カカシ先輩に好きな人ができた。
久々に里へ帰還した僕への仲間の第一声はそれだった。しかも現在進行形で口説いているらしい。あの奥手のカカシ先輩がだ。
「里にいる間なにやってたの。カカシ一番隊の名が泣くよ。」
カカシ一番隊、もちろん、暗部にそんな部隊はない。それは現役暗部、及び元暗部によるカカシ先輩親衛隊だ。ほとんどのメンバーがカカシ先輩とともに任務をこなしたか、先輩に鍛えられたかのどちらかなので、必然的に実力者が名を連ねる。その隊の一員である僕が言うのもなんだが、木の葉の精鋭部隊といっても過言ではない。
ちなみに、一番隊隊長は四代目様と同期だった方で、九尾の災厄の折り、くれぐれもカカシを頼むと四代目様に言われたのだそうだ。
「隊長が長期任務で不在の今、オレ達がしっかりしないとだめじゃない。」
実はこの僕、光栄にも一番隊副隊長を拝命していた。
「で、どんな人なの?ちゃんとした女性なんだろうね。」
カカシ先輩は仕事はできるが、私生活はどうにも純情でお人好しすぎるきらいがある。なのになまじ写輪眼のカカシなどと名前が売れているもんだから、有象無象が群がってくるのだ。だから僕達親衛隊は、ことあるごとに悪い虫を追い払ってきた。カカシ先輩の伴侶になるべき女性は姿形だけでなく、心も美しくなければならない。そしてなにより、カカシ先輩個人を深く愛してくれなければ。
僕達カカシ一番隊の使命はカカシ先輩の幸せだ。
「そっそれがですね…」
仲間の報告を聞いて僕は腰が抜けんばかりに驚いた。カカシ先輩の想い人が男だというのだ。しかも絶世の美男子とかではなく、アカデミーと受付を兼務している普通の中忍とは。
「なっ…先輩、騙されてるんじゃないのかいっ。」
これは相当タチの悪い男なのではなかろうか。
「どうも先輩の方が一目惚れしたらしくて、しかも相手の中忍は全然それに気付いてないみたいなんです。」
「なっなにっ、中忍で男でカマトトだってぇっ。」
決定だ。絶対にタチの悪い男だ。だいたい、美男子でもない普通の男に先輩が一目惚れするはずがない。何をしたんだ、その中忍。
先輩は自分が美形なせいか案外姿形にはこだわらない。先輩が好きになる基準というのは、ホッとくつろげるかどうかだ。幼い頃から様々な不幸に見舞われてきた先輩は心の港を求めているのだ。
これまでもそこにつけこんでくる輩が後を絶たなかった。単純…いや、純粋な先輩は何度騙されかかってきたことやら。その度に僕達親衛隊がその正体を暴き、悲劇を未然に防いできた。
よし、今回もカカシ一番隊の出番だ。世慣れてしたたかな中忍に大事な先輩を弄ばれてたまるものか。
「どのくらい情報集まっているの。」
すると仲間は表情を暗くした。
「実は…」
なっなっなんだってぇぇぇっ
報告を聞いて僕は愕然とした。
恐ろしい。ここまで徹底しているとは。
中忍の名前はうみのイルカ、あのナルトの担任で、ミズキとかいう中忍の裏切りを未然に防いだ男らしいから、ある程度出来る忍びなのだろう。三代目のお気に入りだったばかりか、現在五代目の信頼もあつく、重要な内務を任されているのだそうだ。
しかし、恐ろしいのはそのことではない。このうみのイルカという男、悪評がほとんどないのだ。
そりゃあ、歴代火影のお気に入りということで妬み嫉みからくる中傷はある。しかし、里の中核を担う上忍達からの評判は上々で、一般人にもイルカ先生、イルカ先生と親しまれている。受付所ではごつくてもっさい容姿にもかかわらず、癒しだの受付の花だのと呼ばれているらしい。
「ちょっと受付に行こう。僕もこの目で確かめてみたいからね。」
仲間とともに僕はこっそり受付所を覗く事にした。
「あれです、カウンターの中央に座っている黒髪の。」
あれがうみのイルカか。黒髪を頭のてっぺんで一つくくりにした二十代半ばの男だ。顔は整ってはいるがとりたてて美形というわけでもなく、鼻の上を大きな傷が一文字に横切っている。報告書を出しにくる忍達に労いの言葉をかけてニカッと笑う顔は確かに感じがいい。が、ただそれだけだ。先輩が一目惚れする要素などどこにもない。
「あっ、テンゾウ先輩、カカシ先輩ですっ。」
気配を消して受付所の隅に隠れた。カカシ先輩は受付所に入ってくると真っ直ぐにその中忍の前に歩み寄った。
「あ、お疲れさまです、カカシさん。」
カカシさん、カカシさんだってーーっ。中忍のくせ先輩に対してなんて図々しい。
「こんにちは、イルカ先生。」
あぁ、なのに先輩っ、そんなデレデレ、何やってるんですかーーーっ。
「報告書、お願いします。」
敬語まで使っているーーっ。しかも先輩、なんだかそわそわしちゃってっ。
「えっと、イルカ先生、今日はお仕事、定時ですか?」
「はい、この後はアカデミーに戻りますので。」
「じゃっじゃあ、夕食、いっいかがですかっ。」
この余裕のなさ、写輪眼のカカシ的にその態度、どうかと思いますよ先輩っ。
「ありがとうございます。是非。」
中忍がにっこりと笑う。あぁーっ、先輩っ、鼻の下のばしたりしてみっともないっ。
「あのカカシさん、オレここはもうあがりなんで、途中までご一緒してかまいませんか。」
おのれ中忍ーーーっ、遠慮というものを知らんのかっ。
「もちろんですっ。」
歯がみする僕達に気付く事なく、先輩はるんたるんたとステップ踏みそうな足取りでうみのイルカと受付所を出て行った。あぁ、先輩、情けないっ。
「ちょっと、先輩達を追うよ。」
居ても立ってもいられず僕達はアカデミーへ先回りした。流石に先輩の後を尾行する勇気はない。というか、それをやったら絶対気付かれる。先輩の叱責はとても怖いので、とりあえずアカデミーでのうみのイルカの動向を探る事にした。
アカデミーというところは案外と警備が厳しい。忍びの卵達を守るため、様々な仕掛けがほどこしてある。しかも元暗部の大先輩、スズメさんが教鞭をとっているときた。
スズメさんは潜入のエキスパートだ。気配をけした忍びを見つけることにおいてこの人の右にでるものはいない。おかげでこれまでも侵入を見破られた一番隊メンバーは数知れず、僕が聞かされた情報は皆の多大なる犠牲あってのものだ。
今回も運悪くスズメ先輩の巡回にぶつかってしまった。最近、一番隊の侵入が多いせいで自主的に見回りを強化しているらしい。
「テンゾウ先輩、オレが囮になります。先輩は木遁変化でなんとかしのいでくださいっ。」
僕の木遁変化は木と同化するので完全に気配を絶つことができる。後輩が回り込んで囮になっている間に僕はケヤキの木に変化した。
何故ケヤキかというと、カカシ先輩が好きな木だからだ。いつだったかケヤキの大木の下で葉がチラチラ揺れるのを眺めるのが好きだと言っていた。以来僕は、よほどの理由がないかぎりケヤキに変化することにしている。先輩が僕の下で昼寝してくださったらどれほど幸せだろう、そんなことを思ってつい和んでいると、向こうで凄まじい怒鳴り声が聞こえた。見つかった後輩が鬼の形相のスズメさんにしぼられている。
すまない、後輩。君の犠牲は無駄にはしない。
僕はじっとケヤキになりきって嵐が通り過ぎるのを待った。しばらくしてスズメ先輩の気配が消えた。後輩の気配もしないから追い出されたのだろう。そのうち、子供達の賑やかな声が聞こえてきた。
「よーし、みんな、この辺りでいいかな。」
む、あの声、うみのイルカだ。そうか、ちょうどうみのイルカの授業にあたったか。これは好都合だ。この場にいるのは子供達だけ、案外本性が垣間見えるかもしれない。うみのイルカは子供達を引き連れてこちらへやってきた。
「丁度いいところにくぬぎの木があったな。」
理科の授業らしい。くぬぎの木を使うのか。実験道具のようなものを抱えたうみのイルカはぽんぽん、とケヤキの幹、つまり変化した僕の体を叩いた。
気安く触るな、というか……くぬぎの木?
「じゃあみんな、くぬぎの木の樹液を吸いに何がくる?」
………おい、ちょっと待てうみのイルカ。この木はくぬぎじゃない、ケヤキだ。お前は教師のくせにそんなこともわからないのか。
「クワガタ。」
「カブトムシー。」
子供達は元気だ。うみのイルカがもう一度ケヤキの幹、僕の胸元あたりを叩いた。
「そうだ、ただカブトムシやクワガタは夜じゃないと出て来ないんだ。だから観察は夜になってからやろう。でもせっかく観察しにきても虫がいなかったらつまらないだろう?」
待て、待て待て待て、何をする気だうみのイルカ。
「この蜜をここに塗っておこうな。そしたらいっぱい虫が集まってくるぞ。」
「わーい。」
わーい、じゃないクソガキどもっ、っつか、よせっ、やめろっ、うみのイルカっ。
「せんせー、僕達も塗りたいー。」
「よし、じゃあみんなでたっぷり塗ろうな。」
塗るなーーーーーっ。
結局うみのイルカと生徒どもは僕の胸元にべっとりと蜜を塗りたくってから教室へ戻って行った。
おっおのれうみのイルカ。
人気がなくなったところで僕は変化を解き、急いでアカデミーを脱出した。早く着替えてシャワーを浴びたい。ベストの前がベトベトだ。
「あれ、テンゾウ。帰ってたの。いつ?」
げっ、カカシ先輩。
「あ、お久しぶりです、カカシ先輩。」
「ん〜、元気してた?」
相変わらずカッコいい。そのカカシ先輩の目が僕の胸元でぴたりと止まった。次の瞬間、ぷ、と吹き出す。
「テンゾウ、お前、おやつだったわけ?」
「えっ?」
「その年で食べこぼしってお前ねぇ。」
ちっ違いますーーーっ
否定したくても何をどういっていいかわからない。口をただパクパクさせていると、カカシ先輩はくっくっと笑いながらぽん、と僕の肩を叩いた。
「まぁ、たまにはそういうこともあるって。でも早く着替えなさいよ、テンゾウ。」
だから違うのにーーーーっ
カカシ先輩の優しい眼差しが胸に痛い。ショックで固まっている僕の肩をもう一度力づけるようにポンポンと叩くと、今度飲もうね、とこれまた優しい声でおっしゃり、ひらひらと片手を振っていかれた。遠ざかるカカシ先輩の肩がまだ揺れている。
『その年で食べこぼしってお前ねぇ。』
おのれーーーーっ、おのれおのれおのれうみのイルカーーーーーっ。
あの偉大なカカシ先輩に笑われてしまったじゃないか。しかも食べこぼしと勘違いされて。
全部貴様のせいだ、許せん、絶対に許せん。カカシ一番隊総力をあげて貴様の正体、暴いてくれる。
許すまじアカデミー教師、許すまじうみのイルカっ。
アカデミー教師抹殺を固く誓った僕はそのまま瞬身の術で家へ帰った。これ以上恥をさらしてたまるか。
翌日、おやつって何食べたんスか、テンゾウ先輩、と呑気に聞いてきた後輩を一発殴っておいた。
言いふらすなんてひどい、カカシ先輩。
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