六代目が誕生日を祝ったらね(〜たらねシリーズの二人)
木々の緑の鮮やかな季節、昼食をとろうかとしていた人々の耳にドカン、と凄まじい破壊音が響いてきた。火影屋敷の方角だ。すわ敵襲かと暗部をはじめ忍び達がかけつけると、火影屋敷前のゴミ置き場が吹っ飛びシュウシュウと白い煙をあげていた。里外から来た者達が騒ぐ中、木の葉の人々は何故か納得した顔でそれぞれの日常へ戻っていく。六代目治世四年目、奇しくもうみの補佐官誕生日の出来事だった。
「で、今度はなんだい」
火影屋敷の居間、ちゃぶ台に肘をついた五代目の向かい側でうみの補佐官がさめざめと泣いていた。その傍らでは当代火影がおろおろとただ狼狽えている。
「そっそれが、今回はオレも見当がつかなくて」
「ほ〜う」
五代目は半眼になり当代火影を眺めた。
「じゃあその右目についた丸い青あざはなんだ?」
あ、これ?と六代目火影、はたけカカシは自分の顔を指差した。
「イルカ先生に殴られたんです」
正座したまま大真面目にこたえる。綱手は眉間をもんだ。
「殴られるようなことしたと?」
「オレはただ、先生の誕生日のお祝いをしただけですっ」
「お祝いだとぉっ?」
泣いていたイルカがガバッと頭をあげる。
「オレの誕生日だからあんなこと言ったんですか。あれがカカシさんの本心なんですねっ。ハッ、そうか、わかったぞ。六代目治世が安定してきたらオレの存在が邪魔にっ、そうか、どこぞの姫を女房にする気だな」
「は?姫?なななんの話ですかっ」
面食らうカカシをキッと睨みつける。
「十年連れ添ったオレを捨てる気だなっ」
「はぁぁ?」
カカシは更にうろたえる。
「捨てるだなんて、イルカ先生、オレは心から先生のことを愛してい…」
「嘘っ」
「イイイイルカ先生」
カカシが伸ばしてきた手をイルカはベチン、とはたく。
「さわらないでくださいっ」
わぁぁ、とまた泣き伏した。
「綱手様、なんとかしてくださいよ〜〜」
悲鳴をあげる当代火影も半泣きだ。綱手はもう一度眉間をもんだ。そのうち眉間のシワが取れなくなるのではなかろうか。
「カカシ、何を言ったか順を追って話しな」
「ででですからね、今日はオレのイルカ先生の誕生日なんです」
「うむ、知っている。だからお前は今日、休みをとったんじゃないか」
「そうなんです。オレの大事な先生の誕生日ですからね、やっぱり特別なことしたいじゃないですか。火影に就任してから忙しくてオレの大事で可愛い先生のこと、放ったらかしになってたなって、このままじゃオレの大事で可愛くて愛しいイルカ先生に愛想つかされて捨てられちゃうかもしれないって思ったんです」
「………」
「だから、今年こそはオレの大事な可愛くて愛しくて可憐なイルカ先生のですね」
「……簡潔に話せ。形容詞と形容動詞はいらん」
「ですからオレの…」
「連体修飾語をつけるな」
「なのでイルカ先生の誕生日、先生に喜んでもらえるにはどうしたらいいかなってサスケ呼んで相談したんです」
「…………は?誰だって?」
「サスケ」
綱手はマジマジと目の前の銀髪を眺めた。本人、冗談を言っている風ではない。
「サスケを呼んだのか」
「え、だってこんなこと恥ずかしくて誰でも相談できないし、元七班に相談しようと思ったらサクラもナルトも砂の里に出張してたし、っていうかその出張命じたのオレだった、バカやった〜って、でもサスケならフラフラしてるからすぐ来てくれるなって思って呼び戻しました」
にこにこと応える当代火影、切れ者と評判だが本当はバカなんじゃないかとたまに思う。
「で、サスケは何と…」
「いやぁ、アイツ、なかなかいいアドバイスくれて、付き合い始めの頃の気持ちを伝えればいいんじゃないかって」
「ふむ、まともなアドバイスじゃないか」
少し意外だ。でしょでしょ、と六代目はニコニコする。かなりな親バカだ。
「で、アイツがいうには、好きな花に例えればいいって。例えば好きな花の香りを連想するとか言えば効果的じゃないかって」
ますますもって意外だ。ふむふむと綱手は頷いた。
「だからオレ、アドバイス通りにやったんです」
「何と言ったんだい?」
「ですからね」
カカシはずい、と一膝すすめた。
「イルカ先生からはいつも金木犀の香りがしますって」
「あんだとテメェ」
しくしく泣いていたイルカが再びガバリと頭を上げた。
「もう一度言ってみやがれ、このクソがぁ」
鬼の形相だ。
「え、イルカ先生から金木犀の香りが…」
「このオレのどこがトイレ臭ぇってんだ、あぁ?バカにすんのも大概にしやがれ」
涙に濡れてはいるがその顔は凶悪そのものだ。カカシはバンザイの格好で体を引いた。
「えっ、ちっ違いますよ、金木犀のかおり…」
「トイレの匂いだろうが。ぶっ殺すぞテメェ」
物騒な台詞とは裏腹にうわ〜ん、とまた泣き伏す。
「綱手様、酷い侮辱です、やっぱりカカシさんはオレを捨てる気なんですぅ」
さめざめと涙するイルカに綱手はこめかみをもんだ。
「落ち着きなイルカ」
「だってぇ〜」
「わかったわかった、お前の話を聞こう」
本当はこのまま立ち上がって出ていきたいが、そうすると騒動が更に大きくなりかねない。綱手はことさら優しい声を出した。
「で、なんでトイレなんだ?」
ひくっ、とイルカはしゃくりあげた。
「うみの家のトイレは代々、金木犀の芳香剤を使用する習わしですっ。連れ添って十年、カカシさんはそのことを熟知しているはずっ」
ブルブルと固めた拳を震わせる。
「その連れ合いから体臭がトイレ臭いって言われたんですっ、これって別れ話ですよねっ」
「ええええーっ」
素っ頓狂な声をあげたのはカカシだ。
「センセ、トイレの芳香剤って金木犀だっけ?あ、どうりで快適っていうかトイレで本読みたくなるっていうか」
「テッメェ、やっぱ殺す。ぶっ殺す」
「えっ、ちがっ…誤解です誤解っ」
「なぁにが誤解だ、テメェぶっ殺してオレも死んでやる」
「えへ、心中?ロマンティック…って、センセ、違います、誤解ですって」
「誤解も6階もあるかコノヤロー」
「センセったら今日も親父ギャグ全開ですね」
「はぁ?オヤジっつったかオヤジ、もー許せねぇ、表出ろやゴルァ」
綱手は静かに立ち上がった。騒ぐ二人の首筋に手刀を落とす。
「シズネッ、しばらくこの二人、座敷牢にでも閉じ込めときな」
ったく、いくつになってもバカップルめが、そう吐き捨てられたとはひっくり返った二人は知る由もなかった。
「へー、サスケ、お前がアドバイスしたんだ」
「じゃああの二人、素敵な誕生日を過ごしてるかもね」
同じ頃、砂の里にフラリとサスケが立ち寄った。大喜びのナルトとサクラに訥々と語ったのがカカシからの相談事だ。
「まぁ、カカシもお前達に相談したかったんだろうが遠出してたんじゃ無理だからな。とばっちりがオレにきた」
「でも素敵なアドバイスだと思うわ」
サクラが我がことのように頬を染めている。
「すげーじゃん、やるじゃんサスケ」
「常識の範疇だがな」
口調はそっけないがまんざらでもない顔だ。だが三人は忘れていた。自分たちの上司と恩師は斜め上を行くバカップルであることを。
「里に帰ったら改めてイルカ先生の誕生会やるってばよ」
「そうね、そうしましょ」
「あぁ」
砂の里から木の葉の方角をみやる。砂漠をわたって吹いてきた風が三人の頬を優しく撫でていた。
|