受付所にアカデミー勤務を終えた中忍が入ってきた。
「お、イルカ。」
カウンターの中にいる中忍が片手をあげた。
「手伝ってくれるのか?」
「バカ言え。オレは今日当番入ってねぇっての。五代目の印鑑もらいにきたんだよ。」
イルカと呼ばれた黒髪を一つくくりにした中忍は書類片手にやはりカウンターの中にいる五代目火影の前に歩み寄る。そのはずむような足取りに五代目綱手は目を瞬かせた。
「どうしたんだい?えらく機嫌がいいじゃないか。」
「あ、はは、やっぱりわかりますか。」
照れくさそうに黒髪の中忍は鼻の上を横切る一文字の傷痕を指でかく。そして五代目を筆頭に受付所にいた全員が、この中忍に話を振ったことを心底後悔することになった。
「赤や黄色の照る葉を敷き詰めた山の斜面で眠るあの人の神々しいまでの美しさといったら、はらはらと舞い落ちる木々の葉はかの美神を彩るための神々からの贈り物にちがいありますまい。晩秋の陽が白く柔らかく眠るあの人を包み込んでいました。オレはただ跪いて、そう、あまりの気高さに胸打たれたのです。オレの愛は祈りとなり天に昇りました。願わくばあの人をつつむ陽光に溶けて常に美しきあの人の側に。」
延々と続く賛辞の形をしたノロケ、だが、うっとりと目を潤ませる中忍の迫力に誰も口を挟めなかった。ノロケを止める事もできず、かといって互いに牽制しあっているせいで受付所から出て行けない。
直接話振ったんだから責任持って止めて下さいよ。
全員がその想いを視線にこめて五代目をみるが逆に睨み返された。無言の攻防が繰り広げられる中、中忍のノロケは続く。
「静かでした。万物がかの美しき人の眠りの邪魔をしないよう息を潜めていました。静寂で厳かな空気が辺りに満ちています。突如オレの心に嫉妬の火が忍び込みました。嫌だ、あの人を見るな。このかぐわしい人の眠りを見守っていいのは恋人であるオレだけだ。誰にも、それがたとえ秋を司る神々であってもあの人の寝顔を見せたくない。小さかった火はあっというまにこの身を焼き尽くす炎となってオレを苛みました。」
「あれ、イルカ、他に誰かいたのか?」
同僚の一人がぽろ、と質問した。途端に周囲からボコボコと殴られる。
「バッカ、お前っ、比喩表現くらいわかれっ。」
「話長くなるだろーがっ、アホッ。」
案の定、黒髪の中忍は我が意を得たり、という顔をした。
「森の木々が、秋の空が、そして大地があの人を見つめていた。」
中忍はうっとりと胸の前で両手を組む。後ろでドゴドゴッ、と何かが大勢に踏まれる音がしたが、中忍の語り口が熱を帯びたことには誰も何も言わなかった。
「そう、オレは全世界を敵に回してでもあの人を独占したい。眠るかの人の側へ膝をつくとオレはそっと呼びかけた。美しき人の名を、カカシさん、と。」
カァカァ、と窓の外でカラスが鳴いた。窓越しにみえるのは夕焼け空だ。
「花のかんばせを眺めることのできるこの幸せよ、ふるり、と銀の睫毛が震えたとおもうと、美神はその目をあけ瞳にオレを映してくれた。」
そういや冬至が近いもんなぁ、日が暮れるのも早くなったよなぁ…
受付所にいる全員が同じ思いで外を眺める。
「深く澄んだ青がオレをとらえて、心地よい風が吹くようにかの人はオレの名を呼んだ…イルカ先生、と。」
あー、一番星みっけー。
一人が無言で指をさし、皆、それに目を細めた。
お星様って願い事きいてくれるんだっけか?
結局、一番星の周囲に他の星が瞬き始めた頃、あ、あの人が帰ってくる、こうしちゃおれん、と中忍は急いで帰って行った。忙しいのに参ったなぁ、と言い捨てて。
「イルカ先生いますかー?」
銀髪の上忍が報告書を持って受付所に顔をのぞかせたのはその数分後だった。
「あ、もう先に帰っちゃったか。ま、いいや、はい、報告書。急いでね、センセが待ってるだろうから…ってアレ、皆さん、どうかしたの?綱手様?」
「……カカシ、お前、昼間何してた…」
きょとり、とした上忍はてへ、ときまり悪げに頭をかいた。
「あ〜、別にサボってたわけじゃないんですよ。小春日和だったし、ちょっとね、ウトウト。や〜、にしても起こしてくれたのがセンセでよかった。結構爆睡しちゃってて、涎たれてたの、アハハ。」
「アハハ、じゃなーーーいっ。」
「ぎゃっ、えっえっ、なに?皆どーしちゃったのーー?」
書類だのサンダルだのペンだのが投げつけられる中、狼狽える銀髪の上忍に五代目火影からの厳命が下った。
「上忍はたけカカシ、今後一切の昼寝を禁ずる。」
「えええーーーっ。」
上忍の悲鳴は秋の宵にはかなく消えた。元凶の中忍は何も知らない。
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