欠くべからざる者木の葉シャンプー編
     
  欠くべからざる者シリーズのカカシさんが六代目になってますv  
 


欠くべからざる者、木の葉シャンプー編

六代目火影の治世、世の中は平和になり国同士、里同士の交流が盛んになった。
ただ人の世の常、欲があるかぎり争いはなくならない。むしろ表面化しないだけに陰惨さを増した。
だが、忍界大戦をくぐり抜けてきた大きな忍びの里は金を積んでもあまりにえげつない依頼は受けない。これは悲惨な戦争体験から忍びの里としての規範が確立したことと、木の葉が中心になって推し進めた任務以外で外貨を獲得する政策が各里で根付いた成果である。
戦前のように金にものをいわせて忍びを使ってきた者達にとってこれは非常に不本意な状況であった。 業を煮やした彼らは思い通りに動かせる手駒にするため里から放逐された忍びや抜け忍達の支援をはじめる。そのため五里の隙間を縫うようにしてテロ組織のような小さな里があちこちに生まれた。彼らは依頼があればどんな残虐非道もやってのける連中だ。次第に過激化するやり口に各国の首脳は頭を痛め、五里が協力してこの問題に対応することになった。
だが、問題のある里を壊滅させれば全てが終わるほどことは単純ではない。網の目のように張り巡らされた新興の里同士のネットワークを一度に叩かなければ結局いたちごっこだ。対策に窮していた折、木の葉はその中でも中心的な役割を果たしている里の長を「木の葉への不法侵入」のかどで捕縛することに成功した。正当な理由での捕縛だ。テロ組織とそのネットワークを一網打尽にする好機と森野イビキ拷問部長率いる拷問部が総力をあげて尋問をはじめたそのさなか、今度は木の葉の下忍達が「里への不法侵入」で敵里に捕らえられた。要は嵌められたのだが、テロ組織とはいえ一応里の形をとっているので文句は言えない。敵方は木の葉がとらえた里長と下忍達との人質交換を要求してきた。のまなければ下忍達を処刑するという。六代目火影、はたけカカシはその要求を飲んだ。下忍の命は捨てテロ組織を壊滅させよと主張する長老達を押さえ、下忍達と里長の交換に応じるようイビキに命じる。甘いと憤る長老達に六代目はきっぱりと宣言した。

「仲間を見捨てるような里じゃあ先はしれてるってもんでしょうよ。奴らはオレ自身の手できっちり潰してやるから」

現役時代、数々の不可能を可能にしてきた男の言葉にそれ以上異を唱えるものはいなかった。







森野イビキは難しい顔で拷問本部の机に座っていた。
人質交換の日は明日だ。それまでに捕らえた男をなんとかしたい。
忍界大戦直後、火影就任と同時に教え子のうちはサスケを許したことや今回のことで昔ながらの考え方の強い長老派が批判を強めている。だがイビキは、これまでの忍びの世界とは違う形を作ろうとしている六代目の手助けがしたかった。なにより、捕らえておきながらなんの成果も出せていない己自身が許せない。 むぅ、と唸るとイビキは副官を呼んだ。
地下の拷問部屋にいた副官はすぐにやってきた。一重まぶたのこれといって特徴のない丸顔のまだ若い男だが、実は拷問部ではイビキについで恐れられている凄腕だ。

「奴の状況はどうだ」

イビキの問いに副官は表情を曇らせた。

「全くダメです。人質交換が近いと知っているので余計にしぶとくて」
「術も暗示もダメか」
「向こうの里に感知系血継限界の一族がいます。もし奴に暗示や術をかけて帰してもすぐに見破られるかと」

打つ手なしです、と副官が首を振る。表情には出さないが拷問部所属の忍びとして歯がゆいであろうことは想像に難くない。眉間にしわを寄せ、イビキはしばらく考え込んだ。

「うみの補佐官は今、都へ出張中だったな」
「はい、水戸門様と一緒に『木の葉印シャンプー』PRイベントで」

御意見番、水戸門ホムラは見た目に反し意外と商才のある人物で、木の葉における事業開拓で並々ならぬ手腕を発揮している。この度、忍び用のボディソープを一般向けに改良して販売したところ、体臭が消えるうえ肌ツヤがよくなると評判になり、男女を問わず売れに売れた。それでやはり一般向けに改良した忍び用シャンプーとコンディショナーを出したのだ。現在、木の葉マークのスキンケアブランドを定着させるべく、うみの補佐官を伴って都でPRキャンペーン中だ。もちろん、無愛想な外見とは裏腹に武闘派長老派と一線を画している。というより、完全六代目派だ。

「女性向けの香り付きシャンプーを新しく発売したのでその宣伝に力を入れているようです」
「あぁ、一度体臭をけしてから花の香りがするとかうみの補佐官が言っていたな。くノ一の協力を得て完成したとか」
「補佐官殿の出たCMが好評でしたからね。イベントで今、引っ張りだこらしいですよ」
「あれか、うみの補佐官がくるっと回るとシャンプーにかわるっていう」

CM制作会社がCG合成で男性アイドルをシャンプーに変える案を出した時に、説明がよくわからんとホムラが不機嫌になった。もともと雰囲気が堅苦しいうえ、木の葉の里の重鎮であり歴戦の忍びだ。制作会社のスタッフはすっかり怯えてしまい話がすすまない。そこでホムラと一般人の仲介によく引っぱり出されるうみの補佐官が変化の術でホムラに説明してみせたところ、アイドルよりも現役忍者の方がインパクイトがあるとそのまま採用になったのだ。

「あの時はうみの、里抜けしそうな勢いで嫌がっていたな」
「ホムラ様に言われましたら抵抗できませんよ。それにCMが大ヒットしたおかげで大陸全土でシャンプー、バカ売れしていますし」
「うみの補佐官がPRイベントで里をでてからどのくらいたった」
「三ヶ月ですね。五大国すべてでキャンペーンイベントを終え先日火の国の都に戻りました。ですが火の国でのキャンペーンもありますから早くても帰還は一週間後かと」
「里をあけて三ヶ月か…」
「はい」

むぅぅ、と再びイビキは考え込んだ。

「火影様はどうしていらっしゃる」
「執務の合間にシャンプー回しています」
「そうか…」

しばらく瞑目していたイビキは決意が固まったのかくわ、と目を剥いた。

「三ヶ月、これまでにない事例だ。何が起こるかオレにもわからん。が、もうこれに賭けるしかない。副官」
「はっ」
「六代目様にお出まし願え」
「承知」

サッと副官は踵を返し急ぎ足で部屋を出て行った。

「賭けだな…」

閉まったドアの向こうをじっと見つめる。ふと漏れたイビキのつぶやきはどこか祈りの色を帯びていた。





 

 

拷問棟の最深部に拷問用の部屋が並んでいる。その薄暗い一室で男が一人、背もたれのついた木の椅子に腰掛けていた。テロ組織のネットワークの要であり新興の里の長をしている男だ。針金のような固い漆黒の髪を肩まで伸ばした男の年は三十代前半、長身でがっちりとよく鍛えられ引き締まった体をしている。南の血が流れているのか、肌は浅黒く四角張った顔に漆黒の大きな目、美形というわけではないが男らしく整った顔立ちだ。数々の拷問によって疲弊はしていたが男の目は強い光を宿していた。
今、男は拷問器具をはずされ普通の椅子に座らされている。そこへ体をすっぽり覆い隠す白い長衣に黒い口布をした銀髪の男が現れた。ゆっくりとした足取りで近づくと机をはさんで男の正面に静かに腰をかける。

「なんだ、火影様直々のお出ましか。オレも出世したもんだな」

銀髪の男にじろりと目をやり男は厚みのある唇を吊り上げた。

「無駄だよ無駄無駄」

せせら笑う。

「オレは何もしゃべらないしお前たちはオレに何も出来ない」

疲弊はしていても男の気力は十分で覇気に満ちていた。伊達に組織を束ね里の長をつとめているわけではないのだ。

「せっかくこのオレを捕まえたのにな。そこは褒めてやるよ。さすがは木の葉の里だ。でもな」

くくっと喉を鳴らした。

「明日の昼には人質交換でアンタらとはおさらばさ」

くくくく、とあざ笑う。だが六代目火影は何も言わなかった。木の葉という強大な里の長が格下の里の、しかも自分たちが捕らえた者に小馬鹿にされたというのに全くの無反応だ。そこではじめて男は火影が自分の方を見ていないことに気がついた。火影の目はじっと机の上に注がれている。

「?」

机の上に置かれていたのはシャンプーのボトルだった。若葉色の丸みを帯びたデンとすわりのいいシャンプーボトル、今話題の木の葉ブランドシャンプーだ。それを火影はくるりくるりと回している。

何だ…?

火影が直接ここへ来たということは自ら男を尋問するためではないのか。はたけカカシは幻術に長けていると聞く。もともと幻術に向いていたのか写輪眼を失ってもその力は群を抜いているとか。根をあげた拷問部が下忍との交換までに少しでも情報をとるため火影を引っ張りだしてきたに違いないのだ。なのに目の前の男は一心不乱にシャンプーボトルを回して男の方など見もしない。

「おい…」

何をしている、と言いかけて男はぐっと押しとどめた。相手は木の葉の六代目火影、現役時代は写輪眼のカカシとして畏怖の対象だった男だ。写輪眼がなくても忍びとして恐ろしい男だということにかわりはない。一見、わけのわからない行動だが裏があるはずだ。

その手にのるか。

男はつとめて火影の行動から意識を逸らした。だが、六代目は延々とシャンプーボトルを回している。それも反時計回りに。

気っ気になるっ…

とうとう男は好奇心に負けた。

「おい、火影」

返事はない。

「おい」

まったくの無視。

「おい、何をして…」

言いかけた男は息を飲んだ。バサバサの銀髪からのぞく青い双眸がギラリと光ったのだ。

「何をって?」

ゆらりと火影の体が揺れた。

「アンタ、鈍いの?バカなわけ?見てわかんない?一目瞭然じゃないの」

突然の罵りにも男は反発できなかった。火影の青い目に浮かんだ異様な色に背筋がぞわりと泡立つ。

「あぁ、そっか…」

ふっと火影の気が緩んだ。青い目が細められる。笑ったのか。

「ごめんごめん、アンタ、手伝ってくれるんだったね」

おそらく笑ったのだろう。だが異様な圧迫感がかえって増した気がするのは何故なのか。

「イビキから聞いたよ。いい人だね、アンタ」

男の前にドン、とシャンプーボトルが置かれた。若葉色の木の葉シャンプーだ。

「はい、これ」

え、と顔をあげれば火影の青い双眸がじっと男に据えられていた。

「あの…」
「なにやってんの。回して」
「へ…?」
「早く回しなって」

男は凍りついた。殺気でもなければ威圧でもない、得体のしれない気が男を射抜く。

「回せ」

笑っていたはずの火影の目が温度をなくしている。いっそ殺気ならばどれほどよかっただろう。死線をくぐり生き抜いてきた男に今更恐ろしいものはない。たとえ相手が格上で殺気をぶつけられたとしても怯まず対峙できる。だがこれは、火影の発するこの気はいったい何なのだ。命の根源を握りつぶされるような圧倒的な恐怖、まるで人ならざるものの妖気ではないか。薄暗い部屋の中で青の瞳だけが異様な輝きを放っている。
男はなんとか手を持ち上げシャンプーボトルに触れた。己が震えているのがわかる。屈辱だ。こんな屈辱はない。だが体が言うことをきかないのだ。火影に言われるまま男はシャンプーボトルを回そうと力を込めた。

「そっちじゃない」

遮られひっ、と喉が鳴った。口の中がカラカラだ。

「時計回りじゃ回してもセンセにならないじゃないの」

ぬぅっと白い手が伸びてくる。

「こうやってね」

シャンプーボトルにかけた男の手の上に六代目火影は手を重ねた。飛び上がりそうな恐怖になんとか男は耐える。火影の手に人肌の温度があるのが不思議に思えるほど、その存在は異様だった。カタカタ震える男の手をつかむと火影はゆっくりと反時計回りにボトルを回す。

「こっちに回すの」

手を重ねたまま火影がじっと男の目をのぞきこむ。

「さ、やって」

男は心臓を掴まれたような恐怖に耐えながら震える手に力をこめた。シャンプーボトルを反時計回りに一回転させる。

「もっとやって」

もう一度回す。

「ほら、手を止めない」
「ひっ…」

冷や汗がこめかみをつたう。ノズルの頭を指で支えながら男は必死でボトルを回した。火影はじっとそれを見つめている。何度回したことだろう。ふと、六代目火影、はたけカカシは小首をかしげた。

「おっかしいなぁ」

うーん、と眉を寄せる。

「なんで先生になんないんだろ」

いきなり顔を覗きこまれて男は小さな悲鳴をあげた。火影はきょとん、と首をかしげたまま男をみつめる。

「アンタがやってもダメかぁ。なんでかなぁ、なんで先生になんないんだと思う?」

先生ってなんだ、というか、シャンプーボトルを回して先生になるってなんなんだ。

男の頭は真っ白だ。普段だったらコイツ、頭おかしいんじゃないかと笑うところだが、火影の放つ異様な気にあてられ金縛り状態だ。過酷な世界を生き抜いてきた男にとって己自身をコントロールできない状態というのはたとえようもない屈辱なのだが、今はそんなことに思いいたる余裕がなかった。

「ねぇ」

どこか無邪気な声で火影が言った。

「あのさ、木の葉シャンプーの新しいCMって見た?」

三十を過ぎた男だというのに小首をかしげる仕草は妙に子供っぽい。一見無垢な目にみえるはたけカカシの瞳は、あまりに純粋な色ゆえかえって不気味だ。男の体は硬直して声が出せない。なのに返事を待つよう火影はじっと覗きこんでくる。男は力を振り絞ってこくりと小さく頷いた。ぱぁ、と六代目の顔が輝く。

「あのさ、あのさ、黒髪の可愛い人が出てたでしょ?髪の毛を頭のてっぺんでくくった黒髪の人」
知っている。木の葉の忍びが出演したと評判になったからだ。確か黒髪の忍びがにこやかに宣伝文句をいい、最後にくるっとまわってシャンプーボトルになるというCMで…

あれ、と男は引っかかった。

くるっと時計回りにまわってシャンプーボトルになる…?

「あれね、あれ、イルカ先生っていうの。オレの恋人なんだーよ」

きゃ、言っちゃった、と火影は若い女の子のように両頬を手で包んで照れた。

「可愛い人でしょ?オレのセンセはホント、可愛いよね」

きゃあきゃあとちょっと低めの黄色い声で騒いだ火影はふと表情を曇らせた。

「なのにテレビであんな可愛い笑顔振りまいちゃっても〜心配で心配で。だってねぇ、センセに横恋慕する奴が増えたらどーすんのよ。だからオレは反対したの。テレビに出すなんて絶対ダメって。なのにホムラ様がねぇ、あ、ホムラ様って御意見番のご老人なんだけど、そりゃー堅物で気難しいくせ商魂たくましくてさぁ」

シャンプーボトルを回せと威圧した態度とは打って変わって六代目火影はたけカカシはしゃべりはじめる。

「お前は火影だから我慢せんか、が口癖なぁの。ひっどいデショ?ひっどいよねぇ。そりゃオレだって里の発展のためだと思えば我慢もするけどさぁ。もーさぁ、怒りMAXプンプン丸?」

まるでJKトークだ。だが目の前にいるのは女子高生ではなく、三十を越した男、しかも里の長である。

「あ、でもねでもね、可愛い恋人の自慢したいかなーって気もちょっとあったわけ。だってほらぁ、あんな可愛い人がオレの恋人なんだぁよって世界中に発信だぁよ?」

火影はキャラキャラと軽い調子でしゃべっているのに何故か急所に薄い刃を当てられているような気分だ。気づけば冷や汗がシャツを濡らしている。

「ほら、なに手ぇ止めてんの。回して」
「ひっ」

突然火影の目がギラリと光り男は慌てて手を動かした。

「そうそう、反時計回りにね」

火影が機嫌よく目を細める。

「でね、聞いて聞いて。問題はさ、オレの可愛いセンセがCMにでたことじゃないのよ。センセがね、もう三ヶ月も里に帰ってきていないってことが問題なの」

はぁ、と今度は悩ましげなため息をついて首を振った。

「三ヶ月よ三ヶ月。イルカ先生がいないのが三ヶ月も続いてるの。もうさぁ、オレ干からびちゃうよ。センセ不足でカラッカラ。なのに年寄りどもったらねぇ、また言うわけ。お前は火影なんだから我慢せんかって。もうなにって思っちゃわない?思うよね?火影って忙しいんだよ?毎日毎日こき使われてんのに三ヶ月も可愛いセンセに会えないの。そんなのあり?ありなわけ?火影ってそういうもん?」
「あ…う…」
「酷いよね?酷いでしょ?オレはただイルカ先生と一緒にいたいだけなのに。そう思うでしょ?だからさぁ」

六代目火影はするりと口布をおろした。現れたのは神もかくやとばかりの端正な美貌、ただしその神は全てを凍らせる北の大地の神に相違あるまい。息を詰める男に氷の美貌はにこりと笑った。

「オレ、思いついちゃったのよ」

ことり、と小首をかしげる。

「ほら、センセがくるって回ったらシャンプーになるよね?だったらシャンプー、反対に回したらセンセが出てくるはずじゃない?」

氷の美貌がどこか幼い表情を浮かべている。

「でもね、いくら回してもシャンプー、センセになんないの」

おかしいなぁ、そう呟いて火影はシャンプーボトルを回し始める。

「センセー、イルカせーんせ、出てきてよー」

くるりくるりとボトルを回す。

くっ狂っている。

男は呆然と火影を見つめた。

この男は、火影は狂っている…

忍びの世界に生きてきた男にとって狂人など珍しくもなんともない。この世の狂気など腐るほど見てきた。だが六代目火影は、この銀髪の男の狂気はどうだ。あまりに澄み切ったこの目はどうだ。この無邪気さはなんなのだ。六代目はたけカカシはボトルを回す。くるりくるりとボトルを回す。

「回して」

蜜のような声が男を捕らえた。

「センセのボトル、回して」

男はフラフラとボトルを回し始めた。くるりくるりと、魅入られたようにボトルを回す。

「回して」

どこまでも冴え渡る青、くるりくるりとボトルが回る。とろりと甘い声が男を絡めとる。

回して…

男はいつしか銀色の狂気に取り込まれていた。








 

「あ、うみの先輩、おかえりなさーい」

オレの尊敬するうみの先輩が四ヶ月に渡る木の葉ブランドキャンペーン任務から帰還した。
うみの先輩はオレが受付新人の頃から面倒みてくれた大先輩、今では六代目様付き補佐官となられたからうみの補佐官って呼ばなきゃいけないんだけど、先輩でいいっておっしゃるのに甘えて「うみの先輩」だ。
これはなんていうか、「うみの先輩」って呼んじゃえるオレらは特別親しいんだぞーって感じ?
先輩の教え子達がいつまでたっても「イルカ先生」って呼んでるのと一緒の気分っていうか、ある意味オレなんかうみの先輩に受付職員として育ててもらったようなもんだし。
そのうみの先輩が里に帰還したのは予定より一ヶ月遅れで季節はもう七月の末、夏真っ盛りだ。最後のキャンペーン地だった火の国の都でのイベントがあまりに好評だったので追加追加でここまで延びた。
真昼の中庭、蝉しぐれの降る中、本部棟入り口に向かう渡り廊下の先輩をみつけてブンブン手を振ったら先輩はニコニコ笑いながらこっちに歩いてきた。

「うみの先輩、長い間お疲れ様でした」
「おう、ただいま」
「キャンペーン、大成功だったそうですね。先輩のおかげだってホムラ様が上機嫌ですよ」

うみの先輩は鼻の傷を指でかいた。これって先輩が照れた時の癖だ。

「オレは何もしちゃいねぇがな。ホムラ様がすごいんだよ」

うみの先輩、相変わらず謙虚だ。そういえばもともと目立つのが好きじゃないからCM出演の時も揉めに揉めたっけ。

「六代目様が待ちわびてましたよ。先輩の誕生日、とっくに過ぎちゃったって」

そう言ってハタと気がついた。先輩が帰ってきたなら真っ先に飛んできそうなのに六代目様のお姿がない。

「あれ、六代目様は…」
「カカシさんか?」

先輩が苦笑いした。

「さっき執務室に直行してって式が来たんだがな、なんつーか、サプライズ用意しているみたいなんだ」
「あ、それでガイさんとアスマさんがさっきからドタバタ走り回ってたんだ」

忍界大戦の前からうみの先輩の誕生日には六代目様がお仲間の上忍達と派手なパレードをやっていた。便乗した商店街が屋台を出すようになりいつの間にか里のお祭りになっていたんだけど、今年は先輩が里外任務だったから延期になっていたんだ。改めて日取りを決めてお祭りするっていってなかったっけ。あ、でもその前にプチサプライズやるのか。六代目様、昔っから変わってないなぁ。
はたけカカシ上忍が六代目に就任すると、親友のガイさんとアスマさんは六代目様の相談役になった。ガイさんは戦争で大怪我して任務に出られなくなったんだよな。でも相変わらず元気いっぱいで、後進の育成にすごく力入れてるし、アスマさんは実は一度死んじゃったんだ。それが戦争中穢土転生で蘇ってそのまま里に帰ってきちゃっている。何故術が固定されたのかよくわからない。術者は再起不能になっているそうだが、まぁ、丸く収まっているからいいんじゃないかと思う。

「そりゃそうと、ここ一ヶ月で例のテロ組織のネットワーク、潰したんだって?」

あ、うみの先輩の耳にも入ったんだ。思わずオレは拳を握った。

「そうなんです。凄いんですよ、さすがは六代目様です」

オレは事の経緯をうみの先輩に説明した。
長老達が見捨てろって言った下忍達を六代目様はけっして見捨てず救ったこと、解放した敵方の里の長が六代目様に心服して、内側からテロ組織を潰すことができたこと、反抗する意志のない元組織のメンバーは敵方だった里長が新たに組織した木の葉の外部組織として再編成されたこと、それらを全部話してきかせた。ホント凄すぎて興奮しちまうよな。
確かにそのまま逃亡して闇商人の保護下に入った連中とか独自にまた地下に潜った連中もいるからまだまだ安心は出来ないんだけど、とりあえず事態は収拾できたし五里の中でも木の葉の存在感増したし言うとこなしだ。

「パレードで孔雀の羽くっつけてサンバ踊っててもやっぱり六代目様は凄いお方ですよね、先輩」

そう言えば先輩はなぜか苦笑いした。あれ、誉めたのにな。

「あ、先輩、噂をすれば、です。あの人ですよ。六代目様に心服して味方になったって人」

中庭の向こうから暗部を束ねるテンゾウさんと一緒に浅黒い肌の背の高いがっちりした男がこちらへやってくる。

「人質交換の前日に六代目様があの男の拷問部屋をお訪ねになったんだそうです。拷問をお止めになって普通に座って一昼夜語り明かしたら、どんな拷問部の責めにも屈しなかったのに六代目様には心を開いたって」

何をお話になったんでしょうね、と感心していると、件の男がこちらを見た。うみの先輩に気づいたらしくハッとした顔をする。今では木の葉の外部組織の長となった男はまっすぐ駆け寄ってきてうみの先輩の前に膝をついた。

「えっ、ええ?」

驚くうみの先輩に男は深々と頭をさげた。

「お初にお目にかかりやす。姐さん、と呼ばせていただいてもよろしゅうございやすか」
「はい?」

うみの先輩がぽかんとなる。

「あっあねさん?」

そりゃそうだ。オレもびっくりだ。男はくろぐろとした大きな目で先輩を見上げた。

「あっしぁスルメイカのジュウイチゾウと申しやす。六代目様、頭にお会いしてこれまでの名を捨てやした。姐さんのお好きなスルメイカに頭の右腕、テンゾウさんの弟分としてジュウイチゾウの名をいただいておりやす。頭のためこのジュウイチゾウ、粉骨砕身尽くす所存でございやすんで、どうぞよしなにお願い申し上げやす」

うみの先輩はただただあんぐり口をあけている。後ろではテンゾウさんがどこかしょっぱい顔をしていた。ジュウイチゾウさんは一礼すると立ち上がった。

「頭は今、姐さんを迎える準備に手間取っているそうで、ちょいと待ってほしいとの伝言でやす。あっしぁ頭の手伝いにいってきやすんで、姐さんはテンゾウの兄ぃとこちらでお待ちになっていておくんなせぇ」
「かっ頭?」
「へい、六代目様でやす」
「はぁ…」
「そいじゃあっしぁこれで」

ごめんなすって、と東の島国の時代劇にでてくるヤクザさんみたいな格好で挨拶をすると「スルメイカのジュウイチゾウ」さんは本部棟の中に消えていった。うみの先輩はただただ呆然としている。オレだって唖然呆然だ。

「スッスルメイカって…ええっ?」
「イルカさん、お好きなんですか?」

しょっぱい顔のままテンゾウさんが聞いてきた。

「え…まっまぁ、好きですけど…」
「そうですか…」

そうですか、としか言いようがないよな。っつかテンゾウさん、テンゾウの兄ぃって呼ばれてるんだ…

三人でなんとなくしょっぱい気分になっていたら、おぉ、補佐官殿、お帰りでしたかって太い声がした。森野イビキ拷問部隊長と丸顔の副官だ。珍しくイビキ隊長、眉間の皺がない。ってことは相当に機嫌がいいってことだ。

「補佐官殿、いやー、今回は新発見の連続でした」

あの感情を露わにしないイビキ隊長がうみの先輩の手をとってぶんぶんと振っている。

「一度人格を崩壊させて再構築するなど未だかって見たことがありません。幻術をはるかに越えている。六代目のお力はまだまだ未知数です。まさかこんな形でお力が発現するとは、いや、これも補佐官殿あってのこと、まったく、うみの補佐官殿は六代目様にとって、いや、木の葉にとって欠くべからざる方ですよ」

あのイビキ隊長が、あの強面で無表情なイビキ隊長が声を出して笑った!副官までが本気の笑顔だ。

「それでは補佐官殿、のちほどパレードでお会いしましょう」

イビキ隊長と副官はにこやかにそう言うと本部棟の中へ入っていった。うみの先輩はなんとも言えない顔で後ろ姿を見送っていたが、ポツリ、と小さく呟いた。

「パレード…今年もするんだ…」

先輩、色んなとこから逃避してますよね、今。

「屋台もでます」

オレもなんか逃避してる。

「とりあえずイルカさん、執務室へどうぞ」

しょっぱい顔のままテンゾウさんが言った。うみの先輩はどこかぐったり疲れている。
蝉の声だけが元気いっぱい辺りに響きわたっていた。


 
  イルカ先生不足になると潜在能力が現れるようです。この後、六代目はうみの補佐官にひっついていて仕事にならなかったとか。今年のパレードも盛り上がったのでそのうちイルカてんての誕生日は木の葉の正式な祭りの日認定されるはずです。
シャンプーのCMは娘さんが大好きな某アイドルのやつ。
CMを見ていた娘さんがぽつりと、「あのシャンプー、反対方向に回して◯◯君になるんだったら買うよね」と呟いたのがきっかけでこの話ができたんだったり。
娘よ、シャンプー回しても小さい◯◯君は出てこないから。