ダウン/トンア/ビーを観てたらね
「ガッガガジざぁん」
寝転がってイチャパラを読んでいたらがしっとイルカ先生がしがみついてきた。みれば涙でぐずぐずになっている。
「どっどしたの、先生」
驚いて体を起こしたらイルカ先生はしがみついたままずずーっと鼻をすすった。
「ガガジざん、もしガガジざんが大火傷して顔、ぐちゃぐちゃになってもオデの愛はがわりまぜんがらねっ」
「はい?」
「だがら、もじガガジざんが二目と見られぬ顔になったって愛じでまずっ」
えっと、この人、今度は何に影響されたの?
イルカ先生は読んだ本とか観たテレビとか映画とか、とにかく影響を受けやすい。というより、ダイレクトに影響される。こうやって唐突なこと言い出すのは十中八九、何か観たか読んだかだ。
この人、今までテレビ観てたよね…
ぐずぐず鼻を鳴らすイルカ先生を引っ付けたまま手元にあった新聞の番組表をチェックする。
ダウン◯ンアビー、あ、これね。
英の国の貴族の話だ。えっとたしか今日の回は、タイタニックの沈没事故で死んだはずの従兄弟を名乗る男が出てきたんだったな。戦争の爆撃で顔が焼けただれた男のことを次女が昔と変わらず愛しているとかなんとか。
ははーん、そこね、そこ。
オレは優しく先生の背中を撫でながら瞬時に考えを巡らせた。
明日、演習があるから今夜はダメって釘刺されたけど、これは上手くやればベッドインできるんじゃなかろうか。
オレも同じですよー、とかなんとか甘い言葉をささやいて、危険な任務のことを匂わせて悲壮感の味付けしたら絶対盛り上がる。そのまま手ぇ出しても雰囲気にのまれてくれるよね。合意なわけだから明日、文句も言われないしおあずけもくらわないはず。
「センセ」
オレは先生好みのハスキーな掠れ声を出した。
「オレだってね、センセがどんな姿になっても愛してますよ」
「ガガジざん」
顔をあげたイルカ先生がぶわり、とまた涙を溢れさせた。
もう、ホントこの人、ブサ可愛い。オレの好みどストライクよ。
思わずニヤケそうになる口元をオレは必死で引き締める。
油断は禁物だ。思いだせオレ、これまでの失敗を。このパターンで上手くいったのは「嗤う伊◯衛門」に先生が感動した時だけで、あとは軒並み撃沈だ。閨に持ち込むどころか、周辺住民の方々に非常に迷惑になるような大げんかをやらかした。そう、映画「夏◯嵐」の時も冬季オリンピックの時もチャング◯の時もオレがスマホを持ったときも、アパート下のゴミ置き場をふっ飛ばして五代目に大目玉くらったんだった。今度こそ失敗はすまい。オレは慎重に言葉を選んだ。
「ねぇセンセ、オレが愛しているのはあなたの魂なんです。だからね」
先生の目を覗きこむようにちょっと小首を傾げてみせた。このポーズ、先生の密かなお気に入りって実は知っている。
「あなたがどんな姿になろうとオレの愛は変わりません」
きっぱりと言い切り先生の目をじっと見つめた。先生の黒黒とした目がゆらゆらと揺れる。うん、感動したんだと思う。よくやったオレ。
「ホントに?オレの顔が火傷で腫れ上がって見るに耐えなくなっても?」
「焼けただれたからなんだって言うの?」
オレは先生の手をぎゅっと握る。
「言ったでしょ?どんな姿のあなたも愛おしいって」
先生の頬が赤く染まった。よし、もうひと押し。
「オレはね、なんて言えばいいのかな、あなたの魂に惹かれたんだと思う。オレ達は対の魂、どちらが欠けても生きられないの」
握りしめた手にそっとくちづける。
「だからね、姿形がどうなろうとオレの気持ちは変わらない、変わるわけないじゃない」
「カッカカヒしゃん…」
イルカ先生がキラキラした目でオレを見つめてくる。
決まった!
よっしゃー、このまま行け、オレ!
オレはイルカ先生の涙を指で拭った。ふわ、とイルカ先生が笑う。
「かかひしゃん」
鼻声で甘えてくる。かぁわいいんだから。
「嬉しいでふ。かかひしゃんはオレがどんな姿になっても愛してくれるんでふね?」
ぐすぐす鼻を鳴らしながら可愛いことを言ってくる。
「愛してますよ。あなたがどんな姿でも」
「じゃあ、じゃあ、オレが大怪我して鼻とか潰れちゃってても?」
他愛ないこと言っちゃってぇ、愛らしいぞこの野郎っ。
オレはにっこりとした。
「鼻が潰れてようが崩れてようが、オレの大事なイルカに変わりはなーいよ?」
「じゃあ、じゃあ、ええっと」
イルカ先生は上目づかいに幼い子供のような表情をする。もーっ、アソコにクるじゃない。いや、オレはショタじゃないよ?イルカ先生がそういう可愛い顔するってこと。あ〜〜、早く押し倒しちゃいたい。
「ええっとね、カカシさん」
「ん〜、なぁに?」
こつん、と額と額をくっつけた。にぱ、とセンセが愛らしく笑う。
「じゃあオレがね、ドラ◯もんのジャイ◯ン顔でも愛してくれる?」
「…………」
ヤバい、うっかり想像した、恒例「オーレーはジャ◯アン〜♪」ってダミ声で歌うジャイ◯ン顔のイルカ先生。
「カカシさん?」
ヤバいヤバい、ここは頷いとけオレ。
「ねぇカカシさん、だったらメガネはずしたの◯太顔でも愛してる?」
何故のび◯じゃなくメガネをはずしたのび◯なんだ!!
アレって確か目、数字の3になってるよねっ!
たり、と背中を汗がつたった。イルカ先生はつぶらな瞳でじっとオレを見つめている。
「あっあの…」
「カカシさんってス◯オ派だった?」
「そっそれはっ…」
ムリ!全部ムリッ!!
だいたいジャイ◯ンとかのび◯とか、ソレもうアンタじゃないでしょ。
っつか、スネ◯派って何っ!なんで例えがあの青いタヌキ体形猫型ロボットのアニメキャラなの!
「ねぇ、カカシさん?」
うぉぉ、答えろオレ、適当でいいんだ、適当にあのアニメのキャラの名前をっ
「ねぇねぇ、カカシさぁん」
そこで甘えてくるかこの小悪魔めぇーーっ
「しっ…」
「し?」
「しっしず◯ちゃんなら…ギリギリ…?」
すっと空気が冷えた。イルカ先生の顔から表情がなくなる。
「嘘つき」
「えっ」
ドン、と両手で胸を押された。
「カカシさんの嘘つきっ」
「えええ?」
「どんなオレでも愛してるって、それ嘘だったんだ」
「えええええ?」
展開についていけない。だけどイルカ先生はすごい顔でオレを睨みつけてる。
「イルカせん…」
伸ばした手を払いのけられた。
「ジャイア◯顔のオレは愛せなくてもし◯かちゃん顔なら大丈夫って、やっぱりカカシさんは見た目だけなんだっ」
いや待て、見た目って、しず◯ちゃん顔のアンタってのも相当変よ?
「メガネをはずしたのび◯顔のオレは愛せないんじゃないかっ」
だからなんでわざわざメガネはずしたの◯太なわけっ
「オレがス◯オ顔になったら捨てる気なんだっ」
そもそもアンタはどんな状況でスネ◯顔になるのっ
「上っ面だけ好きになったくせ魂を愛したなんて嘘ついてーっ」
呆れを通り越してなんか腹立ってきた。
「じゃあイルカ先生はオレがマス◯さん顔でも惚れてくれた?」
ムッと言い返すとイルカ先生がぎょっとなった。
「マッマス◯顔って…」
「口布おろしてマ◯オさん出てきてもアンタ、オレを好きになった?」
「そっそんな、国民的アニメ引き合いに出さなくたって…」
「一緒でしょっ。アンタこそ、素顔が波平父さんなオレに抱かれるわけ?」
自分で言っておいてなんだけど、想像したら鳥肌たった。
「げぇ〜」
イルカ先生が顔をしかめてる。向こうも想像したらしい。
「ほら見ろ、アンタこそオレのこと、外見で好きになったんじゃないの」
「じっ自分が不利になったからってサ◯エさん持ち出すとは卑怯だろっ」
「卑怯はそっちじゃない、ドラ◯もん持ちだしたのはアンタが先でしょっ」
「なにおぅっ、人の揚げ足とりやがって」
「揚げ足じゃなくて事実じゃないっ」
「もー許せねぇっ」
「こっちのセリフだよっ」
「「おもて出やがれっ」」
☆☆☆☆☆
「…………」
「え〜っと、五代目」
「…………」
「あのぉ、ちゃんと破壊したゴミ置き場、修復しますんで」
「もっもちろん自費ですっ。オレ達二人の自費でっ」
「その〜、ゴミ置き場掃除、向こう一ヶ月やらせていただきます」
「ご迷惑おかけした近隣住民の方々には菓子折りつきでお詫びに参りますからっ」
「いえ、五代目、今回はオレが悪いんです。オレの責任です」
「カカシさんは悪くありません。オレがいけないんです」
「イルカ先生、オレ、どうしてもジャイア◯顔の先生を愛してるなんて言えなかった」
「オレだって波平父さん顔のあなたに抱かれるなんて真っ平御免だって思いましたもん」
「五代目、オレは大事なことに気づきました。愛の真理についてです」
「そうなんです。オレ達、根本を間違ってました。聞いてください五代目」
「姿形を含めた全てに惹かれてオレ達は愛しあったんです。だから火傷や怪我で見た目が変わっても愛は変わりませんけど最初から顔がジャイ◯ンだったりマス◯だったりしたらそもそも愛は生まれなかったんですよ」
「だって出会いからそれ、別人ですもん。こんな簡単なことに何故気づかなかったんだろう。ごめんなさい、カカシさん」
「オレの方こそ、話をややこしくしちゃって、ごめーんね?」
「やっぱり、カカシさんは美形でかっこよくて、そのうえ心も綺麗で高潔だからオレは惚れたんです。ここまで惚れちまったらもしカカシさんのカッコイイ顔が酷いことになっちゃっても愛していける自信、ありますよ」
「オレだって男らしくって可愛くって、おおらかで豊かな心のイルカ先生だから惚れたんですよ?もう惚れまくってしまいましたからね、今後何があっても愛し続けて…って、五代目?どうかなさいましたか?」
「あれ?五代目?こめかみに静脈浮いてますけど?」
「大丈夫ですか?見た目忍術でごまかしてもイイ年なんですから大事に…」
「出て行けーーーっ、二度と二人揃って私の前に立つなーーーっ」
「「ぎゃーーーーっ」」
その日から暫くの間、リア充立ち入り禁止の紙が執務室のドアに貼られていたという。
|