閣下仰せのままに試し読み

 

 

外野がかしましい昼食会はある意味無事に終わった。
うみのの『おばあさま』は最後までカカシを無視していたが、絡まれるよりもかえって楽かもしれなかった。

 汚れたローブをメイドに渡し、新しいローブを羽織ったカカシはサクモが待つ部屋へ向っている。イルカ達母子は昼食会後、親戚の相手をするため庭のあずまやに行った。今日集まってきた面々は父親の弟を除いて物見高い連中ばかりなのだそうだ。疲れるとウンザリぼやいていた。それはそうだろう。良識があれば御曹司が男の恋人を連れてきたからといってすぐさま顔を見に出かけて来りはしない。イルカの母は去り際、グッジョブ、と親指をたててきた。母上、はしたないですよ、と息子に諌められていたが、良家の婦人がどこで覚えてきたのやら、案外でどころはイルカ自身で、木の葉から持ち込んだような気もする。

 父の事情は三代目が強引にカカシを引き止めて説明してきた。口下手なサクモに任せたら悪かったの一言ですませそうだからと言う。確かに、あの父だったらそうかもしれない。昔からあまりしゃべる人ではなかった。

 父、サクモの部屋はうみの家の私室へ続く廊下の入口付近に位置していた。案内はない。父の気配を辿ってきた。ノックをしようとして、カカシはやめた。どうせ自分が来たことくらい父はわかっている。
 ドアを開けると、サクモは壁際の椅子にかけていた。壁といってもただの結界でこの部屋も外へと開かれている。サクモの向こうには欅の葉が風に揺れていた。

「カカシか」

 ゆっくりとサクモが顔を巡らした。

「はい、父さん」

 カカシはドアを閉め、父の側へと歩み寄った。サヤサヤと欅の葉ずれの音がする。静かだ。

「カカシ…」

 藍色の目がカカシをとらえた。二十年前と少しも変わらぬ父の瞳、だが年を取った。二十年、八歳の自分は大人になり、父は年老いた。
カカシは黙って父の向かいの椅子に腰を下ろした。木の葉模様が刺繍された深緑の肘掛け椅子だ。正面から父をみる。不思議な気分だった。背の高い父をいつも自分は見上げていた。とても大きな人だと思っていた。なのに目の前の父は自分とほとんど変わらない。当然だ。二十年が過ぎ、カカシは大人になったのだから。だが、頭ではわかっていても奇妙な感じはぬぐえない。

「あの…」

カカシは戸惑いを払うように声を出した。

「久しぶり…って言えばいいのかな」
なんか変だね、と笑みを作る。

「カカシ」

変わらぬ声が自分を呼んだ。急に熱いものが胸にせり上がってくる。幼い頃、父はこんな風に自分を呼んだ。忙しくてなかなか家へ帰ってこられない父、だから帰還日が待ち遠しかった。父の帰還日、玄関が開く音がして、それから低く柔らかい声が自分を呼ぶ、『カカシ』と。そう呼ばれる度に嬉しくて嬉しくて、玄関に素っ飛んでいった。

おかえりなさい、父さん、あのね父さん、新しい技、覚えたんだよ、見る?父さん、いつ見る?あのね父さん、あのね

疲れているから邪魔しちゃいけないとか、煩わせちゃダメだとか、幼いなりにあれこれ考えてはいたのだが、父の声を聞くとすべて吹っ飛んでしまった。話したいことが次から次から溢れてきて、装備を解くどころかサンダルすら脱いでいない父にまとわりついて喋り続けた。すると父はいつもカカシの頭をくしゃりと撫でて笑うのだ。

「カカシ、風呂にはいるか」

父は幼い息子の一生懸命なおしゃべりを決して遮らなかった。中断したり待たせたりしなかった。任務の汚れを落としながら、延々と続く息子の話を聞いてくれた。そんな父が大好きだった…

「えっと…」

目の奥がつん、となるのを慌てて押し込める。

「三代目から聞いた。先代の暗殺未遂の黒幕を暴いて始末したんだって?アレだ、先代の弟、今の総裁の叔父さんが岩と手を結んでやらかしたんだってね。実の兄弟なのに権力への執着って怖いね。まぁ、腹違いだったっていうし、正妻の子じゃないってんで色々恨みつらみあったのかなぁ。その時殉職した護衛隊長がオレの大伯父さんだったんでしょ?凄い忍だったのに大伯父さんがヤラれたの、『うみのの秘石』が絡んでいたからだって三代目が言ってたよ。だから父さんを戦死したことにしてこっそり動いてもらったって。そりゃそうだよね、『うみのの秘石』使われたらオレ達、木の葉の忍びは動き封じられちゃうっていうか、秘石を使う者の言いなりになっちゃうもんね。木の葉が動いてること、悟られたら最後っていうか、まぁ、死んだ事にするのが一番手っ取り早いよね」

言葉が止まらない。

「木の葉はもともとうみの家の私兵組織だったわけだし、だから額当てもらう時の儀式ってホントはうみの家に忠誠を誓う儀式なんだよね。アレでうみの家に逆らえなくなる術が自動的にかけられちゃうって今じゃ上層部しか知らないんだっけ?うみのの人間に秘石を通して命令されると逆らえないってこと、案外みんな、知らないんだよね。考えてみれば物騒な代物だよ、秘石って。大伯父さんほどの忍びがやられたのも秘石を使われたからでしょ?」

気持ちが昂るままに一生懸命しゃべってしまう。

「三代目がねぇ、しみじみしてた。岩の忍びと秘石を向こうに回して大伯父さん、よく先代を守り切ったって。大伯父さんって父さんの師匠だったんだってね。そりゃ敵討ちしたいよ。でも敵は先代の目を盗んで秘石を手に入れられるほどの立場にいるわけだから、秘密裏に動くしかなかったって。だから戦死扱いになったんだね」

しゃべりながらカカシは内心苦笑いした。

これじゃあガキの頃と一緒だな

全く、図体だけデカくなって自分はなんら変わっていない。ただ、父もじっと自分がしゃべるのを聞いている。聞いてくれている。父も同じなのだろうか。幼いカカシの一生懸命なおしゃべりを遮らず聞いてくれた、その時と同じ心持ちなのだろうか。

「よかったじゃない。全部解決できて、それに大伯父さんの後任で護衛隊長になったんでしょ?十年前だって?だったら教えてくれればよかったのに。まぁ、事情が事情だから木の葉に顔出せないとしても、オレ、毎年式典任務でここに来てたじゃない。ちょーっとそこは父さんのこと、恨むなぁ」

三代目から事情を聞けば、幼い自分を置いていかざるを得なかったとよくわかる。だが、暗殺未遂事件を解決し、大伯父の仇を討ったのが十年前なら、連絡の一つくらい寄越してくれてもよかったのにと少し恨み言が出てしまう。

「カカシ…」

サクモが目を伏せた。辛そうな色が滲んでいる。

「あ、や、ホントに恨んでるわけじゃないから。その、言葉のあやっていうか、ほら、オレもう大人になっちゃったし全然平気だから」

慌ててカカシは手を振った。父が生きていてくれて嬉しい、また父の声を聞けて本当に嬉しい、そう伝えたいのだが照れくさくてなかなか言えない。

「カカシ」

サクモが顔を上げた。藍色の目が真っ直ぐに自分を見つめる。

「カカシ、若の、イルカ様のことは諦めろ。お前はこのまま里へ帰れ」

え?

一瞬、何を言われたかわからなかった。カカシは呆然と父を眺める。

「里へ帰れ」

同じ言葉を父の口が紡いだ。

「イルカ様のことは忘れろ。里に帰って三代目を支え、四代目の遺志を継げ」

二十年ぶりの父の声、大好きな父の声は、だが今、カカシに何を言う?



 
『閣下、仰せのままに」の冒頭部分。最初のサクモの部屋に入るくだりは『閣下、お手をどうぞ」のラストです。ダブルパパりんに反対されてる二人ですvいや、この話、もともとお笑い系なんでそう深刻なことにはならない。いや、うちは全部お笑い系なんだけどね。そしてうちのカカシは胸の内に溜め込むタイプではないので、ストレートに切れます。素直な子です、はい。