中忍になって一年と半年がたった。先輩方の指導の元、色々と研鑽をつみながら、オレは今、アカデミー教師を目指している。
もともと子供好きだってこともあるけど、やはりうみのイルカ先輩の影響が大きいのだと思う。うみの先輩は新人研修でオレについてくれた先輩中忍の友達だ。担当じゃないのにすごく親切にしてくださった。もちろん、担当の先輩も尊敬できる方だ。オレは二人の事が好きで、研修が終わって任務をこなすようになってからも、後ろをちょろちょろとついてまわっていた。
お二人にしてみれば、新米につきまとわれてさぞかし面倒くさかろうに、嫌な顔一つせずオレにかまってくださる。本当に申し訳ないやらありがたいやら。でもオレはこの二人のことをマジで尊敬してるし大好きだから、心の中で勝手に兄貴と呼んでやっぱりついてまわっていた。
舎弟のつもりでちょろちょろしてしばらくした頃、ひょんなことからオレははたけ上忍と猿飛上忍にも関わるようになった。はたけ上忍はうみの先輩の恋人で、猿飛上忍は幼なじみなんだが、お二人とも里のトップ、いわば雲の上の方々だ。いくらオレがうみの先輩についてまわるからといって、関わり合いができるとは思っていなかった。そりゃあ挨拶くらいはする機会はあるだろうが、それ以上になるわけがないし、オレだって己の身の程を知っている。親しく口を聞いていただこうなんて厚かましいことは考えていなかったし、今だってミジンコほども思っちゃいない。だけど、なんつーか、成り行きは怖いっつーか…
今、オレは里からの指示書を持って任地へ到着したところだ。
はたけ上忍が隊長、猿飛上忍が副隊長を務める中隊は下忍、中忍あわせて二十名ほどいる。情報の齟齬が多く、敵方とのこう着状態が続いてかれこれ一ヶ月だ。オレははたけ上忍の書簡をもって里へ戻り、五代目の指示書と新たな情報書簡を受け取って戻ってきた。中隊は丁度夕食の時間帯で、皆が集まってたき火を囲んでいる。長丁場のこう着状態とはいえ、隠密任務じゃないから今回は堂々と火を使えた。それだけはありがたい。
「ただいま戻りました。」
オレははたけ上忍の前でピシリ、と敬礼してから書簡を渡した。
「ん、ご苦労さん。」
はたけ上忍はさっと書簡に目を通して、猿飛上忍に頷いて見せた。
「いけそうか、カカシ。」
「上々。」
飄々としていながら鋭さの垣間見えるはたけ上忍の姿に周囲は憧憬の目を向けている。オレだってすごいと思うよ、自然と周囲を安心させ信頼かちえていくのはやっぱ実力者だからなんだ。
「で?頼んでた方はどうだった?」
書簡を火遁で燃やしたはたけ上忍の表情に僅かだが不安が滲んだ。
「おう、オレの方も聞かせてくれ。」
猿飛上忍も膝を乗り出す。そう、オレはお二人から里での私用を承っていたのだ。
「それがその…」
だけどなぁ、いい知らせじゃないんだよなぁ。言いよどむオレにはたけ上忍が目に見えて狼狽えだした。
「なっなに、何かあったの?」
関わるようになってから知ったけど、はたけ上忍って、任務じゃ全く表情かえないくせ、私事だと感情丸出しな御方だ。
「おっおい、オレの方も何かあったとか言うなよな。」
それは猿飛上忍も同じだ。オロオロしはじめる里のトップ二人にたき火を囲んでいる他の忍び達がざわつき始めた。これはさっさと済ませた方がいい。オレは覚悟を決めた。
「言いにくいのですが、はたけ上忍。ビアンカさんはすでに引っ越ししていました。」
「なっ…」
はたけ上忍が絶句する。同時に周囲の空気が凍り付いたのがわかったが、今は報告が先だ。
「私が訪ねた時にはすでに他の住民がおりまして、うみの先輩に確かめましたら一週間程前に出て行かれたとか。」
「ビッビアンカが…」
がくり、とはたけ上忍は膝をつく。横合いから猿飛上忍が身を乗り出した。
「おいっ、ララミーちゃんは、オレのララミーちゃんは無事かっ。」
「それが、ララミーちゃんもすでに家を引き払ってしまって、今は空き地になっています。」
「なんだとぉぉぉっ。」
猿飛上忍が悲痛な叫びをあげた。
「ロイヤルな家具一式、プレゼントしたのはついこないだだぞ。なのにもう引っ越したっていうのかっ。」
がくがくとオレの肩を掴んで揺さぶる。痛い、痛いです猿飛上忍。ただでさえあなたは膂力があるんですから。
「くそぉ、いくらしたと思ってんだ、ロイヤルなベッドにロイヤルなクローゼット、全部取り寄せだぞ。それもこれもあの女が欲しいって言いやがるから…」
力なく座り込む。
「なんてこった…ララミー…」
隣で踞ったままのはたけ上忍がぼそぼそと嘆いた。
「オッオレだってビアンカさんには色々貢いださ。出ていかないよう毎日会いに行って服も家具も、集めてるっていうもの、片っ端からプレゼントして、ほら、あの菜の花のボレロ、あれなんかビアンカが欲しがるからわざわざ取り寄せたんだよ。なのにちょっと任務入ったからって、ひどいよビアンカさん…」
「ララミーちゃん、もう二度と会えないのか、ララミーちゃん…」
これ以上ないほど、里のトップ達は悲嘆にくれている。たき火の周囲はどんより落ち込んだ上忍の気に覆われた。集っている忍び達はただ固唾をのんでいる。ふと、はたけ上忍が顔をあげた。
「イルカ先生は?オレ、イルカ先生にビアンカさんのこと頼んでいたよね。一週間前に出て行ったって、イルカ先生、彼女が出て行くの、知ってたの?」
「それでその…うみの先輩の伝言なんですけど、これです。」
オレは預かってきた式をはたけ上忍に手渡した。はたけ上忍が急いで印を組むと式からぶわり、と煙があがり声が響く。
『オレは三回引き止めたました。それでも引っ越すって言ったのは彼女です。っつか、オレは忙しいんですよっ。アンタ好みのクールビューティかなんか知りませんが、そこまで面倒見きれるか、バカヤローッ。』
「そんなぁ、イルカせんせ〜。」
はたけ上忍はへなへなと崩れ落ちる。
「ビアンカさ〜ん。」
「おいっ、紅はどうした。オレは紅に頼んでいたはずだぞ。」
吠えながら手を差し出す猿飛上忍にオレは黙って式を渡した。途端に夕日紅上忍の怒声が響き渡る。
『なにがララミーちゃんよ、アタシの知った事じゃないわっ。このヒゲッ。』
そのままヒゲ、じゃない、猿飛上忍は沈没した。悄然とした姿は同情を誘うに十分だったがオレとて中忍、最後まで伝令の任は果たさなきゃならない。
「あの、草むしりはしておきましたが、 やはりすずらんは全滅で…」
「わかった、もう何も言わなくていい…」
ゆらり、とはたけ上忍が立ち上がった。
「アスマ。」
「おう。」
同じく猿飛上忍が体を起こす。
「イルカ先生と紅を頼みにできないってわかった以上、モタついてる時間はない。」
「あぁ、わかっている。とっとと片付けるぞ、カカシ。」
「当然。せめて残ったロボだけでもオレは守る。これ以上クールビューティ失うわけにはいかないんだよ。」
「しょうがねぇ。ちと高慢だがトロワだけでも置いとくか。」
拳と拳を打ち付け合った上忍二人は、敵殲滅の作戦を練るべく、自分達のテントに引き上げた。
お二人の姿が消えた途端、オレの周囲は騒然となった。
「なぁおいっ、はたけ上忍の恋人っていや、アカデミーのうみのイルカだよな。なのに愛人囲ってたのかっ。」
「っつか、愛人の面倒を恋人に頼んでたのかっ?」
「もしかして本命はそのクールビューティ?」
「猿飛上忍、夕日上忍と結婚するんじゃなかったのかっ。」
「里のトップ二人が愛人騒動?」
野次馬どもが殺到してくる。オレは申し訳ないといった顔をした。
「すみません。守秘義務があるのでオレにはなんとも…」
「いいじゃねーか、プライベートだろっ。」
「教えて下さいよ、個人的に親しいと聞きましたよ。」
「その、出て行った愛人以外にまだ里に囲ってるってことだよな。ロボとかトロワとか言ってなかったか?」
「ロボって男の名前だよな。はたけ上忍、うみの中忍以外にも男を…」
「オレに言えるのは。」
いったん言葉を切る。その場にいた全員が黙ってオレの言葉を待った。
「はたけ上忍の好みはクールビューティで、猿飛上忍は可愛い系なのに結構厚化粧なアンバランス好みってことだけです。」
一礼してオレは食事をとるためその場を離れた。野次馬達の騒ぎはいっそう大きくなったし、オレの口を割らせようと入れ替わり立ち替わりやってきたが、オレはただ笑うだけで何も話さなかった。
ふふふ、騒げ、悶えろ。
誰が教えてやるもんか。
ビアンカだのララミーだのが、はたけ上忍と猿飛上忍がはまっているニンテ◯ドーのゲーム「動物の森」の住人だなんて。
このゲームは毎日メンテしてやらないと、雑草が生えたり花が消えたり住人が引っ越したりするのだ。
長期任務が決まったとき、里を代表するこの上忍二人は、当然、ゲームの心配をした。そりゃそうだ。毎日水をやり、雑草をぬき、最高の環境でしか咲かないすずらんを増やし、ゲームの村を自分好みに仕上げていたのだ。しかもお気に入りに住人が引っ越さないよう、服や家具をプレゼントして仲良くなってと、そりゃまぁ、地道な努力を積み上げていたらしい。見た目や経歴の華やかさとは裏腹に、この上忍達、結構地味な性格なのだ。
そして、なんで一介の新米中忍であるオレがそんなことを知っているかというと、何の因果か、っつーか、オレのうみの先輩への尊敬を逆手にとられたっつーか、要は上忍の使いっ走りにされているのが現状だ。
最初ははたけ上忍だった。この地味な性格の里の誉れ、自分の恋人に自己主張するのがものすごくヘタだったりする。だからうみの先輩に付いて回っているオレの存在は都合よかったのだろう。喧嘩になっちゃあオレを呼び出し、うみの先輩への取りなしを押し付けてきたのだ。
似た者同士っていうか、それを見ていた猿飛上忍が今度は夕日上忍を怒らせる度にオレを使うようになって、今じゃ二人の雑用係だ。周囲は『上忍に取り入る要領のいい新米』って絡んでくるし、もう踏んだり蹴ったりだっつーの。
まぁ、それでも雑用や喧嘩の仲裁やってんのは、はたけ上忍も猿飛上忍もいい人だからなんだよな。一線で活躍する忍者がいい人なのもどうかと思うんだけど、この二人はそうなんだからしょうがない。うみの先輩がしんどい思いするのも嫌だし、美人の夕日上忍としゃべる機会がもてるっていうのも役得だったりする。
まぁ、とにかく、オレには騒ぐ野次馬連中に教える義理はないわけで、焦れに焦れて好奇心に押しつぶされそうになっているのを黙って眺めることにした。中忍になりたての頃、同じネタでオレもしてやられたことあったなぁ、なんてなつかしく思い出しながら。
上忍お二人に気合いが入ったせいなのか何なのか、一週間後には無事に里へ帰還することができた。はたけ上忍のたてた作戦は大当たりで、こう着状態だった戦況はあっという間にひっくりかえりカタがついたってわけだ。
里に帰った途端、愛人問題が噂になって里中を駆け巡ったのは言うまでもない。
まぁ、すぐに『ビアンカ』だの「ララミー』だのがゲームの話だってわかったけどな。
野次馬連中、盛り上がっただけに真相知って真っ白になったらしい。
今日も三日の任務から帰ってきたはたけ上忍とうみの先輩がモメている。
「ひどい、ロボまでいなくなっちゃって、引っ越ししないよう声かけてねって頼んでたじゃない。」
「アンタが里あける度にいちいちやってられませんよ。」
「狼の住人を村に定住させる計画がおじゃんだぁぁ。」
「知るかっ、そんな面倒なゲーム、やめてしまえっ。」
なんだかんだ言っても、オレはこんな人達のいる里が大好きなんだと思う。
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