愛いイルカって言われたい。」
もじもじそう言うとカカシがぱぁっと顔を輝かせた。
「も〜、当然じゃないですかー。センセったらかぁわいいんだからぁ。」
肩を抱き寄せる。イルカはその腕に身を預けた。
「カカシさん。」
「イルカせんせ。」
「お前らぁぁっ。」
執務室に怒号が響き渡った。
「このたわけがぁっ。」
「わ〜〜っ。」
「ひぃ〜〜っ。」
執務室のドアから上忍と中忍が必死で飛び出したと同時にドゴン、と何かが砕け散る音がした。
「アパートの修理費はお前らの給料からさっ引く。今日から一ヶ月、お前らごみ置き場掃除だーっ。」
それから一ヶ月、里中のごみ置き場ではせっせと掃除する里の誉れとアカデミー教師の姿があった。
綺麗になったごみ置き場を満足そうに眺める二人が恐ろしかったのかなんなのか、ゴミの分別がきちんとなされ不法投棄がなくなったという。
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