自白
     
     
 

「失礼いたします、はたけ上忍。」

うみのイルカは受付所を出ようとするはたけカカシを呼び止めた。カカシは足を止め、面倒くさそうな仕草で振り向く。イルカは一礼し、頭を下げたまま言った。

「お忙しいところ、恐れ入ります。ですが、まだ今夜のご予定をうかがっておりませんでしたので…」
「お〜、カカシーっ。」

イルカの言葉は背後からの猿飛アスマに遮られた。

「今夜は予定通りいくか?」
「あ〜、じゃあ、いつもんとこで。」

同じ上忍仲間のアスマにカカシはにこり、と目を細めて答える。

「ガイと紅にもそう言っておいて。」

はたけカカシ、猿飛アスマ、マイト・ガイは上忍の中でもトップクラスの、里の中核をなす忍達だ。最近上忍になった夕日紅も幻術にかけては里随一との誉れが高い。そして、昔から仲の良い四人がよく一緒に飲み会をしているのは里でも知られていた。

「おうよ。」

手を上げてアスマはカカシに答えると受付を出て行く。その間、うみのイルカはずっと頭を下げたままだ。カカシの唯一晒された蒼灰色の目がようやくそれを映す。冷え冷えとした気を纏いながら上忍はうんざりしたように口を開いた。

「人目の多いところで話し掛けないでくれない?」
「申し訳ありません。」

更に腰を折る中忍にカカシは冷たい一瞥をくれると、さっさと背を向け行ってしまった。後姿が消えるまでイルカは深々と頭を下げている。周囲の人々は同情を持って、あるいは嘲笑しながらその姿を眺めた。だが、誰も何も言わない。里の誇る写輪眼のカカシのすることに口をだしたらろくなことにならないと皆わかっているのだ。なぜなら、そのいい見せしめが目の前にいる。

「おぉ、あれかぁ、中忍試験の時に写輪眼にたてついたって中忍。」

カカシの姿が消えると、聞こえよがしに言い出す者がいた。

「厳罰に処せられるところを、世話係になる程度で許されたんだってよ。」
「世話係ってぇと、あれかぁ?伽まで全部っていう。」

上忍の世話係というと聞こえはいいが、実際には情人として隷属し、生活一切に奉仕するという役目だ。

「でもさ、はたけ上忍、最初断ったんだと。」
「そりゃそーだ。あ〜んなもっさい中忍、情人につけられても萎えるって。」
「上に逆らったけじめをつけさせるってんで、無理やり上層部に押し切られたそうだ。」
「うわ〜、オレ、はたけ上忍に同情するね〜。」

げらげらと下卑た笑いで揶揄する声を気にする風でもなく、イルカは受付カウンターの中へ戻った。同僚の一人が心配そうにイルカの肩をたたく。

「気にすんな、イルカ。」

イルカは同僚に柔らかく微笑むと、通常業務に戻っていった。







恭しく仕えるイルカと、それに素っ気なく対応するカカシの姿は、もう里の日常の風景となっていた。その姿に同じ忍達は、改めて規律の厳しさを実感して心を引き締め、また依頼人たちは、さすがは木の葉の里、統制がとれた忍の里だと信頼を篤くする。そのせいかどうか知らないが、依頼の数と任務達成率は従来の二割り増しとなっていた。

そんな或る日、イルカは仲のいい同僚二人と里外の森に下見に出た。卒業は出来たが上忍の試験に通らなかった下忍候補生の野外演習のためだ。優秀な忍を確保するため、下忍候補生の鍛えなおしもアカデミーの重要な仕事だ。

「じゃあ、この辺りをトラップ地帯ってことにするか。」
「いいんじゃねぇの。」

イルカの言葉に同僚の一人が頷き、地図に印を書き込む。

「今回のトラップはどうすっかなぁ。」
「大怪我させられねぇから気を使うよな。」

里外といってもそう離れているわけではなく、毎年のことなので、イルカ達はどことなくのんびりと演習計画を練っている。

「なぁ、イルカぁ。」

地図に書き込みをしていた同僚が言いにくそうに切り出した。

「お前のお咎めさ、まだとけねぇの?」

カカシの世話役のことを言っているのだ。イルカは苦笑いした。地形を調べていたもう一人の同僚も顔を上げ、真剣な面持ちで言った。

「中忍試験でお前がはたけ上忍怒らせてさ、もう一年だろ。そろそろ許してくれてもいいんじゃねぇのかなって。」
「うん、せめてオレらアカデミー職員だけでも嘆願書だそうかって言ってんだよ。」
「お前ら…」

イルカはじん、と胸が熱くなった。カカシの世話役についたこの一年、よく知らない者や一部の上忍達からの風当たりは強かったが、アカデミーの仲間は皆イルカをかばってくれた。特に今一緒にいる二人は、昔馴染みということもあって親身に心配してくれるいい友人だ。

「ありがとう…」

イルカは心から感謝した。肉親を早くに失ったイルカだが、いつもこうやって案じてくれる仲間や友がいる。

「ありがとな。でも、いいんだ。こんなオレのやってることでも、木の葉の里の宣伝になるって上に言われたし、実際依頼が二割り増しだもんなぁ。」

へへっ、とイルカはおどけてみせた。だが、同僚二人はますます悲痛な表情になる。

「ばか、いくら里のためって、お前の人生、どうなんだよ。」
「そうだぞ、イルカ。このまんまじゃ嫁さんもらえねぇぞ。世話役っていったって、戦場じゃなし、伽じゃなくて女の手配だって皆わかってるよ。」
「はたけ上忍、黙っててもモテルからな。別に手配しなくったって不自由ないはずだしよ。」
「そうか、お前がうみのイルカか。」

突然、聞きなれない声が降ってきた。ぎょっと身構えたイルカ達の周囲の空間がぐにゃりと歪む。

「しまっ…」

ヤバイ、と思った次の瞬間には、意識は暗闇に沈んでいた。









「おい、起きろ。」

わき腹に衝撃がきて、イルカは呻いた。うっすらと目を開ける。イルカは拘束され、床に転がされていた。さっと目を走らせると、同僚二人も呻きながら目を開けたところで、とりあえず無事だ。転がされているのは見覚えのある小屋の床だ。下見をしていたところからそう離れてはいないらしい。

「どいつが写輪眼のイロだって?」

頭目らしい忍が皮肉げに口を歪めて仲間に問うた。いかつい体つきのその男は雲隠れの額あてをしている。

「こいつです。イルカって呼ばれてましたから、間違いありません。」
「ほ〜お。」

一味の頭目は面白そうにイルカの顔を覗きこんだ。イルカはぎりっと睨み返す。

「写輪眼も物好きなこった。」

くつくつと肩を揺らす頭目に、下から同僚の一人が馬鹿にしたような声を出した。

「そいつが写輪眼のイロなわけねぇだろ。イルカ違いだよ。」
「だいたい、こんなにごっつい男を写輪眼のイロと間違えるかね。」

あんたの部下って案外トロいのな、ともう一人の同僚があざけると、途端にわき腹を蹴り上げられた。

「やめろっ。」

呻きながら転がる同僚をかばうようにイルカは身を乗り出す。頭目の忍は毒々しい笑みを浮かべた。

「すまんなぁ、先生方。潜らせた草からちゃんと連絡があったんでな。待ち伏せさせてもらったんだよ。」

ぐいっとイルカの髪を掴んで顔を上げさせる。

「アカデミーのイルカってのが一人しかいねぇってのもな、ちゃんとわかってんだ。」

そのままイルカは壁に叩きつけられた。

「かはっ。」
「イルカっ。」

衝撃に顔をゆがめるイルカに同僚二人が這い寄ろうとして、部下の忍に押さえつけられた。

うかつだった…

イルカは苦痛に顔をゆがめながら、唇を噛んだ。里のすぐ近くだからと気を抜いていた。ろくな抵抗もできず拘束されたので里に急を告げることもできなかった。自害用の毒物も起爆札もすべて取り上げられている。

しかし…

時間さえ稼げば何とかなる、イルカは不思議とそう確信していた。用がすんだらどうせ三人とも殺される。ならば、拷問でも何でも耐えて時間を稼ぐしかない。

みたところ相手は五人…

イルカは意識が遠のいたふりをしながら気配を探った。どうにか隙をみつけられたら勝機も生まれる。幸い、敵の目的はイルカらしい。イルカは心理戦が得意だ。

引き伸ばすだけ引き伸ばしてやる。

ぐったりと壁にもたれていると、胸倉を掴まれた。

「時間稼ぎを考えてるだろう、先生。」

頭目はにやにやと言った。

「うみのイルカって忍は交渉事がこじれると出てくるんだってな。ぼっと見えて案外口がうまいってか?」

イルカは目を開けた。じっと頭目を見つめる。

「あんたがたの草は優秀だな。だが、実行部隊の質はどうなのかな。ぺらぺらと草の存在を漏らすあたり、アカデミーで特別授業組んでやろうか。」

イルカは穏やかににっこりと笑う。頭目はイルカの横面を張り、床へ投げ落とした。

「おい、アレ、もってこい。」

顎をしゃくると、部下の一人が小瓶を差し出した。琥珀色の液体が入っている小瓶を受け取り、頭目はちゃぷちゃぷと振ってみせる。

「アンタにあれこれ余計な口たたかれるとやっかいそうだ。コイツでとっとと吐いてもらおうか。」

はたけカカシについてな、と憎々しげに口をゆがめた。

「この間から写輪眼にはずいぶん借りができちまってな。きっちり返してやりてぇのよ。」

ただ命とるだけじゃあつまらねぇからな、そう嘯く男にイルカは皮肉な笑みを返した。

「そりゃあ無駄骨折らせることになるな。懲罰で世話係になっている中忍が写輪眼のカカシのことをあれこれ知っているわけないだろう。」 
       
あざ笑うように言ってやれば、男はくっくっとさも可笑しそうに肩を揺らした。

「しらばっくれても無駄だぜ、センセイ。写輪眼がアンタの家からよそへ行くことがねぇってことくらい、調べはついてるんだ。長期任務にゃ無理言ってアンタを連れていくそうじゃねぇか。」
「世話係なら当然だろう。」

しれっと平静を装いながらイルカは内心舌打ちした。ここまで調べ上げているということは、草は相当深いところまで潜り込んでいる。男はイルカの考えを見透かしたようににやついた。

「雲の草を探そうとか思ってるね、センセイ。だが、そいつぁ無理だ。」

アンタらは全員、ここで死ぬんだからな、男は冷酷に言い放つと、部下に合図した。二人の忍がイルカの体を引き上げてがっちりと押さえる。

「アンタを拷問するのは楽しそうだが、オレ達も時間がねぇ。どうにもアンタは油断がならねぇしな。」

イルカの目の前に突き出された小瓶の中で、琥珀色の液体が鈍く光を反射した。イルカは皮肉な笑みをけさず、平然としている。

「自白剤ごときで忍があれこれしゃべると思っているのか。まったく、アカデミーでやり直しだな、雲の忍は。」

だが、雲の頭目はそんなイルカをせせら笑う。

「黙りな、先生。これから嫌ってほどしゃべってもらうんだ。雲隠れの里を舐めちゃいけねぇ。薬草のたぐいに関しちゃオレらの里は一目置かれてんだよ。」
「木の葉の里近くで尋問しようかっていうお前達の呑気さ加減をオレは心配しているんだがな。」

頭目はくっくっと肩を揺らした。

「灯台もと暗しだよ、センセイ。その辺りの細工は上々、てね。まぁ、お気遣いありがたく受け取るぜ。」

そのまま男は無理矢理イルカの口を開けさせた。部下が二人がかりで押さえつけている間に、瓶の液体を流し込む。

「ふぐっ…」

飲むまいとするイルカの抵抗はあっさり封じられ、男は自白剤を嚥下させた。

「うっ。」
「イッイルカっ。」

むせるイルカに同僚二人が必死で這い寄ろうとする。だが、雲の忍達に蹴り上げられ、同僚二人はイルカと反対の壁際にたたきつけられた。

「イ…イル…」
「冥土の土産に写輪眼の秘密を持っていきなよ、アカデミーの先生方。」

それから雲の忍達は、はき出そうと咳き込んでいるイルカを小屋の中央に置いた椅子に引っ張り上げた。ずり落ちないようイルカは荒縄で椅子に括り付けられる。

「即効性の薬だからな、すぐしゃべりたくなるぜ、センセイ。」

頭目がイルカの正面に置かれた椅子にどっかりと腰を下ろした。

「誰がっ…」

必死で正面を睨み付けるイルカの息があがってきた。頬が紅潮し、目が潤んでくる。頭目はそれを面白そうに眺めた。

「こうしてみりゃあ、結構色気があるじゃねぇか、センセイ。」
「写輪眼が相当仕込んだようですねぇ。」

部下の一人が嘲笑すると、他の忍達も下卑た笑い声をあげた。

「味見したいヤツは後で楽しめ。まずははたけカカシのこと、しゃべってもらおう。」

頭目がくいっとイルカの顎を掴んで上向かせる。イルカは苦しそうに喘いだ。体がユラユラと揺れている。

「一月前だ。写輪眼が絹の国に潜入したな。何が目的だった。お前達は何を探っていたんだ。」
「う…」

イルカが呻いた。唇がわななく。

「お前も一緒だったのだろう?写輪眼の目的は何だった。」
「カ…カカシ…さんは…」
「だめだイルカっ。」

同僚が叫び、雲の忍に殴られて床に突っ伏す。はぁはぁと大きく喘いでイルカは必死で耐えた。だが、意識は薬に侵され朦朧としてくる。

「そうだ、そのカカシさんは何をしていたんだ。」
「カカシ…さん…は…」

イルカは呻いた。頭目は顎を掴んだままイルカの目を覗き込んだ。

「続けな、そうしたら楽になる。」
「…錦の端切れ…」

頭目が眉を上げた。絹の国は織物の名産国だ。絹織物の取引関係でも探っていたのか。

「端切れをどうしたんだ。」

がくり、とイルカの体から力が抜けた。ぼんやりとした目で頭目を見る。完全に薬が回ったのだ。雲の忍達がニヤリと口元を上げた。イルカがぼうっと口を開いた。

「……アップリケ…」
「……?」

なんだか、機密とか忍とかとかけ離れた単語が出てきたような気がする。が、もしかしたらとてつもなく重大な事柄かもしれない。なにせ写輪眼のカカシの秘密だ。雲の忍達は固唾を飲んでイルカの言葉を待った。

「……パ…」

小さく呟き、イルカはぐったりと目をつぶる。

「パ、何だ、パ、とは。」

頭目はイルカの頬を叩き、詰め寄った。

「おいっ。」
「パンツ…」
「は?」

雲の忍達は困惑した。パンツとはいったい、何かの暗号なのだろうか。それとも作戦名。だが、そうだとしてもあまりにあまりな名前だ。イルカの同僚二人もぽかんと口を開けている。

「うっ…うがっ…」

突然イルカが苦しみだした。咆哮にもにた叫びをあげ暴れはじめた体を雲の忍が必死で押さえつけた。イルカの同僚が青ざめた。

「おいっ、イルカっ、やめろ、イルカがっ。」
「黙ってろ。」

ドスのきいた声で頭目が唸った。

「薬に抵抗してやがる。思ったより根性すわってるな、写輪眼のイロは。」

それから頭目は口元を吊り上げた。

「だがこれからがこの薬の見せ場だぜ、先生方よ。」

余裕の表情で頭目はイルカを見やった。

「しゃべりたくないと悲鳴をあげながらべらべらしゃべりだすのがコイツの特徴なんでな。悪く思うな、センセイ。」

イルカは苦しげに身を捩っている。

「で、パンツってな何だ、イルカセンセイ。」
「うぁぁぁぁっ。」

イルカが絶叫した。

「見るなっ、オレのパンツを見るなーーーっ。」
「……おい。」

一瞬、対応が遅れたが、流石に忍達を束ねるだけあって、頭目は落ち着いて顎をしゃくった。部下の一人がイルカのズボンを下ろそうとする。イルカは身悶えして抵抗した。

「見るなーっ。」

ズボンを下ろされ、イルカのパンツが露わになった。そして今度こそ、イルカの同僚を含め、全員真っ白に固まる。目の前のパンツの丁度股間の部分に、錦の布で作られた案山子の形のアップリケがついていたのだ。ご丁寧に緑の畑らしきものまで刺繍してある。案山子のアップリケの大きさが、ふっくりと膨らんだ部分に添うようにあわせてあるので、詰め物をしたぬいぐるみのようで愛らしい。
ふくらみの下に何があるのか考えさえしなければ。

このアップリケに何か秘密が隠されているのだろうか、写輪眼のカカシは自分の情人のパンツに機密を隠したのだろうか、ならば自分達は今からこのパンツを調べなければならないのだろうが、なんだかそれはすごく嫌だ…

雲の忍達がぐるぐるとそんなことを考えていると、イルカが堰を切ったようにしゃべりはじめた。

「あのバカ、絹の国でやたら錦の端切れ集めてやがると思ったら、夜なべしてアップリケつくってやがったんだ、しかも任務中だぞ、任務中。いくらオレが任務に集中しろっていっても、だぁってぇ、とかなんとか抜かしやがって、失敗でもしたらオレが火影様に怒られるんだっつーのっ。」

イルカは怒濤のようにまくしたてる。

「んで、帰ってからも何かやってんなーって思ってたんだよ、そしたらあのバカ、何しでかしやがったと思うっ。」

さっきからイルカが連呼している『あのバカ』とは、写輪眼のカカシのことなのだろうか…

雲の忍も同僚も呆然とイルカを見つめる。

「持ってるパンツ全部にアップリケつけやがったんだっ、オレのパンツは案山子であのド阿呆のパンツはイルカっ、しかもだっ。」

イルカは絶叫した。

「股間のイチモツ動かして、イルカジャンプです〜って、ばっかじゃねーのっ。」

イルカを除く全員ががくっと脱力した。確かに、ある意味これは機密事項かもしれない。でも、考えたくない。あの写輪眼のカカシが、イチモツ振ってイルカジャンプ。

「暗部の隠し芸大会でやるって言うから、オレ、必死でとめたんだよっ。普通に言ってもきかねぇから、あなたのイルカジャンプをオレだけのものにしたいってな、結構涙ぐましい台詞だろ、だよなっ。」

同意を求められて、思わず雲の忍達は頷いた。だが、イルカの激昂は収まらない。

「そしたら風呂あがりに毎晩必ずやりやがんの、イルカジャンプ、もう、やめれってっ。」

そりゃ嫌だろう、いくら情人だからって。

うんうん、と雲の忍達が納得していると、イルカの同僚が恐る恐る、といった感で口を挟んだ。

「なぁ、イルカ、お前、はたけ上忍に冷たく扱われてたんじゃなかったのか?」

もう一人の同僚もハタと気づいたようにいった。

「そうだよ、お前、上にたてついた罰則で情人にされてたんじゃ…」
「すまねぇ、黙っていて。」

途端にイルカが滂沱と涙を流しはじめた。

「上に口止めされてたんだ。最重要機密事項だったんだよっ。」

その言葉に雲の忍達が色めき立つ。

「なんだ、その最重要機密っていうのはっ。」
「一年我慢すりゃ、らぶらぶスィートライフを保証してやるって火影様が言うから…」

らぶらぶスィートライフ?

イルカはおいおい泣き始める。どうやらこの薬は理性のたがをすべてはずしてしまうらしい。

「もともと、夫婦げんかを公の場まで持ち込んだって、オレとカカシさん、怒られたんだよ。」
「おっお前、付き合ってたのかっ、はたけ上忍とっ。」

もはや、突っ込んでいるのは木の葉の同僚である。雲の忍達は言葉もなく呆然とするばかりだ。

「だってあの人、夕食にオレの嫌いな混ぜご飯だしやがったんだぜ、せっかく鰹のタタキがオカズだったのに、白飯だっておもうよなぁ、普通っ。」
「……はたけ上忍がメシ、作ってんのか…」
「カカシさん、器用だからさぁ、」

今度はノロケがはじまった。

「オレが喜んでたべる顔が好きなんだってさ。可愛いっていっつも言うんだよ、照れるよなぁ。」

可愛いって、この中忍がか…?

雲の忍達は全員、イルカを凝視した。イルカはにへにへと鼻の下を伸ばしている。

「こないだなんか、テレビのグルメ番組で中華の達人やっててさ、オレ、あれが食べたいっていったら、カカシさん、写輪眼でコピーしてきてくれて。」

旨かったなぁ、とイルカはうっとりとなる。

「な、便利だろう?写輪眼。」

いや、本来、写輪眼とはそんな使われ方をするものなのだろうか。というか、していいのか、そんな使い方。

雲の忍達はちょっと悲しくなった。その写輪眼に自分達は酷い目にあわされてきたのではなかったか。

「おいっ、その、最重要機密とやらはなんだっ。」

やっと我に帰った頭目が慌てて話を元にもどした。

「誤魔化しやがると…」
「よっくぞ聞いてくれましたっ。」

イルカは話す気満々だ。

「みんなの前でうっかり喧嘩したことだし、この際、上下関係の厳しさをアピールしたら、大口の依頼がふえんじゃないか、って上層部は考えたんだよ。んで、あの人は嫌がったんだけど、一年我慢したら結婚許してくれるっつーから。」
「えええーっ。」

驚きの声をあげたのは、雲の忍ではなく、イルカの同僚二人だ。

「それにほら、オレ、ちょっと鬼畜萌えっての?アレ、やってみたかったし。」

なんじゃそら。

呆気にとられる周囲に構わず、イルカはほぅっとため息をつく。

「結構気に入ってたんだけどなぁ、鬼畜ごっこ。でもあの人、根が優しいもんだから、帰ってからオレに縋って泣くんだよ、もう人前で話しかけないでください、辛いです、って言ってさぁ。まぁ、大口の顧客もついたことだし、そろそろ、下忍向けの小口依頼を増やすためには、今度はアットホームな木の葉をアピールする時期かなぁ、なんて上と話てるとこだったんだよ。」

確かにこれは最重要機密かもしれない。だが、知ったところで何の役にも立たない情報でもある。私生活でいくらヘタレていても、写輪眼のカカシが他里の脅威だということには変わりない。飛びつくのはゴシップ雑誌くらいなものだ。雲の忍、特に頭目はがっくりと脱力していた。が、ふと思いついたように顔を上げる。

「では、うみのイルカ、お前が写輪眼の弱みというわけだな。お前を殺せば…」
「だめだめ、オレ殺したら、あの人、ホントの鬼になっちまう。あんたら、そうなったら止められないだろ。」

イルカはどこまでも呑気だ。自白剤の影響か、恐怖もみせずに笑っている。

「人質に取る、という手もあるんだぞ、お前を傷つけたくないなら写輪眼は…」
「アンタ、わかってねぇなぁ。」

イルカは哀れむような視線を雲の頭目に送った。

「あの人がオレのせいで殺されたりしたら、オレは用無しで結局殺されるだろ。だからためらわない。オレを殺して鬼になるのさ、カカシさんがオレを他人の手になんかかけさせるもんか。」

オレ達、愛し合ってますから、とイルカは笑った。心底、幸せそうな笑みを浮かべるイルカに雲の頭目はぞっと背筋を寒くする。あの写輪眼の連れなのだ。もしかしたら自分達はとんでもないモノを拘束してしまったのかもしれない。

「そ〜だよ〜、オレのイルカ先生なんだから、他のヤツらに触らせるわけないでしょ。」

突然、のんびりとした声が降ってきた。ぎょっと雲の忍達が身構える。

「カカシさん。」

イルカがぱぁっと笑った。

「ま、何があっても助け出しちゃうけどね、イルカ先生のこと。」

いつの間にか雲の頭目の後にカカシが立っていた。

「しゃっ写輪眼のカ…」

頭目は最後までいうことが出来なかった。トン、と背中のツボをつかれ、体の自由を失う。他の忍達もいつの間にか木の葉の暗部に拘束されていた。

「おまたせ、イルカ先生。」
「カカシさん。」

縄を解かれたイルカはにこにことしながらカカシに抱きつく。

「う〜ん、自白剤飲んだイルカ先生って素直〜。」

すっかり相好を崩したカカシは、ここぞとばかりに問いかけた。

「ね〜イルカせんせ、オレのこと、好き?」
「好きです、この世で一番好きですよ〜。」
「愛してるって言って〜。」
「愛してますよ、カカシさん〜」
「ね、ね、もう一回言って。」
「愛してますよ〜。」

あぁ、幸せ、とカカシは涙ぐむ。

「イルカせんせ、普段もこのくらい素直だったらいいのに…」
「カカシ先輩、いつもそんなに邪険にされてるんですか?」
「うるさいよ。」

暗部の後輩に突っ込まれてカカシはしっしっと手を振った。

「とっととそいつら連れてってイビキに渡して。」
「先輩、だからうみの中忍が自白剤のまされるの、黙って見てたんですね。」
「いくら毒性のないヤツでも、なんで踏み込まねぇのかなぁ、って思ってたんスけど。」
「あ〜もう、薬が切れちゃうだろ、先輩の至福を邪魔するんじゃないよ。」

じろっと睨まれ、暗部達は肩を竦めた。

「んじゃ、お先っす。」
「先輩、今度イルカジャンプ、してくださいね。」

ほいほい、とカカシが答えると、暗部達は雲の忍を連行していった。カカシはまたイルカを抱きしめながら同じ質問を繰り返し、鼻の下を伸ばしている。拘束を解かれたものの、小屋の片隅で存在を忘れられていた同僚二人は、ぼんやりとその様子を眺めていた。

「なぁ…」

ぽつっと同僚の一人が誰に言うともなく呟いた。

「結局、おれら、殴られ損?」
「…みたい…だな…」

イルカはカカシの首に手をまわし、膝の上に乗って甘えている。二人の会話から、どうやらイルカには里の上層部がこっそり術式をかけていたということがわかった。うみのイルカの身が危険にさらされると発動するらしい。

「オレ達、木の葉の広告塔みたいなもんですからね〜。で、安心してください、イルカ先生。明日かららぶらぶスィートライフ解禁ですよ〜。」
「ええ〜、オレ、もう少し鬼畜萌えのギャップ萌えで遊んでいたかったなぁ〜。」
「そっそんなぁ、イルカせんせぇ〜。」

写輪眼のカカシが情けない声を出している。

「はははっ、泣かない泣かない。ほら、カカシさんの好きなおひげジョリジョリ。」

イルカに頬ずりされ、えへへ、と今度はにやけた。

あほらし…

同僚二人、声をかけるわけにもいかず、じゃれ合うカカシとイルカを生温くながめるばかりだ。それでも、少し彼らが羨ましい。いつ何時、死が訪れるかわからない忍稼業、あそこまで深く信頼しあえる相手に巡り会えた彼らが。

「イルカはあぁ言ってたけどさ。」
「うん、きっとはたけ上忍、イルカ殺したりとかできねぇんだよな。」

最後の最後まで助けることを諦めない人だと思う。イルカもきっと助かることを諦めないだろう。ただ、半端な覚悟じゃないというところか。友人としてはそんな事態が起こらないことを願うしかないが。

「えへへ、イルカせんせ、もっと〜。」
「もうっ、しょうがないなぁ、オレの可愛いカカシさんはっ。」

自白剤万歳、里の誇る上忍の喜びの叫びが聞こえるようだ。

「なぁ…」

もう一度同僚の一人が呟いた。

「あの自白剤、切れるの何時間後だ…?」
「……聞いてねぇ…」

察するに普段甘い言葉の一つも囁いてもらっていない上忍は、天から降ってきたようなこの機会、一分一秒を無駄にする気はないらしい。イルカが我に帰るまで放って置かれること確実となった同僚二人は、諦めて天井を仰いだ。

翌日、イルカが平謝りに謝ってきたのはいうまでもない。







それから木の葉の里では、階級をこえて堂々といちゃつくカカシとイルカの姿が見られるようになった。それが功を奏したのかどうかはわからないが、大口の依頼に加えて小口の依頼が二割り増しになったとか。

暗部や一部の上忍の間で密かに囁かれた「はたけカカシのイルカジャンプ」の真相が明らかになったかどうかは定かではない。

 
     
     
 

あっあれ、お…おかしいな、鬼畜で冷酷なカカシさんのはずじゃなかったのか、あれれっ?
(所詮はお笑いサイト)