本性

 

 

生きた伝説と言われる忍び、はたけカカシ上忍が暗部を抜け上忍師となるため帰還するとの話に受付職員たちは震え上がった。

なにせ伝説の上忍だ。
鼻の上まで覆う黒い口布にいわくつきの写輪眼である左目を隠すように巻かれた額当てのせいで素顔がほとんどわからないという。しかし、輪郭からかなりな美形だとの噂もある。
写輪眼のカカシとの異名を持ち、木の葉には珍しい銀の髪をしているはたけカカシ上忍がまとう噂は様々で、その中でも『冷血のカカシ』だの『戦場に死体が山積みになった』だの『はたけカカシに睨まれただけで気が触れた忍びがいる』だのホントかウソかわからないが恐ろしげな話が有名だ。
前線を渡り歩き里にはほとんど居ついていなかったうえ、チームを組むのは暗部のみで高ランクの任務をこなしていた上忍の噂の真偽を確かめるすべはない。そして、噂の真偽はどうあれ受付職員は否が応でも上忍師となったはたけカカシ上忍の報告書処理をしなければならないのだ。しかも上忍師になるならないは別にして来週はじめから受付所を通した任務につくという。

「どうしよう、オレ、報告書に不備とかあっても言い出せない」

事務室の片隅で受付担当の職員たちはシフト表を前に戦々恐々としていた。

「不備あるのに言わなかったらそれはそれで怖くね?職務怠慢とかさ」
「職務怠慢で殺されたりはしないよな?怪我くらいですませてくれるよな?」
「でもはたけカカシの目をみて気が触れた奴がいるって」

小太りの中忍が弱々しく言った。

「写輪眼ってみたら気が触れんの?」

ざざーっと全員が青くなる。

「どうしよう、オレ、去年子供生まれたばっかなんだぞ」
「オレなんて新婚だ新婚っ、人生の春に逝くわけいかねっての」
「オレ、恋人いないのに気狂いになんのヤダー」

一斉に悲鳴があがった時、どん、と一人の中忍が机を叩いた。鼻の上を一文字に横切る傷をもつアカデミー教師、うみのイルカだ。

「お前らはまだましじゃねぇかっ、オレなんか、オレなんかっ」

黒髪を頭のてっぺんで一つくくりにしたうみのイルカは両拳をふるふると震わせた。

「オレなんか上忍師説明会に卒業生の資料説明義務まであんだぞーーーっ」

わぁ、と机に突っ伏す。

「イッイルカ」
「そっか、お前、アカデミー教師だもんな」

イルカはアカデミーと受付の兼任職員だ。しかも

「今年の卒業生の担任ってお前だったんだ」
「あ、ナルトの担任」
「そういやナルトを卒業させるとは何事だってクレーム山ほどこっちにまで来てたっけ」
「ナルトは立派な卒業生だぁっ、このオレが卒業って認めたんだからなっ」

がばっと顔をあげた黒髪の中忍は、だがすぐにヘナヘナと崩れ落ちる。

「ナルト、そうだ、ナルトの奴、そんな恐ろしい上忍の試験受けるって大丈夫なのかナルトは。っつか大丈夫かオレ、これから説明会とか大丈夫だろう、大丈夫だった、大丈夫になる、大丈夫だ、大丈夫なとき、大丈夫ならば…」

ブツブツとなにやらつぶやき出す。

「正気に帰れイルカ」
「ここは受付事務室だ、戻ってこーい」
「ハッ」

同僚にガクガクと揺さぶられた黒髪の中忍は目を瞬かせた。

「すまん、うっかり形容動詞ってた」
「うんうん、お前、今文法の授業なのな」
「昔っからお前自身文法嫌いだったもんな」

同期がいると言わずとも事情を察してくれるからありがたい。だが、目下の問題がなくなるわけではなく、解決策などありはしない。

「オレ達、来週からどうやって乗り切ろう」

ぽつりとつぶやかれた言葉に受付職員たちは途方にくれていた。



 

 

「結構優しい人だったな、はたけ上忍」
「うん、全然怖くなかった」
「物腰柔らかいし」
「並みの上忍なんかより言葉遣いも丁寧だし」
「イルカ、説明会どうだった?」

話をふれば黒髪のアカデミー教師はニパッと笑った。

「すげーちゃんと聞いてくれた。大丈夫だった」

翌週、受付職員たちは同じようにワイワイやっていた。ただし事務室ではなく受付棟にある資料室の片隅で。ワイワイやっていたら事務局長に暇なら資料整理しろと追いだされたのだ。

「結局噂は噂でしかないってことか」

新婚の男がはぁ、と大きく息をついた。子供が生まれたばかりの男が大きく頷く。

「杞憂だったなぁ」
「杞憂、取り越し苦労、心配しないでいいことを心配すること、昔杞の人が天が落ちてこないか心配で…」
「わかったイルカ、お前が国語の授業苦手なのはよくわかったから」
「今は授業から離れろイルカ」

はたけカカシ上忍は非常に常識的で穏やかな人間だった。報告受付で恐ろしい思いをするのではないかとか、卒業生引き継ぎで怖い目にあうのではないかというのはまさに杞憂だったのだ。

「なんかオレ、はたけ上忍の報告書受けるの楽しみになっちゃいそう」
「だよな。オレなんてお疲れ様以外にゆっくり休んでくださいって言ったらニコって笑ってくれてさ、君も疲れ溜めないようにねって」
「そーなんだよ、話しかけたらちゃんと応えてくれるんだよな。上忍風吹かせないし」
「いい人じゃね?はたけ上忍」
「良い人だろう、良い人だった、良い人だ、形容詞+名詞+断定の助動詞…」
「イルカ、アカデミーの新課程で苦労してんのな…」
「国語苦手だったもんな、イルカは」

わぁわぁやっているとドアの向こうから野太い声がした。カカシ、と名前を呼ぶのが聞こえる。たった今話題にあがっていた有名上忍の名前に受付職員たちは思わず口をつぐんで耳を澄ませた。

「あれ、アスマ、もう終わったの?」

はたけカカシの声だ。呼び止めたのは猿飛アスマ上忍だったらしい。この二人の仲の良さは周知のことだ。飲み会の相談が聞こえてくる。どうやら夕日紅上忍の昇格祝いをやるらしい。

「ゲンマとライドウも来る。どうだ、暗部仲間も呼んどくか?」
「ダメダメ、暗部仲間来ちゃったらオレら元暗部、本性出ちゃうじゃないの」
「あ〜そりゃマズイな。お前、今んとこ猫かぶりまくってるしなぁ」
「お前だってそうでしょ。知ってるよー、姐さん口説いてる最中って。本性バレて困るのはヒゲの方じゃない」
「紅は暗部知らねぇからな」
「でもまぁ、あの剛毅な姐さんだから本性バレてもなんとかなるでしょ」

はたけカカシと猿飛アスマの声が遠ざかっていく。資料室でうっかり聞き耳立ててしまった受付職員たちは硬直していた。

「本性…」

ぽつ、と新婚が言った。

「暗部の本性出るって…」

ざざーっと音をたてて血が引く。暗部の本性といったら言うまでもない、冷酷非情にきまっている。噂は真実だった。はたけカカシは上忍師として赴任したから今は穏やかなふりをしていただけだったのだ。

「どっどうしよう、オレ、はたけ上忍に世間話ふっちゃったよ」
「オッオレもヘラヘラ笑って生意気とか思われたかも」

新婚と小太りがガタガタ震えだす。

「オオオオレなんて教師の先輩ですから色々教えて下さいね、なーんて言われちゃったからこうドン、って胸叩いて」

黒髪のアカデミー教師が頭をかきむしった。

「オレでよければ何でも聞いてくださいって生意気口叩いちまった」

ひぇ、と小さな悲鳴があちこちからあがる。

「やばいよ、オレら、生意気中忍って目ぇつけられたんじゃね?」
「リッリンチとかされたらどうしようっ」

オタオタするがもう遅い。

「とっとにかく、これからは十分気をつけよう。大人しく鳴りを潜めていたらはたけ上忍も忘れてくれるさ」
「忘れてくれると信じよう…」
「……祈ろう」
「祈らない、祈ります、祈る、祈るとき、祈れば、祈れ、祈ろう…ら行五段活用の未然形…」

頭をかきむしったまま黒髪のアカデミー教師がブツブツ品詞名を並べ始める。

「うんうんイルカ、授業の方がマシだよな、現実は厳しいよな」
「でも品詞に逃避したらよけい落ち込むぞ?」
「落ち込むぞ…動詞の終止形+終助詞…」
「イルカ、イルカ、帰ってこーい」

果てしなく脳内に逃避しはじめた黒髪の同僚はほっておいて受付職員たちはしみじみ思った。

はたけカカシに無駄口なんか叩かなければよかった…

受付職員たちは海より深く後悔していた。




 

はたけカカシ上忍はあいかわらず人当たりがよく穏やかだった。だが受付職員たちはもう知っている。あれは仮の姿で本性は隠されているのだと。

はたけカカシ上忍に限らず、元暗部との噂がある猿飛アスマ上忍やマイト・ガイ上忍にも職員たちは細心の注意を払って応対した。特にうみのイルカはアカデミー教師として上忍師達と関わることが多いだけに神経をすり減らす毎日を送っていた。

そんな生殺しのような緊張を強いられること2週間、さすがに疲れ果てた職員たちは昼食時、そろって中庭に出ていた。何故か憔悴していく受付職員を心配した事務局長が気晴らしをしてこいと全員をまとめて外へ出してくれたのだ。
季節は五月の半ば、木々の葉の緑はみずみずしく、頬を撫でる風が心地よい。職員たちはそれぞれ持参した弁当を膝にのせ、中庭でぼんやりと昼食をとっていた。アカデミーとの兼任職員も数名、ともに昼食をとっている。もちろん、うみのイルカもその中にいた。というより、一番憔悴しているのがイルカだから皆で昼食をとることにしたのだが。

「なんか味しねぇ」

ぼそりとイルカが言った。

「ナルトつながりではたけ上忍、お前の列にならぶもんな」

新婚がぽんぽんとイルカの肩を叩く。

「ただでさえアカデミー新課程で一般教養の授業が増えてんのになぁ」
「嫌いな文法、まだやってんのか?」

イルカがこっくりと頷く。皆、再び黙りこくって弁当をついばみはじめた。と、中庭の向こう、渡り廊下を見覚えのある銀髪が歩いてくる。

げっ

職員たちは硬直した。はたけカカシ上忍だ。相変わらず顔の大半がかくれて表情の読めない上忍はどうやら上機嫌らしい。足取りが軽い。何かいいことでもあったのか。しかし触らぬ神に祟りなしである。職員たちは息をひそめた。相手は上忍、自分たちがここにいることなど気づいているだろうが、しがない受付中忍などいてもいなくてもいい存在、敵意を向けないかぎり上忍の意識にはのぼらない。ある意味いないも同然なのだ。
案の定、はたけカカシは中忍達の存在には目もくれず行き過ぎていく。

ふと、奇妙な音を耳が拾った。

「ズンチャッズズンチャっズンチャッズズンチャッ」

なんだろう、やたらハイなこのリズムにこの口調。

「……ラップ?」

受付中忍の一人が小さく呟いた。確かに、いわゆる「ラップ」のリズムを口で表現したらこうなるかもしれない。

「ブンブンズズンパァー」

ラップである。しかし、その音源が問題だ。

「はたけ上忍…?」

口ラップをしているのは伝説の上忍にして冷酷非情の噂のある、暗部の本性を隠したままのはたけカカシ上忍だ。上機嫌らしい上忍は口ラップにくわえ足取りもヒップホップダンス調になっている。

「ズンズンチャチャッチャパァー、お◯かなくわえた◯ネコ、お〜い〜かっけーてズズンパァー」

受付中忍達は呆然と銀髪の上忍を眺めた。今、上忍が口ずさんだ歌は火の国でかれこれン十年続いている国民的アニメさ◯えさんのテーマソングではなかったか。しかもそれをラップ調で歌っている。ヒップホップステップまで踏んで。

「はだしでぇっパパァー」

そこまで歌った上忍は突然居住まいを正した。

「やっべ、本性出ちゃった」

ガシガシと銀髪をかく。

「アスマに注意されてたのにねぇ、暗部長いと抜けないもんだぁね」

一人でぼそぼそつぶやくとはたけカカシ上忍はスタスタと歩き去っていった。あとには思考停止状態の中忍達が残される。

「って、本性ってソレーーーっ?」

最初に我に返った中忍が叫んだ。
本性って、暗部の本性ってもしかしてアレだったのか。
冷酷非情とかじゃなくてアレ?お茶目かもしれないけど成人男子がやるには痛いアレが本性?

「……猿飛上忍が隠してる本性ももしかしてアレ?」

確かに、暗部を知らない夕日上忍が知ったらドン引くだろう。虚脱感に襲われ全員がっくりと座り込む。

「あれが伝説の上忍の本性なぁ…」
「なんつーか、なんだかなぁ…」

何をどう表現していいかわからないがとにかく力が抜けた。その時、ほわんとした声がした。

「素敵…」

はい?

全員が声の方を振り向いた。

「はたけ上忍、いや、カカシさん、素敵…」

黒髪の中忍が両手を胸の前で組んでいる。

「イイイイルカ」
「お前、目がハートになってんぞ」
「え?」

瞳がハートになっている黒髪の中忍はほわん、と頬をそめた。

「どうしよ、カカシさんカッコよすぎ」
「イイイイルカ」
「正気にかえれ、イルカ」
「っつかコイツのツボ、ギャップ萌だった」
「イルカ、戻ってこーい」

本性を垣間見せた上忍とそれに惚れた中忍、受付職員たちはこれから起こるであろう騒ぎを予感し身震いした。
彼らの心の平安はまだまだ遠い。


 

すいませんすいませんすいませんしょーもない話でほんっとすいません。そして実話だったり…