十分後、大小二つのリュックを抱えたイルカは執務室にいた。
「で、それがカカシの忍具一式か」
「はっ」
「よく取ってこられたな」
「カカシさんがオレのチャクラにはトラップが反応しないようしてくださいましたので」
綱手が意外そうに目を見開いた。
「お前、カカシと親しかったかい?」
「いいえ、親しくありません」
「………」
イルカは真面目くさった顔をしている。綱手はその顔を眺め、それから手元に目を落とした。
「そっちのリュックは」
「忍服とベストと下着の替えです」
「下着?」
「はっ」
「下着ってのはそのパンツとかそういう奴だろ?」
「あの人、身につけるものには結構神経質なので、着慣れたものが必要かと」
「………仕舞ってある場所を知っていたのかい?」
「はっ、カカシさんが色々と教えて下さっていたので」
「…………」
綱手は妙な顔をして天井を睨み、ついでイルカを見た。黒髪の中忍は全く表情を変えていない。
「あ〜イルカ」
「はい」
「お前、カカシと親しいんだね」
「いいえ、親しくありません」
「……………」
綱手はまじまじと中忍の顔を見る。リュックを抱えたイルカは直立不動の体勢で微動だにしない。
「その、だな、親しくないわけだな、カカシとは」
「はっ、私は一介の中忍ですから」
「だが、お前がこれから荷物をカカシに届けてそのままサポートに入ると?」
「はっ」
「アカデミーと受付はどうする」
「調整、よろしく御願いします」
「………」
綱手は眉間を指でもんだ。
「お前、カカシが心配なのかい?」
途端に目の前の中忍はぐぁ、と目を剥いた。
「しっ心配なわけないじゃないですかっ、何でオレ…私がはたけ上忍の心配をしなければならないのでしょうっ」
綱手もたじろくほどのすさまじい剣幕だ。
「おっおい」
「わっ私が心配なのはですね、そうだ、サクラとシカマルです、教え子達の身を案じてサポートに入るわけであります」
「教え子ってお前、アイツらはもう一人前の忍びだぞ?シカマルは中忍だしな」
「そっそっそれでも教え子は教え子ですっ、カカシさんの心配なんてなんでオレが、あの人がどうなろうと知ったこっちゃないっていうか」
イルカは赤くなったり青くなったり忙しい。
「あ〜わかったわかった」
綱手は手を振ったイルカを止めた。そしてぐっと机に身を乗り出す。
「いいか、よく聞け」
「はっ」
ぴたり、と再びイルカは直立不動になる。
「正室といっても、すでに跡目の決まった王室にカカシがおさまったところで里にはなんのメリットもない。跡取りを産むわけではないし」
真っ直ぐに見据えられ頷いた。
「メリットがないうえ、『写輪眼のカカシ』をとられるということの損失、受付業務に通じたお前ならわかるな」
「もちろんです。金銭面だけでなく『写輪眼のカカシ』は脅威の象徴、それがなくなったとなれば他里の圧力が増すのは必須」
「そのとおりだ。ではうみの中忍、任務を言い渡す。春野サクラ、奈良シカマル両名と協力しはたけカカシを無条件で奪還せよ。期限は一ヶ月、それ以上かかると向こうの書類が整ってカカシを本当に取られてしまう。こちらでもなるべく引き延ばしをはかるが、国王の印を押されたらおしまいだ。絶対にそれだけは阻止しろ」
「わかりました。うみのイルカ、任務拝命…」
突然、バラバラと凄まじい音が響いた。窓ガラスが振動している。
「なっなんだ」
綱手が舌打ちした。
「早いな」
「へ?」
立ち上がった綱手が窓を開けた。冷たい北風が吹き込むと同時に轟音が部屋に響き渡った。
「あれだ」
迷彩色の巨大な物体が空へ飛び立った。先の丸まった円柱にでっかい羽がついており大きなプロペラがいくつも回っている。第三演習場の方だ。
「あれは逸の軍のプロペラ機、だそうだ。今飛び立った奴には近衛兵士が乗っている」
「プロペラ機…飛行機ですか。逸の技術は飛び抜けて凄いとは聞いていましたが」
「あぁ、アタシも昨日、実物をはじめて見た。逸の王の専用機はあんな汚い色じゃなく真っ白だったがな。中央に金ぴかの竜の紋くっつけて、全く、派手な王様さ」
そういえば逸の王家の紋章は双頭の竜だと聞いた。
「昨日ですか?しかし、王様ご一行は今朝、馬と馬車で里に入ったと伺いましたが」
「行きはな。火の国の『飛行場』まで飛んできて、それから馬だ。木の葉までの道は徒歩か馬でなきゃ無理だからな」
確かに、首都は『自動車』も走っているが、忍びの里までの道は意図的に整備されていない。綱手が苦りきった顔をした。
「逸まで忍びの足で急いでも一週間はかかる。だがあの『プロペラ機』とやらじゃ数時間だそうだ。で、整備士だか技術者だかってのが先に木の葉に入って『プロペラ機』の発着場を整備した。まぁ、極秘事項だ」
「あ…だから第三演習場方面が立ち入り禁止…」
「今朝早くエラい音がしただろうが。火の国の飛行場から飛んできてたんだよ」
綱手は机に戻り、まっさらの任務書を取り出した。
「とっととカカシを連れて行きたいんだろうよ。近衛兵が飛んだってことはすぐに王の専用機も離陸する」
サラサラとイルカの名を書き付けた。
「ほら、カカシの世話係って任務書だ、これ持ってすぐに演習場へ…」
振り向いたが誰もいない。開け放された窓があるばかりだ。
「おい、イルカ」
見下ろすが黒髪の中忍の影も形もない。
「あのバカ」
綱手は額を押さえた。
「任務書がなきゃあの王様、飛行機に乗せてくれるわきゃないだろうが…おい、シズネ、いないのか」
ドアが開いて警備の中忍が顔を出した。
「あの、シズネさんならはたけ上忍の見送りに」
「じゃあお前、お前でいい。この書類持ってうみのを追いかけな。急げ」
任務書を渡し綱手は再び窓辺へ寄った。
「間に合うかねぇ…」
しばらく後、真っ白な王専用機が飛び立つのが窓から見えた。そして使いの中忍から書類が間に合わなかったとの報告を受ける。
中忍がかけつけた時には、黒髪の中忍の目の前でハッチが閉じられるところだった。案の定、荷物だけ引き渡され、本人は書類不備で乗せてもらえなかったそうだ。
置いてけぼりをくらった黒髪の中忍が仕度を整え阿吽の門を飛び出して行ったのはさらにその三十分後だった。門番の話によれば、普段温厚な中忍が鬼の形相だったとか。鬼気迫る中忍には声をかけるのもはばかられ、ただその背中を見送ったのだという。
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