すべて上手くいっていた。いっているはずだった。銀髪の忍びが現れるまでは。
計画は順調だった。
火の国も木の葉もオレ達のような新興の小さな里のことなど眼中になく、霧だの岩だの強力な里の動向にの注意を向けている。だからその間隙を突くことにした。
まずは我が里秘伝の術で都を壊滅させる。自分達はもともと霧から別れた里だ。術式から木の葉と火の国は霧の仕業と思うだろう。他にも小さな誤解の種をあちこちにばらまけば、大国同士、メンツを潰されまいといずれ戦争になる。
そう、戦争を引き起こす、それが目的だ。
なんといっても戦争はオレ達新興の里にとって打出の小槌なのだから。
三十で里長の座について五年、オレは里を強く大きく発展させるべく尽力してきた。だが、忍界大戦はすでに過去のもので世界は安定しており、新興の里が力を伸ばすのは容易ではない。既存の里の持つパイを奪うチャンスは戦乱の中にしかないと思い知らされるばかりだ。だったら戦争をおこせば良い。平和ボケした連中の隙をつけばいくらでも戦乱の種はある。戦乱の世こそが我ら弱小な里にチャンスをもたらすのだ。
我々は綿密に作戦を練った。失敗したら里は存続できない。里の命運をかけたこの作戦、里長であるオレ自らが指揮を執り、決行となった。数ヶ月がかりで我々は密かに火の国の都に術式を張り巡らせた。王城を守る守備兵に手の者をもぐり込ませ、術式が発動したら国主一族を皆殺しにする算段を整える。術の依り代にする女も揃えた。あとは印を切り発動させるだけ、そこまでうまくこぎつけた。そう、自分達は確実にことを成していたのだ。
なのに面をつけた忍びの一団を率いたあの男がなにもかも一変させてしまった。
あっという間に我々は瓦解し、なんとか城外に逃れたオレと生き残りの部下達も銀の忍び率いる一団に取り囲まれている。
すとん、と目の前に銀髪の男が降り立った。狗の面をつけた銀髪の忍び、オレ達を潰した一団の長だ。あれほどの戦闘があったにもかかわらず、身につけている白いプロテクターには微塵の血糊も汚れすらない。
「もう残りはアンタ達だけだぁよ?」
そう言って銀髪の忍びは小首を傾げた。
「ね、アンタ、里長なんでしょ?選ばせてあげる」
のんびりとした声音で銀の男は残酷な宣告を下す。
「ここで全員死ぬか、服従の印を刻んで一生を木の葉に捧げるか、どっちにする?あ、ちなみに、改心して里を復興させるって選択肢はなしだから」
銀の忍びの口調はどこまでも呑気だ。
「木の葉め…」
憎しみをこめてオレは銀の忍びを睨みつけた。
「誰が貴様らなどに隷属するものか。既得の権益の上にのうのうと胡座をかいている貴様ら木の葉になんぞ誰がっ」
オレの言葉に呼応して部下達が口々に叫んだ。
「そうだ、木の葉に従うくらいなら我らは里長とともに死を選ぶっ」
「小さな里とはいえ我らには我らの矜持がある。死を恐れるとでも思ったか」
「ふーん」
ふっと銀の忍びの空気が冷たくなった。
「罪のない人達を巻き込んで戦争なんかおこそうとするお前らの矜持なんぞ知りたくもなーいね」
スッとクナイを向けられる。凍り付くような殺気だ。情けないことにそれだけで動けなくなった。
「忍びなら忍び同士でカタつけるべきなんじゃなーいの?」
底冷えのする声がオレ達を打ちすえる。
「なにが戦乱の世こそ繁栄のチャンスよ。戦争がどんなもんか知りもしないくせ利いた風な口叩くんじゃない。アンタのその浅はかさが里を潰したんだってまだわからないの?」
ぐうの音もでなかった。確かに、忍界大戦の時はオレはまだ子供で、しかも当時の里長が戦争で余裕のない霧の里の状況を利用して独立を勝ち取ったようなものだから、皆、戦場とは無縁でいられた。だからオレ達は実際の戦争がどんなものか知らない。ならばこの銀の男は戦争を知っているのか。いや、知っているのだろう。だからこそここまでの怒気をぶつけてくるのだ。
オレは瞑目した。確かに、オレは道を誤ったらしい。だからといって易々と木の葉の軍門に下る気にはならなかった。ただ、部下達を道連れにするわけにはいかない。
「お前達」
オレは部下達に目をやった。
「木の葉に下りたい者をオレは止めん。もうお前達の里はない。ならばオレに従う義理もないわけだ。生きようと思う者は木の葉の忍びに従え」
「さっ里長っ」
「里長はっ」
「オレはオレなりにけじめつけないとな」
必死な眼差しの部下達にオレは笑った。
「道を誤ったとはいえオレは里の長だ。最後まで戦ってから死ぬさ」
そうだ。たとえ誤った矜持だとしても、最後の最後までオレは忍びであり里の長だ。木の葉の誰かでも道連れにして散ってやる。だが、部下達には罪はない。里長であるオレの過ちに振り回されただけなのだ。
「お前達までオレに付き合う必要なない」
「なに言ってるんですか、里長」
副官の男がにや、と笑った。クナイを回し、パシリ、と構える。
「死なばもろとも、ってね。オレら、里長についていきますよ」
他の面々も力強く頷く。
「お前ら…」
オレもクナイをグッと握りしめた。
「すまんな」
「どーいたしまして」
「意地、見せてやりますよ、里長」
全員がクナイを構え直した。闘気がたちのぼる。
「相談、終わったみたーいね」
相変わらずののんびりとした声がした。銀の忍びがゆったりと片手をあげる。面の男達が闇から浮き出してきた。
「その結束力に免じて一瞬で殺してやるよ。安心しなね」
銀の忍びが手を振り下ろそうとする。
「待ってくれ」
オレは思わず止めた。銀の忍びがまた小首を傾げる。
「なに?今さら命乞い?」
「そうではない。命など惜しんではおらん」
オレはクナイを下ろし胸を張った。
「ただ、我々は何者に敗れたのか、せめて名だけでも教えて欲しい。貴様ほどの手練、さぞや名の通った忍びなのだろう」
そうだ。自分達がいったい誰に敗れたのか、それを知ってから死んでいきたい。
「冥土の土産って奴?」
くく、と銀の忍びは喉を鳴らした。そしておもむろに面に手をかける。黒いかぎ爪のついた手袋のまま、銀の忍びは狗の面をはずした。オレ達は息を飲んだ。面の下から現れたのは白皙の美貌だった。口布が鼻まで覆っているが、それでも整った顔立ちは隠せない。青と赤、色違いの双眸が不思議な色をたたえてじっとオレ達を見つめている。
「あの目…」
副官がどこか呆然と呟いた。そうだ、噂に聞いた事がある。木の葉と相対したとき、銀色の髪に赤い右目の忍びがいたら戦わずに逃げろと。まさかこの男が…
息をつめたオレ達に銀髪の忍びは色違いの双眸を細めた。
「なに?オレのこと、知ってた?」
くくく、と銀の男は喉で笑う。赤い右目が禍々しく光った。間違いない、この忍びのことだ。
「まさか…」
かなうわけがない。オレ達はとんでもない化け物を相手にしていたのだ。
「まさか貴様は…」
色違いの双眸に残酷な色が浮かぶ。
「貴様はあの…」
「そう、オレはね」
銀の忍びが微かに笑った。凍てつく冷気が肌を刺す。喘ぐようにオレはその二つ名を口にしようとした。
「写輪眼の…」
「オレはイルカ先生の汗シャワーを浴びたい男、だぁよ」
……………はい?
今、なにか妙な言葉が聞こえた気がするが…
周りを見回すと部下達も目を瞬かせている。オレの聞き間違いではないらしい。
「えぇっと…」
「なによ」
銀の男は眉間に皺を寄せた。
「今、何と…」
「え、聞こえなかった?」
剣呑な空気が流れる。だがこんなモヤモヤを抱えたままでは死んでも死にきれない。
「あの、写輪眼のカカシ…だろう?」
ギロ、と睨まれた。え、何か気に障った?呼び捨てにしたから?敬称つけなきゃダメ?でもオレ、一応他里とはいえ里長なんだけど…
「里長、敬称つけましょう、敬称」
隣から副官が突ついてきた。あ、やっぱ敬称必要なんだ。
「写輪眼のカカシさん…ですよね?」
銀髪の忍びの表情がますます険しくなった。え、「写輪眼のカカシさん」でもダメなの?
「里長、様、ってつけたほうがいいと思います」
死ぬ覚悟を決めたわりには気弱な発言が部下達から出る。様?そうなのか?様付け?
「今アンタ、何て言った?」
地獄の底から響くような声、やっぱ「様」つけなきゃダメみたいだ!
「すんませんっ、写輪眼のカカシ様っ」
オレが口を開く前に副官が叫んだ。なんつーかさすが気配りの副官、対応早っ。だが写輪眼のカカシは眉間の皺もそのままに首を横に振った。
「だからぁ、それは昔の名前」
ずい、と指を突きつけられる。
「さっき言ったでしょ。今のオレの二つ名はね、『イルカ先生の汗シャワーを浴びたい男』だって」
きっ聞き間違いじゃなかった!っつか何?イルカ先生の汗シャワーって何?
「あの…」
「何度も言わせんじゃなーいよ」
ふん、と鼻息荒くオレの質問は切って捨てられた。
「あ、でもイルカ先生の名前は連呼したいよね」
不機嫌極まりない顔をしていた写輪眼だったが、ふと小首を傾げた。口布をしていてもへらり、と笑ったのが見て取れる。
「イルカ先生の汗シャワーって口に出すだけでコーフンしちゃうし」
何ソレ、だからイルカ先生の汗シャワーって何?わっけわからん。こんな謎抱えてちゃとても死ねない。それは部下達も同じだろう。里長の責務としてオレは写輪眼に質問した。
「その、イッイルカ先生とは誰なんだ?」
汗のシャワーなんぞという変態チックな単語はさておき、最大の謎は『イルカ先生』だ。なにせ『写輪眼のカカシ』という二つ名を過去のものにしてしまったのだから。
「えっ、知らないの?」
写輪眼のカカシが信じられない、といった風に目を見開いた。
「信じらんない、イルカ先生を知らないなんて」
じかに口にも出された。何?そんな有名人なのか、イルカ先生ってのは
「信じらーんなーいっ」
「すっすみません」
女子学生のような口調のくせ鬼の形相だ。思わず謝ってしまった。だがここで質問をやめるわけにはいかない。部下達のためにも謎はきちんと解明しなければ。
「それであの、イルカ先生とは…」
「もう、しょうがないなぁ」
写輪眼はハァ、とため息をつき、大仰に首を振った。
「まぁ、イルカ先生知らずに死んじゃうってのも可哀想だし、特別に教えてあげてもいいけど、どっしよっかなぁ」
え、なにそのチラ見。後ろで手ぇ組んでチラ見って女子か、っつかアンタ、教えたいんだろ?イルカ先生のこと、しゃべりたいんだよなその態度は。だったらもったいぶらずにしゃべってくれて全然かまわな…って、あぶっあぶないっ、そんなコーンって小石蹴っ飛ばすな、アンタ、可愛く蹴ってるつもりかもしんないけど小石、刺さってるから、木に食い込んでっからっ
「じゃあ、特別に教えたげるね。冥土のお土産だもんね」
「お」はいらない「お」は。ッつかアンタ、ほんとに写輪眼のカカシなんだろうなっ。
「あのねぇ、イルカ先生ってのはねぇ」
さきほどの怜悧な雰囲気はどこへやら、写輪眼のカカシとおぼしき銀の忍びはてれてれと体を揺らした。
「木の葉の受付天使にしてお日様みたいなアカデミー教師、このオレの可愛い恋人なのでーす」
きゃー、と銀髪の忍びは頬を両手で押さえる。
「どーしよ、言っちゃった、カカシ恥ずかしー」
やっぱアンタ、写輪眼のカカシなんだ…っつか危ない、小石蹴るな、危ないって。
ヒュンヒュン飛んでくる小石を必死で避ける。わざとやってんじゃないかと思ったが、どうやら本気で照れているらしい。
「ほら、5月も下旬になると結構昼間暑いし、陽射し強いじゃない」
「はぁ」
……何の話だ?
「イルカ先生ってね、基本、アカデミーの子供達に接する時、チャクラで汗押さえたりしないのよ。んでね、昼間、野外実習とかで汗かいたセンセが振り向いた時とか、こう、パッて汗の雫が煌めくわけ」
「……」
「もうね、青空バックに汗の雫が煌めいててさ、辛抱たまらんってかあの汗の雫、全身に浴びたいーってね、ね、アンタもそう思うでしょ?」
「…………はぁ」
オレにどう返事をしろと。
「イルカ先生が絶世の美女でも汗、ヤです…」
後ろから副官が小さな声で言った。同感だ。
写輪眼のカカシの恋人なのだから魅力的な美女なんだろうが、汗のシャワーは浴びたくない。
オレ達の戸惑いなんぞ眼中にない写輪眼はうっとりと喋り続けた。
「きっちり忍服着てるのに汗の雫が散るっての、なんかこう、グッとこない?ある意味レアだよね、季節ものっていうか初夏限定?だって真夏になるとイルカ先生、腕も足もまくりあげちゃうからさ、ま、それはそれで美味しそうだけどね、ピッチピチで食べごろ感たっぷりっていうか、ほら、真夏だと水浴びとかもするからね、腕毛やすね毛の先端で水滴がキラキラしててい、汗の雫と一緒に先生の存在自体が煌めくのよ」
はぁ〜、素敵、と写輪眼は目元を赤らめる。って待て、ちょっと待て、今この男、なんつった?腕毛とすね毛?すね毛に雫がたまるってソレ、かなりの剛毛じゃないか?写輪眼の女ってのはそんなに剛毛なのか?
「そっその、イルカ先生とやらは毛深いのか…?」
おっかなびっくりだがなんとか質問できた。いや、だって水滴がつくほどのすね毛がある女っていったい…
「え、普通じゃない?毛深いってのはアスマみたいなのをいうのよ」
ヒラヒラと写輪眼は片手を振った。
「センセは成人男子の標準じゃないかなぁ。オレ、結構薄い方だからちょっと憧れちゃうよね、あのすね毛」
………あ、男、だからすね毛…って、おっおっ男っ?写輪眼はホモだったのかーーっ
オレ達はまじまじと写輪眼のカカシを見た。スラリとした体躯に整った顔立ち、確かに男が見ても魅力的な青年だ。照れて体をくねらせている様はどうみてもオネェだし、恋人が男というのもアリなのかもしれない。
「同じ汗でもさぁ、オレの下で喘いでるときの汗は甘いの、甘露ね甘露、飲み干しちゃいたいよね。あーんな男らしい人なのにベッドじゃほんっと可愛くてエッチなんだから、罪な人だぁよ、イルカ先生ってば〜」
ーーーー!!!
「なのにお日様の下じゃイルカ先生の汗、キラキラで光のシャワーって感じ?同じ汗なのになんでこう印象違うかな。ま、それがあの人の魅力のひとつではあるんだけどね、いわゆるギャップ萌えって奴よギャップ萠」
いや、もう、何をどうすればいいんでしょうか、オレ達…
「そーゆーわけで今のオレの通り名は『イルカ先生の汗シャワーを浴びたい男』なのよ。あ、言っとくけどイルカ先生の魅力は汗だけじゃないよ?ただ初夏のイルカ先生はズバリ、煌めく汗なのね。ちょっとはいい冥土のお土産になった?なったよね?オレもさ、もうちょっと時間があったら、イルカ先生の溢れる魅力についてまだまだ語りたいとこなんだけど、オレね、どうしても26日までには里に帰りたいの。だって先生の誕生日なんだもん。今年の誕生会はね、アスマ達とサンバやるのサンバ。衣装あわせもあるからホントは二日くらい前には帰り着きたいかな。ね、だからごめーんね?もっと聞きたいだろうけど、時間なくてさ。じゃ、そろそろアンタら始末しちゃってもいい?急がせてわるーいね、はい、クナイかまえて。だいじょーぶ、一瞬だから。せーので行こうか。はい、せー」
「すんません、投降します」
写輪眼が「せーの」と言い終わる前にオレは片手をあげた。
「もういいです、服従の印でも何でも刻んで下さい。オレ達、木の葉に従いますんで」
え、と写輪眼が意外そうに目を見開いた。
「投降すんの?」
「はい、します。もうどうとでもしてください」
そうだよ、もう好きにしてくれ
オレはぽい、とクナイを放った。部下達もガチャガチャと暗器やクナイを放る。だってなぁ、汗シャワーの話聞かされた後、シリアスに戦えるか?なんつーか、あほらしいっていうか、力抜けたっていうか、死ぬ気力まで根こそぎ奪われた気がする。
「どうぞ」
拘束されるために両手を出す。
「え〜」
あからさまに写輪眼がイヤそうな顔をした。アンタ今、連れて帰るのめんどくさい、とか思っただろう。ここで殺しといた方が楽って。
「里長の矜持とかがあったんでしょー?いいわけ?後で死にますって言ったって聞いてあげられないよ〜?後悔しなーい?」
「しません」
「え〜〜〜〜、めんどくさー」
本音出たーーーっ
写輪眼のカカシはほんっとーに嫌そうに拘束の指示をだした。面をつけた男達がオレ達に拘束具をつける。
「しょーがないなぁ、だったら全力で走ってよ?オレ、早く帰りたいし。あ、途中で気が変わったら遠慮なく抵抗して、全然大丈夫だから、逃亡はかってくれてもいいよ。むしろ推奨?拘束具、はずれやすくしとこうか?」
「……はかりませんからお気遣いなく」
今さらだろ、ホントこの男、人の戦闘意欲どこまで削るかな。ゼロ通り越してマイナスだよマイナス。あ、舌打ちした、写輪眼、今舌打ちしたっ、そんなにオレ達連れて帰るの邪魔かっ?
「テンゾー、お前先導して。オレはしんがりを行くから」
写輪眼はあからさまに面倒くさいって顔で短い黒髪の男に指示をだした。それからぐりん、とこっちに首をまわす。
「アンタら、遅れたら叩き切るから、死ぬ気で走ってね」
目ぇ座ってるし、写輪眼、マジだよマジ
「はいしゅっぱーつ」
ガッと面の男達が拘束具の紐を引いた。慌ててオレ達は走り出す。オレ達から戦闘意欲を根こそぎにした男は、本当に鬼の形相で後ろから追い立ててきた。今さら死んでもアホらしいので言葉通り、オレ達も死ぬ気で走った。先導する黒髪の猫面の忍びがたまに下がってきて、無理しなくてもいいからね、と声をかけてくれたけど、それって優しさなんだろうか、それともとっとと処分しちゃいたいから?青くなったオレ達に走りながら猫面の男は肩をすくめた。
「大丈夫だよ。遅れても叩き切らないよう先輩に頼んであげるから」
やっ優しい
「どうせ遺体の処理は僕にまわってくるわけだし、今さらそんな面倒くさいからね」
……優しさって何だろう
追い立てられ走りに走って木の葉の里に辿り着いたのは5月25日の午後、『イルカ先生』の誕生日前日だった。なんとかオレ達は写輪眼に叩き切られずにすむようだ。面の忍び達に囲まれるようにして大門をくぐろうとした時、目の前に煙が立った。
「遅ぇぞカカシ」
「本番は明日ではないか」
現れたのは髭の大男とおかっぱ頭だ。オレ達は言葉を失った。なぜかって、いや、だって、コイツら、なんで忍服の後ろに羽飾りつけてんの?こう、ふさふさーっとしたピンクの羽飾り、某都市で街頭をねりあるくボン、キュ、ボンなおねーちゃん達がつけてるようなデッカい羽飾りに頭にもキラキラと羽のついた飾りをかぶってる。
「ごめんごめん、コイツらが足、遅くってさ」
写輪眼がオレ達を指差した。じろ、と髭がこっちをねめつける。誰コレ、目付き悪っ
「なんで始末してこなかったんだ?邪魔くせぇ」
「だって投降するって言うんだもん」
「聞くからだろうが。問答無用で叩き切ってくりゃいいんだよ」
わ〜、なんか酷い事言ってる〜〜
「そう言うな、アスマよ。三代目は慈悲深い方だったではないか」
「オヤジは関係ねぇ」
アスマって、三代目の息子の猿飛アスマか、確か守護忍とかなんとか、え、この羽飾りの髭が?
「衣装合わせに間に合ったのだ。よしとしよう」
顔と髪型が一番変なコイツが一番まともなのか?
「もし遅れたら我がライヴァルにかわりこのオレが叩き切っていたがな」
はっはっは、とおかっぱは腰に手を当て高笑いした。なんかもう、木の葉ってこんな奴ばっかなわけ?揺れる羽飾りがすっごいウザ。
「さぁカカシよ、衣装合わせのついでに踊りのリハーサルもすませてしまうぞ」
「報告書は副隊長にまかせてここで着替えちまえ」
「そだね、テンゾー、報告書御願いね」
写輪眼のカカシがふさふさの羽飾りの受け取っている。って身につけるのか?ここで?今?
「こらぁーーーーっ」
その時、あたりを揺るがすような大音声が響いた。道の向こうから凄まじい勢いで男が走ってきた。頭のてっぺんで一つ括りにした黒髪がブンブン揺れている。
「里の入口で何やってんですかーーーーっ」
一応敬語だ。しかしその形相は凶悪を通り越してまさに悪鬼羅刹、あまりの迫力に目の前の上忍達が気をつけの姿勢になっている。関係ないはずのオレ達も動けない。
「ちょっ、アス兄、ガイさん、なんて格好してんです、その羽飾りはいったい」
黒髪の男は眦吊り上げて怒鳴った。鼻の上を一直線に横切る傷がなんだかとっても怖い。髭の大男が羽飾りをふさふさ揺らしながら口を尖らせた。
「こりゃお前ぇ、バースデーサプライズの衣装…」
「しっ、アスマ、サプライズでしょ」
写輪眼が髭の口を押さえた。おかっぱ頭がぶんぶんと手を振る。
「何でもないぞ、すべて順調だ、案ずるな」
一瞬、黒髪に鼻一文字傷の男は眉間に皺を寄せた。ますます凶悪な面相になる。だが、黒髪の男はスッと険悪な空気を引っ込めた。何気ない風を装い明後日の方向を眺める。
「あ〜、今年の誕生日のサプライズ、何やってもらえるんだろうなー、楽しみだなー、カカシさんが帰ってきたら三人でリハーサルって聞いてるけど、サプライズだから絶対人目のないとこでやるんだろうなー、すっごく知りたいけど楽しみ半減しちまうからやっぱ我慢しよーっと。あー、あしたが楽しみ楽しみ」
なにそのしらじらしいセリフ。
そんな幼稚園生誘導するようなセリフでどうこうなる大人がいたら…って、いるんかいっ!
写輪眼と髭とおかっぱが大慌てでふさふさの羽飾り隠そうとしてる。無理だって、そんなふさふさ、頭の飾りだってかさばって、あれ、写輪眼のカカシが目ぇ見開いたよ、小さくカムイって呟いてる、うわ、消えた、羽飾り消えた、なにあの技、っつか無駄に優秀だな、写輪眼のカカシ。
「じゃっじゃあなイルカ、ちょいと野暮用でカカシを借りてくが夕飯までには返すからな」
「イルカよ、明日また会おうっ」
……え?今なんつった?
「イルカ先生、先に帰ってて下さい。オレ、ちょっとアスマ達と」
イイイイルカ先生だってーーーーっ?
黒髪の男はさっきとは打って変わって満面の笑顔になった。
「はいはい、リハーサルですね。どこでやるんですか?」
「格技場」
「わかりました。使用許可の式を飛ばしておきますね」
写輪眼のカカシの口布をひっぱり、男はちゅ、と唇にキスをする。
「誰にも見られないで下さいよ?オレ、明日をホントに楽しみにしてるんですから、他の奴にみられたら妬けちゃいます」
デレ、と写輪眼のカカシが相好を崩した。
「やだなぁ、イルカ先生、そんなヘマしませんよ。あなたのためだけにオレ、頑張ってるんですから」
「あまり遅くならないでくださいね。ご飯作って待ってますから」
「はーい」
黒髪の男、『イルカ先生』に手を振って写輪眼のカカシと髭、おかっぱはかき消えた。『イルカ先生』はやれやれ、って感じで頭を振ると、猫面の暗部になにやら書類を渡したりサインしたりしている。
っつかやっぱ、この男が写輪眼言う所の『イルカ先生』なのかっ!
えええっ、イルカ先生?マジで?あのイルカ先生?
さっきキスしたからそうなんだろう。じゃあ何か?写輪眼はこのがっちりした男の汗のシャワーを浴びたいと本気で思っているのか。そんでもってこのデカくて男くさい『イルカ先生』がベッドの中じゃ可愛いと?
「……甘露?」
副官がぽつ、と呟く。
言うな、副官、気持ちはわかるが音で再確認するのを脳味噌が拒否している。部下達も身震いしてるじゃないか。
「じゃあテンゾウさん、すぐに拷問部が到着しますのでよろしく御願いしますね。引き継ぎの後、この場で解散してくださっていいとの火影様の伝言です」
猫面の男のサインした書類を受け取ると、黒髪の男は立ち去ろうとした。
「アッアンタ」
思わずオレは呼び止めた。くる、と振り向いた顔はやっぱりゴツくて男くさい。
「なぁ、その…」
思えばその時、オレは一縷の望みをかけたのかもしれない。違ってほしいという望みを。
「アカデミーのイルカ先生ってのはアンタだけなのか?」
「?」
男は怪訝な顔をしたが、すぐに頷いた。
「あぁ、イルカはオレだけだが?」
そっか…
「それが何か?」
そっかぁ〜
首をひねりながら歩み去る『イルカ先生』の後ろ姿を眺め、オレは、オレ達はしみじみと悟った。
理解の範疇を軽く越えていく、というかもうはるか彼方を行くような連中がぞろぞろいる木の葉の里に勝てるはずはなかったのだ。こんな連中相手に何ができる、最初から負け戦は決まっていた。ここまでとっぱずれているのが忍びなら、オレ達は全然忍びに向いていなかった、というより真の意味で忍びではなかったのだろう。
もう里の復興とか、何の未練もない。牢に入れといわれれば入るし、労役につけと言われれば従う。残りの人生、オレの判断ミスのせいで命を落とした仲間達の冥福を静かに祈って生きていこう。
オレは部下達を見やった。皆、穏やかな目をしている。
拷問部の部屋に数々のレース編みが飾られていて、それが長である大男の作品だと聞かされても、もはやオレ達の心が波立つ事はなかった。こんなにも静かで穏やかな心持ちでいられる日がこようとは、オレ達は人智を越えたなにかに思いを馳せていた。
☆☆☆☆☆
「あ、うみのせんぱーい」
渡り廊下の向こうに先輩の姿をみつけてオレは駆け寄った。
「先輩、昨日は誕生日でしたね。おめでとうございます」
受付職員として配置されはや三年、担当の魔女二人の扱いにもだいぶ慣れてきた。奇しくもうみの先輩の誕生日に正式配置が決まったので、その日を迎えるとがんばろうという気持ちが新たになる。一昨年は絹の国の使節団、去年は絹の国の国主様突発訪問騒ぎがあったのでうみの先輩の誕生日は里中てんやわんやだったけど、今年は何事もなく静かにすぎた。先輩もちゃんと休みをとることができて本当によかったと思う。あ、正確には静かにすぎたわけじゃなかったんだけど。
「昨日は盛り上がったそうですね。シフト当たらなかったらオレも観に行きたかったです」
「あ?……あぁ、まさか街頭パレードになるとはな…」
昨日は昼頃突然花火があがって、はたけ上忍、ガイ上忍、猿飛上忍の三人、まぁ、いつもの誕生会アトラクションメンバーなんだけど、その上忍ズが大門通りをサンバのリズムでねりあるいたのだ。羽根つきのそりゃあド派手キラキラ衣装で見事な踊りっぷりだったとか。
「え?最初から街頭パレードのつもりじゃなかったんですか?」
「……ちげぇよ」
「でも聞きましたよ?任務帰りのライドウ特別上忍とゲンマ特別上忍が加わって、そこへやっぱド派手衣装の夕日上忍とみたらし特別上忍が飛び入り参加したもんだから観客ハンパなく集まったって。そのうち野次馬も踊りに参加しはじめて、最終的には大規模な街頭パレードになったそうじゃないですか」
「………あぁ、来たな、とんでもねぇ人数が教員アパートの前まで踊りながらな」
「しばらくみんなで踊ってたって伺いましたが?」
「………踊ってたな」
はぁ、とうみの先輩はこめかみを揉んだ。
「なんでかな、年々、派手になってきてる…」
木の葉の皆さんに申し訳ねぇ、そう先輩は肩を落とす。
「え、いいんじゃないですか?祭りみたいだって皆、楽しそうでしたよ?先輩、気をつかって飲み物や菓子、急いで用意して振る舞ったんですよね。それじゃあ悪いからって来年は商店街が出店だすそうです」
「なっ…えっ…」
先輩は目を見開き、それからがっくりとうなだれた。そんな気にしなくったっていいのになぁ。なんだかんだで「アカデミーのイルカ先生」は人気者だから、みんな楽しいんだと思うけど。
「あ、それから先輩、この度は木の葉平和賞受賞、おめでとうございます」
そうだそうだ、こっちのお祝いも言いたかったんだった。
「はたけ上忍とのダブル受賞って凄いです。なんか、はたけ上忍が鎮圧に行くと必ず皆、無抵抗で投降するんだそうですね。二日前にもなんて里だったか、投降してきた連中がいましたよ」
「……いたな、オレが書類作ったしな…」
「あ、そうだったんですか。凄いですよね、最初全滅覚悟で抵抗してきたのを、はたけ上忍がちょっと話をしただけで無条件降伏したそうじゃないですか。すっかり従順になっていて、拷問部での取り調べも手がかからなかったってイビキさんが。あ、それって先輩のおかげなんですって?自分達から忍びの能力を封じてくれって言ったそうですよ。なんか悟り切っちゃったみたいな感じだったって、だから火影様も温情をかけて、木の葉の近くで土地を与えて農業に従事させるそうです。一定の税を木の葉に納めるって条件ですけど、よかったですよね、無駄に血が流れなくて。イビキさんが感心してました。先輩の影響力は凄いって、先輩、何をなさったんですか?流石ですよね、先輩、あれ、うみの先輩?」
誉めれば誉める程先輩の空気がどんよりなってくる。
「ははは…そっか、そりゃよかったな…」
「先輩?」
どうしたんだろ。先輩、背中に黒雲背負ってる。
「なぁ、お前、イビキさんと話したんだよな」
肩を落としたまま先輩はぼそりと言った。
「あのヤローがいったい外で何しゃべってやがるか、お前、聞いてねぇか?」
「え?いえ、別に…」
あのヤローってはたけ上忍のことだよな。イビキさんからはただ、うみの先輩の貢献度がハンパないってことしか聞いてないけど。
「ホントに知らねぇのか?」
「はぁ」
オレは一歩後ずさって頷いた。先輩、なんか怖っ。
「なっなんでも具体的なことは機密事項だとかで、当事者のはたけ上忍にも口外しないよう通達があったそうです」
そりゃそうだよな。手のうち晒したら投降させられないもんな。
「ただ、先輩の存在が大きいってことはイビキさんが強調してらっしゃいました。さすがはうみのだ、奴の存在は木の葉に欠かせんなって」
先輩を元気づけようと言ったのに、何故か先輩はうぅぅ、と唸った。なんかどす黒いモンが立ち上ってる、うみの先輩、マジ怖いっす。
「あのヤロー、いったい何くっちゃべってやがんんだ」
拳を固めぎりぎりぎり、と先輩は虚空を睨んだ。
「もっと早くに口割らせときゃよかった。いや、外でしゃべるなって言い含めた方がよかったか。くっそぅ、火影様に手ぇ回されちゃおしめぇか、あのヤローの口を野放しにするしかねぇのか」
「せせ先輩?」
「いや、流血沙汰を回避できるならってオレも思ったさ、オレ一人が恥をかいてそれですむならってな、だけどな、里公認てぇなると話ぁ別だと思わねぇか?」
「恥って、先輩、なにもそんな」
宥めようとしたが、ギロリと睨まれた。ひ〜〜っ
おたつくオレの前で禍々しいチャクラがドン、とふくれた。
「奴がくっちゃべってんのは恥ずかしいことに決まってんだよ、投降してきた連中が揃いも揃ってオレの顔みちゃ、『お前がイルカ先生』って絶句しやがる。その後必ず生温い目ぇで見てくんだよ、あのヤロー、外で何やらかしてんだ何を」
くっそぉぉぉっ、と先輩は歯がみした。怖い、凄く怖い。上忍トリオが先輩に怒られて大人しくなる気持ちがよくわかる。
「あっあの、うみの先輩、オレ、授賞式の係になったんで、がんばりますね」
とりあえずオレはぐっと親指を立ててみせた。
「お祝いパーティも盛大にやりましょうっ」
それだけ言ってオレはその場を逃げ出した。触らぬ神に祟りなしだ。ちら、と後ろを振り向くとうみの先輩はうがー、と頭を抱えて唸っていた。なんにせよ、木の葉の里にとって先輩が欠くべからざる存在だってことは、その重要度が増しているってことだけは確実だ。
「まぁ、平和的解決が一番だよな」
見上げる空は五月晴れ、木々の緑も鮮やかに、木の葉は美しい季節を迎えていた。
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