木の葉の里受付所職員
それはとっぱずれた上忍や特上達を里のヒーローたらしめるべく日夜奮闘する影の男達である。
☆☆☆☆☆
朝の混雑が一段落した受付所は職員以外誰もおらずまったりとしている。
「どれ、十時のお茶といこうじゃないか」
火影様がうーん、とのびをした。今日のお茶当番が煎茶の湯のみと茶菓子を運んでくる。書類仕事の手を止め、オレもありがたく頂戴することにした。開け放した窓から初夏の風がさわさわと吹き込んでくる。気持ちのいい日だ。
「お前、この任についてどのくらいになる」
「はい、今日で丁度一年になります」
「そうか、担当は誰だ?」
「タニシ先輩の元で紅上忍とみたらし特別上忍を」
「そりゃあ」
五代目が眉をあげた。
「新人には随分と難儀な」
「先輩が一緒にやって下さいますから」
「そうか、ご苦労だな」
労りの言葉が心にしみる。
そう、オレが適性試験期間を経て本当の意味での「受付職員」になったのは忘れもしない、去年の五月二十六日だ。その日は絹の国のお歴々が視察にきていて、オレは接待役のうみの先輩の補助として働いた。そして、「受付職員」の本来の業務を身をもって知らされた。
その後、オレはうみの先輩の同期でベテランのタニシ先輩につき紅上忍とみたらし特別上忍の担当になったわけだけど、これがまぁ、日々精神を削られるというかなんというか、とにかく大変だ。木の葉を代表する美女二人の本当の姿を知ったオレがしばらく女性不信に陥ったとしても無理ないと思う。知らずため息が漏れる。
「まぁ、もうちょっと慣れれば負担も減るだろう」
五代目がどこか可笑しそうに笑ってオレの肩をバシバシ叩いた。本人、軽くのつもりだろうけどすごく重いパンチだ。
「今週は里外からの来客はないはずだな。少しゆっくりできるんじゃないかい?」
「はぁ、そう願ってます」
思わず本音が出た。五代目はまた豪快に笑う。
「糖分だ。疲れが取れるよ」
オレの手にチョコをのせてくれる。
「あっありがとうございます」
へへ、と笑ったときだ。ガラ、と受付所のドアが開きタニシ先輩が飛び込んできた。
「たっ大変です五代目っ」
血相変えたタニシ先輩はカウンターに走りよってきた。
「今、お忍びで絹の国の国主様とそのご一行がっ」
絹の国といえば去年、うみの先輩と接待にあたった所だ。あの時はうみの先輩の見事なはったり、じゃなくて機転で専属契約をもぎ取った。そこの国主様がお忍びでいらしたのか。そりゃあ急いで接待の準備をしなきゃだけど、そんな血相かえるようなことじゃないのに、タニシ先輩、どうしたんだろう。五代目も別に慌ててはいない。
「そうか。では火影屋敷へご案内申し上げろ。私はそこで出迎えるとしよう」
落ち着いた物腰で指示を出す。
「五代目っ」
だが、タニシ先輩はひどく焦って叫ぶように言った。
「違うんです五代目っ、こっちへ向う途中、国主様ご一行が偶然はたけ上忍をみかけられましてっ」
五代目の顔色がサッと変わる。受付所に緊張が走った。
「国主はカカシの顔を見知っているのかっ」
「はいっ、式典任務の指名は全てはたけ上忍ですので見間違うことは決して」
「どこでかち合った」
「一楽の前ですっ」
「食前かっ」
「すでに食べた後かと」
「今どこにっ」
「はたけ上忍の私生活の話を聞かせて欲しいと木の葉通りのカフェにむかわれましたっ」
ガタン、と椅子を倒して五代目が立ち上がった。
「うみのを呼べーーーーっ」
般若の形相で五代目が叫ぶ。
「ただちにうみのをそこへ向わせろっ。カカシに何もしゃべらせるなっ」
「はっ」
オレは瞬身でアカデミーに跳んだ。まさに緊急事態だった。
うみの先輩は授業を副担にまかせすぐに飛び出してきた。
「状況はっ」
「最悪です、はたけ上忍、ラーメン食べた後らしくて」
「なにぃっ」
うみの先輩のスピードがあがった。
そうなのだ。忍びの里の住民は別として、普通の人々は「忍び」がどういうものかよくわかっていない。摩訶不思議な術を使う「忍び」が自分達と同じように飲んだり食ったりするとは思えないようなのだ。
まぁ、実際オレ達忍びは依頼人の目の前で飲んだり食ったりしないからしょうがないっちゃしょうがないんだけど。というか、依頼人の前で食事する任務なんてのはない。あるとしたら護衛任務か式典任務の宴会の場だ。
しかし、何があるかわかんないのに仕事中に呑気に宴会料理を食う忍びはいない。それは木の葉にかぎらず忍びなら皆そうだ。
なのに依頼人達はその姿をみて妙な幻想を抱くようになったらしい。優秀な忍びになればなるほどストイックで、普通の食事などは取らないものだと。
つまり、忍びの中の忍び、はたけカカシはラーメンなど食べてはいけないのだ。
「くそっ」
うみの先輩が小さく呻いた。
「こんなことで木の葉の、はたけカカシの評判が落ちてたまるか」
ハッとした。そうだ、ラーメン食べたってはたけ上忍も他の上忍達も優秀な人達なんだ、命張ってるんだ。それを勝手に幻想抱いて勝手に幻滅したあげく、誹謗中傷されるのは腹が立つ。
よしっ
オレはグッと拳を固めた。
木の葉の忍びの、そして我らが看板忍者、はたけカカシの名誉はオレ達受付職員がなにがなんでも守り通すぞ!
「大口の顧客だってのに、依頼よそに持ってかれてたまるか。基本給下げるわけにゃいかねぇんだ」
あ、そっちの心配?
だよな、うみの先輩だもんな。
オレもまだまだ甘いぜ
自嘲と自戒にフッと遠くを見つめた時、うみの先輩の空気が鋭くなった。
いた、はたけ上忍だ。丁度カフェに入るとこ、よかった。国主様、輿に乗ってっからノロく…じゃなくてゆっくりで。
しっかしうみの先輩、どうするつもりなんだろう。国主様、はたけ上忍と話をしたがってる。そこに格下の中忍が割り込むわけいかないってのに。
あぁ、国主様が庭に設えられた席に座った、正面の椅子をはたけ上忍にすすめてる、わ〜〜〜、どうすればっ。
アレ、うみの先輩、何してるんですか?そんな突然道ばたに転がって砂や泥を体につけて、っつか緊急事態ですってばーーっ。
「おい、お前も体を汚せっ」
唖然としてたら怒鳴られた。
「早くっ」
慌ててオレも砂まみれの土ぼこりまみれになる。国主様がはたけ上忍に話しかける声が聞こえた。
「それにしても意外であった。そなたほどの上忍もラーメンを食すとは」
ぎゃ〜〜、絶体絶命!!
うみの先輩の鋭い声が飛んだ。
「付いて来い」
そのまま先輩はザッと跳躍する。慌ててオレも後に続いた。はたけ上忍ののんびりした声がする。
「ラーメンですか?えぇ、大好物…」
ぎゃ〜〜、待って待って上忍〜〜っ。
うみの先輩が椅子にかけたはたけ上忍の傍らに降り立ち膝をついた。
「はたけ上忍っ」
「あれ?」
はたけ上忍が目を見開き、それからデレ、と相好を崩した。
「イルカせん…」
「ご指示どおり全て完了いたしましたっ」
頭を下げるなりうみの先輩ははたけ上忍のふくらはぎをしたたかにつねりあげた。もちろん、国主様達には見えないように。
「!!!!!」
はたけ上忍、突然の痛みに絶句している。その隙にうみの先輩はくるりと国主様へ向き直った。
「これはっ、絹の国主様、御前にて大変ご無礼つかまつりました」
「おぉ、そちはこの間の、はたけ殿の副官ではないか」
「はっ、再びご尊顔を拝し恐悦至極に存じまする」
うみの先輩は膝立ちのまま頭を下げた。そういやこの間の式典任務のサポート、うみの先輩だったんだ。国主様はにこにこと機嫌良く頷いた。
「うむ、先だっては実によく働いてくれた」
「恐れ入ります。国主様がおいでとは露知らず、このような任務帰りの見苦しい格好にて本当に申し訳ございません」
「おぉおぉ、任務であったか」
「はっ、はたけ上忍の指揮下にてこの者とともにスリーマンセルの任務を先程完了したばかりであります」
うみの先輩の後ろで膝をついているオレをさし示すと国主様が意外そうに目を見開いた。
「なに?はたけ殿も任務帰りであったか」
さらに頭を下げたうみの先輩は、今気がついたという風にはたけ上忍を見上げた。それから黒目を輝かせ国主様に視線を移す。
「今更ながら我々中忍の未熟さを思い知りました。上忍、いつお気替えを?あぁ、国主様がおいでと気付き瞬時に服装を改められたのですね。申し訳ありません。部下である我々のこの失態、言葉もございません」
え、そういう設定だったんだオレ達。
国主様はますます驚いた顔をした。
「なんと、朕はまた、はたけ殿がラーメンを食べたのだとばかり思っていたが違ったか」
「あ、食べましたよ豚骨味噌ラ…」
口を開いた上忍のふくらはぎをうみの先輩はまたぎゅうう、とつねった。アレは痛い、地味に痛い。現にはたけ上忍、涙目で黙り込んだ。
「とんでもない。上忍がそのような匂いの強い食物をとりましょうや」
はたけ上忍もおたわむれがお好きだ、そう言ってうみの先輩は快活に笑う。
「この匂いは忍犬遣いとの交戦に用いた薬品です。なにせ忍犬使いを倒し、その操る忍犬を捕獲する任務でしたので。相手は上忍クラスの実力を持つ忍犬部隊です。殺さずに捕獲となるとなかなか。今回は木の葉の薬剤部が開発したこの匂いの強い薬品でなんとか成功いたしましたが」
ほうほう、と絹の国主様は感心して頷く。
「その捕獲した忍犬とはどのくらいじゃ?」
「は、あのような犬を50頭」
指差す先には犬塚さんちのキバ君が赤丸をつれて歩いている。なんつーか、目につくものはなんでも使え、だなうみの先輩。
「あのような猛犬をか?」
国主様が目を丸くする。そりゃそうだろう、赤丸はデカいからなぁ。
「いえいえ、あれはまだ小さいほうでして、恥ずかしながら我々中忍二人、喰い殺されそうになりました」
「なんと!」
国主様、すっかりうみの先輩のペースにはまってる。
「猛犬の牙がまさに私の首に食い込まんとしたその時、ぐいと強い力に引っ張られました。気がつくと私とこの者は猛犬どものはるか後方へ放り投げられており」
「おぉ」
「我々のいた場所にすっくと立っておられたのは他でもない、はたけ上忍ただお一人」
「おぉ、おぉ」
「はたけ上忍はベストから素早く薬品を取り出されると襲い来る猛犬どもにそれを浴びせかけ、強い匂いで犬どもが怯んだその間隙をつき目にもとまらぬ早さで昏倒させたのであります」
「なんとなんと!」
国主様は膝を打って感心する。うみの先輩はにっこり満面の笑みになった。
「強烈な匂いの薬品でありましたから、昏倒させた時にわずかに移ってしまったようです。しかし、この程度ですんだのは上忍であればこそ、あのように強烈な薬剤、もし我々が同じように犬に触れたならば、今頃その臭気のせいで隔離されておることでしょう」
それからうみの先輩は目に力をこめてはたけ上忍に向き直った。
「犬はすべて訓練場に移動終了いたしました。あとは何もおっしゃらずに犬塚にお任せ下さい」
「え、イル…」
「おっしゃらずに」
しゃべるんじゃねぇ、一言でも口開いたら別れンぞゴルァ
なんだかそんな声が聞こえた気がする。いや、はたけ上忍が真っ青になって黙り込んだから気のせいじゃない。だけど忍びじゃない絹の国主様には当然聞こえてなくて、すこぶる機嫌がいい。
「それは朕も見てみたかったの。いやはや、はたけ殿がラーメンを食すなど、なんとも失礼な勘違いをしてしまった。許されよ」
青ざめたままはたけ上忍はプルプルと首を横に振る。
「上忍は忍びの中の忍びでございます。ラーメンどころか、匂いのキツいもの、刺激のあるものはいっさい口になさいません」
「うむ、さすがじゃの」
「そうやって日頃から己を律しておるのが木の葉の忍びでありまして…」
ふと、言葉を切ったうみの先輩の目が険しくなった。その視線を辿ると…げっ、猿飛上忍。よりによってこんな時にヘビースモーカーの猿飛上忍が!マズいよたった今、上忍は匂いの強いものをとらないって法螺吹いたばっかだってのに。っつかくるなー、こっち来るなーーーっ
「よう、イルカじゃねーか」
あちゃ〜〜〜
「さっ猿飛上忍」
うみの先輩の笑顔が引き攣ってる。なのに猿飛上忍はずかずかとこっちにやってきた。
「なんだぁ?その呼び方、どうした。おう、カカシ、お前ぇこんなとこで何油売ってやがる。ゲンマが探して…」
「絹の国主様、失礼いたしますっ」
ガバ、とうみの先輩は国主様の鼻先に布を押し当てた。お付きの武官達がザッと身構える。
「ご無礼、お許し下さい。なれどあの煙を吸ってはなりません。あれは忍の使う特殊な薬剤ですっ」
言いつつうみの中忍は素早く印を切った。幻術だ。途端にお付きの面々が力をなくして座り込んだ。
「申し訳ありませんっ、猿飛上忍、この方は絹の国主様ですっ、その煙草を模した薬剤の火をお消し下さいっ。君、猿飛上忍からそれを受け取って」
「失礼いたします、猿飛上忍」
上忍がぽかんとしているうちにオレはサッと携帯灰皿を差し出した。条件反射で猿飛上忍は煙草を中にいれる。
「おそれいります、上忍」
ササササ、とオレは下がった。うみの先輩は国主の鼻先を押さえたまま猿飛上忍に向って片手でしっしっと追い払う仕草をする。そこへひょこ、と不知火特別上忍が現れた。
「あ、カカシさん、頼まれてた本場キムチ本舗のスペシャルキムチですけどコレ…」
不知火特別上忍はそこまで言って黙り込んだ。くわえている楊枝に何かが刺さっている。っつか消しゴム?振り返ると鬼の形相のうみの先輩がいた。立ち上るオーラはもしかして上忍をも凌駕しそうな迫力だ。あわあわと二人は瞬時にかき消える。はぁ、と息をつきうみの先輩は国主様から離れ膝をついた。
「緊急とはいえご無礼つかまつりました。お許し下さい」
頭をたれながらうみの先輩は解術の印を切る。座り込んでいた人々がハッと我にかえった。国主様はかえって上機嫌だ。
「いやいや、そちの機転、ありがたく思うぞ。それにしてもさすがは忍びの里じゃの」
アクシデントが珍しくて楽しいらしい。うみの先輩はにっこりすると、カフェのスタッフに合図を送った。
「国主様に飲み物を。それからはたけ上忍はいつもの」
パッとはたけ上忍の顔が輝く。
「オレ、キャラメルフラペチ…」
「ハトムギ茶っ」
かき消すように叫んだうみの先輩は同時にはたけ上忍の足を踏んづけた。上忍はビン、と背筋を伸ばしたまま悶絶している。
「はたけ上忍はハトムギ茶でしたよねっ」
「ほう、それは体によさそうだの。朕もそれをもらおう」
「国主様にもハトムギ茶ーーーっ」
うみの先輩、なかばヤケだな…
その後現れた紅上忍とみたらし特別上忍を飴と鞭で淑女にみせかけ、勝負を挑んできたガイ上忍を鬼気迫る笑顔で追い払ったうみの先輩は、宴の仕度が整ったと火影様からの使いがくるまで笑顔で国主様の相手をしていた。もちろん、その話術で国主様ははたけ上忍や紅上忍達と会話した気分になっているはずだ。
ちなみにオレときたら紅上忍とみたらし特別上忍の担当であるにもかかわらず右往左往するだけでまったくの役立たずだった。うみの先輩がいらっしゃらなかったらどうなっていたことやら、考えるだけで背筋に冷たいものが流れる。
気がつけば陽は中天にのぼっていた。話がはずんで(国主様だけ)随分とこのカフェに長居したようだ。国主様が火影屋敷にむかわれ姿が見えなくなると、うみの先輩は片手で印を切って式を飛ばした。おそらく、絹の国主様にかました数々のはったりの内容の報告だろう。全員で口裏をあわせなきゃダメだもんな。うみの先輩は式を見送り、それから力つきたようにがくりと地面に手をついた。
「な…なんとかなったか…」
ため息とともにそう呟く。その横ではまだはたけ上忍がお行儀よく椅子に腰掛けていた。微動だにしない。ハッとうみの先輩が顔をあげはたけ上忍を見上げた。
「カ…カカシさん…」
「オレ、ハトムギ茶好きじゃないです」
ぽつ、と言うはたけ上忍は涙目だ。
「イルカ先生とキャラメルフラペチーノ、飲むのが好きです」
膝の上できゅっと拳を握っている。はたけ上忍はそのまま俯いた。
「おいしいって教えてくれたの、イルカ先生なのに…」
「カカシさん」
ガバ、とうみの先輩が立ち上がった。はたけ上忍の頭を自分の胸に抱き寄せる。
「ごめんなさい、カカシさん。もう邪魔な人はいないから、一緒に飲みましょうか、キャラメルフラペチーノ」
ぎゅっと上忍を抱きしめる。わ〜、国主様のこと、邪魔って言ったよこの人、っつかうみの先輩、ここ、外です。みんな見てますけど。
だけどうみの先輩は人の視線なんか全く気にならないって顔ではたけ上忍の頭に頬をすり寄せ何か囁いてる。はたけ上忍が嬉しそうに笑ったから、まぁ、そういうコトなんだろうな。それからうみの先輩ははたけ上忍を抱きしめたまま、オレを見た。
「悪い、オレ、カカシさんとここで昼、食べていくから、先に本部戻っててくれないか?」
オレはうみの先輩とはたけ上忍に一礼すると本部へ帰る事にした。何故か紅上忍とみたらし特別上忍がくっついてきたけど。
「ちょっと、あんなバカップルのとこにアタシ達を置いていく気?」
「さっきイルカが言ってた駿河堂のカステラ、アンタが御馳走してくれるんでしょ?」
勘弁してくださいよ〜〜、お姉様方、オレより高給取りじゃないですか〜。
ちら、とうみの先輩の方をみると、先輩はどこか人の悪い笑みを投げ返してきた。その程度いなせるようにならなきゃ一人前の受付職員じゃないぞ、というように。
なんとか二人の魔女から逃げおおせたオレは、それから絹の国主様の接待に追われた。うみの先輩がはたけ上忍連れて戻ってきたのは一時間後だ。
うみの先輩は猿飛上忍、ガイ上忍、そして里の看板、はたけ上忍を食後のお茶会に出席させていた。三人とも口数少なく一般人のイメージするとおりの「上忍」面してたから、うみの先輩がうまいこと言いくるめたんだろう。
そういや以前言ってたな。いざって時は手っ取り早く任務モードにしちまえって。
幸い、っつったら罰が当たりそうだけど、とにかく、幸い絹の国主様一行は三時過ぎには予定していた大名の館へ出立なさった。大門をあとにする国主様ご一行を見送り、火影様以下受付職員一同、安堵のあまり倒れ込みそうになったのは無理からぬことだと思う。火影様がやれやれといった風にオレ達に向き直った。
「ご苦労だったね。今日はもうお前達、あがっていいよ。受付当番にあたってる者は悪いが引き続き受付所に詰めとくれ。なに、後でボーナスでも出してやろうじゃないか」
やたっ、と思わず声が出た。だってオレ、今日はずっと当番だもん。
「どれ、アタシも疲れたことだし、今日は酒でも飲みに…」
「綱手様、昼の分の書類仕事が残ってます」
容赦のない声はシズネさんだ。ぶーぶー文句を言う五代目を問答無用で引っ張っていく。なんつーか、五代目に対する「受付職員」がシズネさんなんだな。
職員達が三々五々散っていく中、後ろでちまっと三人の上忍が立っていた。いや、ガタイのいい人達なんだけど、なんか雰囲気が「ちまっ」なんだな。うみの先輩がそこへ走りよっていく。
「ガイさん、キリリとして素晴らしかったですよ。頼もしいかぎりと国主様がおっしゃってました。おかげさまで信用アップです。ありがとうございました」
深々と頭をさげるうみの先輩にガイ上忍は親指をたて溌剌と笑った。
「なに、オレでよければいつでも力になるぞ、イルカ」
「はい、またよろしく御願いします。そしてアスマさん、渋かったです、最高でしたよ。大人の魅力って奴でした。女性陣の評価大っていうか、指名任務あがりますね。本当にありがとうございました」
「いいってことよ」
猿飛上忍は照れたように髭をしごく。
「ま、困ったときはいつでも言ってくれや、イル坊」
子供のときの呼び名なのだろう。うみの先輩はどこか嬉しそうにニカ、と笑った。
「ありがとう、アス兄」
それからうみの先輩は、猿飛上忍の横でどこかモジモジ期待にみちた目をしているはたけ上忍に向き直った。
「カカシさん」
そのままぎゅ、とうみの先輩は上忍を抱きしめる。
「カカシさん、やっぱりアンタ、最高だ」
「えへへ」
はたけ上忍が嬉しそうに笑っている。いいなぁ、なんだかんだいって、うみの先輩の担当部署は基本に愛があるもんなぁ。それに比べてオレの担当の二人ときたらなぁ。
ボケッとその様を見てたら不知火特別上忍が沸いてでた。あれ、楊枝に消しゴム刺さったままだけど。
「カカシさーん、さっき渡せなかったコレ、例のキムチっすよ」
「あ」
はたけ上忍が目を輝かせた。
「ありがと、ゲンマ。これでキムチチャーハン作るんだ」
ね?とうみの先輩に笑いかける。不知火特別上忍がぽん、とうみの先輩の肩を叩いた。
「お前が旨いキムチチャーハン食いたいっていったからだとさ、愛されてんなぁ、イルカ」
赤くなったうみの先輩が不知火特別上忍の楊枝から消しゴムを引き抜いた。
「食べにきて下さいよ、ゲンマさん」
「ったりめぇだ。ライドウ連れてくっから食わせろ」
はは、と笑い合っている。
「じゃあ、まだ当番が残ってるんでオレはこれで」
うみの先輩は一礼するとオレの方へ走ってきた。六時までの当番はオレ達二人なのだ。六時に迎えにいきますから〜、とはたけ上忍が手を振っている。
「よし、これから今夜のアトラクションの仕上げをするぞカカシィ」
「しゃーねぇ、つきあってやるか。オレがいねぇとしまらねぇからな」
ガイ上忍と猿飛上忍の上機嫌な声が聞こえてくる。
「ゲンマ、チャーハン食いたけりゃライドウつれておいで。今回のアトラクションは五人バージョンなんだから」
はたけ上忍ってうみの先輩以外には結構強引なんだよな。はたけ上忍に手を振り返しオレのとこまで来たうみの先輩が照れくさそうに肩をすくめた。
「カカシさんが今夜誕生会やってくれるって言ってさ、その時、なんか演し物するつもりなんだと」
へへ、と鼻の傷を指でかく。
「去年はエ◯はるみでしたよね」
「あぁ、覚えてたか?」
うみの先輩は嬉しそうに笑う。
「優しい人達なんだよ」
わいわい何やら言い合いながら遠ざかっていく上忍達の背中をうみの先輩は穏やかな眼差しでみつめた。
「優しくて強い。その強さで里を守っている、身ぃ削ってさ」
緑滴る木立の先に上忍達の背中が消えていく。
「だからさ、すげぇ辛い任務とか酷い任務とか、オレ達中忍じゃ考えられねぇような修羅場くぐってるあの人達だからさ、里の中でくらい好き勝手やらしてやりてぇよな」
消えていった先をうみの先輩はじっと見つめている。
「あの人らの心はオレらが守りてぇよな。外野のつまんねぇ噂とか中傷とか期待とか、そんな小五月蝿ぇモンで煩わせたくねぇんだ」
へへへ、とうみの先輩はまた、鼻の傷をかいた。
「だからさ、あの人らは伝説を纏ってるくらいが丁度いいんだよ。外野が気安く寄れねぇくらいの伝説こさえて、盾にしてやろうじゃねぇか、オレら受付職員が踏ん張って盾、支えてりゃいいんだし」
なーんつってな、とうみの先輩は照れて笑う。それからとん、とオレの肩を叩いた。
「まぁ伝説纏ってる分、お値段も跳ね上がってありがてぇのもホントのとこだけどさ」
くい、と親指で後ろをさし示した。
「ってことでホレ、がんばれ」
「え?」
振り向くとオレの担当、紅上忍とみたらし特別上忍が腕組んで立っている。
「ぎゃ〜〜〜っ」
「ぎゃ〜、じゃないわよ、失礼な子ね」
「ちょっと、あの男どもは労られて、アタシ達ほったらかしなわけ?」
「十分アタシ達も貢献したでしょ」
ずずい、と美女二人が迫ってくる。
「ううううみの先輩っ」
「担当はお前だ。じゃ、オレは先に受付所帰ってっから」
「そっそんなぁ〜〜」
シュタ、と片手をあげたうみの先輩はあっという間に道の彼方だ。魔女二人はもう目の前、コレをオレにどうしろと。
「うみの先輩の薄情者ーーーっ」
その後、オレがどんな目にあったかは聞かないでほしい。
這々の体で受付所に辿り着いたオレにうみの先輩は黙ってお茶を出してくれた。その顔が悪戯っ子みたいだったのは今更だ。
六時になると宣言通り、はたけ上忍が迎えにきた。アトラクションのメンバーはすでに自宅でスタンバイOKなのだそうだ。オレ担当の魔女二人が飛び入りしてるってのは聞かなかったことにした。
イルカ先生、帰りましょう、と言ったまま、はたけ上忍はどこかモジモジしている。その手を先輩はあっさり握った。握ったというか、恋人繋ぎにしたっていうか。
「帰りましょう、カカシさん」
はたけ上忍が嬉しそうに目を細める。なんつーか、こんな時、外野のこっちが照れてしまうほどうみの先輩はまっすぐにはたけ上忍への好意を示す。人目なんか全然気にしない、ホント、堂に入ったもんだ。
『あの人らの心はオレらが守りてぇよな』
うみの先輩の言葉がすとん、と胸に落ちてきた。
確かにそうだ、守りたい。
人間ってなぁ色んな欲にまみれてるもんだ。オレだってそう、出世はしたいし金も欲しい、楽だってしたい。だけど心の片方には、何もいらねぇからオレに出来ることをやりたい、守りたいって気持ちがあるのも確かなんだ。
うみの先輩だって同じ人間、欲も汚れもあるだろう。いや、どっちかっていうとオレなんかよりずっと損得勘定長けてるし口八丁のはったり屋だし一筋縄じゃ絶対いかないくせ者だ。
ただ、あの人の奥底には真っ直ぐで純粋な好意がある。平気な顔で汚ぇことをやってのける人だけど、なんたって中忍だし、ずるく汚く立ち回らにゃやってけない立場だし、でもきっとうみの先輩の奥底には何か信条みたいなもんがあって、大事なモンのためには手を汚すくらい平気で強かなんだと思う。
うみの先輩は大事なモン、けっして裏切らない。うみの先輩がこの里の『欠くべからざる者』なのはきっとそういうとこなんだ。だからとっぱずれた上忍や特上から無条件の信頼を寄せられてるんだ。
すげぇなぁ、と素直に思う。オレもオレの生き方、気合いいれていかにゃと思う。
受付所の窓から眺めていたら、手を繋いだうみの先輩とはたけ上忍が仲良く並んで帰っているのが見えた。
……でもうみの先輩、最後に何を捨ててでも取るのははたけ上忍なんだろうなぁ、それが里相手でも同胞相手でも。
なんだかふっとそんな気がした。それがちょっと怖い気もして、オレは慌てて窓から離れる。いやいや、第一、里や同胞相手にはたけ上忍選ばにゃいかんことなんてあるわけないし。
外にでると陽は沈んだばかりで空は綺麗なあかね色だ。ご褒美も出たことだし、今日は何か旨いもんでも食って帰ろう。そんでもって週末コンパ、がんばって恋人みつけよう。心地よい五月の夕風に吹かれながら、明日もまたがんばろうとオレは真っ直ぐこうべを上げた。
おわり
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